姫、現る 【優理視点】
優理は自分の身体から意識が奥へ一歩引き下がるような感覚を感じた。
しかし、そのことを考えるより前に沙希からの攻撃に対し、避けようと思い、身体を意識するも身体は優理の思考とは別に動き、その手をガシッと自分に当たる前に掴む。
『嘘っ!? なんで掴めたの!?』
優理はそのことに驚いてしまう。
攻撃を掴んだことにも驚いていたし、何よりも自分の身体が思い通りに動かないことが一番の驚きだった。
『っていうか防御結界が展開されてない!?』
先ほどの唱えた言葉はアミナから教えて貰った時に防御魔法を張るためのキーワードだと教えてもらっていたのだ。しかし、それは発動した形跡はない。それ以前に身体が勝手に掴んでくれたからいいものの、下手をすれば本当に命を落とす場面だった。
そのため、先ほど沙希を挑発したことを少しだけ優理は反省してしまう。
沙希も優理の行動に対し、驚きを隠せないらしく、
「まぐれで掴むなんてすごいね! 今度こそ本気で殺してあげる! 肉塊にしちゃうんだから!」
と腕を引こうとする。
確実に追撃してくると分かっていた優理は、その手を離さまいと力を入れようとするも、またも身体は勝手に動き、その手を離す。
『ちょっ、なんで!?』
優理は必死に身体を動かそうとするも動かず、垂れている前髪のせいで沙希の顔を見ることが出来ず、恐怖心は煽られるばかりだった。
ただ雰囲気で、「次はまぐれなんて起こさせない」とその意思を含めた殺気と共に両腕を引いている姿が見える。
『ちょっ、本当に動いてよ! 優理の身体、動け!』
意識だけの身体で足などを必死に動かそうと念じる。
しかし、身体は相変わらず全く動かず、そんなことをしている間に沙希の次の攻撃が放たれる。
両手からの連続の刺突だった。
『きゃぁぁあああ……!』
「ぬるい」
『あああ……へ?』
優理は叫び声をあげたにも関わらず、勝手に口が動き、その一言ともに優理は貫手に合わせるように両手の甲を沙希の腕に当てることで、自分の身体から射線をずらしていく。
まさか沙希もこんなかわし方をされるとは思っていなかったらしく、驚き、動きが一瞬鈍った瞬間、優理の手が沙希の腹部に置かれ、沙希の背後に魔法陣が展開される。その展開された魔法陣から伸びる光る紐が沙希の身体を遠慮なく両手両足を縛り付けて拘束した。
「魔法……!? なんで優理ちゃんが使えるの!」
『うんうん、なんで使えるようになってるの? っていうか誰!?』
「油断するからいけないんだよ。なんで魔法が使えないなんて思ってるかな?」
「呪文ならもうちょっと長いはずだ!」
『待ってよ! そんなこと全然知らないんだけど!? っていうか、本当に誰?』
「さっき唱えたでしょ? だからユリがここにいるんだけど? あー、ごめん。ちょっとややこしいから、こっちから話す」
「え?」
沙希は間抜けな返事を漏らして、ジッと優理を見つめる。
その頃、優理の目の前に一人のドレスを着た自分そっくりの姿が現れる。
反応からして沙希にはこの女性の姿が見えていないらしく、意識の中での会話に近いことに優理は気付く。
「ごめんごめん。ちょっとややこしかったね。ユリはあっちの世界のユリ。さっきの呪文はあなたの身体を借りる魔法なの。意識だけをこっちに持ってくるって言ったら分かる?」
『うん、それなら……。あ、もしかして、さっきの攻撃を受け止めたのもお姫様の仕業?』
「そうだよ。ちょっと肩慣らしには弱い攻撃だったけどね。詳しい話は後でいいかな?」
『う、うん……』
状況が状況だけに早くなんとかしたいという気持ちが伝わった優理は、思わず頷いてしまう。
瞬間、優理の目の前からユリの姿が消える。
今までの会話で察したのか、沙希の表情は険しいものになっていた。
「ユリ……姫……だとでも言いたいのか?」
信じたくないような発言を漏らす。
さっきまでの沙希の声とは違い、完全にサキュバスの声質へと変貌していた。
「正解! じゃあ、このまま滅してあげよ――」
『駄目! それは待って!』
いきなり、とんでもない発言をしたユリを、優理は慌てて止めた。
『あれは沙希ちゃん……あー、その……優理と違って、沙希ちゃんの身体を乗っ取ってる状態だから、このまま滅したら本当に沙希ちゃんが死んじゃうかもしれないから待って!』
「ああ、そうなんだ。分かったよ、それじゃ仕方ないね」
「さっきから何を言ってるんだ? 殺せるものなら殺せばいいだろう? まさか、姫がその身体を乗っ取っているのに、こちらの世界の横山優理の意識が残ってるから会話してるなんて言わないだろう? 常識的に考えて、それはありえない!」
サキュバスは、そんなことが出来るはずがない、と言わんばかりの煽り方を行う。サキュバスにとって、沙希の身体などどうなってもいい、と思っている証拠でもあった。
しかし、ユリは冷静に答える。
「煽っても駄目だよ。今、こっちの世界のユリに教えてもらったから」
「い、意識があるだと……私でさえ、本体の意識を心の底に沈めて乗っ取ってるというのに……いったい、どうやったんだ!」
ユリは沙希の問いにあからさまに嫌そうな顔をする。
あまりネタばらしをしたくない。
そんな気持ちを現すように、腕を腰に当てて、深いため息を一つ漏らした。
「なんで教えなきゃいけないかなー。この仕組みを教えるの、結構面倒なんだよね」
「今後の勉学の――」
「その子の身体から出た瞬間、滅するのにそんな意味あるの?」
「それはどうかな? 逃げ切れるかもしれないだろう?」
『お願い、優理のために教えて!』
優理はそう言って、二人の会話に割り込む。
後で聞くよりも、このタイミングで話してもらった方が時間的には有効だと思ったのだ。
「んー、どうせ真似できないだろうからいっか。サキュバス、あんたのためじゃなくて、こっちの世界のユリに頼まれたから説明するんだからね?」
「話してもらえるならどっちでも構わん」
「お礼ぐらい言いなさいよ!」
ユリは沙希に向かって手を向けると、開いていた手を思いっきり握りしめる。
その瞬間、沙希の身体を拘束している紐がキツくしまったのか、サキュバスは悲鳴を上げた。
『ちょっ、沙希ちゃんの身体がっ!』
「大丈夫大丈夫、精神的にだから。ま、それでお願いまたはお礼は?」
ユリが手を広げると紐が緩まったらしく、沙希は肩で息をしながらユリを睨み付ける。
しかし、この状態を知りたいサキュバスにとってユリの命令に従うしかなく、
「せ、説明……お願いします……」
と情けない声でユリにお願いした。
が、優理は沙希の口端が少しだけ吊り上っているのを見逃さす、少しだけ不安になってしまう。




