vsサキュバス(2)
それからはサキュバスの怒涛の攻撃が頼人を襲う。上空からの急降下による一撃後、即座に離脱の一撃離脱戦法。上空からの四方八方による移動により、同じ個所からの攻撃は一切ない。
そのため、頼人は防戦一方だった。
「くそっ、攻撃できないじゃんかよ!」
十束剣でサキュバスの攻撃を防ぎながら、頼人はぼやく。
刃を鞭に変えて地面に引きずり降ろしてやりたかったが、もし攻撃を外れた場合、自分がダメージを負ってしまう確率が高くなることが分かっていた頼人には、そんな無謀なことが出来ず、攻めあぐねていた。
「あははっ! させるわけないでしょ! でも、よく食らいつくね! すごいよ、ただの人間のくせにっ!」
サキュバスの褒め言葉とも聞き取れないセリフに頼人は少しだけ驚いてしまう。
そのことに自分自身でも気付いていなかったからである。そんなことを考えるよりも防御や回避に必死に専念していたからだ。
頼人の心の揺れを感じ取ったのか、その隙を付いた攻撃が頼人の腕を当たってしまう。が、これもまた咄嗟の動きで腕を引いたことにより、かすり傷で事なきを得る。
「今のでも躱すんだ! それもやっぱり勇者と話した影響でも出てるのかな?」
「知るかよ! んなことはどうでもいいから、正々堂々と戦えよ。いつまでも空中からの奇襲ばっかしやがって!」
「そんな負けそうな戦い方、誰がすると思ってんの? それは甘いって言うんじゃない!」
再びサキュバスの急降下の攻撃が始まる。
――かかったな!
頼人は軽く心の中で笑い、剣を構える。
先ほどからの単調な攻撃をしっかりと見ていたおかげで、頼人にはサキュバスが攻撃するために移動する軌道の把握と攻撃が当たるまでの時間の予測が可能になっていた。さらには攻撃に移行した場合、急旋回ができなくなるということも。つまり、攻撃に移ってからのサキュバスには回避行動がとれないと気付いた頼人にとって、攻撃に対する反撃こそが唯一の攻撃チャンスだと判断したのだ。
腕を伸ばし、鋭い爪で一撃を与えようとするサキュバスの腕を狙い、頼人は十束剣を今までのように構えるのではなく、居合切りをするかのように腰近くに構えて、タイミングを合わせて振り抜く。
本来、すれ違いざまにサキュバスの腕を斬りつけるはずだった一撃は、サキュバスの腕を傷つけることなく空を斬った。
「なっ……!?」
その驚きの声と共にサキュバスの位置を確認すると、頼人の背後と空に浮かんでいた。
慌てて攻撃を避けて冷や冷やした表情などではなく、そうやって反撃してくれることを待ち望んでいたかのような満足気な表情で。
どこまで頼人が食らいついてくることが出来るか。
そのことを試していたかのように……。
「これが人間の可能性ってやつ? いやー、すごいね」
「すごいなんて思ってもない奴が吐く言葉かよ。余裕そうな表情しやがって!」
「えー、そんなことないよ? 本当にすごいって思ってるよ。なんなら拍手の一つでもしてあげようか? 敬意を込めて」
と、白々しく拍手をし始め、
「こんなにも早く反撃に転じるなんて思ってなかったんだもん。こんな単調な攻撃では時間の問題だとは思ってたけどね。本当に勇者から肉体強化の魔法でも授かったんじゃないの?」
あくまで人間の域を超えていると頼人へ促し、再び動揺を与えようと挑発。
しかし、頼人はそんな言葉に乗るつもりは一切なかった。いや、勇者から肉体強化の魔法を実際受け取っており、無意識のうちに発動していようが、そんなことはどうでも良かったのだ。優理を護るために使えるのならば、どんな力でも使いたい。そう思っていたから。
そんなことよりも攻撃の隙を付いた反撃を躱されたことの方が問題だった。
言うまでもなく、さっきの攻撃で腕を傷つけることで片腕を使用不能にし、より多くの隙を作って反撃に転じよう、と考えていたからだ。それを余裕で躱されてしまったということは、『現在の状況ではサキュバスへの攻撃はできない』という事実を突き付けられたも同然の状況。
頼人は歯軋りを鳴らして、その悔しさを表現することしかできなかった。
「くそっ、ジリ貧じゃないかよ!」
「私はその表情を見るのが楽しいけどね! なんなら、姫が来るのを待つ? 私さ、結構重要なことに気が付いちゃったんだよね!」
「は? 姫がここに来たら、お前の負けは確定みたいなもんだろ。いつまでも余裕をかましていられると思うな」
「本当にそうかな? 来てみたら分かると思うよ? ま、それまでは私の暇つぶしに付き合ってよね!」
こうして再びサキュバスによる急降下攻撃が開始される。
今度は今までと違い、単調な物だけではなくフェイントまで追加されるようになった。攻撃するのかと思えば何もせずに通過し、背後に回り込まれる。または急な方向転換による攻撃位置の変更が行われる。
頼人はその行動に対して、今まで頼りにしていた視覚と直感、反射神経がだんだんと追いつかなくなり、結果的になんとか身体にかする程度に抑えることが精一杯になってしまう。
いつまでもこんな状態が続くわけもなく、肉体的にも精神的にも限界を向けつつあった疲労のせいで、防御も回避もできなくなるのも時間の問題だった。
「んー、そろそろ限界なんじゃない? うん、十分楽しんだし、これで終わりにしてあげる!」
頼人の状態を確認し、これ以上遊ぶことができないと読んだサキュバスは、頼人に向かってそう宣言し、今までよりも上空に上がり、勢いをつけて落下し始める。
――これは防御も、回避もできない!?
不意に頼人の脳裏によぎった殺されるイメージ。
直感にさえ助かる道を見捨てられてしまった頼人の身体は動くことを拒否し、防御も回避も行うことはできなくなってしまう。そんな中で唯一できることは、死ぬ覚悟をすることだけだった。




