エピローグ(2)
「さ、沙希ちゃん……、な、なんでもないよ! 心配ばかりかけるからお仕置きしようかと思って!」
慌てたように上げた手を振り下ろす優理。まさか、このタイミングで現れると思っていなかったのか、かなり動揺していた。
沙希は「ふーん」と頷いてはいるものの、優理が怒っている内容に気付いているらしく、ニヤニヤしている。
「おはよう、沙希ちゃん」
「はい、お兄さんおはようございます! アミナちゃんもおはよう!」
「はい! おはようございます! …………え?」
アミナは返事をにっこりと笑顔で返事をした後、硬直。
アミナより先に頼人と優理も同じく固まっていた。そして、慌ててアミナの姿を探すも、どこにもアミナの探しても見つからない。
それが当たり前なのだ。
なぜならアミナは姿を消しているのだから。
「み、見えてるのか?」
頼人の問いに沙希はきょとんした表情で首を傾げ、
「だってそこにいるじゃないですか」
優理の右肩の上を指差して、場所を教えてくれる。
「そこにいるのか?」
「は、はい。その通りです」
「マジかよ。もしかしなくても魔力のせいだよな」
「ですね。たぶん、沙希さんの中で魔力が残った影響かと……ちょっとだけジッとしててもらえますか?」
「うん、いいよー」
アミナの頼みに沙希は呑気そうに答える。本人としてはアミナを見える以外の効果が出ていないらしく、そこまで気にしていないようだった。
何をしているのかまでは分からなかったが、しばらく経った後、アミナの深いため息が三人の耳に聞こえる。
「どうなってるの、沙希ちゃんは?」
一番心配そうにしている優理がアミナへと尋ねる。
「悪いのか、良いのか、はっきり言って分かりません。けど、分かったことは沙希さんが魔力を持つ人間になったってことです。あたしの世界ではこういうことはよくあったのですが、まさかこっちでも反映されるとは思っていませんでした」
「身体の変化とかは!?」
「そっちの方は問題ないです。それどころか、普通の人間よりも丈夫になるでしょうね。魔力っていうのは精神への影響が強いですから」
「…………いいなー」
あろうことか、羨ましがる優理。
頼人は沙希の気持ちを考えずにそう言いだす優理の頭に拳骨を落とす。
不意打ちで落とされたせいか、その場にしゃがみこんで痛がり始める優理。少しだけ文句を言いたそうに頼人を見つめるが、頼人は無視を決め込んだ。
友達が大変な状態で羨ましがるなど、もっての他。心配以外の言葉をかけれないのか! そう思うと我が妹ながら情けなく思ってしまったからだ。
魔力を持ってしまった本人である沙希は「そっかー」という感じで、特に気にしていない様子だった。
「害がないんだったら気にしないんでいいです。それよりも私も沙希ちゃんを護るの、手伝います!」
あろうことか、そんなことまで言い始める始末。
頼人と優理は沙希の発言に驚きを隠しきれず、思わず大声を上げてしまう。
「ちょっ、静かにしてください! 近隣住民の人に迷惑になりますよ! その話をするんでしたら、歩きながら小声で話しましょう!」
沙希の提案に頼人たちは少しだけ駆け足でこの場から離れた。しかし、その間一切会話をすることはなかった。内容が内容だったからだ。というよりも、この話をできる場所が頼人の家しかなかったため、三人は遅刻確定で頼人の家まで戻る羽目になってしまった。
家のドアを開けて、部屋まではいかず、玄関で話し始める。
最初に口を開いたのは優理。
「沙希ちゃん! さすがにそれは駄目だよ! 怪我とかしたらどうするの!?」
「それ言ったら、優理ちゃんたちもでしょ?」
「そ、それはそうだけど……優理たちの場合は自分自身というか――」
「あっちの世界の問題に巻き込まれたんだから、自分の問題とは違うでしょ? それを言うなら私だって巻き込まれたんだから、『今さら巻き込めない』っていうのは違うよね?」
「それは……そうだけど……」
優理はそれ以上何も言えなくなる。
言い負けたことを示すように、頼人には優理が心の中で白旗を振っている姿が見えたような気がした。
そんな優理は助けを求めるように頼人へ視線を送る。
――やっぱりそう来るよな……。
負けた時点で分かりきっていたことだった。
というよりも、根本的に頼人も現在の沙希に勝てる気はしない。何よりも『優理を護る手伝いをしたい』という意思が強く、それは目にも現れている。それに、もしもの話ではあるが、『命を狙われている人物が優理ではなく沙希で、それを知ってしまったら自分がどうするか?』と考えた時、頼人も沙希を護る手伝いをしたいと思ってしまう。見過ごすことが出来ないことを自分自身で分かっているから……。
だからこそ、答えは決まっていた。
「分かったよ。手伝ってもらう。その代わり、アミナにちゃんと魔法を教えてもらって危なくないようにすること。それが約束な」
「さすがお兄さん、分かってますね。こちらもお兄さんに説得されそうになったら、交換条件を出そうかなって考えたんですけど……」
「お兄ちゃん! 優理の友達を――」
文句を言い始める優理に対し、
「優理だって沙希が命を狙われる立場だったら、間違いなく助けるだろ? お前の信条は『誰かに優しくするのに理由はない』なんだから。沙希が言ってることはそれと同じだ。だったら、優理に拒否する権利は何一つない。最初から俺たちは詰んでたも同然ってことだ」
「それ言われたら、優理の負けじゃん。分かったよ」
頬を膨らませながら「うー」と唸り、仕方ないという感じで沙希へと向き直り、
「その代わりね、約束して欲しいことがあるの。絶対に無理しないでね? 命の危険が分かったら逃げて」
今までに見せたことのない真剣な表情を沙希へ見せる。逃がさないように肩を掴み、必死に伝えた。
さすがの沙希もそこまで真剣に言われたら、首を横に振ることはできず、「うん」と静かに首を縦に振った。




