vsサキュバス(5)
頼人たちが逃げられる状態ではないと分かっているサキュバスは、余裕を持った表情で近づいていたが、突如びっくりした表情を浮かべて歩みを止めた。
そして震えた声で、
「なんでお前が……この結界の中、自由に歩けるの……。そ、そんなの聞いてない」
少しだけ怯えた様子を見せる。
サキュバスの声に促されるように、頼人たちがいる石柱の横に一つの影が現れたため、頼人たちも自然とその人物の方へ顔を上げた。
その人物は見知った顔。
下手をすれば加害者に入ってもおかしくない人物――江藤沙希の姿がそこにはあった。
サキュバスに操られていた時のようなタオルを身体に巻き付けているのではなく、ちゃんと洋服を着ており、表情は怒り以上の憎悪に満ちた表情になっている。
「お兄さん、大丈夫ですか?」
「ぎり……ぎり…………かな?」
立ち上がろうと身体を動かしてみるが、少しでも刺激が加わると身体中に痛みが走り、立つこともままならない状態。
「そ、そんなことよりも……なんで、ここに……。姫、結界は……」
疑問に思ったことを口にし、ユリの方へ顔を向けると、
「ちゃ、ちゃんと結界は発動してる。魔力を持たない人間はここに来れないように……。あ、もしかして!」
ユリは何か気付いたようにハッとした顔を浮かべる。
アミナもユリと同じように気付いたらしく、ユリの発言に対し、首を縦に振って同意を示す。
この状況で分からないのは頼人と沙希だけのようだった。
「私の魔力の残留が残ってるからだね。その女の身体から逃げ出す時に姫にバレないように残すようにしておいたから……」
サキュバスは何に怯えているのか分からないが、「この状況はマズイ」と言いたそうに悔しそうに言い放ち、頼人たちの方へ向かって駆け出す。狙いはユリではなく沙希だった。
「そっか。だから私はここに来るように直感が働いたんだ。こんなにも早く仕返しできるタイミングが来るなんて思ってもみなかった」
いつかは仕返しすることができる。
そのことは分かっていたかのように、沙希はにっこりと笑う。ただの笑顔ではなく、憎悪まじりの笑顔であることは変わっていない。
「だから動きを止めてね。それとあんたの声なんて聞きたくないから、しばらく黙ってて」
沙希は逃げることも、避けようともしない。
その場でサキュバスへと向かって命令した。
「ばかっ……にげ――」
頼人はそんな沙希を庇うために必死に立ち上がりながら言うけれど、突然聞こえてきたサキュバスの呻き声に言葉が途切れてしまう。そして、サキュバスの方を見ると、剣の切っ先を沙希へと向けたまま動きが途中で止まり、口をパクパクしながら固まっていた。
――何が起きた?
無言で黙っている頼人へ向かって、沙希は微笑みながら説明し始める。
「なんとなく、命令したら動きが止まるような気がしたんですよねー。だから、試しに命令してみました♪」
「あ、そう。姫かアミナ、どっちでもいいけど、そうなった理屈を俺に教えてくれ?」
「分けた魔力の量のせいでしょ」
ユリはホッとしたような口調で、頼人の質問に対する回答を述べ始めた。
「サキュバスがユリたちを誤魔化すために分けた魔力の量がその子に多いせいで、必然的にその子の意思に魔力が従ってる。そんな感じかな。今のサキュバスは魔力で形成されたような状態だから意思で自分の身体を操っているとしても、魔力が強く残ってる方の意思が一番働くのは当たり前のことでしょ? その子が魔力を持った状態で起きるなんて考えてなかったんじゃない?」
「な、なるほど……、そんな奇跡もあるんだな……」
「本当に奇跡だと思うよ。普通、身体を乗っ取られたって言っても、身体からいなくなったら魔力もなくなるはずだしね。一種の先天性の才能なんじゃないかな?」
「……沙希ちゃん、こわっ!」
「そんなに怖がらないでくださいよ。私も少しだけ驚いてるんですから。そんな理屈があったんだな、って」
ユリの説明を聞き、頼人の発言が少しだけ気に入らない様子で頬を膨らませる。しかし、この後、「でも――」と付け加え、
「あいつにはちょうどいいでしょう? だって、私の気持ちを弄んで、お兄さんを誘惑して、大事な優理ちゃんを傷つけた。こんなのじゃ全然足りないんです。そういうわけで、お兄さん、あいつにして欲しいご要望在りますか? 何でもしますよ」
躊躇いなど一切ないとでも言い切るように低く、底冷えするような声と共に冷たい目で語る。
遠慮はしない。
そう断言するほどの意思を頼人へぶつける沙希。
「じゃあ、頼人さんのご要望である翼の破壊を頼んだらどうですか?」
頼人の治癒をしているアミナが、沙希の望んだご要望を代わりに答える。
「いや、それはそうだけど……頼んでもいいのか?」
「だって沙希さんが尋ねてこられたんですから、質問されたことに答えることも男の仕事ですよ? 遠慮とか優柔不断はいけないことなんです! 姫様だってそう思いますよね?」
アミナの問いに対し、ユリも首を振って同意を示す。
しかも、少しだけ頼人を睨み付けながら。
――しゃーないか……。
ユリどころか沙希も頷いているので、困ったように前髪を一度かき上げてから、改めてアミナがした答えを自分の口で頼人は言った。
「じゃあ、翼の破壊を頼む」
「いいですよ。あ、その前にその妖精さんのこと尋ねてもいいですか?」
「ああ……俺と優理は異世界の戦いに巻き込まれて、そのことを教えてくれた妖精ってことで今は納得してくれ。詳しくはこの戦いが終わったあとで教えるから」
「それでいいですよ! っていうか、誤魔化さないでくださいね? 巻き込みたくないとかいう理由で。すでに巻き込まれてるんですから!」
「分かってるよ。あ、翼を破壊する前にあいつが持ってる剣をこっちに渡してくれるように言ってくれるか? あれは俺の物みたいなもんだし」
「はい、分かりました。その剣をこっちに渡して」
沙希はサキュバスへそう命じる。
すると今までずっと固まっていた身体は、腕だけが沙希の意思に従うように動いて、持っていた十束剣を沙希の方へ向かって投げた。十束剣はくるくると宙を舞い、狙ったように沙希より少し離れたところで地面に刺さる。
改めて見たサキュバスの顔は、絶望という言葉を表現するように青ざめていた。




