家庭教師が幼馴染みで何が悪い!?
偶然とは誰かに仕掛けられたものか、悪意に満ちたものだ。
この日高校二年の一学期最後のテスト結果が貼り出された。
僕は赤点を回避出来ただけで結果は散々なものだから家にとても帰りづらい要因を作っていた。
「はぁ」
何度ついたため息だろうか?
家に運ぶ足取りが重く何時までも帰宅中であって欲しいとさえ思ってしまう。
それでも、どんなに歩みを遅くしても寄り道しなければ自宅前に着くのは必然なのだ。
僕はため息と共に叱られる覚悟を決める。
玄関前でノブに手をかける前にドアは開いた。
「じゃあ瑞穂ちゃんヨロシクね♪」
にこやかに中から出てきた母とぶつかりそうになった。
「母さん出掛けるの?」
「おや、孝弘帰ってきたの?」
結構大荷物っていうか小旅行の格好だった。
「町内会の旅行で温泉よ♪それと今回の期末試験で結果を出した孝弘に家庭教師を呼んどいたからね。」
じゃあねぇ♪と言って笑顔で隣の高宮家に向かって行った。
「家庭教師って…はぁ」
渋々玄関に入るとキッチンに向かう。
「帰ったら直ぐに着替えて手を洗うべきだわ」
身長140cm、赤茶の髪に碧い瞳の少女が制服にエプロン姿でキッチンから出迎えてくれた。
「そう言う瑞穂はなんで着替えてないんだ?」
「私は着替えて来たわ」
「どう見ても制服のままじゃん。」
「制服から室内用の制服に着替えて来たから問題ない」
このおかしなことを言ってるのは、高宮瑞穂小学校からの幼馴染みだ。
言葉数が少ないように見えるけど、これでも僕の前だから喋ってるほうだ。
「制服の話は兎も角、母さんが家庭教師頼んだらしいんだけど…何か聞いてる?」
「偶然ね。私は頼まれたわ。」
「何を頼まれた?」
「家庭教師。」
ってことは…
「今日来る家庭教師は瑞穂?」
「そうなの?」
「質問を質問で返すな!」
どうやら瑞穂で間違いないらしい。
確かに彼女は学年一の才女と言われてるが、世間の常識が通用しない。独自の感性だけで生きてる女だ。
「孝弘は落ち着いたほうがいいわ。」
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自室に入ると制服を脱ぐ…しかし何か違和感がある。
「瑞穂。これから着替えるのだが?」
「そのようね。」
「いや、だからね?」
「続けて構わないわ」
平然とされると困るのだが。
「それに、孝弘のお母さんからよく見るように頼まれたわ」
「よく見ろの意味が違う!」
「そうなの?」
瑞穂は豆鉄砲を喰らった鳩のようにおどけた風だったがどうも嘘臭い。
「着替えたらご飯にしましょう。」
何事も無い雰囲気作らないでお願い!
「あぁならご飯の準備をお願いします。」
「任せて、ご飯炊けるの待ちだから。」
何がなんでも出てはくれないらしい。
諦めて着替えることにした。
「はい。」
傍らから赤色の布を渡された。
「私、これを熱望する。」
うん。女の子が幼馴染みとは言え男にパンツを期待を込めて渡すものじゃ無いぞ!
しかも僕の持ち物には存在すらしていない下着だ!
「これは、何だ?」
「Tバックよ。」
全体的に布面積が少なく収納性が低い小さな赤色の三角の布に黒の帯びが付いただけの頼りない物だった。
「何故、瑞穂が持ってきてる?」
「家のお母さんと選んだから。」
隣の息子の下着を母娘で選んでるんですか?高宮家!
「瑞穂は下着を見られて恥ずかしく無いのか?」
「孝弘は家では下着を履かない派なの?私は履く派よ。」
イヤイヤ!何その派閥?
外でも家でも履きますよ?勿論。
ここで言い合っても仕方ないので、高宮家からの贈り物に足を通す決意をした。
だからといって幼馴染みに着替えを視られるほどの仲ではない!
「お願い部屋から出て下さい。」
「一緒にお風呂も入る仲なのに?」
「子供の頃の事を今もしてる風に言わないで!」
「孝弘は我が儘一杯に育ったわね、きっと今は思春期ね。」
そう言って部屋を後にした。ドアがパタンと閉じる音で僕は安堵した。
室内用のジャージに着替えるが普段着てるのでも下着一つでスッゴい落ち着かない。
収まりが悪い。
部屋を出ると、瑞穂がカメラを片手に座っていた。
「あれ?家では服は着る派なんだね!」
そこ驚くところ?それに裸のヌーディストに所属もしてないし!外でも服は着てるし!
「お母さんに頼まれた、履いてる姿とのツーショット」
高宮家。恐ろしい。
「そうだ瑞穂の手料理は久々だから楽しみだな♪」
ここは誤魔化すしかない!
「いつもお昼に食べてるんじゃないの?」
そう、弁当は彼女の手作りです。
「いや、温かいご飯がって意味だよ」
あははは。誤魔化せてねー!
瑞穂の後ろに廻ると彼女の小さな両肩に手を乗せると電車ごっこ宜しく前に進んだ。
食卓は何かのお祝いかと思えるくらいに豪華だった。
鰻重に胆吸い。レバーにスッポンドリンクが並んでいた。
「豪華だな。」
「今日は孝弘が頑張るからって」
あぁ、すっかり忘れていたけど瑞穂は家庭教師できてたんだよな。
「でも、ご飯たべたら結構な時間になるよ?」
「大丈夫、パジャマ持ってきたから」
瑞穂は制服を掲げると照れ臭そうに微笑んだ。
「パジャマを新しくしたから恥ずかしいな」
いや、どう見ても制服ですから!
「ご馳走さま!」
最近は鰻が値上がりして今年は諦めてたのだ。口内に残る鰻と山椒の薫りをお茶で流すのが残念に思うほど堪能した。
箸で皮まで切れる柔らかい身と、ご飯に染み渡る脂とタレのハーモニー。
今日みたいな鰻も好きだけど皮がゴムみたいにパッチンパッチンいうのも好きだ!
結局鰻が好きなんだな。
それにレバーを柚塩で食べるのは新鮮だった。
レバーそのものが新鮮なのか、下処理が巧みなのか臭みが無く食べやすかった。
瑞穂の料理は最高に旨い。
気付くと空の食器は無くなり、目の前にはお茶が用意されていた。
彼女居ない歴=年齢の僕だが女の子に興味が無い訳じゃない。ただついどの女の子を見ても、瑞穂と比べてしまう。
「どうしたの?」
「いや。これからどうする?」
何だか心を覗かれた気がして、まともに顔を視れない。
「ん。勉強する?」
家庭教師 瑞穂先生の初授業なのだからそうなのだろう。
「じゃあ部屋で待ってる」
そう言い残して僕は、キッチンを後にした。
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「お義母さんから孝弘の学習ノートを預かって問題集を作成しました。」
何やら引っ掛かるワードを口にしながら、少なくても東京都のタウンページ位の厚さは有ると思う手作り問題集が二冊用意されていた。
表紙には注意書きとして問題の難易度はウサギの顔で右すみに表記してあるとのこと。
まずは、問題集①の1ページを開く。
ウサギは『難問だじょ~!』と涙を流していた。
「いきなりかよ!」
「解らない処は聞いて。」
まずは、聞くより問題をよく読もう。
問題。
君と僕は隣同士の幼馴染み。
二人の関係に未来はあるの?
僕の心の扉を開く鍵は君が持ってる。
君の心の鍵はどこ?
「ちょっと待て~!なんなんですか?」
これは、中2の時に作成した黒歴史ノートの内容じゃないか!? 終わったよ…何もかも。知られたく無い相手に全部知られたよ。
「問題はグループで解く問題もあるみたいだから。」
早速解いて見ようよ!と、瑞穂は身を乗り出してくる。
「まずは、君と僕が誰なのか当てはめようじゃないか。」
瑞穂先生解っててやってますよね?絶対。
「…。」
「孝弘?近くに居ても聞こえないよ?」
瑞穂先生は問題の君と僕に赤丸とアンダーラインをつけた。
もう、ヤケだ!
「瑞穂と孝弘です。」
泣きたい。今は思いっきり泣きたいです。先生!
「そうね。孝弘は幼馴染みより先を知りたがっているわね。先はなにかしら?」
まだ、追い討ちかけますか?
「恋人とか…?」
「とか…と言うことは、恋人以外にも選択肢があると考えられるのですね?」
ええ~!瑞穂こんな性格だっけ?
「つ、つつつ、つま…り」
「そうね。」
そして瑞穂先生は心の鍵に赤の波線を引いた。
「私。預かってないから出して。」
えぇ~!真剣に言ってますか?
「私には鍵穴はないわ。昨日お母さんに観て貰ったから間違いない。」
かなりの難問よね?と瑞穂は付け加える。
「私。お風呂入るから鍵を探してね。」
「えぇ~無理。」
「鍵を無くした罰か、一緒にお風呂かよく選んで。」
そう言い残して彼女は浴室へ向かった。
兎に角、有りもしない鍵は出せないし…お風呂。駄目だよ!まだ付き合ってないし。
罰。仕方ない。不本意ながら罰を受けよう。
そうなると、僕は差詰め死刑囚の気分だ。
風呂上がりに死刑。私刑執行。
何されるか恐くなった。
「ふぅっ。さっぱりした♪」
風呂上がりの瑞穂は肌の露出してる部分は血色も良く湯気さえ見えるような気がする。
「孝弘、鍵有ったんでしょ?」
彼女の右手は僕の目の前で、早く寄越せと指をクイクイっと動かして催促してくる。
鍵なんて存在してないの解っててやってるのは見え見えなのだが、敢えて罰を受けて見ようと思った。
「ごめん。どうやら紛失したらしい。」
「でも、私が持ってるって…」
「どうやら渡した気になっていたみたいだね。」
僕の気持ちが彼女に通じて無かったのが残念だった。
「じゃあ書いてあったのは嘘なんだよね。嘘をついた人は死んだらどうなるっけ?」
死んだらか…決まってる。
「閻魔さまに舌を取られるんだ。」
俺たち二人、小さい頃からそう教えられてきた。
「なら、閻魔さまに代わって私が孝弘の舌を取っちゃいます。」
「えぇ!」
「えぇ!じゃない。目をつむって舌を出してなさい!良いと言うまでずっとです。」
言われた通りに目を綴じると舌を思いっきり出した。何だか馬鹿みたいな格好だが瑞穂からの罰だ。
ズボボボボっ!てっきり舌を指かなんかで摘ままれるのを想像してたが、変わらない吸引力で吸われながら柔らかい何かになぶられた。
目を開けると瑞穂の大パノラマ。視界全て瑞穂の顔で埋め尽くされていた。
しかも、解放条件は瑞穂が良いと言うまでだ。
舌が痺れるけどさ…嬉しいって気持ちになる。罰なんだよな?
「…反省した?」
「反省はしたけど…まだしたい♪」
「…ばーか。」
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「家庭教師をやる切っ掛けって何だったんだ?」
「えと。」
どうも、切っ掛けは母さんが倉庫の整理してたら僕のノートを見つけて、最初は日記帳を読んで爆笑してたら高宮母が遊びに来たのだそうだ。
その内ノートの数も減り必然的に黒歴史ノートを見る事になったわけだ。
…んで、ノートはその日の内に高宮家へ。
必然的に瑞穂の目にとまる。
母さんと高宮家で合同家族会議の結果、瑞穂は家庭教師に就任。
んで、有りもしない町内会の旅行に親達は出掛けた。
「偶然なの。」
「これを偶然って考えられるのは瑞穂だけだ!」
「後、お母さん達から宿題出されたの。」
瑞穂はスカートのポケットから手紙を出して僕に渡してきた。
『良くこの問題までたどり着いたな!
誉めて遣わす!!
問題。
私達母親は、来年孫を抱きたいと思う。
どうすれば良いか二人で実験しなさい!
ps.高宮家は息子、私は娘を希望している!頑張れ
祝言はあげてやるぞ!母親より。』
何だこれ?
「頑張ってね。」
瑞穂からドリンクを受けとる…『スッポンエナジー』………おい。
「今夜は寝かさないゾ♪」
世の中偶然は用意周到なものか、悪意あるものしかない。