デート中に現れる勇者(2)
頼人は鎧を着た頼人へと歩み寄っていく。
沙希の方を振り返ることは許されない。振り返ってしまっては駄目だ。そんな気持ちが湧き上がってしまったせいだった。
「お兄さん、行かないでください! 私のこと好きなんですよね? だから、私と……あ、愛し合ったんですよね!!」
沙希が言いたい言葉の理由が分かる頼人。
しかし、それに応えられるだけのふさわしい言葉も、慰められるような言葉も見つからなかった。その罰なのか、胸に痛みになって頼人へと襲いかかる。
「良いから演技は止めろ。お前の正体はサキュバスなんだろ? 夢の中でも繋がられただけでも良しとしろよ」
「あんたこそ、頼人さんの真似してなんなのよ! 消えなさいよ!」
「それは無理だな。俺は夢の住人とは少し訳が違うから。とりあえず、お前が消えろ。素直に消えるならそれで良し、消えないなら俺が強制的に消してやるよ」
そう言って、鎧を着た頼人は腰から剣を抜き、肩に担ぐ。
余裕を持った何気ない構えだった。
が、頼人からそれを見れば隙のない構えに見えてしまう。余裕を持っているというよりも、このスタイルそのものが一つの動作としての初動にさえ見えてしまった。
沙希は悔しそうに歯ぎしりを漏らす。
「分かったわよ! やってやる! この夢での主導権が誰にあるか、教えてあげるわよ!」
頼人は前述の通り、振り返ることはしなかった。が、沙希から発される声がすでに沙希の者ではない声に聞こえてしまっていた。
その時、視界の端から白い物体が、鎧を着た頼人の方へ飛んでいくのに気付く。早すぎたため、頼人が認識したときにはすでに鎧を着た頼人がそれを真っ二つに切り裂き、地面に落下。頼人には切り裂く動作さえも早すぎて、視界に収めることはできていなかった。
「勇者め! こんな世界までやってきやがって!」
「こんな世界って……こっちの世界の俺の夢にまでちょっかい出してる奴がそれを言うのか? ま、いつまでもチンタラしてたら、あのワガママ姫に怒られるから、盛り上がりはないが決着を着けさせてもらうぞ!」
勇者と呼ばれた頼人はその場から駈け、沙希の方へ突撃する。
疾風迅雷。
そうとでも表現できるような速さと攻撃。
頼人が思わず振り返り、沙希の姿を見た時にはすでに胴体が逆袈裟斬りによって、分断されていた。
「ち、ちくしょう……あ、あとすこし……で……」
沙希は悔しそうに言って霧散した。
勇者と呼ばれた頼人は抜いていた剣を鞘に納めて、頼人へ顔を向ける。
「無事か? こっちの世界の俺」
「……やっぱり、あっちの世界の俺か。いや、分かりにくいから勇者って呼べばいいか?」
「そこら辺は好きなようにしてくれ。こっちの世界には来ることはできないからな。姫みたいにすれば問題はないんだろうけど……」
勇者のいう意味が分からず、頼人は首を傾げる。
雰囲気でなんとなく状況が大変だということを察することができた。
「いったい、何がどうなってるんだ?」
「簡単に説明すると、さっきの子がサキュバスに操られて、こっちの俺にちょっかいを出していた。それに見事に引っ掛かったせいで、こっちの世界の姫がピンチってところだろうぜ」
「お、おい! それ、マジかよ!」
頼人は勇者の発言を聞いて、慌てた。
ごく自然のことである。
敵の作戦にまんまと引っ掛かってしまい、それが原因で優理がピンチだと知ると居ても立ってもいられなくなってしまったのだから。
どうやったら夢の世界から抜け出せるかのかも分からない頼人だったが、唯一定番として存在する『頬をつねる』行為をした。
しかし、頼人を夢の世界から脱出することはなく、痛みが頬を襲うだけで終わる。
「いってー、どうなってんだよ」
「頼人、襲われたのはこれが初めてか?」
「ん、いや、違うけど? 二回目だな」
「その時に結界を張られたりしたか?」
「張られたな。って、それと同じ原理ってことか」
「そういうことだな。ま、そういうわけで俺は頼人と話せるわけだが……、皮肉なもんだ」
「本当に皮肉だけどな」
苦笑いする勇者につられて、頼人も思わず苦笑いをしてしまう。
「って、そんなことしてる場合じゃないんだろっ!?」
「まぁ、そうだが少し落ち着け。俺の言葉だから安心して聞けるだろ?」
「お、おう」
頼人は勇者に言われた通り、その言葉に妙な安心感を得ることができた。
別世界に住んでいるというだけで、本来の自分と全く変わらないような感じだったからである。それに、自分を信じなくては誰が自分を信じるんだ、という思いもあったせいだった。
「ユリ……姫がこっちの世界の姫を守ってくれてるからな。というか、姫が独断で仕込んでくれていた魔法によって、俺が頼人を助けに来ることが出来た。それが今の現状だ」
「ま、マジかよ。っていうか、どうやって俺の夢の世界に?」
「んー、まだ思い出せないか……」
「え?」
「ちょっとジッとしてろ」
「分かった」
頼人は言われた通り、楽な体勢でその場で立つ。
すると、勇者の手が頼人のおでこに置かれ、うっすらと光り、頼人の中である記憶が呼び起こされる。
それはこの夢の中で思い出そうとしていた夢だった。
このことに対する注意と何かを渡された記憶。
「な、なんで……これ、忘れてた――」
「俺が消したからだな。俺の存在を認知したら思い出すかと思ったが、そうでもなかったらしい。完全に忘れようとしていたせいだろうぜ」
「ちょっと待て。なんで忘れさせようとしたんだ?」
「俺なりに頼人の立場になって考えてみた結論だ。絶対に引きずるだろ? そして、一人でなんとかしようとする。だからだよ」
その言葉に頼人は口を閉じた。
勇者の言う通り、一人で背負いこもうとしたことは間違いなかったからだ。きっと優理に黙って行動し、下手をすれば今回のようにマズい事態を引き起こしていた可能性があった。
そう考えると、勇者の行動が正解に思えてしまったから。
「やっぱり、俺自身だけのことはあるか」
「だろ? そもそも、一人で行動しても何も解決しないからな。そのためにもこっちの世界の姫だけには教える必要があったんだ。っていうか、こっちの世界の姫と揉めただろ? アミナが説明した時に、『一緒に戦う』とか言い出して」
「……アミナが言ってた通りのことが、勇者側にも起きたって聞いた」
「あのおしゃべりめ。まぁ、俺の場合は姫だけ置いて戦いに参戦したから、余計に怒られたんだけどさ」
「あー、そりゃ大激怒だっただろうに……」
勇者はその時の様子が頭の中で蘇って来たらしく、げっそりとした様子で、その時の光景を頭から排除するように重く深いため息を漏らす。
そんな勇者を見た頼人にできることは、勇者の肩をポンポンと二度叩いて、同情することだけだった。




