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歌うたいの賛歌  作者: 椎名尊
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 廉太郎が住んでいた世界と最も違うのは、魔法が存在するという事。ほとんどが動力としても使われるそれは、魔石なるものからエネルギーが供給される。この国はそれの産出国として永年栄えていた。

 どんなに良質な魔石も採掘したばかりの時は使い物にならない。性質を見極め安定させる。それを取り仕切るのがこの世界の神官と呼ばれる魔術師達だ。なぜなら漫画のような派手な物を使う人はごくごく一部。人々はそれらの摩訶不思議な力を神の施しと受け取り、多少なりとも魔力のなる者は所謂神官として、魔石に関わる仕事に従事していた。

 ジルはその中でも特別に大きな魔力を保持していた。神殿の中心に浮いている、恐らく数十トンになろう魔石は、玉虫色に輝いている。効力の失った魔石は宝石として取引されるが、この巨石はむしろ暴走しかねない魔力が備わっている。そこでジルが定期的に儀式を執り行い、集まった神官たちの魔力をとりまとめ制御していく。これが彼女の、他の誰にも出来ない一番大事な仕事だった。ジルの持っている魔力も力こそ大きいけれど、物を動かすとか言う代物ではない。マキシード曰く抑える力で、彼女のすごい所は単体で自給自足できるのだ。


 廉太郎が動けるようになって間もなく、その大きな祭典が執り行われた。しばらくぶりに外に出された巨大な魔石は金色とも紺碧とも緋色ともとれる不思議な輝きと共に、バチバチと小さな火花を散らしていた。そこでのジルはとても神々しくて、白地に金の刺繍が施されたケープを纏い、沢山の魔術師の中心でその役割を果たしていた。神殿の向かい合わせにある城。その高い位置にある控室の窓から廉太郎はその様子をじっと眺めていた。


 ジルの立っている場所は床がステンドグラス状になっている。いつもはその下には巨大な魔石がぶら下がっている。廉太郎は数日前にそれの実物を見せてもらった時、それは虹色に輝く光の洪水を一身に受け、神々しく光り輝いていた。

 その尋常じゃない見えない力に圧倒され、廉太郎はマキシードに支えられながら近づいた。フラフラな廉太郎に対して、ジルもマキシードも平然としていた。今も放出される力がすごいのか、廉太郎はまるで強烈な眩暈と食あたりが同時に起きた様な気持ち悪さでぐったりとしてしまった。マキシードに頼るというのも、聊か不本意であったけれど、背に腹は代えられなかった。


「…ジルは平気なのかよ…」

「マスタージルは特別な存在なのですよ。神官たちなどあそこに入る事すらできません」


 ジルの側近として常に傍にいるマキシードが、その表情を変えずに式典を覗いていた廉太郎に説明した。


「特別?ああ、魔力とやらがすごいから」

「それもありますが、そうではないです。魔力が強い理由が特別なのです」

「理由って」

「廉太郎様もじきに分かります」


 それ以上は何も答えるつもりがないとでも言うかのように、マキシードは廉太郎を支えながらジルの元へと向かった。目の前には神々しいばかりの魔石。この地下に納められている時には針金のようなものが張り巡らされており、それはまるで動脈のようだった。実際魔石から放出されたエネルギーがこれらを通して、町中に流れていくのであながち間違った表現でもない。


 差し出されたジルの手を縋るように握ると、体のだるさが一気に払しょくされていった。


「具合はどう?」

「んー…ジルがいれば大丈夫…」


 ここぞとばかりにジルを抱きしめて甘えていると、すぐ横にいたマキシードが呆れたようにため息を付いていた。


「あはは!甘えん坊だなぁ。廉もそのうち出来るようになる」

「俺が?」

「廉には歌がある。その声が奏でる調べは世界を支える」

「俺にそんな力が…」


 あるわけない。


 そう語る言葉を廉太郎は飲み込んだ。ついこの間ジルから「廉は自己否定ばかりする」と怒られたばかりだ。無表情のマキシードと、天真爛漫のジル。時折訪れる神官たちとはいまだ目に見えない壁が存在するのに、二人といると幸せだったころの自分が戻ってきて、だからこそやるせない気持ちにもなった。


 ごおぉぉぉん


 荘厳なる鐘の音が鳴り響き、廉太郎は意識を、今まさに杖を大きく振りかぶろうとするジルに集中した。いよいよ終盤だ。ジルが何度も練習をしていた姿を見ている。頑張れジル。魔石の管理などで忙しい彼女が、隙を見ては廉太郎の所に戻り、その祈りを繰り返していた姿を思い出す。


 周囲を取り囲む他の魔術師よりも小さい体のジルだけど、その存在感は計り知れない。彼女が最後に一度高々と上げた杖を下ろし小さく地面にトンと音を立てただけで、大げさな衣装を身にまとった魔術師たちはおろか、それを見物していた者まで一斉にひれ伏した姿は、まさに鳥肌物の光景だった。こうして魔石の気流を整える大事な儀式は成功に終わり、わっと湧いた観衆はその後はお祭りへと移行した。途端に鳴り響く軽快な音楽。弦楽器と木管楽器の軽やかな調べに老若男女手を叩き、それまでの静寂が嘘のように賑やかな街並みとなった。


「お役目ご苦労様」

「へっへーん。かっこよかった?」

「すっごく」


 あれだけの儀式を執り行った人と同一人物とは思えないあどけない顔。物凄く引き締まった近寄りがたい雰囲気を醸し出していたのに、廉太郎の前でのジルはいつも普通の女性だ。甘いものが大好きで、それを喜色満面で頬張る姿が可愛らしい。ちょっとからかっただけですぐに拗ね、廉太郎が声を出せるようになると抱き着きながら喜んだ。


「廉の声にはね、すっごい力があるんだよ」


 伏せっていた廉太郎の横で不安を取り除くかのように、ジルは手を大きく広げながらそんな言葉を繰り返していた。

 声に力がある。それはオーディションでいつも否定されていた事だ。もっと魂のこもった声を、感情を揺さぶる声を、そう言われて努力したにも関わらず、認めてもらう事は出来なかった。承服しかねる廉太郎の表情を読み取ったのか、ジルは「本当だから」と俯いていた廉太郎の頭をゆっくりと撫でた。


「あまりにもすごいから、体が自然と守っていたんだよ。廉の歌声はともすると武器にすらなりかねない。特にこの世界では。あなたの魂に刷り込まれたものなの。暫くは私がその力を抑えて、ちゃーんと制御する方法を教えてあげる。自由に歌えるようにしてあげる。だから今はもう少し待って」


 俄かには信じがたかったけれど、体力を取り戻し許可が下りてようやく声を出した時、それは自分の声ではないような気すらした。そんな簡単に声の音域や性質は変わるはずがない。なのに歌えば体の中の血液がすごい勢いで逆流するような錯覚に陥り、あまりの気持ち悪さに吐いた。

 

「だからまだこちらの世界に体が馴染んでいないから、少しずつやろうっていうのに、廉は馬鹿だなぁ」


 苦笑いしながらずっと背中をさすってくるジルの手からは、相変わらず優しい力が流れ込んでくる。本来ならとても忙しいらしいジルは、こうやって時間を見つけては廉の所にやってきて、力の抑え方を教えてくれた。


 あの儀式から暫くそんな日が続いた。相変わらず魔石の力に圧倒されるような、独特の空気を感じるが以前ほどではなくなっているのは、訓練の賜物か。


「あーあー」


 ゆっくりと深呼吸した後、目を閉じ心を落ち着けて発声をすると、周囲の空気がぶわっと巻き上がったのが分かった。いつも起きていた体内を逆流するような感覚はない。むしろこのまま空を飛べそうな位気持ちがいい。

 廉太郎は嬉しくなって、歌を一節歌いだしながら周囲を見渡した。ジルも呆然としている。そしてその脇にいた数名の神官が腰を抜かしていた。


「あれ…?どうしたの…」


 廉太郎の声に我を取り戻したジルが、勢いよく抱き着いてきた。


「す…す…すごい!私が何もしていないのに、廉太郎は自分の力だけで制御出来た!」


「何もしてない…?」

「うん!ものすごいきれいな魔力が漂っている!廉は何も感じない?」


 軽い興奮状態に陥っていたのは廉太郎も同じだった。手がわずかに震えている。でも嫌じゃない。吐き気もしない。


「これが…俺の声の力…?」

「そうだよ!廉の声の力だよ!ほらメーデを見て!」


 メーデと呼ばれた巨大な魔石を見つめると、ほのかに柔らかな光を放っていて、それがまるでダイヤモンドダストのように美しかった。


「ね!私が言った通り!廉太郎は凄い!!」

「ジルのおかげだ!すごいのはジルだ!」

「廉太郎が頑張ったから!」


 まるで今まで落第生だった生徒が、名門校に受かったかのような高揚感。抱き着いていたジルを抱え上げて、その顔に何度もキスを落とした。


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