幸運と不運
さて、街の外に出て少し歩いた場所にある小さな森までブルーマッシュを探しに来た俺達だが、特にアクシデントが起こることもなく、順調に採取を行っていた。
いや、順調どころか好調だった。
「まさかブルーマッシュがこんなに群生している場所を見つけられるとは……本当に運がいいです」
そう言いつつ、慣れた手つきで木の根元に生えているブルーマッシュをもぎ取り、手持ちの袋に詰めていくユリーナ。
つまりはそういうことらしかった。
「ううっ、気持ち悪い」
チラッとアルの方を見てみると、そこら中に生えているキノコのせいで軽く涙目になりながらも、震える手でブルーマッシュを袋に詰めている。
以前、街中で見かけた時は、店先に並べてあったキノコを見るだけで足まで震えて動けなくなっていた。
何かキノコにトラウマがあるのだろうが、それにしても大げさだろう。一体何がアルの身に起きたのだろうか……。
とにかく、その事を考えると、今日はかなり頑張っているように見える。
まあ、やると言ったらなんやかんやでやり通すヤツだ。そんなに心配することも無かったか。
出発前にアルに対して抱いていた心配が杞憂だったことに安心しつつ、俺は森の少し奥の方の様子をうかがう。
んん?なんだアレ?
俺はそこに見えたものに疑問を抱く。
そこには、周囲の木々の半分近くの高さを持つ、ぶ厚く膨らんだオジギソウに似た形の葉を持つ植物。
……ジャングルとかならあんま違和感無さそうなのに、普通の森で見ると結構違和感あるもんだな。
とりあえず、その草の存在をユリーナに伝える事にし、しゃがみ込んでブルーマッシュを袋に詰め込んでいる彼女に近づく。
「でかい草?……分かりました、確認しましょう」
俺の話を聞いたユリーナは、ブルーマッシュを詰めた袋の口を閉め、アルを呼び寄せると、俺にその場所に案内するように促す。
俺はその指示に従い女の子二人を後ろに引き連れて、先ほどの場所まで歩いていく。
「こ、これは……!?」
そして、草を見たユリーナは目を見開き、思わずといった風に息をのみ、後ずさる。アルも声をあげなかっただけで、だいたいユリーナと似たような反応だ。
……一体この草はなんなのだろうか?
「なあ、この草って――」
「『ミートプラント』!?なんでこんなところに……!?」
尋ねようとした俺の言葉を遮って、ユリーナが言葉を発する。そして、そのままその植物へと駆け寄り、葉を触ったりしはじめる。
「なあ、アル。俺はあんまりものを知らないから教えて欲しいんだが、ミートプラントって何だ?」
ユリーナの行動に少し唖然としたが、気を取り直してアルに尋ねる。
すると、アルは驚いたような顔でこちらを見つめる。
「ショウマ、知らないの?ミートプラントっていうのは、その名前の通り肉のような食感 と味がする植物のことだよ。一応栄養価とかの面から野菜って事になってるんだ。その味と食感は育った環境とかによって変わって、最高級の食用肉のマーブルドラゴンの肉と似た味や食感になることもあるんだ。ただ、それなりに希少な植物で、一部に毒を持ってるから調理には専門の知識が必要ってこともあって、結構いいレストランじゃないとお目にかかれない代物だよ」
少し興奮したように一気に話すアルに気圧されながら、その情報を吟味する。
つまり、俺達は一般的な傷薬の材料であるブルーマッシュを採りに来たら、レアな食材を見つけたと……。
以前の依頼でも想定外の収入があった事を考えると、俺は中々運がいいようだ。
こういった個人で持ち帰っての納品が難しいものも、ハンターカードで記録を取ってギルドに報告することで、発見報酬として即金で発見したものごとに決められた金額が支払われ、その後ギルドから店に売れた分の売却額の二割が支払われる。これは大体全部合わせて丸ごと個人でギルドに対して納品(売却)した場合の半分程度の金額になる。
発見報酬が出るものは、基本的に個人での納品が収納系の魔法を使える者しかできないものばかりだが……。
もしかしたら最低限着がえられる程度しか持っていない服や、備蓄もない食糧も多少は買えるようになるかもしれない。
そう思うと、にやけたくなる衝動を抑えきれなかった。
「いやぁ、まさかここまで儲かるとはなぁ」
森から戻ってきた俺達は、ミートプラントを発見した旨の報告をし、その発見報酬を貰った。その額なんと九万ギリー。大体一ギリーで一円相当な為、九万円貰えることになる。……一人なら。
今回は三人での報告のため、報酬は三等分され、一人あたり三万ギリーの取り分だ。
それでもいつも三千~五千ギリー程度だったFランク依頼の報酬の十倍程度だ。それなりに小綺麗な服と保存できる食糧を十分な量買ってもお釣りがくるだろう。
これで少しは安心して生活できる……!
思わずにやけながら街の商店通りに軽やかな足取りで向かった俺は、現在服を買い終え、乾○ンに似た袋入りの保存食をどの程度買うか悩んでいた。
「多分半月分くらいあれば大丈夫だろうけどなぁ……」
今の生活が三カ月続いた場合に、どの程度乾○ンモドキにお世話になるかなど想像もつかない。
だってそんな生活した経験なんてないし。
今回の金は少しは手元に残しておいた方がいいだろうことは流石に分かるが。
俺は今回の報酬の使い道の優先順位を決めていた。
まず第一が丈夫な服だ。そして次が依頼二、三回分の貯金。そして最後に保存食だ。
まず飢え死にしないことが最優先だと思われるだろうが、やはり日本に生きていた人間としての性分なのだろうか、自分の身なりは整えておきたかった。
それに、破れた服なんかを着続けていたら、この先の俺の社会的な評判に関わりかねない。
以前買ったこの世界の服は、在庫処分の投げ売り品だったのだが、その耐久力はよいものではなく、素人目だが、既に多少傷んでいるように見えた。
恐らくハンターとして活動しているせいでもあるだろうが……。
なので、とにかくもう少し丈夫な服が欲しかった。
食糧なんて、やろうと思えば毎日安いが賃金が貰える俺からしてみれば二の次だ。最悪一日食わなくてもどうにかなるし。
とにかく、自分が思う優先順位で買い物をした俺だが、服が思ったよりは安く、複数買っても残りのものが買えそうだったので、そうした。で、残り半分弱くらいになった所持金と相談しながら、現在保存食の購入量に頭を悩ませている。
「にしても乾○ンみたいな見た目してカロリー○イトみたいなエネルギー量だっていうんだから、すげえよな」
この保存食、乾○ンと大して変わらない大きさでありながら、すさまじいほどのエネルギーを摂取できるようなのだ。しかも数ヵ月も日持ちする。まさに保存食だ。
ただ、そこそこ値段が高い。
「買って問題ない程度に買うか」
そう決心した俺は、店の人に金を払うと、上機嫌で店の外に出た。
と、そこへ何かが俺にぶつかってくる。
予想だにしていなかった出来事に俺はよろめいてしまい、手に持っていた保存食が入った袋を取り落としてしまう。
「いってぇなぁクソが!どこ見て歩いてやがんだぁ!?」
衝撃を受けた方から怒鳴るような声が聞こえる。そちらを見ると、大柄なスキンヘッド、細マッチョといった感じのモヒカン、小柄な剃り込み入りの坊主刈りの三人の男がいた。
どの男もその風貌は厳つく、とてもマトモに働いている一般的な社会人には見えない。あくまで日本人の視点だが。
よく見ると、奥にいるモヒカンと坊主の間に少女がいた。艶のある漆黒の髪に、それとは対照的な輝く銀の瞳。まだ少しあどけなさが残っているその顔立ちは、可愛らしくも美しくもある。
しかし、その表情には嫌悪の色が浮かんでおり、その腕はモヒカンと坊主に掴まれていた。
……なんとなく分かった。俺は面倒くさい状況に陥っているようだ。
「すいません、少し見えにくくなってたもので……」
内心でため息をつきながら、当たり障りが無さそうな返答をする。
すると、スキンヘッドはこちらへと一歩踏み出してくる。俺は思わずその足を見つめ、愕然とする。
「テメェ舐めてんのか!?」
俺はスキンヘッドに胸ぐらを掴まれる。しかし、それに対して俺は反応を起こさなかった。
「聞いてんのかゴルァ!?」
どうやらそれを無視だと取ったらしいスキンヘッドは俺に顔を近づけて怒鳴り散らす。
無視したと思われても仕方ないだろう。実際どうでもよかったのだから。
俺の視線の先には、スキンヘッドの足の下にある、先程購入した保存食が入った袋があった。その袋は紙袋で、日本で普及してるビニール袋とは比べるまでも無く破れやすい。それが今まさに踏みしめられ、しかも引きずったような跡まである。
お、落ち着け。金は無駄になってしまったが、まだ何とかなる範囲。服じゃ無かっただけよかったと――
「なんか言えや!!」
「がっ!?」
そこまで考えたところで、俺はスキンヘッドに保存食を買った店の入口の柱に背中から叩きつけられる。
その拍子に服が入った袋を取り落としてしまい――その袋は道と店の壁の間にある水路に落ちて流されていった。
……あぁ、折角の臨時収入が……。
落胆、絶望、悲哀。しかし、俺の心にそれらが巣くったのは一瞬で、すぐにふつふつと沸き立つような別の感情が心を支配する。
それは、怒り。
「よくも俺の収入の八割も無駄にしてくれたなぁ……」
静かに呟く俺に、呆けたような顔をするスキンヘッド。しかし、次の瞬間その顔は苦痛と驚愕で歪む。
俺の蹴りがスキンヘッドのゴールデンな玉を蹴り抜いていたからだ。
「――っ~~~~~!?」
あまりの激痛に俺の胸ぐらから手を離すスキンヘッド。水路にかけられた足場に俺は着地すると、足の間を押さえるスキンヘッドの手の上から、再び股間を蹴り上げる。――さっきよりも強く。
「ぐげゃぁがぁぁ!?」
奇声と色々なものが潰れたような音を上げ、スキンヘッドは人一人分くらいの高さまで舞い上がり、背中から道に落ちた。
股間を押さえる手は、なってはいけない形にひしゃげており、指の隙間から幾つかの液体が混ざったものが溢れ出していた。
「テメェらも、仲間か?」
俺は細マッチョと坊主に顔を向ける。すると、そいつらは腕を掴んでいた少女に刃物を突きつける。
「や、やんのかぁ!?この女がどうなっても知らねぇぞ!?」
「い、今すぐ謝って有り金全部置いてくなら許してやるよォ!」
軽くパニック状態になっているように見えたが、仲間がやられても逃げる気は無いらしい。
少女がどうなろうと知ったことではないが、ここで少女を見捨てるのはこれからの俺の評判の為にもするわけにはいかない。
かといって奴らの言いなりになるのはゴメンだ。有り金全部置いていったら今日は飯を食うどころか宿にすら泊まれなくなる。
……ただ、幸いなことに俺には女神に貰った力がある。
制御が不完全だが、多分5パーセントの身体能力で、一瞬だけ『催眠』の能力で気を逸らせれば無理矢理なんとかできる。そして、俺は現時点でそれが可能であった。
ならどうするか?決まっている。
――邪魔なモンは、排除する。
「お、おい早ぐべ!?」
「なっ!?一体何ごふ!?」
何の前触れも無く崩れ落ちた細マッチョに驚いているうちに、自らも同じように崩れ落ちる坊主。そして、坊主の前に立っている俺。
いつの間にか集まっていた周囲の野次馬は、一体何が起きたのか分からないようだった。
制御しきれない『催眠』の能力が野次馬にまでかかってしまったが故の事だろうが、特に問題ないし、どうでもいい。
俺は後始末の為に、保存食を買った店の人に縄を借り、チンピラ三人を縛り上げる。
本当はこの後警備兵に連絡しないといけないのだが、俺は連絡法を知らない。
どうしたものかと悩んでいると、チンピラに絡まれていた少女が声をかけてくる。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「礼はいい。俺は自分の金が無駄になったから手を出しただけだ」
元々面倒だと思って見捨てようとしてたので、礼を言われたりするのは少し気が引けるため、ぶっきらぼうに答える。
「いえ、それでも私はあなたに結果的には助けられたのです。色々と諦めていましたが、流石にあのようにして純潔を散らしたくはなかったので……。本当に助かりました」
やっぱりそういう感じで絡まれてたのか。
この手のテンプレじゃあ面倒くさいタイプだ。チンピラ退治とヒロインとの出会いの複合パターン。
現時点ではそういうテンプレには遭遇したくなかったんだが……今更フラグへし折ったり逃げたりとかはできないだろうしなぁ。
大体こういう出来事があると、チンピラがまあまあ名が知れた奴で俺の名が広まり、ヒロインがつきまとうようになる。
その影響で楽な生活ができるようになるかもしれないが、あいにくこの世界で荒くれ者を取り締まるのはよくある冒険者ギルドではないし、ヒロインも『色々諦めていた』なんて言っていたからなんかワケありなタイプだと思われるため、褒賞でランクが上がって収入が増えたり、ヒロインの親父さんから援助してもらったりといったことは期待でなさそうだ。
……参ったな。まだ戦闘力も経済力不十分なのに名が広まるのは嫌だぞ?転生者に目をつけられるかもしれないし。そんなことになったら楽できない。
ヒロイン関連は最悪どうでもいいから、何とか名が広まる事を避ける悪あがきだけはしてみるか。
「そうか。じゃあ、礼の代わりに警備兵呼んで経緯とか色々説明しといてくれ。じゃあな」
少し早口に少女に告げ、俺はそそくさとその場を立ち去ろうとする。
立ち去ろうとするのだが……。
「あ、あの、暴力沙汰になってしまうと、当事者がいない時は問答無用で犯罪者扱いされてしまいます。だから、しばらくはここにいていただかないと……。連絡も説明も私がしますので……」
少女に腕を掴まれて、遠慮がちにそんなことを言われてしまう。
どうやら俺は逃げられないようだ。
せめて公に名が広まる可能性だけは避けたかったが、それが叶わぬものと知り、俺は心の中で盛大にため息をつくのであった。




