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 弐式は設計変更が必要だったので、理事が大急ぎで描き直し、それに引っ張り出してきた伍式の設計図も受け取って、祖父と社長は工場へ戻って行った。『明日には完成させてくる』と息巻いていたが、空母にも載せられる設計の零式と違い、弐式と伍式は最終的な組み立てはこの施設を想定しているようだった。


 描き直しが必要な設計図については電磁メールで送る方法もあるし、描き直しはそもそも研究員に任せても良いのだが、『天の火教』が関係していることを祖父たちはとても気にしていて、できる限り少数精鋭で、アナログな方法が好ましいということになった。


 その理由についても、祖父の言葉の真意についても、老人たちは説明したく無いようだったし、事実として説明はされなかった。そのことに対して僕らは疎外感に似た感情を抱いたが、時が来れば祖父は話してくれるという確信のようなものが僕にはあった。なにしろ祖父は弐式に乗るのだ。その機会は十分にある。


 僕とサハラとヤマシタは研究施設に残って、理事の指導を受けながら飛行訓練を行うことになった。と言っても、ヤマシタは零式のコックピットには乗り込めないので、施設にあるフライトシミュレーターでの訓練となった。


 つまり、祖父と社長は空のトレーラーBVで帰って行ったわけだが、それゆえに危なっかしいほどの加速性能と左右のふらつきを発揮しながら走り去った。


 僕は祖父から聞いた操縦方法を、実際のレバーや計器などを見せながらサハラとヤマシタに伝えて、早速サハラは飛び、ヤマシタはそのイメージを持ちながら機械に向かった。


 チタン合金を精密に溶接された銀翼をしならせて、ファンが送る突風に乗る零式を見上げながら、僕はサハラとヤマシタの操縦に対する質問に答えた。


 サハラはエンジンスロットルとプロペラピッチを何度も切り替えながら、最小限の負荷で速度を最大限に引き上げる感覚を得ようとしているらしかったし、ヤマシタはとにかく離陸と着陸を念入りに繰り返した。


 離陸については理事が細かくアドバイスした。サハラが一通り飛んだところで僕と交代して、今度は離陸からやることになった。少し前に理事がヤマシタにしていた助言を思い出しながら、今まさに理事が電磁通信機越しに行ってくれているアドバイスにも耳を傾ける。


『良いかい。基本はフライトシミュレーターと一緒だが、弐式と違って、零式の離陸ではイスを上げておくとより確実だ。ベルトを締めて、ブレーキを思い切り踏んでおく。ブレーキはラダーバーの近くにあるはずだ。ああ、エンジンを始動する前に航空眼鏡を着けるんだよ』


 僕は直前に渡されたゴーグルを装着した。


『それに操縦桿を思い切り引いておくんだ。もし両手がふさがっている状況なら、どちらかブレーキを踏んでいない足でね。風防を開けたままエンジンを掛け、イスを目一杯上げるんだ』


 徐々に速度を増すプロペラの突風が僕の顔面を襲った。


『息が苦しいだろうが慣れるしかない。ちなみに弐式はこういった風防じゃないし、伍式はプロペラが後ろについているので、この離陸の際の苦行があるのは零式だけだ』


 心底面白そうに理事は笑った。


『じゃあ、回転数を毎分二〇〇〇回転くらいで維持するんだ。そして、滑走路の状況や計器の数字も問題なければ、操縦桿を今度は前に倒して、ブレーキを離してスロットル全開だ。操縦桿を前に倒すことで、機体の尾部を浮かせて加速する。低速ではカウンタートルクや風圧の影響が大きいから、ラダーバーで姿勢を調整するんだ』


 わずかに左に振られた姿勢を右のラダーバーを踏んで調整している間に、尾部が浮いてつんのめるような感覚があり、慌てて操縦桿を引いた。また斜め上方を見上げるような姿勢になったのがわかったし、後部から強い衝撃を感じた。


『せっかく尻が浮いたのに!もう一度だ。今のは後輪にかなりの負荷が掛かったよ。当時の零式なら完全に折れてる』


 再び操縦桿を倒して後輪を浮かせる。つんのめるような感覚にも突風にも耐える。


『機体は水平を保つんだ。今は少し尻が上がり過ぎだねえ。最悪プロペラが地面に当たってしまうよ。操縦桿を少しだけ戻すんだ。それから速度がだいたい時速一五〇キロメートルを超えたら操縦桿をぐっと引いて、陸地とはオサラバだ』


 水平を保った機体は驚くほどの瞬発力を発揮して速度を上げた。言われた時速には数秒で到達して、車輪への負荷が急激に低下したように感じた。これが零式から伝わる離陸の合図であることはすぐにわかったので、僕は引き過ぎてまた尾部が接地しない程度に力強く操縦桿を引いた。それと同時に地面で跳ねるような車輪の振動は消え、あっけないほど軽やかに零式は上昇した。僕はイスを下げて風防を閉めた。


『まあまあだねえ。それじゃあおさらいだ。着陸して、離陸して、もう一度着陸したら、次の子と代わろうか』


 もっと飛んでいたい気持ちはあったが、僕は着陸態勢に入った。二度目の着陸なのと、直前にサハラの着陸を見ていることで、この作業はそう難しくはなかった。


 僕とサハラは二回ずつ飛んで交代するローテーションを何度か繰り返し、零時を回ったところで理事が夜食を提案した。僕としては、皆が夜食を摂っている間も零式を飛ばして、少しでも長く飛んでいたかったが、零式も僕らも少し休んだ方が良いのだと理事は言った。


「内燃機関だったら、ある程度暖まったまま使った方が良いのだけれどねえ、モーターエンジンはあまり熱を溜め込むと故障の元だよ」


 バッテリー残量にはまだまだ余裕があるが、エンジンに関しては専門家の意見を聞かざるを得ない。僕らは理事の用意してくれた茶色いパンと暖かい紅茶で休憩することにした。


「こんなものしかなくてすまないねえ。でもまあ、こういった『ごちそう』を飽きずに食べ続けられないと、研究者は務まらないんだよ。私は米もパンも好きだし、コーヒーも紅茶も同じく好きだからねえ、元々。『遊陸』後もそう影響なかったよ。麦は稲に比べれば栽培時に水が少なくて済むし、紅茶は低木だから植生も安定していたよ。ただ、配給の『感謝パン』やら『感謝ティー』なんてのはひどかったねえ。故意にやろうとでもしなけりゃあんな物は作り得ないと思うがねえ」


 僕らは袋からパンを取り出して口元に運ぶと、甘い香りや紅茶の色合いで、急激に空腹感が喚起された。思えば工場で合成コーヒーを飲んで以降は飲まず食わずだった。


「そうそう、私はあまり酒はやらないが、旧政府の『感謝焼酎』は大変な代物だったねえ。どうしても外せない宴席にも出たけれど、飲んだそばから着実に脳細胞が破壊されていくのがわかったね。政府の宴席で出された焼酎でそんな調子だったから、当時配給チケットで交換できた『感謝焼酎』がどんなだったかなんて考えたくも無いよ」


「旧政府はあまり楽しくなさそうですね。自由もあまりなかったと聞きますし」


 僕とヤマシタは必死にパンを口に運んだが、紅茶のカップに手をやりながらサハラが感想を述べた。


「私は食べ物と一緒で、そういったことにもあまり好き嫌いがないからねえ。『永久紛争』についても、旧政府についても、『天の火教』についても、特に強い感情は持たなかったよ。私たちは研究者だ。ワキさんのような技術者じゃない。つまりまあ、技術者の正義と研究者の正義は違うんだよ。でもそれは起こりがちなことだよ。学生の正義と教師の正義は正反対みたいなもんだろう?」


 理事も一口パンをつまみ、紅茶で流し込んだ。


「だからワキさんが私を嫌うのは仕様がないことだと思うよ。私は、私たちの研究を守るために一生懸命だったからねえ。その究極の目的が大量破壊だとわかっていても、私は研究できることを喜んで享受したんだからねえ。……話がそれちまったけれど、とにかく食べ物は最悪だったが、研究者にとっちゃあ資金繰りに追われる自由経済ってのも不自由なもんだよ」


「『天の火教』についてはどうですか?皆さんが何をそんなに警戒しているのかが気になっているのですが」


 サハラの問いに、理事は紅茶の赤を見詰めたまま二秒だけ逡巡した。


「『新人類』の研究は私の専門じゃないから」


 その簡単な言葉だけで会話を終えようとする理事からは具体的な情報やヒントは得られそうになかったが、『天の火教』に対する第一級の警戒だけは感じられた。

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