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バグはチートを上回るのか?  作者: バルク
第一章 優しい世界はありえない?
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プロローグ

 瞼の裏に抜けてきた、ほんのりと明るい日の光と囀る鳥の声によって、俺の意識は心地よいまどろみの中から引き上げられる。

 しかし、引き上げられた意識が今日は特に何もやることがないことを認識すると、途端に再び沈んでいく。

 だって寝てる方が楽なんだから、しょうがない。


 そんなダメ人間的な思考をしている俺こと灰村翔真(はいむらしょうま)は、つい一月前程に日本からこの異世界に飛ばされてきた人間だ。


 ああ、そういえば日本にいた最後の日も、こんな何も無い休みの日だったな――そんなことを思いながらも、依然として俺の意識は深く沈んでいく。

 こっちに来てから色々あって、ようやく落ち着ける日が来たんだから、仕方ない。

 ま、あの日のようなことはもう起こらないだろうし、今日はのんびり寝てすごしますかね。

 俺は日本で過ごした最後の日を早回しで思い出しながら、沈む意識に身を委ねた。











「ふぁぁ……。まだ昼か……」


 俺はその日、初めて目を覚ました時、そう言った。元々前日の夜に明日は一日寝てすごそうと思って就寝したのだから、「まだ」という言葉は間違っていないはずだ。

 昨日寝たのが夜の十二時くらいだったから……。


「だいたい十二時間くらい寝てたってことか」


 俺はかなり長く寝れるタイプの人間だが、人間の限界としてこの程度が限度なんだろう。

 しばらくは眠れないかなぁ。

 そんなことを思いつつ、枕元に置いてあったスマホを手に取り、ネット小説の更新分を読み始める。


 俺は寝ることも好きだが、本やネット小説を読むことも好きだった。なぜなら、煩わしい現実から俺を切り離してくれるから。

 俺は、少しばかり覚えがいい人間で、努力をしなくてもなんでもかんでも平均以上の結果を出すことができた。そのせいか、周りの同級生からは疎まれたり、敬遠されたり。大人達からも変に期待されたりした。

 俺は好きでやってるわけじゃないのに。

 そんな現実は、俺にとって煩わしく、面倒くさい。


 そんなことよりも、睡眠と読書において何よりも気に入っているのは、労力がほとんどかからないこと。

 俺のポリシーは、「楽できるだけ楽をする」だ。やらなきゃいけないこと、やるべきことはしっかりやるが、それ以外はなるべく楽をして生きたい。つまりはそういうことだ。

 だから、ゲームもそれなりにはするが、やってる楽しさを作業の苦痛が上回った時点で大体のゲームは投げ出す。

 俺の中では、プラスとマイナスを天秤にかけて、マイナスが上回るならば、それは必要ないことであり、楽ではないこと。投げ出したゲームは、マイナスが上回ってしまっただけ。

 さて、そんな哲学じみたことは置いておくとして、画面にネット小説を表示していた俺のスマホだが、その画面がいきなり暗転したのだ。


「あ?なんだよ。接触不良か?」


 軽く指で叩き、電源ボタンを押すが、画面は暗いまま。

 これはショップルートか?

 面倒くさいからそれはよして欲しいだけどなぁ。

 仕方なく、電源ボタンを連打する。長押ししないと電源はつかないから、ただの悪あがきだ。

 しかし、そんな悪あがきが功を奏したのか、スマホの画面に光が灯る。


「おっ、ついた」


 ……けどなんかおかしくないか?

 白一色に光ったスマホの画面は、なんか渦巻いてるように見える。

 次の瞬間、俺はスマホの画面に吸い込まれていた。


「は?」


 一瞬かつあまりに衝撃的な出来事だった為に、マトモな言葉すら出ない。

 いやいやなんだ今の。夢か?


「夢ではありませんよ」


 後ろからかかった声に、俺はビクッと肩を跳ねさせ、勢いよく振り返る。

 そこにいたのは、絶世の美女。顔、プロポーション共に非の打ち所がなく、毛先にいくにつれて金から赤へとグラデーションのかかった奇抜な色合いの腰ほどまである長髪さえも、それを引き立てている。さらに、身にまとう銀色に煌めく衣が、触れることすら躊躇われる程にその美しさを昇華している。

 ……他人にあまり興味がない俺だが、思わず見とれてしまった。


「灰村翔真さん、私があなたをこの場所へとお連れしたのです」


 つまり、先程のスマホの異常は彼女の仕業で、俺がスマホの画面に吸い込まれてこの真っ白空間に来たのも彼女の仕業、と。


「じゃあ布団用意してくれ」


「えっ!?……いえ、勝手にお呼びした私が悪いのは分かっています。その、ご奉仕しろと言われればしますが、こ、心の準備が……」


 ……コイツは何を言ってるんだ?

 もじもじとしながら、チラッとこちらを度々うかがう目の前の美女に、呆れ半分の視線を向ける。


「俺は、今日は布団の中でゴロゴロして過ごすと決めてたんだ。勝手に連れ出したんなら、ここでそうさせてもらう」


「あ、なーんだそういうこと……ってそうじゃないです!私は、あなたに頼みたい事があるのです!」


 目の前の美女は、ホッとしたような仕草をしたと思ったら、いきなり怒ったように叫び出す。

 忙しい奴だ。もっと余裕を持った方がいいんじゃないだろうか。


「頼み?まあ聞くだけは聞こう」


 非常に残念だが、ゴロゴロするのを諦めて彼女の話を聞く事にする。


「まず、私はあなたがいた世界の管理者である女神のアリアといいます」


 ……どうやら中身は残念なタイプらしい。


「ほ、本当なんです!信じて下さい!」


「はいはい、信じる信じる」


「信じてませんよね!?目を見て下さい!」


 憤慨して詰め寄ってくる彼女――アリアを適当にあしらう。

 ……普通、信じてもらえるわけないだろうに。


「まあ、俺もネット小説だとかでこういうシチュエーションには理解がある方だ。お前が女神だとして、とりあえず話を進めようじゃないか」


「むー、分かりました」


 まだ不満ですよーと物語る目をこちらへ向けながらも、話を進める事に同意する自称女神。

 初めは彼女が美しい系に見えたのに、この数分で可愛い系に見えるようになった。

 雰囲気って大事だな。


「えっとですね、単刀直入に言わせてもらうと、翔真さんには異世界に行ってもらいたいのです」


 ……なんかテンプレすぎてもう残念を通り越して哀れに見えてきた。

 そんな俺の視線に気づいたのか、アリアは頬を膨らませるが、すぐに余計な考えを振り払うように頭を振り、咳払いをしつつ話を続ける。

 アリアの言うことには、どうやらその異世界を管理していた神が、本来やってはいけない魂の書き換えを行って、死んだ人間に本来持ち得ない強力な力を持たせて自分の世界に転生させていて、それを放っておくと世界のバランスが崩れてしまう。

 そのため、その神を滅ぼしたのだが、問題は書き換えられた魂の方で、魂は転生するときに浄化されるのだが、書き換えられた魂はその部分が浄化されずに来世においても世界のバランスを崩す要因になる可能性がある。

 それを防ぐには魂を消滅させるしかないのだが、神が下界に降りることは、それ自体が世界崩壊レベルに世界のバランスを崩す可能性がある為にできず、かといって転生前にその魂を見つけ出して消滅させることは砂漠で一粒の公園の砂場の砂を探すが如く難しい為、下界に使者のようなものを送り込み、その者に魂の消滅を行ってもらうようにしたらしい。

 ようはチート転生した奴を俺に狩らせたいと、そういうことだ。


「だがなんで俺なんだ?」


「それは、あなたがいわゆる『バグキャラ』であるからです」


 は?


「翔真さんは、転生の際に起きた誤動作のようなもので、意図せずして魂の容量――いわゆる才能ですね、それが際限なく、無限に増大するようになっているのです」


 いやいやいや。え?ナニソレ?


「お前ほんとーに頭大丈夫か?」

 

 意味不明すぎるので、とりあえずアリアの頭を心配しておく。

 女神を自称するくらいだし、こんなことも言い出してしまうかもしれないし。


「至って平常です!へ・い・じ・ょ・う!」


 どうやら手遅れらしい。

 かわいそうに……そんな生暖かい俺の視線に気づいたのか、その顔を見る間に怒りに歪ませ、右手を振りかざした。


「そ、そこまで言うのでしたらっ、女神である証、見せて差し上げましょう!ハァッ!」


 アリアの気合の声と共に、俺の体が何かに締め付けられるような感覚に襲われ、宙に浮かぶ。


「おお?」


 まるで巨大な手に掴まれているような感覚だ。

 よく見ると、アリアの手はいつの間にか握られており、その拳の延長線上に俺は浮いている。


「これで信じる気になりましたか!?」


 確かに、普通の人間にはできないことだろう。

 だが……


「これが女神の証かって言われるとなぁ……。あ、もうちょっと弱く握って。痛い痛い痛い強くするなやめろミシミシ言ってる折れる折れる潰れるゥ!」


 その後、もうアリアのことを疑わないことを条件に離してもらった。


「さて、では翔真さんには今から異世界に行ってもらいますが、何か質問はありますか?」


「異世界行きの拒否権は?」


「ありません」


 その無情な言葉に全俺が泣いた。


「……俺がやるしかないわけ?」


「はい。あなたでないとだめなのです」


 縋るような俺の目に、アリアが罪悪感を感じたのか、うっ、とわずかに息を詰まらせるが、アリアは申し訳なさそうに俺に告げる。


「魂を書き換えられた、いわゆるチート転生者たちの一部は、神にも匹敵する力を持っています。ですので、私の力をすべてコピーアンドペーストして下界に降りれる翔真さんでなくてはだめなのです」


 ……ちょっととんでもないことが聞こえた気がする。


「え、俺に神の力持たせるの?」


「はい。そうしないとチート転生者に勝てませんから」


 何を当たり前のことを、といった目で俺を見てくるアリア。

 いや、まあ理屈ではそうだけど……。


「それっていいのか?魂の書き換えにあたったりとか、世界のバランスとか」


「ああ、それは問題ありません。あなたに施すのは魂の書き換えではなく、力の受け渡しです。受け渡しは魂の容量が足りないとできませんが、翔真さんなら問題ありませんし。それに、世界のバランスが崩壊するのは、神格を持った存在が降りた時です。翔真さんに渡すのは力だけですのでこちらも無問題ですよ」


 便利なものだ、俺。


「あと、チート転生者はどうやって探せばいいんだ?」


「渡す力で魂を見ることができますので、それで確認できます。魂が歪になっている……としか説明できませんが、見ればすぐ分かると思いますよ」


 淡々と答えるアリアを見て、なんかイージーモードでゲームやらされるみたいだなぁ、などと思う。

 ……バグキャラらしいし当然か。

 実際そう上手くはいかないんだろうが……。やべ、そう考えるとまた面倒くさくなってきた。


「ところで、向こうではチート転生者を狩る以外には何してもいいのか?」


「それは構いませんが、しっかりチート転生者は狩ってくださいね?少なくとも一年に一回は。そうすれば早めに見積もって、五十歳で翔真さんが死ぬと仮定した場合、根絶できますので」


 そうすると、今俺が十五歳だから……三十五人か?

 多いわ!なんでそんなにいるんだよ!

 ……まあいい。働き詰めじゃなく、休みは何やってもいいならモチベーションは保てる。多分。


「オッケー。それじゃあ行こうか――」


 待ってろ、イージーモードな快適極楽異世界ぐうたらライフ!










 どうやらあの日の事を思い出しながら寝たら、その夢を見たらしい。

 ベッドから起き上がりつつ、俺はそんなことを思う。


「ぐうたらライフか……」


 現実は中々上手くいかないものだ。

 一月前にこの世界に転移してきた俺は、金を稼ぐ為に早速街で仕事を探そうとするのだが、 転移してきたところが街の外、しかも部屋着どころかパジャマ姿で転移してきたので無一文。そもそも日本の金を持ってきてても無価値だったが……。

 とにかく、そんな体たらくだった為に、街の関所でストップを食らい、そもそも街に入る事ができなかった。


「それから関所通る分の金額の魔物とかの素材取ってきたり、就ける職業が冒険者、というかハンター一択だったり、そのハンターもランクが最低だから収入が生活してくのにギリギリだったり……」


 やばい、涙が出てきた。

 ちなみに、ハンター以外の職業に就くには、身元が確かじゃないといけないという条件があった。ハンターは危険で、就職希望者が少ないからその条件がないとか。あと、国に属さない組織であること、ワケありな人間が生活できるようにすることなんかが理由らしい。噂話だが。

 で、ハンターにはランクがあり、上からA~Eが基本ランクとしてある。他に、初心者ランクとしてF、非常に大きな功績をあげた者だけがなれるSランクがある。

 俺はまだハンターになって一月経ってないのでFランクだ。


「力だけはある分余計に悲しいわ……」


 そう、件の女神から授かった力だが、強力とかそんなレベルじゃなく、まさしくチートやバグなんて言葉が相応しいようなものだった。

 数えるのも億劫になる程の数の力を手に入れたのだが、それら全てを駆使すれば、世界の理すら一部ねじ曲げることができるようだ。

 ナニソレ怖い。

 また、身体能力なんかもそれと遜色ないレベルまで上がっているらしい。

 正直、これに匹敵するレベルのチート転生者共が怖すぎる。


「それなのに、俗に言う研修期間なハンターのFランクで、毎日ギリギリの金欠生活。住む場所も安っいボロ宿で、一日二食の最低限の食事……」


 こんな状況でぐうたらライフを送れるわけがなく、今日はたまたま受注必須の研修依頼がなく、前日の研修依頼で運よく見つけた珍しい薬草の亜種がそれなりの値段で売れたから一日寝れる日だったわけで……。


「これからどうなってくんだか……」


 前途多難な未来を想像し、ため息をつくと、俺は再びベッドの上に寝転ぶのだった。

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