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デート中に現れる勇者(1)

 頼人はその頃、夢の中で沙希とデートをしていた。

 あの行為後、頼人は沙希に誘われ、拒否する理由が全く見つからず、夢の中くらいはこういう関係で遊びに行ってもいい、と思わされてしまったからだ。

 そして、二人は近くのデパートのファンシーグッズが置いてある店に入っていた。

 ちなみに頼人は優理の付き合いで入ったことがあるぐらいで、普段は絶対に入らない場所。


「お兄さん、これ可愛くないですか?」


 沙希の問いかけに、頼人は沙希が手に持っている物を見つめる。 

 手の平にはよく不細工なクマのキーホルダー。

 頼人からすれば『可愛い』という言葉の意味を検索してしまいたいほど、可愛くないクマの姿だった。

 しかし、そんなことを言えば間違いなく沙希の機嫌が悪くなることを、優理との買い物で経験している頼人は、


「やっばいな、それ。マジ可愛いじゃん」


 としか言えなかった。

 沙希は頼人のその言葉に満足して、そのキーホルダーを元の位置へ戻す。


「あれ、買わないの?」

「んー、保留ですよ。可愛いからって無駄に買ってたら、お小遣いすぐになくなっちゃいますから」

「それもそうか。学生の身としては辛いよな」

「そうですよねー。もうちょっとお小遣いあげて欲しいんですけど、そんなことを言ったら逆に減らされそうで怖いですし……」

「やっぱり沙希ちゃんの家もそういうのは厳しいのか……」

「当たり前じゃないですか」


 二人して苦笑い。

 どこの家庭も同じなんだ、と思い知らされる頼人だった。


 ――でも、せっかくのデートなんだし……。


 そう思い、頼人は元の位置に戻されたクマのキーホルダーを手に取る。


「これでいい?」


 頼人の発言の意味が分からなかったのか、沙希は首を傾げる。


「付き合ってるんだし、彼氏として何か彼女にプレゼントしたいじゃん。だから、プレゼントはこれでいいかな?」

「そ、そんなの悪いですよ! 無理しないでください!」

「無理じゃないって。これぐらい安いのなら、買えるだけのお金貯めてるしさ」

「そんなつもりで聞いたんじゃないのに……」

「知ってるけどさ。俺がプレゼントしたいだけだから気にしなくていいよ」

「……分かりました。ここは素直にプレゼントしてもらうことにします。ただ、それより他の物がいいんですけど……」

「ん、そんなに高くないならいいよ」


 沙希の様子は少しだけ恥ずかしそうに頼人の手を引っ張り、お目当ての物が置いてある場所へと移動しようとし始める。

 頼人は慌てて持っていたクマのキーホルダーを元の位置に戻すと、沙希に促される場所へと移動。

 そして頼人の目に入ったものはおもちゃの指輪が置いてある場所だった。


「え……と……これは……?」

「意味なんてないですよ? もし、彼氏さんにプレゼントされるなら最初はおもちゃでもいいから指輪がいいな……って思ってたから……」


 そのことを恥ずかしそうに語る沙希の手はすでに物色をし始めている。

 それを聞いてしまった頼人は今さら「嫌だ」とは言えず、沙希の品定めに付き合う。

 しかし、すぐに指輪は決まる。

 というよりも、前から買ってもらいたいものが決まっていたらしく、沙希の手の中には赤のガラス細工で六角形に形作られた指輪を指に付けて、頼人へ見せつけた。


「それでいいの?」

「はい、これがいいです」

「じゃあ、買いに行こうか!」

「はい!」


 沙希は笑顔で頼人へその指輪を差し出す。

 頼人はその指輪を受け取ろうと掴もうとした瞬間――その指輪は消え去ってしまう。


「え?」


 間抜けな声を出す頼人。

 何が起こったのか、分からなかったからだ。

 しかし、そんな頼人を除け者にするように、世界そのものが空白な世界へと変わっていく。さっきまで本当のように存在していた人間たちも、店にかかっていた音楽さえも消えてなくなり、何もない世界がそこにはあった。


「な、なんだ? いったいどうしたんだよ!?」

「お兄さん、怖いです!」


 沙希もこの状態に動揺を隠しきれていないようで、頼人の服の袖をつかんできたため、頼人はそのまま沙希を抱きしめる。

 これで少しでも怖さが薄れるのならば、恥ずかしさ云々はどうでもよかった。


「おいおい、俺。なんで、その子を安心させてるんだよ?」


 聞こえてきた声に頼人は耳を疑った。

 その声は頼人自身の声。

 呼び名も「俺」と言っていたので間違いない。


「どういうことだよ! お前は誰だ!」


 正体そのものは分かっていたけれど、質問できる内容が頼人にはこれぐらいしか思いつかなかった。

 まだ自分自身の姿自身は見えないものの、「はぁ」というため息の声と、頼人を情けなく思っているような雰囲気が周囲から滲み出し、頼人は自分自身がどう思っているのかを伝わってくる。


「完全に操られてるのか。これは最初から大ピンチってわけだな。あとで姫を叱るというよりもお礼を言わないといけないのかよ」

「は? 何を言ってるんだ?」

「いや、こっちの世界の俺にはまだ分からなくていい話だ」

「良いから姿を現せ!」


 頼人は少しだけイラついてきたので、そう吠える。

 言葉には出さないものの、やはり「やれやれ」という雰囲気だけは感じ取れてしまう。


「じゃあ、想像しろよ。お前の夢でもあり、沙希に作られた世界でもある。直感でいいから感じた通りの俺を想像してみろ」

「沙希ちゃんに作られた……世界……?」

「お兄さん、あんな奴の言葉を信じちゃ駄目ですよ!」


 沙希が必死な顔で止める。

 頼人には沙希が止める理由が分からなかった。

 これはあくまで自分の明晰夢であり、沙希も造られた存在。しかし、今の沙希はそれを凌駕するほど必死に訴えかけてくる。

 気持ち的な問題なのかもしれないが、先ほどから語りかけてくる自分の言葉を頼人は信じてみたくなってしまう。

 その瞬間だった。

 頼人と沙希の視線の先に頭以外が青く光るフルプレートーマーを身に着けた頼人が現れる。


「そいつの言葉を信じてくれなくて助かったぞ。これで俺もそいつと戦える。危ないから離れろ。いや、戦ってもいいがその子の姿じゃ難しいと思うぞ?」


 想像すらしていないのに現れた自分に似たそっくりの男に、頼人は同様を隠しきれなかった。


「お前、誰なんだ? 見たことあるのに……知らないような……」

「それも後で教えてやるから、こっちへ来い。妹の優理を護りたいと思うのならな。嫌なら好きにしろ」

「馬鹿かよ! 優理を護るのなんて当たり前だろうがっ!」


 その瞬間、頼人は沙希から離れる。

 あくまで夢の世界ではあったが、どうしても沙希を選べなかった。いや、選んではいけない。そんな気がしてしまったからだ。


「お、お兄さん……」


 ショックを受けた姿で頼人を見つめる沙希。

 頼人は振り返ることはなく、


「ごめん、沙希ちゃん」


 そう一言答えた。


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