vsサキュバス(1)
頼人は外へ飛び出すと、すでにサキュバスの姿は近くになかった。
沙希をベッドに寝かしたり、玄関まで下りて靴を履いたり、と余計な行動をとっている間に移動した。そう考えると当たり前な結果。
そのことに対し、無駄な行動が多かった、と後悔していると、
『頼人さん、聞こえますか?』
アミナの声が頼人の脳に直接に届く。
こうやって脳内に話しかけられることは、今までにもたまにあり、そのたびに驚かされていた頼人はすでに慣れている。そのおかげで普通に返事を返した。
「すまん、見失った」
『いえ、空を飛ぶ相手ですから分かってました。結界を張るのにそこまで時間はかからないので、逃げ切れられる心配はないと思います』
「そっか。なら、安心だな。んで、どの方向に逃げたんだ?」
『最初にあたしと話した公園方向です!』
「おいおい、それはまずくないか? 朝方って言っても、散歩してる人がいるかもしれないぞ?」
頼人は急いで公園へ向かい、全力で駆け出す。
立ち尽くした状態でいるより、頼人自身が向かって標的にされた方が周辺にいる人の安全を確保できると思ったからだ。
そのことはアミナも気付いていたらしく、
『そのことはちゃんと分かってます。ただ、また沙希さんみたいに身体を乗っ取る可能性のことを考えて、姫には隔離結界を張ってもらう予定です。なので、少しだけ急いだ方がいいかもしれません』
少しだけ早口で説明。
説明を聞き終わるより先に、頼人の足は早まっていた。沙希みたいに身体を乗っ取られる可能性があると知ったからである。
鬼とゴブリンに襲われて以降、少しずつ体力作りを始めた頼人だったが、やはり全力疾走の長距離には身体が慣れておらず、すぐに脇腹が痛くなってしまう。
――やべっ、な……。
こんなことでバテてしまいそうになる自分の身体を悔やみながらも、頼人は公園へ辿り着く。
息を整えながら上空を確認すると、真っ青な雲一つない空に一つだけ黒い点を見つける。その黒い点は動くことなく、何もない場所で立っていることから、その黒い点がサキュバスであると認識するのは容易だった。
「アミナ、見つけたぞ。たぶん、誰かの身体を乗っ取ろうと品定めしてるんだと思う」
『まだ結界を張るには時間がかかるので、足止めしておいてください!』
「分かった。何とかしてみる」
その時、サキュバスが急降下し始める姿が見える。
頼人はサキュバスが降りる予定地点を見つめると、ジョギングをしている一人の女性の姿。
狙いはその子だと知った頼人は駆け出した。
しかし、入口から遠く離れた位置にいる女性を救おうと全力で走ろうと間に合わないことは明白。
そのことは一番頼人が分かっていた。
だからこそ、頼人は勇者に教えて貰った剣の使い方をこのタイミングでいきなり使うしかないと悟り、その場で立ち止まると剣をサキュバスへと向け、振りかぶる。瞬間、剣はロングソードから鞭のように細長くなり、そのまま狙いを定めたサキュバスの腕へと巻きつかる。
「な、なんで……!? こ、この距離から――」
サキュバスの方も頼人がここに来ていたことを気付いていたらしく、行動を急いだようだったが、予想外の遠距離攻撃に驚いた様子で声を漏らす。
その隙をついて、腕を巻きついた鞭をそのままこちら側へ強制的に引き寄せるようにして、頼人は地面にサキュバスを叩き落とした。
驚いている相手にこれぐらいの行動は簡単な作業。
ただ、それはジョギングをしていた女性にもサキュバスの存在を気付かれたことになり、悲鳴が上がってしまう。
「くそっ、気付かれた――」
『大丈夫ですよ! 結界の展開準備たった今、完了しましたから!』
頼人の漏らした言葉にアミナが即座にフォローが入る。
その言葉通り、なんとも言い難い感覚が頼人の身体を通過、悲鳴を上げていた人の声も姿も一瞬にして消え去る。
それ以外は何の変化もない光景。
前回、味わったような重苦しい結界と違い、清々しいまでの澄んだ雰囲気と澄み切った青空があった。
「なんか懐かしい感じだな」
思わず、頼人はそう呟いてしまう。
戦闘中にも関わらず、そう呟いてしまったのは、この何とも言えない安心感が子供の頃に両親からもらった愛情に近かった気がしたからだ。
「くそっ、いったいどうなってるのよ! なんで、お前がこんな使い方をできるの!? こんなの聞いてないんだけど!!」
頼人の気持ちを打ち砕くかのごとく、サキュバスが頼人へ向かい吠える。
ただの人間に邪魔されたことが気に入らない様子で。
「勇者に教えて貰ったんだよ。この剣――十束剣の使い方を。ま、俺の知ってる剣とは違うのは世界の違いだと思うけどな」
「余計なことを……」
「お前が俺を夢の世界で誘惑するのが原因だろ? 自業自得ってやつだ。覚えとけ。ま、そのおかげで俺は色々と知ることが出来た。いちいち、剣の形状を変えるために刃を消さなくても、今使ってる精神力を利用すれば刃の形状を自由に変えられるってことがな」
サキュバスの腕を掴んでいた鞭を今度は日本刀のような形状に変えて、サキュバスに向ける。
「こんな風に、な。理解かれば簡単なもんだ」
「なるほどね。でも、そうやって見せつける必要はなかったんじゃない?」
サキュバスはゆっくりと立ち上がり、鞭によってできた火傷のような跡を一舐めして、クスクスと笑い始める。
頼人の行動が予想外とでも言いたげな雰囲気で。
――あ、そういうことか!
頼人は再び剣を鞭のようにして、サキュバスのどこでもいいので身体に巻きつけようと伸ばすが、頼人の行動が読めていたかのような動きで上空へ飛び上がるサキュバス。それでも頼人は諦めず、一旦手元まで鞭を引き戻し、再度サキュバスへ向かって鞭を伸ばす。が、それはサキュバスの手前で止まり、それ以上伸びることはなかった。
「やっぱりね。それが今回形成してる刃の精神力で伸ばせる限界距離ってわけね」
「っ! 分かってて誘導したんだろ?」
「当たり前でしょ? 精神力をエネルギーにしてるってことは、刃の形成に使われている精神力の限界値があることぐらい、私たちの世界では当たり前なの。っていうか、そもそも私たちの世界ではその剣は嫌というほど研究されてる。でも勝てないのは、勇者の仲間と勇者の使い方が上手いせいよ」
「……つまり、未熟な俺ではお前すら勝てない。そう言いたげだな」
「そういうこと。じゃあ、覚悟しなさい。そう簡単に死なないようにね。私がつまらないから!」
「っ!」
その言葉に頼人は慌てて鞭から剣の状態へと戻し、構える。




