兄妹ゲンカ
「なんで俺たちが狙われることになったんだ?」
頼人はそのことをアミナに尋ねた。
冷静に考えれば、パラレルワールドはいくらでも作られる。ついさっきも『アミナの話を聞かない』という選択肢を選べば、また違った展開になっていたはずなのだ。あくまでパラレルワールドが作られるきっかけが、その程度のものでいいのなら、の話になるけれど……。
そんな幾多にも作られるパラレルワールドの中でも、この世界に住む頼人たちが選ばれた理由を頼人は確認する必要があった。
「繋がりが多かったということですかね?」
「繋がりって何の繋がり?」
頼人が質問するより先に、優理が少しだけ震えた声で質問した。
「世界の流れが似てた、って感じではないでしょうか? 正確な情報はあたしにも分からないんです。唯一、分かったのは魔界の住人がこの世界にやって来るということ。だから、あたしも勇者様と姫様の命により、ここに来る事になったということです。改めて自己紹介しましょう。あたしは使い魔兼剣仕:アミナと申します」
「使い魔ってあの使い魔?」
「あの使い魔じゃなかったら、何の使い魔があるんだよ?」
優理はアミナではなく、頼人に確認してきたので少しだけ冷たく答える。
頼人には使い魔ということよりも気になったことがあったからだ。
それは使い魔の後に言っていた単語だった。少しだけ言葉の意味合いが違ったような気がしたが、それは気のせいだと思うことにして尋ねる。
「それより剣士ってことはアミナが俺たちを守ってくれるのか?」
「残念ながら、そっちの剣士じゃないんです。『剣に仕える』と書いての剣仕です」
「聞き間違いじゃなかったか……。つか、その剣仕ってなんなんだ?」
「それもちゃんと説明します。とにかく、あたしは所詮使い魔なので、あくまで防御が主体になって――」
「俺が戦う役目なんだな?」
「はい、その通りです」
頼人は自分自身が戦わないといけないことは、なんとなくだが分かっていた。パラレルワールドの自分が勇者である以上、それは決められたものだったのかもしれない。
しかし、その決められたものだったとしてもたった一つだけ違うものがあった。
それは運命など関係なく、『優理を。家族を守りたい』という気持ちを頼人自身が持っているということだ。
「そんなの駄目!」
優理は頼人の腕から離れると立ち上がり、大声を出して、全力で拒否の意思を示した。
「え?」
頼人はその反応に驚いてしまう。
優理が怒る姿を見たのは、ほぼ初めてに近かったからだ。
今まで怒ったことがなかったわけではない。怒ると言っても、拗ねるに近い表現を今まで見せてきたが、全力での拒否は初めてだった。
「そうですよね。分かってました」
アミナは平然とした様子で優理の発言に答える。
最初から優理が拒否する事を分かっていたらしい。
「お兄ちゃんが危険な目に合うのは嫌! それとも、優理もお兄ちゃんのために戦えるの? それなら話は別だけど」
「馬鹿、優理が戦うひつ――」
「お兄ちゃんは黙ってて! こんなのどう考えたって分かるでしょ? よくある展開だもんね! 優理はきっと守ってもらう側で、お兄ちゃんが傷付くのを黙ってみてるんだよ!? そんなの耐えられるわけないじゃん! どうなの!?」
優理もまた頼人と同じく立場の理解していた。
パラレルワールドでは姫だから、戦わしてもらえないということを。
だからこそ、納得できないのだ。
頼人と同じように、優理にとって頼人は大切な人。その人を守りたいと思うのはごく当たり前な事で、守られるだけでは不公平だから。
「――優理さんの想像通りです。優理さんはあたしが命をかけても守るように仰せつかっています。なので、戦闘とか危ないことはさせられません」
優理の気持ちを汲んでいるのか、目を伏せながら辛そうに語る。
「だよね? だったら、そんなこと認めない。お兄ちゃんだけが戦うなんて認めるわけにはいかない!」
「俺なら大丈夫だ――」
「何が大丈夫なの!? 一番、危ない目には合うのはお兄ちゃんになるんだよ!?」
「仕方ないだろう? 優理の兄になった時から、そんなの覚悟――」
「何言ってるの? 優理のためなら死ねるって言いたいの? 馬鹿でしょ? 死んでどうするの? その負い目を背負って生きていけって言いたい――」
優理の馬鹿発言に、さすがの頼人も頭に来てしまい、勢い良く立ち上がる。
「馬鹿とはなんだ! 兄ってのは妹を守るためにいるもんなんだよ! それに死ぬと決まったわけじゃない! だから、少しは落ち着けよ!」
「それを馬鹿って言うんだよ! 死ぬと決まったわけじゃなくても、怪我するって分かってることに、『はい、そうですか』って納得できると思うの? そんなわけないでしょ! お兄ちゃんこそ、冷静に物事を考えなよ! 遊びじゃないんだよ!?」
「遊びで命を投げるつもりなんてないに決まってるだろ! そんなこと言われなくても分かってるんだよ!」
「嘘っ! 絶対、遊び感覚でしょ!」
「そんなわけあるかっ! 変な言いがかりをつけんなよ!」
「あ、あの……」
いきなり勃発してしまった兄妹ゲンカにアミナが遠慮気味に口を挟むも、
「うるさい!」
「うるさい!」
と二人の見事にハモった言葉によって、無理矢理黙らされる。
「とりあえずだ、俺が優理を守りたいんだから大人しく守られてろ! それを納得すれば終わる話だろ!」
「納得するわけないじゃん! できるはずがないよ!」
「いいから守られろ!」
「いや!」
「ワガママな奴だな! 俺は死んだ父さんや母さんと約束してるんだよ! 『優理のことは絶対に守る』って!」
「は? そんな約束勝手にしないでよ! 迷惑なの!!」
「っ!」
その言葉を聞いた瞬間、頼人は優理の頬にビンタを放ってしまった。
「何が迷惑なんだよ! 優理は俺のたった一人の家族なんだ! 死んでも守りたいって思うのは普通だろうがっ!」
「……お兄ちゃん……の馬鹿……」
優理は教材を持つと、頼人の部屋から飛び出していった。
アミナも頼人と優理が出て行った後に閉められたドアを交互に見つめながら、最終的には視線は下へ下げる。
「くそっ!」
やりきれないこの怒りに頼人はどうすることもできず、落ち着きを取り戻すために深呼吸を繰り返していると、
「――なさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
アミナの謝罪が頼人の耳に入ってきた。
悲痛な謝罪。
そう表現しかできないほど、小さくて震えた声だった。