エピローグ(1)
翌日。
通学路を歩く頼人と優理、そして透明になって二人に近くにいるアミナ。
天気は昨日と同じく快晴でありながら、昨日の慌ただしさは一切ない――平和と呼べる朝だった。
昨日のことが夢と言われてもおかしくないほど、今までのような雰囲気に頼人は思わず欠伸を漏らしてしまう。この雰囲気がつまらないわけではなく、朝特有の眠いから出てしまう欠伸。
そんな頼人の欠伸する姿を見た優理は呆れたようにため息を漏らした後、頼人に移されたのか、同じように欠伸を漏らした。
「移ったじゃん。まったく、昨日はあれだけ寝ておいて、まだ眠いの? 寝不足なのはこっちのセリフなんだからね?」
「単純な動作は移りやすいらしいからしょうがないな。つか、昨日のこと言われても俺には記憶にないんだよなー。いや、なくて当たり前だけどさ」
実はあの後、頼人は力尽きたように倒れ込んでしまったのだ。サキュバスを倒し、優理たちの元へ歩み寄っている最中に。
長距離マラソンをした後にくる独特の疲労感に近い感覚を感じていたが、まさか倒れるとは思っていなかった。そして気付けばベッドの上で寝かされており、身体を起こしてみるとベッドに凭れるようにして寝ている優理と沙希の姿。状況が全く掴めなかった頼人はそのまま目覚まし時計の時間と日付を確認して、大声を上げてしまった。そのせいで優理と沙希が覚まして、倒れたことを教えられたのだ。
「戦ってる最中も冷や冷やさせられるしさ。もうちょっと優理を心配かけさせないような戦い方をしてくれない?」
「それ、俺のせいか? あのサキュバス、結構強かったんだぞ?」
「それぐらい知ってるよー。身体の自由は使えなくても、意識はあったんだから見てたんだし……」
「まぁまぁ、そう怒るなよ。俺も頑張ったんだしな。そうだろ、アミナ」
姿の見えないアミナに同意を求めると、
「そうですね。本当に頑張ってましたよ! 戦闘経験もない割にはあれぐらい頑張れれば上出来です!」
明るそうに答える。しかし、すぐに声のトーンが低くなり、
「今回の敵でもあれだけ苦戦したんですから、体力を付けるとか模擬戦闘みたいなことをするかして経験を積むしかないですけど。次来る敵があれ以上強かったら、死亡フラグしか立ちませんし……」
頼人に修業をすることを進める。
それは頼人もちゃんと分かっており、悩まされているところでもあった。
アミナの言う体力作りは毎日走ったりすればいいだけの話であるが、戦闘経験に関しては問題しかない。戦闘経験という言葉から思いつくことと言えば、ケンカしかなかったからだ。もちろん言い合いなどではなく、拳と拳で語り合う方である。
生憎、頼人には誰構わずケンカを売る趣味はない。むしろケンカそのものが嫌いなタイプ。そんな人間に戦闘経験を積むという方は至難の技に近いのだ。
「お兄ちゃん、頑張ってね! 優理は応援しておいてあげるから!」
他人事のように頼人の背中を叩く優理は笑顔だった。
なんかしてくれることを疑っていない、そんな笑顔を頼人へ向けている。
そんな笑顔を見てしまった頼人は頭を掻きながら、泣き言を言えなくなってしまい、
「ま、なんとかするしかないな。アミナ、今日一日かけてなんか考えておいてくれ」
「そうなりますよねー。言われると思ってましたよ」
「面倒事を引き連れて来たんだ。しっかりと手伝ってもらうぞ」
「言われなくても手伝いますから、安心してください」
アミナはすでに何か考えようとしているらしく、時折「うーん」と唸る声があがる。
考える姿は見えないため、頼人は気にせずに歩いていると、十字路近くで急に身体がガクンと引き止められ、前に進むことが拒まれる。
犯人は優理しかおらず、案の定頼人の背中の真ん中あたりのシワを掴んでいた
「なんだよ?」
「沙希ちゃん、待ってあげようよ」
その一言に「あー」と声を上げた後、
「そうだな。遅刻はしないだろうけど、一人で行くのは寂しいかもしれないし」
同意して、どこの家かも知らない外壁にもたれて、沙希が来るのを大人しく待つことにした。
沙希は頼人が目を覚ました後、一回家に着替えに帰った。制服に着替えるためだ。
しかし、着替えるためだけならば時間はあまりかからない。
それでも時間がかかってしまうのは優理とアミナの聞いた話で分かっていた。
どうやら沙希は、頼人が倒れてしまったことを自分のせいだと思ってしまったらしく、そのせいで家に帰るように促した優理やアミナの提案に首を横に振り、今日の朝まで一緒にいたらしい。このまま目を覚まさないとでも思ったのか、ベッドから離れることを拒み、最終的には食事や風呂も入ることさえも拒んだようだ。
さすがにそれまではやりすぎ。そう感じた頼人ではあったが、それだけ心配をかけてしまったことを思うと申し訳なくなってしまい、優理の提案に乗ることにしたのだ。
「ねぇ、お兄ちゃん」
同じように外壁にもたれている優理が少しだけ感情の揺れた声で頼人の名前を口に出した。何かの不安に取りつかれているような、そんな感情の揺らぎ。
「どした?」
「サキュバスに操られたせいで、沙希ちゃんはお兄ちゃんに告白したんだけどさ。どうするの?」
「え? 何を?」
「だから、沙希ちゃんと付き合うの?」
「なんで?」
「戦っている最中にも沙希ちゃんが言ってたじゃん。恋心を弄んだって。だから、お兄ちゃんにはその気持ちに返事する義務があるの! 気付いてないなんて絶対に言わせないんだからね! そのことについてどう答えるのか、聞いてるの!」
「考えてない」
頼人はあっさりと答える。
どうすればいいのか、それが分からない。『知ってしまったから』と言っても、それで付き合うのは違う気がするから。だからこそ、頼人はそのことについて考えても答えが出なかったのだ。
「あのさ、もうちょっとしっかりしなよ! それじゃ、沙希ちゃんが可哀想じゃん!」
優理は怒った顔をして頼人へ詰め寄ると不甲斐ない兄に対し、妹からのお仕置きという意味でビンタをしようと片手を振り上げたところで――。
「優理ちゃん、何しようとしてるの?」
それを止めるように沙希の声が聞こえたため、優理の動きが静止した。




