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第五話〜ダークギルド〜

「驚きました。やっぱりレイルさんは強いのですね」


 街へ戻る帰り道、セシリィはずっとレイルの手腕を褒め称えていた。

 レイルの冒険者マネジメントになると決めた当日、セシリィは相棒であるレイルの実力を確かめるために街の近くの森で一晩レイルと共に野営する事となったのだが、レイルの実力は文句なしのものであった。


 現在レイルが手に持っているのは、バトルベアーと呼ばれる魔物の爪である。

 バトルベアー。肉食で動くものを見たら暴れる特性から、Bランクに位置する魔物であるが、レイルはそれを素手で屠った。

 勘違いしてはならないが、Bランクの魔物を素手で倒すのは常識の外の範疇である。決して良い子はマネしてはならない。


 レイルの強さも一通り確認できた事で、二人は街に戻ったのだが、どうも昨日までと街の雰囲気が一変している。


「どうしたんだ? なんかやけに騒がしい気がするけど」

「気のせいではないですよ。あきらかに冒険者の皆が殺気立っています。これは異常ですね」


 よく見れば街の人たちは殆んど家にこもっており、外にいるのは殺気立った冒険者ばかり。この光景はあきらかに異常である。

 この原因を知るには、まず冒険者組合(ユニオン)に行って事態を説明してもらおう。

 そう判断した二人は冒険者組合(ユニオン)に向かったのだが、その凄惨な光景は言葉を失う程であった。


「あ……あ、な、なんですか、これは……」


 冒険者組合(ユニオン)に集まった人だかりを抜けると、その凄惨極まる光景を見て顔から血の気が失せたセシリィは、足が崩れその場に座りこんだ。吐かなかっただけでも堪えた方だろう。

 冒険者組合(ユニオン)の外壁には、昨日レイルに突っかかってきた男の死体が磔にされて吊るされていた。

 しかもその五体はおよそ満足と呼べる状態になく、四肢は切断されて男の表情は地獄の釜の底を覗いたかのようであった。おそらく、生きたまま四肢を切り刻まれたのだろう。

 その死に様は人が享受できるものではなかった。


「見るなセシリィ、お前にはキツすぎる」

「あ、ありがとう、ございます」


 魔物を狩り続けてある程度死体の耐性を持っているレイルとは違い、まだ少女という年齢のセシリィにはこの光景はキツかろう。

 レイルはロングコートの裾をセシリィ被せて視界を遮った。

 そして隣にいた冒険者に、レイルは説明を求めた。


「なあ、こりゃ一体どういう事だ? 真昼間からこんな胸糞悪い事をしでかしやがって」

「ああ、本当に舐め腐りやがった事をしやがって。こりゃ腐れダークギルドによる、俺たち冒険者に対する宣戦布告だ」


 ダークギルド。それは冒険者たちとは似て非なる非合法の犯罪者集団である。

 クエストを受けてそれを達成させるという形態は冒険者と似ているが、その内容は人殺しや人攫いなど、法を逸脱している行為ばかりだ。

 冒険者組合(ユニオン)のようにまとめる存在もおらず、無法集団で人間の皮を被ったケダモノの巣窟だ。


 ダークギルドの中には、元は冒険者でありながら暴行や殺傷事件を起こして冒険者の資格を剥奪された者も多くいる。

 それを逆恨みしてか冒険者を狙う輩もおり、冒険者とダークギルドは不倶戴天の怨敵である。


「ここ最近、近隣の街でも冒険者を狙った糞ったれダークギルドの犯行が報告されている。どれも被害にあったのはCランクからBランクの実力者ばかりだ。糞共め、俺たちの仲間に手を出したツケを必ず払わせてやる」

「そうだな、ここまで反吐が出そうな事は初めてだ」


 レイルも、あからさまな怒りを露わにする。

 たしかにレイルは強者との戦いを望み、それを楽しんでいるが、それは戦いを楽しんでいるだけで殺しを楽しんでいるわけではない。

 戦いには全力を尽くすが、決着がつけばそれで終わりだし、もしそれで不幸な結果になろうとも尊厳を尊重して丁重に弔う。互いに握手して終われば万々歳ではないか。


 しかし、これは違う。

 戦えない相手を痛めつけ、嬲り、その遺体すらも人としての尊厳を尽く踏みにじっている。

 バラバラにした死体を大衆に晒し、互いに健闘を讃えるどころか辱めている。

 その所業は、レイルの主義や信条とは全くの逆だ。


 そしてこのような事をする下衆な輩は、必ず自分の成果を確かめに戻る。

 レイルは人ごみの紛れているローブを着た人物を睨みつけた。

 その瞳孔は人間とは違い鋭いスリット状へと変わり、向けれた本人にしか察知できない殺気を飛ばす。

 それに気付いたのか、ローブの人物はレイルを見つめ、口だけを動かしてレイルに伝えた。



 ──ばいばい、また会おうね。



 ひらひらと手を振ると、ローブの人物は人ごみに紛れて見えなくなった。

 追跡する必要はない。確実に、奴とはまた会うのだから。


「……レイルさん、どうしました? 凄い怖い顔してますよ」

「ん? ああ、なんでもない。宿屋に戻ろうか」


 ショックから少し回復したのか、セシリィはレイルのズボンをちょんちょんと引っ張った。

 それに気付いてレイルは瞳孔を元に戻し、セシリィを立たせて宿屋へと向かった。

 もう一度、ローブの人物が消えた方向を見て。




 *****




「……さて、そろそろだな」


 時刻はもう日付が変わった頃だろうか。レイルは漆黒の闇が広がる夜を見て、一人呟いて部屋を出た。

 今朝のダークギルドによる凶行があったにも関わらず外に出る理由は、その犯人に会うためだ。

 もちろん、ダークギルドに加入するわけではない。


 理由はただ一つ、その犯人をとっちめるためだ。

 そこに正義感や冒険者としての義務感など微塵も無い。単純に、気に入らなかっただけだ。

 ダークギルドのやり方は、レイルの神経を心底逆撫でさせる。それに加えて幅を利かせているのが、レイルは大層気に入らないのだ。

 相手もレイルが気に入ったのか再会の約束までしてくれたし、無視する選択肢などレイルには無い。

 黒のロングコートを羽織って宿屋を出ようとすると……出口にはセシリィが立っていた。


「セシリィ、どうしたんだこんな真夜中に?」

「それはこっちのセリフですレイルさん。どこかにお出かけでもするつもりなんですか?」


 怒ってる。キッとまあるい瞳を鋭くしてレイルを睨み、口を尖らせて物凄く怒っていた。

 しかし狐耳はしゅんと垂れていて、怒りと悲しさが混在しているといった感じだろう。

 ほぼ確実に、これからレイルがする事に気付いている。


「やっぱりあの時、レイルさんは犯人に気付いていたんですね。そして今夜、その犯人と会うつもりなんですね?」

「あー、バレてたか。だったら隠しても無駄だな。たしかにそのつもりで、そいつをとっちめる予定だ」


 隠し事が無意味だと分かると、レイルはあっさりと事実を話した。

 別に、恥じる事もやましい事もないのだから。

 だが、危ない事には変わりない。


「だったら止めるか? 冒険者が危険な事をするのを止めるのが、冒険者マネジメントの仕事でもあるんだろ?」

「たしかにそれが私の仕事でもありますが、ですがレイルさんは私が言ったって聞かないですから諦めます」


 可愛らしく頬を膨らませて、そっぽを向いてしまうセシリィ。

 付き合いなど無いようなものだが、それでもレイルの強情さと頑固さは分かっているつもりだ。

 そのレイルが今朝に見せた、明確な怒り。決して引きはしないだろうとは容易に察しがついた。

 だから、せめてセシリィにできる事は一つだけ。


「ん?」

「だからレイルさんと一緒に行きます。レイルさんなら大丈夫でしょうし、見守るぐらいはさせてください」


 同年代だがレイルと比べて小柄なセシリィは、レイルの隣に立った。レイルと比べると、その身長はレイルの肩ぐらいしかない。

 しかし身長は小柄だが、その決意は本物である。


 常に冒険者と共に行動するというのが、セシリィが絶対に譲れない信念である。

 冒険者が自ら危険に突っ込むのであればそれを止めるが、それが止められぬのであれば例え死地であっても行動を共にする。

 パートナーである冒険者が死ぬのは、セシリィの一種のトラウマ(・・・・)であるのだ。


「……わかった。けど絶対に、自分から手を出すなよ。それと戦いが始まったら、相手じゃなくて()から離れるんだぞ」


 セシリィの信念を汲み取って、それを拒絶する理由はレイルには無かった。

 セシリィの同行を許し、レイルは真夜中の街を進んでいく。

 ダークギルドが動いているとあって、真夜中でも冒険者たちが数人集まって巡回している。

 これでは目当ての相手に会えないという事で、レイル一行は人通りが少ない所を選んで進んでいく。

 やがて巡回している冒険者たちの姿も見えなくなり、ほぼ街の外に位置する場所まで移動すると、レイルの知覚は異変を察知した。


「レイルさん、どうしました?」

「下がっていろセシリィ、どうやら相手のお出ましのようだ」


 即座にセシリィを下がらせて、レイルは眼前に広がる闇を捉える。優れた知覚能力が、闇に潜むモノを見つけたのだ。

 何が飛び出しても対応できるように構えるが、ソレは特に普通に現れた。


「──すごいね、もう僕の気配に気付くなんて。隠れるのには自身があったんだけどな」

「そんな殺気を撒き散らしてちゃ、気付かない方がおかしいだろ。そこらの動物だって気付けるぜ」


 闇から現れたのは、レイルより少し年上といった感じの少年であった。

 人懐っこく、にこにこと不気味なまでに屈託のない笑顔を浮かべている。それがレイルの警戒心を引き上げる。


「そんな、まさか……あなたは、ベルネスさん?」

「どうしたセシリィ? 知り合いか?」

「少し前に冒険者組合(ユニオン)内でも有名だった元冒険者です。早くにCランクに昇格を果たして将来を嘱望されてましたが、危険な思想が問題視されて冒険者の資格を剥奪されたんです。まさかダークギルドに身を落としていたなんて……」

「あれ、キミって冒険者組合(ユニオン)の人? だとしたらキミたちに感謝をしようと思っていたんだ。キミたちが僕を追放してくれたおかげで、僕は僕が本当にやりたかった事ができるようになったからね」

「だからって、どうして……、同じ冒険者だったじゃないですか」

「気付いたのさ、僕は魔物を狩るより、人を狩るのがどうしようもなく楽しいってね。特に武器を持った人間の狩りは楽しいものだよ、他の獲物に興味をなくすくらいにね」

「理解できないな。殺す事に快楽を見出すなんて、ケダモノ以下だろうよ」

「そお? 見た所、キミも僕と同じこっち側(・・・・)の人間だと思うんだけどね」

「一緒にするなよ。たしかの俺は強い奴との戦いを望んでいるし、互いに死力を尽くす戦いは楽しい。けどお前のように殺す事を目的としないし、相手をバラバラにする事はない。お前とは根本が違うんだよ」

「あはは。そっかぁ、それは残念だなぁ、僕と同じ人間が見つかったと思ったのに」


 レイルの言葉に不快感を表す事もなく、ベルネスは笑顔のまま頭を掻いた。

 決して崩れない笑顔が、ますますベルネスの不気味さを掻き立てる。

 そして、泥のような密度の殺気がベルネスから零れ出た。


「──それじゃあ、殺すね」


 ごぽっと音を立ててレイルの目の前にいたベルネスは黒い泥状へと姿を変えてビチャビチャと地面に落ちた。

 そしてレイルたちの背後の地面が音を立てずに盛り上がると、ベルネスは鋸刃のような短剣を腰から抜いて、レイルの首筋を掻き切る。

 ──が、その刃はレイルの皮膚を裂き肉を切る事は叶わなかった。


「……おい、何かしたか?」

「っ!?」


 振り向き、ベルネスを見るレイルの瞳は、闇夜でも尚妖しく輝く黄金で、その瞳孔は細くスリット状であった。

 そこに込められた、レイルとは違う何かもっと圧倒的な存在。そのアギトがベルネスの頭蓋を噛み砕くイメージが見えて、ベルネスは即座にレイルから距離を取った。

 ベルネスは自分の顔を触り、頭蓋が無事だった事に安堵の息を零した。


「……はは、驚いたね。まさか僕が、殺気で怖気付くなんて。それに首を狙ったのに、文字通り歯が立たなかった」

「そんな悪趣味な得物で俺が斬れるかよ。ワザと相手に苦痛を与えるような武器を使いやがって。俺を斬りたきゃ、最高級の名剣か聖剣でも持ってくるんだな」

「気を付けてくださいレイルさん。ベルネスさんは、その危険性さえ無かったらAランクに到達していたと言われる程の強敵です」

「そのようだな。一瞬、いつ泥の人形と入れ替わったのか気付かなかった」


 ヴリトラの力を授かったレイルの知覚は魔力の流れすら敏感に感知し、相手を欺くような魔法などすぐに看破できる。

 しかしベルネスの魔法は、一瞬だがレイルの反応を遅らせた。普通の相手だったらそこで首を切断されて終わりだったろう。


「だけどここで素手を使うとなると環境に優しくないし、何より騒ぎを聞きつけて他の奴等が集まってくるからな……。これを使うしかないか」


 レイル自身、素手で戦うのがどれだけ周りに被害を及ぼすのか分かってはいるつもりだ。それを街中で戦うなど、家屋の一つや二つが倒壊してもおかしくない。

 だからレイルは、コートの内側に貼られた八枚の札から一枚取り出した。


 父ヴリトラの遺産は途方もない財宝や他を圧倒する力だけではなく、世界でも最高峰の武器までも息子のレイルに託している。

 その八つの武器を収納しているのが、この八枚の札である。

 ヴリトラ自らが自身の皮を鞣して作ったこの札には永続性の空間魔導が施されており、特定の魔力を注げばその札に収納された物を取り出す事ができるようになっている。

 レイルは指先から魔力を流し、そこに収められた力を解放する。


「『噛み千切れ』──〈双子ノ顎〉(タウアム)


 レイルの手に握られたのは、双剣であった。

 右手の剣は刃渡り二尺程、左手の剣は一尺程でそれぞれ長さの違う双剣。その意匠はただただ無骨で、牙を剣の形に削って握り手に皮を巻いただけの何の飾り気もないものだった。


「なんだい? 無駄にカッコ良く出したクセに、随分とみすぼらしい武器なんだね」

「勘違いするなよ。素手だと周りをぶっ壊すから街中で使いたくないだけだ。他の武器も地形に優しくないからな。唯一対人戦に向いているのがこれしか無いんだよ。セシリィ、危ないから下がってるんだ」

「はい……」


 対人戦に向いているとはいえ、それは他と比べるとだ。

 何せその材質は、竜の中でも唯一神々を屠ったとされている、竜でも三本の指に入る程のヴリトラの体なのだから。無事で済まないわけがないだろう。


 レイルとベルネスは、互いに向き合ったままゆっくりと歩き出す。

 やがて二人は、互いの間合いへと入った。手を伸ばせば、すぐにでも届くだろう。

 互いの息遣いまでも聞こえてくるような距離。その戦端はすぐに開かれる事となった。


「──……シッ!」

「ふんっ」


 長いローブで動くが分かりにくいベルネスは、走り抜けるようにしてレイルの首筋を斬りつける。

 が硬質なレイルの皮膚はそれを弾き、通り過ぎるベルネスに向かって刃を振る。

 しかし宙に舞うのはベルネスのローブの切れ端のみ。浅かったようだ。


「……その皮膚は厄介だね。僕の剣がまるで通らない。魔力による身体強化とも違う。その浅黒い皮膚の変色……何か強力な呪いの類のようだね」


 たしかに、竜の力の移譲はレイルの魂の形を変えて、体内に流れる血肉も全て別のモノへと変わった。

 レイルの肉体は最早人の理から外れており、見方によっては呪いという言葉も間違ってはいない。


「呪い、か。俺にとってこの力は、俺と父さんの親子の絆を表す祝福だ」


 レイルにとってこの力は、父でありヴリトラが命を賭して遺してくれた愛情である。それを祝福と言いこそすれ、呪いなどと言いはしないし思った事もない。


 一足飛びにベルネスに駆けると、右の剣で袈裟斬りに振るう。が、ベルネスは屈んでそれを回避。そして短剣をレイルの胴に目掛けて振るうが、まるで硬い金属に阻まれたかのように布の上を滑る。

 反撃としてレイルは左の短剣をベルネスの足元に振るうが、ベルネスは飛び上がる事でそれを回避した。だが悪手だ。


【槍脚】(そうきゃく)


 飛び上がって身動きが取れないベルネスに、左脚で強く地面を踏み締め、その反動で右脚を真っ直ぐに伸ばす。

 まるでそれは城門を貫く大槍の如く、空を捻じ切り大気に穴を開ける。

 だが直撃すれば五臓六腑をぶち撒けて絶命は免れない一撃を、ベルネスは蛇のようにレイルの蹴りに絡みついて死を回避した。


「……ふぅ、こっちの攻撃は通らないのに、そっちの攻撃は一撃必殺。今までで一番強い相手だけど、殺せないのが面白くないね」

「こっちは楽しむつもりなんてないんだよ。早く終わらせてもらうぜ」


 再び始まる、剣の舞踏。

 レイルはベルネスに追随するように双剣を縦横無尽に振り回すが、ベルネスはそれを全て紙一重で回避する。

 時折魔法で出現させた土の防御壁で防御を試みるも、まるで溶けたバターのようにごっそりと削られる。

 これが人体に及ぶと考えると、血の気が失せる思いだ。


 反撃とばかりにベルネスも剣を振るうも、魔力でいくら強化しようもレイルの皮膚も鎧も傷付ける事は叶わず、逆にレイルの剣で防がれれば刃が削れる始末であった。

 この双剣は、レイルが持つ八つの武器の中で切断能力に最も特化された武器である。

 如何な鋼鉄でも斬り裂くその刃は、防御するだけで相手の刃を切断し得る斬れ味を誇る。

 それでもまだ武器としての形を保っていられるのは、ベルネスの技量によるものだろう。


「やれやれ、たしかに巧いな。あと一歩なのに俺も攻めきれない」


 中々仕留めきれないレイルは、少し悩む。

 別に倒せないわけではない。ベルネスを倒すだけなら、手段は数多くある。

 しかしそれに、周囲を巻き込まないという条件を付けると、いくらレイルでも厳しくなる──いや、レイルだからこそ厳しいのか。


 レイルの力は、その暴力的なまでの力で周囲もろとも相手をねじ伏せる場合に真価を発揮する。

 逆に、今回のような市街戦で、巻き込まないように戦いとなるとレイルの力の多くに制限がかかってしまう。

 レイルは最初から、力の多くを制限しなければいけない最悪の状況下で戦わねばならないのだ。

 だからこの状況に、歯がゆい思いをしてしまう。


「それはこっちもだよ。どんな攻撃も傷一つ付けられないなんて、これは逃げた方が得策かな?」

「悪いが逃がすつもりはないぜ」


 左手に握った短剣を、ベルネスの顔に目掛けて投擲する。

 しかし大気を斬り裂く程の投擲をベルネスは身を屈ませて回避するが、投擲は目くらましだ。

 一瞬、レイルを視界から外してしまったベルネスの不意をついて右手の剣を振るうが、ベルネスは後ろに飛び退いた。

 ──しかし、それすらもレイルの目くらましであった。


「え…………」


 ベルネスは視界の端に映った異変に、言葉を漏らした。

 先程レイルが投擲した筈の短剣が、宙に浮きながら斬りかかってきてるのだから。


 レイルが持つ双剣──〈双子ノ顎〉(タウアム)。ヴリトラの上顎と下顎の牙から削り出されたその二振りの剣は、例え片方が離れても相手に迫って挟み斬る能力を有している。

 レイルが投擲したのは、この能力を使用するためであった。


 地面を這うように襲ってくる短剣はベルネスの首を狙いに走る。着地した瞬間を狙われたせいで回避は不可能。

 ならば最後の手段。


「──【礫弾】(アースバレット)


 地面から飛び出た無数の土の弾丸が、ベルネス自身に襲いかかる。

 自身の肉体では回避は不可能と悟ったベルネスは、自身に魔法を当ててその衝撃で吹っ飛ぶ事で回避の手段としたのだ。

 たしかにそれ以外しか方法は残されていなかったが、代償は高く支払う結果となった。


 咄嗟の魔法で威力を制御できなかったのが裏目に出て、岩の礫はベルネスの体に甚大な被害を及ぼした。

 口からは血が出ているし、おそらく骨の何本かは折れただろう。礫の何個かは内臓に入っているし、放置すれば死に繋がりかねない。


「おいおいマジかよ。絶対に決まったと思ったのに、自分に魔法を当てて躱しやがるか」

「ぐっ、げほっごほっ……その代わり、死ぬ程痛い思いをする事になったけどね」

「そのようだな。その傷じゃもう戦えないだろ。俺はお前と違って嬲り殺しはしないから、苦しまずに楽にしてやるよ」

「くっひっひっひゅっひゅ、どうやらまだ僕は楽に死ねないようだね」

「……くそ」


 歪に顔を歪めて嗤うベルネスと、遠くから近付いてくる気配に気付いてレイルはつい悪態をつく。どうやら勝負に時間をかけ過ぎてしまったようだ。

 騒ぎを聞きつけたのか、総勢十人以上の冒険者たちがやってきた。遠くから聞こえてくる足音から、どうやらまだまだやって来るようだ。


「そこまでだダークギルドの糞野郎! ようやく見つけたぞ!」

「仲間の仇、とらせてもらうぞ!」


 すでに武器を抜いて臨戦態勢の冒険者たちだが、事態は逆に悪化してしまった。

 すぐにでもベルネスに斬りかかろうとする冒険者たちを、レイルは制止させる。


「おいなんだよ! なんで止めやがるんだ!」

「こいつは手負いの獣だ。下手に手を出すと喰い殺されるぞ」

「あっはっは、その通り。レイルくん、だったかな? キミは思った以上に優しいんだね。キミが止めなかったら、キミを除いた何人かは死ぬ事になっていたからね」


 そうだ。手負いとはいえ、ベルネスは間違いなく実力者である。そんな相手が、無抵抗でやられるわけないだろう。

 死に瀕した殺気はこれまでよりも純度が高く、レイル以外は足元が竦んだ。


「これ以上増えちゃったら流石にマズイから、そろそろ僕は退散するね」

「俺が逃がすと思ってるのか?」

「思ってるよ。キミは優しい性格をしているからね。無理に僕を捕まえようとすれば、僕が暴れて何人か死ぬ事になる。そんな事をさせたくないから、キミは僕を逃がすしかないんだよ」

「……ちっ」


 人に言われて本当に腹が立つ事は、それが図星な時である。ベルネスの言葉に間違いというものがなく、ついレイルは舌打ちをしてしまった。

 たしかにレイルならば、手負いとなったベルネスを捕まえる事は可能だろう。しかしそうすれば、ベルネスは最期の足掻きとして殺せるだけ近くの人間を殺すつもりでいる。

 それを嫌ったレイルには、ベルネスを逃がすという選択しかないのだ。

 その舌打ちがレイルの心情だと察したのか、ベルネスは再び人懐っこい笑みを浮かべた。


「あっはっは、優しいというか甘いんだね、レイルくんは。でも、そういう人は好きだよ? また会おうね、じゃあね〜レイルくん。【泥の人形】(マッドドール)


 レイルに手を振って別れを告げると、ベルネスの体は泥状へと変わって地面に溶け、その姿を消した。

 ベルネスの気配は完全に街の外へと逃れ、追跡しても無駄だろう。

 双剣を札にしまい、レイルはスリット状の瞳孔を元に戻して戦闘状態を解除した。


 こうして、真夜中のベルネスとの死闘は幕を閉じたのであった。

 そして、レイルの冒険者の名もこれで広まる事になったのであった。

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