参
「すげえ……」
ヤマシタは心の底からの言葉を漏らした。緊急登校日の翌日、僕らは各自の成果を共有するために集合していた。
その中で、とにかく飛空艇が建造中である旨を伝えると、サハラもヤマシタも是非見てみたいと言うので、社長の工場へ案内した。
祖父はあの後すぐに、大戦時の戦闘機の図面をどこかから、おそらくはかつての戦友か上官から手に入れてきて、夕食までには大まかな設計を終えた。いつものように僕と祖父だけの食事の後で焼酎を少しだけ呑み、引き終えたばかりの図面を抱えて家を出たのだ。
そして今、僕らの目の前にはこの鉄の塊があるわけだから、祖父は二四時間前後で飛空艇の試作機をほとんど完成させてしまったことになる。
「よう!どうでえ、なかなか粋だろ?まあ、まだ肝心のモンが二つほど届いてねえがな!」
こちらに気付いた祖父は、機体に乗ったまま保護帽を外す時間すら惜しんで、こちらへ怒鳴るように言った。溶接のための機器が両手に握りしめられている。
「肝心な物って?」
ヤマシタはどこか不安げに、念のためといった調子で僕に尋ねた。それは誰の目にも明らかだ。
「エンジンと武器だ」
サハラは顔色を変えず、すでにまた作業に戻った祖父を見続けながら僕の代わりに答えた。ヤマシタの表情はいっそう不安そうになった。
「武器……」
その時、工場の一番大きなシャッターが轟音を上げて開いた。薄暗かった工場内に、通りに降り注ぐ真昼の陽光が差し込んだ。シャッターが上がりきると、大型のトレーラー型BVが慣れた軌跡でグイグイと入って来た。急な強い光に目が眩んだ僕らには、その圧倒的な迫力と逆光は禍々しくすら思えたが、BVの運転席から降りてきた社長は軽やかだった。
「おう、来てたのか」
社長はトレーラーの荷台を手際良く解放していった。中ではそれぞれの機器が干渉しないように枠組みがなされ、緩衝材も敷き詰められていたが、その奥から黒金の鈍い光が漏れ出ている。『肝心な物』が到着したのだ。
巨大な機関砲を平然と降ろす社長に、神速で飛空艇を仕上げる祖父が何事か話し掛けている。彼らは大戦の戦士だ。銃を撃ったことがあるし、人を殺したこともあるかもしれない。否応なくとはいえ『偉大な父』の元では兵器を作っていたし、宗教戦争も経験している『旧人類』で、僕らとは違うのだ。
「腹を括らないとな」
誰かがそう言った気がした。強い決意だ。
「リーダーは誰だ?」
機関砲を一対降ろしたところで、社長が僕らへ向き直った。
「俺です」
サハラが間髪入れずに答えた。
「ちょっとコーヒーでも飲みながら作戦を立てるぞ。ほかの二人も、大事な話だから一緒に来い」
社長は事務所の方へ歩き、僕らはそれに続いた。僕らの背中で、コックピットの溶接を終えた祖父が、降ろされた機関砲ではなく、エンジンを確かめるために足早にBVへ近寄って行った。
社長は僕らをソファへ促し、電磁保冷庫から合成コーヒーを出してコップに注いだ。
「ニセモンしかねえが、一時に比べりゃあ最近のは随分マシだ。第一コーヒーの味なんざ俺でも忘れちまったしな」
それが大げさであることを僕は知っている。社長は大のコーヒー党で、自宅にはわずかながらもコーヒーを常備しているし、タイミング良く手に入れば、祖父への手土産がコーヒーになることもある。とはいえ、コーヒーが『遊陸』とかつての世界情勢によって大変貴重なものになったのもまた事実だ。
コーヒーノキは基本的には高木なので、『遊陸』による高高度には耐えられないものがほとんどだった。たまたま生き残ったものもあったが、最大の産地である『ブラジル』と呼ばれた地域は他国であるので政治的、地理的に輸入が難しく、それに次ぐ産地はかつて東南アジアと呼ばれた地域であり、地理的には近いが『永久紛争』の紛争地帯となっていたので農園はことごとく焼かれてしまった。また、栽培には比較的多量の水を必要とするので『恒久和平』が結ばれた現在でも驚くほど高額で取引されている。
現在は経済が自由化されたので味が良くなったらしいが、それ以前の『一時』は、『感謝コーヒー』と呼ばれる、一口飲めば前頭葉を平手で殴られたような衝撃と、のどにこびりつく苦味が残る合成コーヒー飲料が、月に一リットルだけ配給されていたのだそうだ。
「まず言っておきてえのは、イースタシアの全国民が今回の事を心配してるってことだ。なぜってえのもいろいろあるわけだが、やっぱりほとんどの奴が思っているのは『もう戦争はたくさんだ』ってことじゃねえかな」
社長は合成コーヒーを人数分注ぎ終えると、それを僕らの前にひとつずつ置いた。
「それに、お前らも感じてるだろうが、今の政府に解決するつもりがあるのか正直読めねえ。だから、乗ろうと思ったわけよ。お前らの計画に」
締め切られた事務室は蒸し暑く、僕らは汗をかきながらも身じろぎひとつできずにいた。社長はコーヒーに口を付けて、いっそう深くサハラを見据えた。
「だが、お前らが行くこともねえんだ。いくら友人のためとはいっても、若いお前らが危険を冒す必要はねえ。俺たちが行ったって良いんだ。俺たちは大戦で兵士だった。棺桶に片足突っ込んでるような死に損ないだ」
サハラは微笑すら浮かべて社長の目を見続けている。
「これは俺たちの問題です」
「それじゃあ済まねえかもしれねえって話をしてんだ」
「あなたたちにとっては、戦争やら政治やらっていう大きな動機があるのはわかっています。俺たちの動機が、ただクラスメイトを助けたいってだけでは不服なのもわかっています。でも、それ以上の動機なんてありますか?俺は今、助けたいやつの顔をイメージできていますよ」
社長はまたコーヒーを口に運んだ。長い五秒が静かに過ぎた後、社長は口元だけにやりと笑った。
「それで、お前らは何か掴めたのか?」
コーヒーを一気に飲み干して、僕らにも飲むよう促した。この空間を満たす空気は少し柔らかくなった。
「ホヅミの中等部の友人たちが言うには、やはり行き先はオセアニアでした。ポートモレスビーへ行くことになったと言っていたそうです。それに、ヤマシタが就航している『船』を調べた結果、該当しそうな便は二本だけです。二二日午前一〇時カノヤ港発のレイテ経由シドニー行きも怪しいですが、本命は二一日午前八時ミカワ港発のポートモレスビー直通便です。とにかく政府の情報統制が厳しくて、遭難している便すらわかりませんが、とにかくここまできました」
「ポートモレスビーか……。『永久紛争』地域の東の外れに近い、かつての準危険地帯だ。とにかくタイヘイヨウを縦断しなきゃならねえわけだ。でかいバッテリーを仕入れてきて正解だった」
社長はそこでもったいぶったように言葉を切って、その『仕入れて』きた機材について説明する必要があると考えたようだった。
「こっちの現状としては、バッテリーのほかに手に入ったのは旧式の機関砲やエンジンばかりで型式もバラバラだが、よく整備されてるモンを選んできた。目玉は三〇〇〇馬力空冷星形モーターで、こいつは一基しか用意できなかった。一番速度を出せる機体に積むが、大出力な分、電力消費が激しい。どういう事態があるかわからねえから、武器は機銃のほかに、機関砲、ガトリング砲とロケット砲を用意した。機関砲は空戦になった時のためで口径は二〇ミリメートル、弾は炸薬の多い特殊榴弾を調達した。ガトリング砲は軽装の地上戦力掃討用で口径は七.六ミリメートル、六銃身で発射速度は毎秒五〇発になる。ロケット砲は口径で言えば七〇ミリメートル、七連装で、威力はあるが拠点攻撃用に温存した方が良いだろう。とにかく調達できたのはそれら三種類が一対ずつと、補助武装のための一三.二ミリメートル機銃がいくつかだ。つまり、素直に編成すりゃあ単発単座で三機ってことになる」
「単座というと一人乗りですね?クラスメイトを助けた後の手はずは?」
「『船』ごと消えちまっているから、首尾良く救出できても、どのみち全員を連れては来られねえ。そうなると、人間てやつは卑しいモンで我先にと争いになっちまう。だから基本的にはお前らも『船』か、その周辺に着陸できそうな場所を見繕ってそこに留まれ。強力な発信器を付けてやるから、とにかく救援が行くまで待つんだ。それに、そもそもこれは単なる遭難じゃなく、何らかの『敵』が居る可能性が高い。だからこそ武器を積んで行くわけだが、もしオセアニア軍のような訓練された組織だったら、こんな旧式の武器と急造部隊じゃ太刀打ちできねえから、とにかく逃げて作戦を練り直すんだ」
サハラは無言だった。それは承服か否か判断しかねる無言だったが、僕にはなんとなく、彼はそれでも逃げる道は選ばないように思えた。
僕らは事務室で、そのほかいくつかの事項を確認し、今わかっている事についてはほとんど全てを共有できた頃にはさらに二時間ほど過ぎていた。
社長が何杯目かの合成コーヒーを注ごうと腰を上げたタイミングで突然扉が開き、祖父が手拭いで汗を拭きながら入ってきた。祖父から吹き出る汗を拭くには手拭いは小さ過ぎるように思えたが、作業着のズボンに見える水滴が飛び散ったような跡から推測するに、おそらくその手拭いはすでに何度も吸水の限界を迎え、その度絞って再使用しているのだ。
「試作機ができたぞ」




