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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

女騎士さんの道の末

作者: しつマ

「おい、ラス………いよいよだな」

「何だお前、もしかして怖じ気付いたのか?お前らしくも無い」


 私に話しかけて来た彼は、長く共にいた私でも吐くとは思わなかった弱音を吐いた。お前はそれ程までに追い詰められているとでも言うのか?


「ここで怖気付かないあんたには脱帽するよ」

「はっ。こんぐらいで怖気付いていたら騎士なんてやってられるか」


 私達の目の前には、数え切れないくらいの鎧を着た兵士達が一歩も動かずに整列していた。この人数の中、どれだけの人数が我が祖国へと帰って来られるのか………今考えたくも無いな。私は声を張り上げる。


「聞け!団長命令だ」


 それだけの一言で引き締まっていた騎士達の空気は、一つの動きも許せないぐらいにピリピリとしたものになる。やはり団長の力は私なんかとは比べ物にならない程強いな。私なんかいなくても、この軍隊はやっていけることだろう。


「これより我が軍は進軍を開始する!」


 数秒の時間差を置き………


「おおおおおっ!!」


 はち切れんばかりの歓声がその場に上がった。


「ふん。たかだか我らは勇者から気を散らすための駒に過ぎんがな」

「まぁまぁ、そんなこと言わずにさぁ、ラスも楽しもうぜこの進軍をさ」


 騎士団長………ファスはそうは言ってはいるが、そんなこと出来るのはお前ぐらいだ。さっきまでの弱音は何処に行ったんだ、冗談じゃない。ただの捨て駒に選ばれた進軍を、どう楽しむというのだ。


「それにしても、本当に使えんのかね、あの勇者」

「使えた所で、使えんかった所で、我が国には後道が無いことぐらいお前も知っているだろう」

「ま、そうなんだけどね」


 軽く言ってくれるな、この男は。私とこの男は完全に腐れ縁と成り果てている気がしてならん。


「王も何を狂っているのだ?」

「何がだい?」

「いくら混乱している地域とはいえ、人間にしては厳しい環境ぐらいわかっているだろうに」

「だから君と勇者を回したんだろ、【剣神】さん」




 この世界の遠い昔には、底が見えない程薄汚く、先の見えない戦争があったと言う。

 かつては栄光をたたえていたのであろう、現在では【魔界】と呼ばれている東の地域は今は見る影もない。力のみを頼りにした統率する魔王が現れては消えていく………そんな混乱した地域へと変動していた。

 そんな中に最も種族の力としては弱く、頼りになるのはその数と、技術だけと言う人族が向かうと言うのは些か無理が過ぎていた。


 だが人間は変に力を身につけた。【勇者】と、【剣神】と呼ばれる静かに受け継がれるものが同時に二つも人間側に生まれたのだ。共に最強と噂されている。

 その内の剣神と呼ばれる者、それが副団長であるラス。身分故に苗字はない。




 ファスの言葉に私は唇を軽く噛んだ。


「私の名前はラス、だ」

「わかってますよ、ラスさぁん」

「………」

「無言の圧力はやめてね〜」


 ファスにそう言ってはたと気づいた。私は未だに迷っていることに。剣神という大層な名前を私が預かっていいのかと。剣神と言うからには、このラスという名もあってないようなものなのだろう。


「伝令!」


 一瞬思考が別の方向へ飛んだが、時間は私を待ってはくれないらしい。戦場で扱う粗造な羊皮紙を手に持った伝令兵がこちらへと走ってくるのが見えた。


「何だ!?」

「ひっ」

「ラスさぁん、怖がらせてどうするんすかぁ?」

「う、うるさい!」


 何でもファスが言うには私の顔は怖いらしい。私の顔を見、眼光を見た瞬間、皆必ずと言っていいほど怯えた顔をする。


「ほら、この娘、剣以外に興味がないからさ、気にしないで」

「は、はい」

「もっと気をつけていや良かったのに。せっかくの良い素材が残念だよあははははっ」


 ファスの声に反射的に伸びた手は顔にくっきりと残る火傷と、切り傷に触れていた。


「残念で悪かったな、残念で」

「は、はあ………」


 酷く疲れた声を出す伝令兵。一体どうしたというのだ。


「ほ、報告です。全軍準備は整っています」

「了解だ。行くぞ、ファス」

「あ、うん」


 私とファスは共に毛並みの綺麗な馬に乗った。ここら辺は普通の騎士とは大きな違いの場所だな。普通はこんな馬渡されはしない。

 ほんの気の休め程度に整理された道の上を馬の蹄が音を鳴らして私の体を揺らす。

 指揮官先頭………と言えばかっこいいが、これは敵を殲滅するための(いくさ)ではない。あくまで私達は、勇者の栄光の道を華々しく飾るだけの"囮"なのだ。それだけが私の数少ないが一番大きな不満だった。




「会敵!!」


 行軍を初めてすぐぐらいだろうか………?先頭にいる私達よりも、さらに前にいる兵士が声を張り上げた。


「馬鹿な。いくら何でも早すぎないか?」

「な〜に言ってんの。ここは敵地だよ〜ん」

「敵地にしても………な」

「な〜に考えているのさ」


 ファスの瞳は鋭くこちらに向けられていた。


「俺達は考えることはいつだってしないさ。」

「………」

「それをやるのは文官の仕事だ。俺たちは文官の仕事をするためにこんな場所に来ているわけじゃない。」

「それも………そうか」


 私は栗毛の馬から降りる。ファスも馬から降りた。生きてここから帰ってくる時、馬がなければ移動に支障が出るし、私もファスも得意なのは騎馬戦ではない。


「私達は、私達らしく騎士の仕事をするとするか」

「そうだよ〜ん」


 私にとって最も慣れ親しんだ形状である一筋の長剣を鞘から抜くと、両手で握り右下に流す。剣神であるからには、全ての武器を使いこなさなければ剣神と名乗れたものでは無いが、どんな形状の得物を扱っていても私はこの長剣が好みだった。


「いくぞ!全軍突撃」

「うおおおおっ!」


 進軍開始時に負けず劣らずの騒音を立てながら、騎士達が一列に並んでいる魔族達へと向かっていく。


「我が道を開かん」


 遠方より飛来してくる矢が兵士達の鎧を貫通し、火矢が僅かに残った雑草の生える地面を燃やす。それでも騎士達の勢いは止まらない。


「生きてるな、ファス?」

「当然」


 片手に構えた金属製の盾には無数の降って来た矢が作り出した傷があったが、ファス本人は無事なようだった。


「槍、構えぇ!」


 統率された第一軍が長い槍を正面に構えて敵陣へと向かっていく。弓矢でいくら仲間が倒されようとも、減った数を補い陣形を整えながらその屍の上を超えていく様子は、正しく我が国らしいではないか。


 そして、激突。槍を構えたこちらとは対照的に、大楯で道を塞いだ魔族は作り出した壁をなぎ倒されつつも、その合間から突き出した槍で確実にこちらの兵士を減らしていく。

 だが魔族の防御もこちらの第二軍が到着したことによって崩壊した。


「うおおおお!」


 一層大きな声が響き渡る。身長の長さに迫るクレイモアを最大まで振り上げた者が出した声だった。

 ぶんと文字通り空気を斬り裂きながら振り下ろされたクレイモアは、盾をあっさりと斬り崩しながら相手の防御を壊す。


「掛かれ!」


 味方の槍の合間から抜けた出した私は、周りの兵士に指示を出して突撃した。

 地上より低く飛び、盾の下部を思いっきり蹴る。思わず盾を下に傾けた魔族の顔が驚愕に染まるのが見えた気がした。

 おかしいな、魔族が付けてあるフルフェイスの兜では、そこまでわからない筈なのに。


「ファス!」

「わあってる」


 シールドバッシュで盾兵を弾き飛ばして来たファスが私から見えている片方の魔族を盾で防ぎ、私は反対側の敵を斬り裂いた。


「ファス」


 一人の魔族を地に斬り捨てて同じくこちらに近づいて来たファスに私は小さな声で話しかける。


「なぁーに?」

「道が作れればいい。この際私達が突出するのも、一つの策だと思うが?」

「へぇ………面白そうじゃん」


 ファス眼光が光った気がした。


「勇者さぁ、付いて来てるぅ?」

「ああ」


 後ろを振り返ると、向かってきた魔族を神剣で斬り裂く勇者の姿が見えた。


「ぎゃっははは。見ててね勇者」


 先程までの会話は聞こえていなかったのだろう。突然聞こえたファスの笑い声にギョッとする勇者の姿が、ここからでも目に取れた。


「こっちも、タダでは沈まないよ」


 言葉を実行に移すファス。私も彼に遅れないように手に馴染んだ長剣で敵を斬り裂いて行った。


 敵軍の中、純粋に一つの方角のみを目指して突き進んでいくのなら、意外に敵の数は少なくなってくる。どこか手応えを感じ無いながらも私達は順調に魔族を斬り捨てて中心部へと向かって来ていた。だが終わりを告げるのはいつも突然のこと。


「っ。避けろ」

「は?」

「馬鹿野郎!」


 地面に押し倒された。そう、それも盛大に。そして私を押し倒した筈のファスの姿は見えなかった。いや、視界の隅には見えている。ただ先程まで見えていた部分が無くなっただけだ。


 ファスの首が飛んでいた。


 あまりにも非常識すぎる。これでもこの騎士団で最強の類に入る騎士団長だ。それが一瞬で死ぬなど………


「くそが!!」


 彼の体を跳ね除けて立ち上がる。これでは何もかも私のせいでは無いか。私が敵の気配に気づかなかったから、彼が私の代わりに死んでしまった。

 戦場では嘆く暇も無く、向かって来た剣の斬撃を持った長剣一本で防ぐ。遥かに重かった。それでも瞬間で見えたのは、真っ黒な鎧に全身を身を包んだ姿。周りとは明らかに雰囲気の違う姿は、剣神と言われている私の相手に不足はないだろう。


「おらああ」


 剣を構えて走り出した時、既にその場に相手の姿は無かった。


「うっ」


 脇の痛みに見てみると、鎧を貫通するかのごとく鎧が深く斬られて、血が飛び出ていた。なんなんだこれは。おかしい。おかしすぎるだろ。せめて関節部分を狙うとかならばわかるが、一枚の板の中、斬り裂いた場所のみが鮮やかに切れることなどあるはずがない。


「!!」


 再び感じた気配に長剣を当てる。


 ーーカキン


 甲高い音が響き、長剣が大きく弾かれたが、身をそれでも斬られることは防いだ。凪ぎ放たれる剣筋をバックステップで避け、痛みを無視しながらの一瞬の攻撃。


「ぐわあ!」


 私が攻撃したと言うのに、上げた悲鳴は相手ではなく私だった。内股になった足の地面に血が滴り落ちる。ぼとりと音を立てて小手をつけているまま腕が落ちた。再びこちらへと向かってくる相手の姿が目に入る。


「何なんだ、何なんだ、お前はぁぁぁ!」


 足が………足が?


 地面に倒れた私の上に影がさす。此処で死ぬのか?私は、私は生きて帰ろうとしたのではないのか?

 えっ………私は、私は、一体何処へ帰ろうとしているのだ?


「ジッエンド」


 そう言って振り上げた剣は私を綺麗に捉え………同時に相手の腹部にも剣が生えていた。


「【タダでは沈まないよ】………だった………な」


 崩れ落ちる相手。私も地面に体をつけた。


「ラスさん!!」


 勇者がまだ幼い声を張り上げた。


『ソードブれイク!!』

「圧倒的だな、勇者………は」


 ぼやけ始める視界の中、突き進む聖なる光の斬撃は苦労していた敵軍を一発で斬り裂いて行った。


「ファ………ス」


 何故その言葉が出たのかは、わからなかった。








 後の歴史で最も愚かだと言われた東峰大陸上陸作戦。魔界の城を占領すると言う作戦自体は成功したものの、生存者は当初より予定されていたもの以外は全滅。生存者は当初の目的である勇者達一行のみだった。


 魔界に拠点を得たものの、それも長くは続ず勇者と国は完全に分断。勇者は送り出した国の知らぬ所へと消えて行った。


 剣神と呼ばれた現在まで続く大貴族であるフォートレス家の娘、ラス・フォートレス(・・・・・・)は当作戦にて戦死したと記されている。




 ラスが貴族では無かったことなど誰も知らない。


読んで下さりありがとうございます。


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