vsサキュバス(4)
「魔法を使う体力が……ない……?」
頼人には意味が分からなかった。
魔法というものは魔力を消費して使うもの。
それはもはや誰もが知っている一般常識であり、当たり前のこと。中には魔力というものは精神力と体力を混ぜ合わせて、作り出すパターンもある。その場合、『姫が魔力を作り出すだけの体力がなくなってしまった』という考えも当てはまるのかもしれない。
しかし、あっちの世界のユリは姫であり、そう簡単に魔力が尽きるはずなどありえないという偏見が頼人の中にあった。だったら、その偏見をなくせばいいだけと気付いた頼人は、
「そっか。じゃあ、仕方ない。俺がなんとかするだけだ。姫、悪いな。ゆっくり休んでてくれ」
サキュバスにわざと漏らされたことを必死に悔しがっているユリに優しい言葉をかけつつ、鞭を再び両刃の剣に戻して構える。
ユリは頼人がそんな言葉をかけられると思っていたらしく、
「お、怒らないの?」
びっくりした反応で返事が戻ってきた。
それはアミナも、敵であるサキュバスも同じだったらしく、「あれ?」みたいな反応をしている。
そんな三人の反応に、頼人自身も「おかしいこと言ったっけ?」と一瞬悩んでしまった。
「どうしようもできないものを悔やんでも仕方ないだろ? だから、怒るようなことでもないと思ったんだけど……」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「怒ってもいいと思いますよ、頼人さん。無理矢理、優理さんの身体を乗っ取ったくせに実は役立たずだった、ってこの状況で教えたんですから!」
アミナが余計なこと発言を口に出したことにより、ユリの怒りスイッチが押される。アミナの身体を掴むと、片方の頬を引っ張り始めた。
「余計なこと言ってるんじゃないわよ! 誰が捕まったせいでこんな状態になったと思ってるの?」
「いたひれす! すひまへん! わひゃひのせいれすー!」
「あのさ、戦闘中だからそういう漫才は後にしてくれないか? もし良かったら、なんで魔力が尽きたのかを説明してほしいんだけど……」
冷めた目で二人を見つめながらため息を漏らす頼人。
ハッとした様子でユリはアミナを投げ飛ばして、コホンと咳を漏らして喉を整えた後、
「分かってるとは思うけど、魔法は魔力を消費して使うものなんだけど、こっちの世界のユリは魔力を持ってないの。一応、このネックレスには空気中に存在する微量の魔力を吸収して蓄える能力をアミナに加えてもらってるんだけどね」
頼人がプレゼントしたネックレスを指で弄びながら、そう話し、
「それでもユリが使う魔法ではその魔力でも足りなかったの。だから、体力と精神力で無理矢理魔力を練ったんだけど……今、張ってる隔離結界にかなり消費したんだ。張った途端、ちょっと気絶するぐらいに……。だから、ここに来るのが遅れたの。ごめんね、サキュバスに知られたくないから、あとで話そうとは思ってたんだけど……気付かれてたみたい」
しょんぼりとした様子で頭を俯く。
頼人の中に生まれた最初の違和感の正体が、『家から公園までの距離に対するユリの到着の遅さ』だったということに気付く。
全力疾走すれば体力不足の人ならば、脇腹が痛くなってしまう距離にこの公園がある。しかし、今回の状況でユリが急いでくる理由はあっても、遅く来る理由は一切ない。
そのことが分かった頼人は少しだけ心が軽くなったような気がした。
「それが分かれば十分だよ。元々、俺とアミナでなんとかするつもりだったんだしな」
「それはそうだけど……」
「良いから、休憩してろ。ほら、アミナ、やるぞ」
「は、はいー!」
投げ飛ばされたアミナは少しだけフラフラした状態で頼人の隣へやって来る。さきほどのユリに投げられたことで、少しだけ目が回ってしまっているらしい。
アミナのこの状態を見た頼人の中にはさっき以上に「ピンチだ」という警報がなっていた。
「あははははははは! こんな状態で勝てると思ってんの! もう負けを認めなよ! そしたら楽に殺してあげるんだからさ!」
「だから、黙って殺される馬鹿はどこにもいないだろうがよっ! 余裕の表情、見せやがって!」
「余裕なんだもん。だってさ、これぐらいの風でも人間は耐えられないでしょ?」
サキュバスは自分の身体に生えた翼を頼人へ向かい、羽ばたかせる。
最初は風すらも頼人は感じながったが、翼が羽ばたく速さが増すにつれて、頼人も風を感じ始め、最終的に暴風となって頼人を襲いかかった。
頼人は行動の意味に気付いていたため、アミナを掴んで引き寄せ、
「ちゃんと俺の服を掴んでろ! いいな! 姫も俺の手を掴め!」
地面に剣を突き刺して、ユリへと手を伸ばす。
ユリもサキュバスの行動の意味を頼人の言葉の意味から察したのか、頼人の腕を両手で掴む。
「ほらね! ただの人間にはこれぐらいでも防御に入るんだよ? そんな状態でどうやって私に勝つ気でいるのか、教えて欲しいんだけど!」
高笑いするサキュバスに行動を封じられ、暴風による舞い上がる砂埃のせいで頼人は目を開けることもままならない状態になった。剣を掴んでいる腕も、ユリを掴んでいる腕も徐々に痺れ始めており、このままでは駄目だと分かっていてもどうしようもできない。
なんとかして必死に対策を考えていると、
「あっ!」
ユリの「しまった」という声と共に片手が離れる。
そして、さらに強くなる風の勢い。
まるでユリをそのまま吹き飛ばそうとでもしている流れだった。
――状況は……悪くなる、ばかりなら……っ!
頼人は覚悟を決めた。
そして、剣を掴んでいた手を離すと同時にユリを自分の身体の中に包み込むようにして抱き寄せる。
「え!?」
「ら、頼人さん!?」
驚き、悲鳴に近い声を上げるユリとアミナ。
いきなりの行動をして驚かせてしまったことに謝罪の一つでもしたかったけれど、頼人にはそんな余裕は一切なく、情けなく転がる。そして、最終的に公園の入り口にある石柱に背中からぶつかり、「かはっ!」と声にもならない声を上げた。
「まさか自分からこんな手に出るとはね。ま、でもこれで行動不能ってところかな?」
ユリは翼を羽ばたかせるのを止めて、地上へ降り立つ。
地上へ降りたところで、勝利はこちらにあるとでも言うかのように。
ユリたちはそんなことはどうでも良くて、頼人の身体から離れると、少しだけ半泣きになりつつ叱り始める。
「なに、こんな危ないことしてるのよ! こっちの世界のユリも中で泣いてるよ!?」
「そうですよ、馬鹿なんですか! 馬鹿ですよね!」
「ど……どっちみち、こうなってたと……思うけどな……」
頼人には最初から間違いなく吹き飛ばされることは時間の問題だと分かっていた。いや、それはユリとアミナも同じである。それが、どのタイミングでそれが起きるかどうかの差であり、だったら自分から行こうと考えた結果の行動だった。吹き飛ばされてから覚悟するよりも、覚悟して吹き飛ばされた方がこうやって何かにぶつかったとしても、痛みに耐えきれる自信があったから。
しかし、唯一外れたこともある。
痛みが背中に走る痛みが予想以上だったことだ。
「アミナ、治癒魔法を早く!」
「分かってますよ!」
「ば、馬鹿……、そんなことしてる場合じゃないだろ! あ、あいつをどうにかしない、と……」
サキュバスは十束剣を地面から引っこ抜き、それをぶんぶんと試すように振りながら、頼人たちへと近づいていた。
その十束剣でトドメを差す。
そう言いたそうな笑みを浮かべて。




