第四話〜冒険者マネジメント〜
「こいつの換金を頼む」
ドサっと、カウンターに置かれた首に、周りはシーンと静まり返った。
カウンターに置かれた首は、凶暴な魔物で知られているドレイク種の首。その中でも特に獰猛な種とされているレッドドレイクの首である。
ドレイク種は、見た目はドラゴンに似ているが知能が低く空を飛ぶ事ができない巨大なトカゲである。
しかし鱗は強固で魔法にも高い耐性を持ち、加えてその獰猛性からドレイク種は最低でもBランクに位置する魔物である。
特にレッドドレイクは、高い凶暴性と硬い外皮から、Aランクの魔物とされている。
「えっと……レイル・ヴリトラさん? あなたのランクはCランクで、間違いない、ですよね?」
「ん、そうだけど?」
受付の女の子は笑みを崩さないようにしているが、その笑顔は引きつっていた。
Aランクの魔物は、一体討伐するだけでも討伐隊が組まれる程の強敵だ。間違っても、Cランクの冒険者が一人で討伐できる相手ではない。
それなのに、レイルは何事もなかったかのようにレッドドレイクを討伐してきた。
しかも素手で。拳にはレッドドレイクの血の跡が着いていた。
レイルに特に目立った外傷もなく。というか無傷であった。
常識外の出来事に、周囲の理解は追いついていなかった。
「もしかして、頭だけ持ってきても討伐は認められないのか? 困ったな、今から他のを持ってくるには時間が……」
「い、いいえ! 大丈夫です! 頭部だけでも討伐は認められますから!」
頭部だけでもカウンターを埋めるのに、これ以上他の部位を持って来られたら業務に支障をきたす。
受付の女の子は金貨を詰めた袋をレイルに渡した。
冒険者の仕事はクエストを受けるだけではなく、フリーで凶暴な魔物を討伐をしても報奨金は貰える。
ただクエストが発行されるような危機的な状況ではないので、いくらか額は落ちるが、それでもAランクの魔物ともなるとその額は膨大だ。
グランパル大陸での貨幣には鉄貨・銅貨・銀貨・金貨の4種類があり、それぞれ100枚で上の通貨に両替できる。金貨は、その中でも最も貨幣価値の高い通貨なのだ。正確には金貨よりも上の白金通貨や貴金通貨などがあるのだが、それらは上位貴族や王族くらいしか使う事がない。一般に使われる中で最も価値の高いのが金貨という認識で間違いない。
ちなみに金貨より上の白金通貨や貴金通貨、それらよりも上の通貨を、レイルは持っていたりする。
なので金貨の詰まって袋も、中身も確認せずポケットに突っ込んだ。
「ありがと。また何か討伐したら持ってくるよ」
「は、はい、お待ちしております」
もう二度と来ないでいただきたい。笑顔の仮面を被りながら受付の女の子はそう思っていた。
高さだけでも子供の身長くらいありそうなドレイクの頭を処理するのは大変な苦労なのだ。そんなものを頻繁に持って来るのは勘弁願いたかった。
そんな心の内の気持ちを知る事なく、レイルは冒険者組合から出ようとすると、出口には数人の男たちが集まってレイルの行く手を遮った。
「何の用だ? ギルドの勧誘じゃ……なさそうだな」
冒険者には特定の複数人が集まってクエストをクリアしていくギルドというのがあるが、目の前の男たちの厳つい表情から勧誘の類いではないだろう。
というより、あきらかな敵意が滲んでいる。
「……おい坊主、あのレッドドレイクの頭、どこで横取りしてきた?」
「横取り、だと?」
つまりそういう事らしい。
どうやら彼等は、レイルがレッドドレイクを討伐したのが信じられないようだ。
まあその気持ちは分からなくはない。形式上ではあるが、CランクであるレイルがAランクであるレッドドレイクを一人で討伐するのは不可能である。
他人が見れば、金貨を渡す準備より墓の準備をした方がいいだろうと思う筈だ。
しかしその不可能を可能にしたレイルは、他人が見れば不正をしたにしか見えないだろう。
だが自分の力だけで敵を屠ったレイルからしたら、あまり快い発言ではない。
スッと、目付きが鋭くなる。
「当たり前だろうが。お前のようなCランクの若造が、一人で勝てる相手じゃねぇ。考えられるとしたら横取りした以外にないだろ」
「まあ、今の俺のランクだったら勘違いするだろうな。俺にそれだけの実力が無いと思うなら、試してみるか?」
「なんだと?」
レイルの物言いに、男たちの空気はにわかに剣呑となる。
試してみるというのは、すなわちレイルの実力である。
たしかにそれが最も手っ取り早いやり方ではあるが、同時に不遜であった。
男たちの胸から覗くのは、銀色のプレート。つまりBランクの冒険者である証であり、ランクだけならレイルよりも上だ。
レイルの言葉に、男たちは腰や背中に背負った得物を引き抜こうとした。
「──はいはいはい、皆さんそこまでにしてくださいな。冒険者組合内で冒険者同士のいざこざはご法度ですよ?」
パンパンと手を叩く音が、レイルと男たちの一触即発の空気を断ち切った。
剣呑な空気に場違いな呑気な声と共にレイルと男たちの間に割って入ったのは、レイルと同い年くらいの女の子であった。
少し赤みがかった茶色の髪をセミロングの長さに切り揃え、若くはあるが女性らしい成長も窺える。くりくりとした栗色の瞳に人懐こい笑みを浮かべているが、何よりも特徴的なのが、頭に生えてピコピコと動いている狐の耳だ。
人間とは違う種族である獣人族、その中でも狐の耳が特徴な狐人族である。
スーツでピシッと決めている狐人族の女の子は、耳をピコピコ動かしながらレイルと男たちの仲裁に入る。
「冒険者同士は仲間でありライバルというのが冒険者組合のモットーです。互いに刺激しあい切磋琢磨するならまだしも、刃を向けるなんて論外ですよ。冒険者組合の一員として、それは見過ごせません」
どうやらこの女の子は、冒険者組合の職員のようだ。
冒険者組合は冒険者からクエストを斡旋する他、冒険者の風紀を取り締まっている。
素行が悪ければ忠告されるし、それでも改善が見られなければ冒険者を除籍したりする事もできる。
冒険者同士の刃傷沙汰など、一発で除籍処分だ。
「だが、獲物の横取りだって処罰の対象だろ。こいつのランクじゃレッドドレイクの討伐は不可能だ」
「たしかに不自然ですが、前例が無いというわけではありませんよ。史上二人目のCランクスタートの冒険者が出たって冒険者組合内では騒いでいますし、一人目も同じような事がありましたから。少しプレートを確認してもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
女の子に言われるまま、レイルはプレートを渡す。
レイルのプレートを指で何度かなぞり、女の子が小声で何か呟くと、レイルのプレートから一本の紙のロールが飛び出てきた。
「これは冒険者組合の職員のみが閲覧可能な、冒険者それぞれに記された履歴です。ここにどんなクエストをクリアしたのか、どんな魔物を討伐したのかなどの記録が書かれているんです」
そう言って女の子は、レイルのプレートから出てきた巻物を広げ、『ふむふむ』と可愛らしい声を出しながら黙して読み進む。
読み終わるのに、3分もかからなかった。
「……名前は、レイル・ヴリトラさん。スタートはCランクから。やっぱりレイルさんが噂の新人さんでしたか。クエストのクリア回数は0。討伐回数は全部で6つ。レッドドレイクを始め、どれもBランクかAランクに位置する強敵です。これらを全部横取りしたなんて考えられませんし、万が一不正をしていたとしても、それを見抜けなかった冒険者組合の責任ですね」
それはたしかに、レイルが冒険者になってからの足跡であった。
その足跡が記された巻物を読み終えると、女の子は巻物をレイルのプレートへと戻した。
「私、セシリィ・アーネルが冒険者組合の誇りを賭けて断言します。この方は不正はしておらず、寧ろ優れた冒険者である事を。これから何か異議を申し立てる者は、冒険者組合に直談判をしてくださいな」
「……………………」
狐人族の女の子──セシリィの言葉に、誰一人として反論する者はいなかった。
冒険者組合というのは、言ってしまえば冒険者の監督役だ。厳正に、そして公平に冒険者のいざこざを仲裁する立場にある。
そして絶対な公平の天秤を持って冒険者たちをまとめているため、その言葉に嘘も偽りもなく、また冒険者たちもその言葉を信頼している。
その冒険者組合がレイルに不正は無いと断言すれば、冒険者たちも認めざるをえない。
そもそも冒険者組合の一員でしか開示できない冒険者の情報まで見たのだ。
これを並べられては反論できるだけのものはない。
男たちは黙るしかなかった。
「では、これにて一件落着という事で。レイルさん、少し個人的なお話があるので、一緒に来てもらってもいいですか?」
「ああ、構わないぞ」
となれば、ここにずっと立っている必要もない。
レイルはセシリィの誘いに乗って、冒険者組合から出て行ったのであった。
──背後から突き刺さるような、男たちの視線を受けて。
*****
「さっきは助かった。ありがとなセシリィ」
場所は変わって、ここはレイルが寝起きをしている宿屋の一室。そこでレイルは、仲裁をしてレイルの公正性を証言してくれたセシリィに感謝していた。
もしあのままセシリィが仲裁に入ってくれなければ、レイルも少なからず冒険者組合から罰則なりを受けていただろう。
それに謂れのない敵意を向けられて戦うのは、レイルとて望む所ではない。
戦うならば、互いが合意をした上で、終わっても禍根を残す事なく気持ち良く終わりたいのだ。
「いえいえ、お気になさらずに。末席ですが冒険者組合の一員として、当然の事をしたまでですよ」
「それでもだ。不本意な状態で互いに刃を向けるのは、俺の好む事じゃない」
「律儀というか、真面目なんですねレイルさんは。……あ、そうそう、私とした事が名乗り忘れてました」
ピコピコと耳を動かして人懐こい笑みを浮かべていたセシリィは、何かを思い出したのか手をポンと叩き耳をピンと伸ばして、懐から取り出した一枚の名刺をレイルに差し出した。
レイルは受け取った名刺を、言葉にして読み上げる。
「……セシリィ・アーネル。冒険者組合専属、冒険者……マネジメント?」
「はいです。冒険者個人にたいして、その人の実力に見合ったクエストを選んで優先的にクエストを斡旋するのを仕事としています。まあ、利用する方は少ないんですけどね」
そう言って、寂しげにセシリィの耳はシュンと垂れる。
冒険者マネジメントとは、冒険者組合の仕事の一形態である。その内容はセシリィが説明した通り、冒険者個人にたいして実力に見合ったクエストを選んで優先的に斡旋する事である。
当然ながら人には向き不向きというものがあり、同じランクのクエストでも難易度が若干上下したりする事もある。
それらの様々な情報を組み上げて、冒険者にベストなクエストを選ぶのが冒険者マネジメントの仕事だ。
冒険者マネジメントは冒険者組合の一員なので、クエストの細かい情報を教えてくれたりする。
冒険者の中にはあまりクエストの情報を聞かない者もいて、相性が悪い相手だったり同ランクながら強い敵だったりして命を落とす者が後を絶たない。
それを未然に防ぐのが冒険者マネジメントの役割である。
しかし、冒険者の中でも冒険者マネジメントと組んでいる者は非常に少ない。
もちろん仕事の対価として、ある程度の報酬を支払わねばいけないからだ。
優先的にクエストを回してくれるのはたしかにメリットがあるが、別にそれでなくても他にも多くのクエストが毎日更新されている。
報酬を支払うぐらいだったら、別に利用しなくても大丈夫だろうと思う者が多いのだ。
故に冒険者マネジメントは、デスクワークのみで日陰の生活が多い苦労の絶えない存在であったりする。
「しかし! 噂のCランクスタートのルーキーに会えるとは私も運が良い! どうか、私をレイルさんの冒険者マネジメントとして雇っていただけないかと……」
「別にいいぞ」
「いえ、分かっています。レイルさんもそんなのは必要ないと思っているでしょう。しかし今なら報酬は格安の……はえ?」
「だからいいぞ。セシリィを俺の冒険者マネジメントに雇っても」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございますレイルさん!」
「お、おう……」
まるで足にバネの仕掛けでもあるかのように、セシリィは目をキラキラと輝かせてレイルに詰め寄った。
あまりに眩しい目の光と千切れんばかりにピコピコピコッ! と動かすセシリィの様子に……レイルは若干引いた。
セシリィの喜びよう、どうやら相当嬉しかったようだ。ここが一階であればピョンピョンと飛び跳ねていただろう。
「それでは、これからよろしくお願いしますね、レイルさん。一応、お料理とかサポートとかはあり程度できますから」
「え、セシリィも俺と一緒に……って、そりゃ一緒に旅するよな」
「当然です。直にレイルさんの戦闘スタイルを見なければクエストの勧めようもないですし、立ち寄る街によって扱っているクエストも違いますからね。私も自分の身を守れるだけの力はありますから、どうかご心配なく」
冒険者マネジメントというのは、日陰者扱いされる割になるのは意外に難しい。
冒険者の力とクエストの難易度を見極める力もそうだが、自分の身を守れるだけの能力も必要とされている。この場合の能力は純粋な戦闘能力ではなく、一早く戦闘エリアから離脱できるかという能力だ。ある意味、戦うよりも難しいと言えよう。
だがセシリィの表情から察するに、レイルの足を引っ張らない程度の自信はあるのだろう。
まだ成長途上で膨らみかけた胸を張った。
こうしてレイルは、旅の仲間と出会ったのだった。
*****
「くそ、気に入らねぇ……」
人々が寝静まっている時刻、男は一人路地の裏で悪態をついていた。
その手には緑色の瓶が握られ、タプタプと紫色の液体を揺らしている。口からはアルコールの匂いが漏れており、どうやら酔っているようだ。
「ちくしょう、なんだってんだよ。人が死に物狂いで頑張ってきたってのに、理不尽な才能だぜまったく」
思い出すのは、Aランクの魔物であるレッドドレイクを容易く狩ってみせたレイルの姿。
男は、十代の頃から冒険者を目指していた。もちろん、物語で出てくるような英雄を目指して。
しかし理想と現実は噛み合ってくれず、何十年も死に物狂いで足掻いてきて、五十代になってようやくBランクまで登る事ができた。
だが、もうこれ以上の進展は望めそうにない。
そこで出会ったのが、溢れる才能の塊であるレイルだった。
世界とはおよそ不条理で、レイルを見て嫉妬の感情を抱くなというのが無理な話である。
理不尽な才能の差に、男も荒れたくもなる。
「──ねえねえオジサン、そんなに荒れてどうしたの?」
「ああ?」
不意に聞こえた、少年の声。気付けば男の目の前に、黒いローブを着ている少年が立っていた。
歳は二十をいってない辺りだろう。クチナシ色の頭髪と、まだ幼さが残っている柔和な顔立ちに、見ている者を和ませる笑顔を浮かべている。
一見無害そうに見える少年だが、男の頭は全力で警鐘を鳴らしていた。
──この年端もいかぬ少年は、いつ自分の目の前に立っていた?
仮にも男はBランクの冒険者で、それなりに経験を積んでいる。
それに一本道であるのに、少年は気付けば目の前にいた。全く気配を悟らせる事なく。
そしてよく見ればその笑顔は作り物のようで、その端々には狂気が滲み出している。
酔いなど一瞬にして覚め、男は目の前の不気味な少年にたいして警戒心を最大にして、腰に差した得物をいつでも抜けるように構えた。
「あはは、オジサンすごいすごい。僕を見てすぐに臨戦態勢をとるなんて、結構やり手なんだね。これなら、少しは楽しめそうかな?」
まるで出来の良いペットを褒めるみたいに、ぱちぱちと適当に拍手をする少年。
相変わらず作り物のような不気味な笑顔を浮かべて、少年はゆらゆらと男に近付いてくる。
不気味な言動、端々から感じる狂気、これらで少年を敵と認識するには十分であった。
腰に差した剣を引き抜いて少年に斬りかかろうと──
「────……え?」
たしかに、男は少年に向かって斬りかかった。だが男の剣は少年を斬る事は叶わなかった。
よく見ると──男の右腕は肘から先が無くなっていたのだ。
ドサっと音を立てて、剣を握った男の右腕は地面に落ちた。
「ぐっ!? あああぁぁあぁぁあ!!」
腕が切断されたのだと認識した瞬間、まるで焼印を押されたかのような激痛が襲い、男は腕を抑えてその場に蹲る。
どのような猛者でも、腕を千切られれば痛いに決まっている。
その激痛に悶えている姿を見て、少年は口を三日月のように歪めて恍惚とした表情を浮かべていた。
「なぁんだ、オジサン全然たいした事ないんだね。こりゃ期待外れだったなぁ。ああでも、その悶え苦しむ姿はいいよ。凄くそそられるね」
男の腕を斬り落とした得物だろうか、やたらギザギザとした刃に付着した血をペロリと舐めて、体を震わしてあきらかな興奮を示していた。
若干頬を赤らめる姿は、まるで発情した雌のようだ。
「オジサンは弱いから面白くないけど、でもでも死ぬ間際まで苦しみ姿を僕に見せて、少しは楽しませてね。……それじゃあ、死のっか?」
まるで天使のような笑みを浮かべた悪魔は、その狂気を抑える事なく刃を振り下ろした。
誰もいない路地では、肉や骨を砕く音だけが不気味に木霊していた。
──次の日、冒険者組合にバラバラにされた男の死体が磔にされて発見されたのだった。