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頼人、目覚める

 頼人は周囲がうるさすぎて、ゆっくりと目を開けた。

 まだ視界が少しだけぼんやりしているが、アミナが普通に姿を現し、優理と会話している様子が目に入る。今までアミナが優理に対して怒っている姿など、一回も見たことのない頼人からすれば意外な様子だった。

 しかし、それ以上にうるさすぎて、起きたばかりの頼人には怒りが募り始め、起きて文句を言おうと身体を起こそうとするも、身体が動かないことに気付く。


「な、何がどうなってるんだ?」


 寝ぼけた頭で周囲を確認すると、何か光る紐で縛られていることに理解し、周囲の状況を確認。

 ユリとアミナの反対側には宙に展開された魔法陣から出現している紐に縛られている沙希の姿も見つける。


 ――現実なのか、あれ……。


 起こされる原因となった勇者のデコピンのことを思い出す。

 そして、沙希が魔法陣に縛られている理由も察し、ユリとアミナに話しかける。


「おはよう……、でいいのかも分からないけど、この魔法を解除してくれないか? 起きれないんだけど……」


 その声にアミナは驚いた顔で頼人を見つめ、頼人の耳元へ下りてくる。そして、いきなり謝り始める。


「頼人さん、すみません! あたしのせいで、いきなりこんなピンチにしてしまって! 本当はもうちょっと気を付けるべきでした! なんて、お詫びしたらいいのか――」

「とりあえず、それは良いから魔法を解除してくれないか?」

「ん。今度は大丈夫みたいだね!」


 アミナの代わりにユリが返事をし、指をパチンと鳴らす。すると、頼人を縛っていた紐が瞬時に消え去り、頼人の身体は自由を取り戻した。

 紐で縛れていたせいか、それとも変な寝方をしていたせいか、そのどっちのせいのかまでは分からなかったが、首筋が妙に凝っている気がしたため、首を動かすとポキポキと骨が鳴ってしまう。


「あー、お前、優理じゃないな」

「あれ、分かる?」

「雰囲気でな。というより、優理はそんなに姿勢はしないぞ」


 現在、行っている腕組みをユリ自身が確認しつつ、「あはは」と苦笑いしながら頬を掻いた。やっぱりバレたか。そんな気まずい雰囲気がユリから溢れ出す。


「改めて自己紹介した方がいいかな? 今、ちょっとこっちの世界のユリの身体を貸してもらってる状態なの。名前は長いから、『姫』とでも呼んでくれたらいいよ」

「そうらしいな。夢の中で勇者に聞いたよ。叱りたいけど状況的に褒めることになる、って呆れてたし……」

「やっぱり勇者様は分かってるねー。誰かさんと大違い」


 ユリは勝ち誇った視線をアミナへと向ける。

 アミナは「ぐぬぬ」といった様子で、悔しそうな視線を向けるが、本当のことなので何も言えないらしく、握り拳を作り、必死に我慢していた。


「姫様の馬鹿……」


 勝てないと知ったアミナはこっそりとそう呟くことが精一杯だったが、


「誰が馬鹿ですって? いったい誰に向かって言ってるの?」


 その安い挑発に乗ってしまったユリはアミナの頭を指で掴み、持ち上げる。

 頼人は敵である沙希が近くにいるのに、こんな風にのん気に漫才をし始めるユリとアミナを見ていると頭痛がしそうになった。この光景をずっと見てきた勇者にも同情をしてしまいそうになるぐらいに。

 このままでは何も進展しないと分かっている頼人はユリの頭を手の甲で軽く叩いて、注意。

 そんなに強く叩いたつもりはなかったが、ユリは叩いた箇所を軽く擦りながら、頼人を睨み付ける。


「痛いんだけど?」

「敵のいる目の前で、そんな油断をしてる姫が悪いんだろ? 自業自得だ」

「でも叩くことないじゃん!」

「はいはい、その愚痴はあとで聞くから、この敵はどうすればいいんだ?」

「勇者から貸してもらってる剣で、身体の中心に貫いたら消えると思うけど? っていうか、やけに大人しいけど諦めたの?」


 今までの会話に全く参加せず、抵抗することさえしなかったらサキュバスを三人は改めて見つめる。

 目を閉じ、何かの手違いで死んでしまったかのような静けさだった。


「絶対に何か企んでますね」


 アミナの一言に、ユリは素直に頷く。

 それは頼人も同じ意見だった。


「ここまでジッとするなんてありえないしね。何かする前に早くトドメさせたら?」

「分かってる。つか、沙希ちゃんの身体を使ってくるとはさすがに思ってもみなかったからな。本当に油断したよ」

「魔界の住人の常套手段だから、今度から気を付けるように」

「はいはい」


 頼人はネックレスの先を手に取り、「ハビーブ」と言うと、頼人の手に収まる形で剣の柄が出現する。そして、前回の時と同じように両刃の刃先を形成し、ロングソードになる。

 頼人はその切っ先を沙希の胸あたりに向かって突き出すが、


「甘い!」


 刃が沙希の身体に到達する前に、サキュバスは目を開けると不可視の圧力が頼人に襲いかかり、あっけなく吹き飛ばされてしまう。


「きゃ!」


 アミナも頼人と同じく小さな悲鳴を上げて、吹き飛ぶ。

 ユリだけはその圧力に対する受け流し方法を知っているのか、その場に立ったまま、サキュバスを睨み付けながら舌打ちを漏らした。

 なんとか体勢を立て直した頼人の目に入ったのは、さっきまでサキュバスを縛っていた魔法陣が破壊され、身体の自由が取り戻している様子だった。


「やらせるか……よ!」


 身体の自由が取り戻される=ユリが襲われると思った頼人は、ユリを護るために前に立とうと飛び出す。


「違う! そいつ、逃げるつもりだよ!」


 サキュバスの行動を見抜いたユリの一言。

 慌てて守りから逃がさないように攻撃に移ろうと、頼人はさらに足を一歩踏み出すも、それはサキュバスの体当たりのせいでバランスを崩してしまい、その場に倒れ込んでしまう。


「そう来たか!」


 ユリはサキュバスの意図が完全に読めていなかったらしく、悔しそうに呟く。


「それは油断と言うんだよ! じゃあね、ユリ姫!」


 沙希の身体からの攻撃を警戒していた頼人が声をした方を慌てて見つめると――沙希の身体を悪魔化したとでもいうように身体中に模様が浮かび上がり、翼、露出多めの黒い服を着た沙希がいた。沙希の身体を操っていたせいで、沙希の身体をモチーフとしたと言わんばかりのサキュバスの姿。

 サキュバスは頼人の方を見ることなく窓をすり抜け、外へと飛び出す。


「あいつを追いかけて! アミナ、ユリと一緒に結界を張る準備をしなさい! 探知任せる」


 と、即座に指示を出すユリに対し、


「すでに探知の準備をしてます。逃げようとしてる場所はまだ分かりませんけど……。頼人さんはあたしたちに構わず、先に行ってください。後から追いかけますから!」


 アミナはそう言って、頼人に指示を出した。

 頼人はそれを聞きながらも、沙希の身体をベッドへ簡単に寝かせる。その後、玄関へと急いだ。


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