仕組まれた罠(2) 【優理視点】
「あ、優理ちゃん。ちょっと待って!」
優理を逃がさないように沙希が呼び止めた。
まだ何かあるのか、と優理は嫌々二人の方へ向き直ると、二人はイチャつく様子を見せつけるかのように抱き締め合っていた。
「何?」
「二人だけの秘密にしてるなんてずるいよー」
「え?」
「だから、二人は血の繋がらない兄妹ってことを私にまで秘密にしてるなんてずるいよ! なんで教えてくれなかったの? 私は優理ちゃんの親友だって思ってたのに……」
「そ、それはちょっとした理由があったからなんだよ? ね、お兄ちゃん!」
頼人がそのことまで言ったことを信じ切れないまま、優理は援護を頼もうと名前を呼ぶ。
しかし、頼人は「情けない」とでも言いた気なため息を漏らした。
――え、なにその反応……。
予想外の頼人の反応に優理は震えが止まらなくなってしまう。
頼人が自分の知っている頼人ではない。
そんな感じがしたからだ。
「優理、沙希にくらい教えておいてやれよ。まったく、この説明した時に驚いたぞ? 沙希は親友だって思ってくれてるというのに……」
「だ、だって、お兄ちゃんが二人だけの秘密にしろって……」
「それはそうだけどさ。別にそんなに拘る必要なかったと思うんだけどなー」
「お、おにい……ちゃん……?」
「そんなに怒らないであげてくださいよ、お兄さん。優理ちゃんだって悪気があったわけじゃないんですから。それとも、お兄さんと優理ちゃんが付き合おうと思って、ワザと……?」
沙希の言葉の一つ一つに棘があるように感じる優理。
本人はそんなつもりはないのかもしれないが、間違いなく優理の心を抉り、恐怖と哀しみが心から滲み始めていた。
それは我慢することが出来ず、表情にも現れ、一筋の涙が頬を伝い、床へと落ちる。
「優理はお兄ちゃんと兄妹で、それ以上の関係なんて望んで――」
「――るはずがないよな。だって、兄妹で恋愛なんておかしいし……」
「そんなことない! お兄ちゃんだって優理の気持ちに気付いてたじゃん! そんなふざけたことをお兄ちゃんが言うはずない!」
優理は即座に自分の意見をひっくり返す。
それは心が砕かれたことによって、心が一瞬にして冷静になってしまったせいである。
怒りも哀しみ、その他の感情がなくなってしまったかのように思考がクリアになり、今までにないほど冴えた。その結果、理不尽なほどの沙希の言いがかりが全て嘘のように感じてしまったのだ。
頼人と沙希は優理の変わりようにびっくりしてしまったのか、目を見開いている。
「い、いきなりどうしたんだよ、優理」
「どうした? こっちのセリフだよ。別に沙希ちゃんを好きになるのはいいよ。でもさ、いきなり優理をないがしろにするのはおかしくない。それ以上に二人だけの秘密を他人に言って困るのはお兄ちゃんじゃなかったっけ? シスコンを否定するためにそういうことにしとけ、って言ってたもんね」
「当たり前だろ? 血の繋がりがないってバレたら、周りにからかわれるからな」
「そっか。そうだよね。お兄ちゃん、困るもんね」
優理は一回深呼吸した後、沙希を思いっきり睨み付ける。怒気ではなく、殺意に近いものを含みながら。
睨み付けられた沙希は、ビクッと身体を震わせ、頼人の服を握りしめる。
「沙希ちゃんじゃない誰かさん。お兄ちゃんの心を読み取るのはいいんだけど、もうちょっと掘り下げないと意味ないんじゃない? 建前でお兄ちゃんはそう言ってたみたいだけど、お兄ちゃんが優理のことを気遣うのは『シスコンだから』という理由じゃないってことがくらい、優理は気付いてるから」
「え、何のこと?」
「シスコンじゃなくて、唯一残された家族だって気付かれたくないためにそういう鵜を吐いてくれてるんだよ? お婆ちゃんとお兄ちゃんには黙ってたけど、一度だけ母方の戸籍について調べる必要があったから、その時に調べてみたの。そしたらさ、母方の祖父母も亡くなってた。そう、天涯孤独だった。それを知られたくないから、お兄ちゃんは優理にはそう言って誤魔化してたに過ぎないんだよ」
「でも、お兄さんは――」
「沙希ちゃんもね、そんなに身体を簡単にお兄ちゃんに売るはずないでしょ? 家柄のこと知ってる? それのせいで、『結婚するまでは身体は抱かせることはできない』って愚痴ってたんだよ。なのに、もう身体をお兄ちゃんにあげたんだ。へー、そんなエッチな子だったんだ。見損なったよ。明日から人のお兄ちゃんを奪った女として学校で広めてあげるね?」
沙希はぷるぷると震え始める。
そのことを知らなかった。
バレるのも時間の問題だ、と気付き始めたのか、ゆっくりと息を吐く。それでも落ち着きが取り戻せなかったのか、自らの髪を撫で始めた。
「もうちょっと騙せると思ったのになー。なんで、バレたんだろ……。つまんないの」
そして、残念に言葉を漏らす。
「お兄ちゃんも沙希ちゃんも、優理にそんなことをする人間じゃないってことだよ。誰か知らないけど、あんたに二人を偽れるほどの能力がなかったってことじゃないの?」
「そっか。一ヶ月ぐらい様子見とけばよかったかな」
沙希は指を鳴らすと、今まで起きていた頼人の身体がまたベッドに倒れ込む。
茶番は終わりだ。
そう告げるには分かりやすい反応だった。
そして、沙希は優理を睨み付ける。
睨み付けられた優理の身体は一瞬にして固まり、一切動けなくなってしまう。
「こんなに早く気付かなかったら、もうちょっと生きていられたのにね」
「あんたの頭が馬鹿だからいけないんでしょ?」
「あはっ、そうかもしれないね。だけど、死ぬことには変わりないんだよ?」
「死ねるならね」
「どういう意味?」
沙希は優理の強がる意味が全く分からず、首を傾げる。
「アミナちゃんが助けに来ないってことは、アミナちゃんもあんたの手に落ちたって考えていいんでしょ?」
「そうだけど……ただの人間には何もできないじゃん。それに前回の敵でお兄さんから聞いてるでしょ?」
「甘いよ。あんたたちの考えなんてお姫様には分かりきってたってこと」
「ふーん。そっか……。もしかして、魔法でも使えるようにしてもらったの? でも、呪文を唱えるのって難しいから時間がかかるよね。こっちの言葉じゃないし……。その間に殺してあげる! 安心してよ、寂しくないように後でちゃんとお兄さんとこの子も送ってあげるから!」
沙希はそう言って、優理に向かって貫手を繰り出そうと腕を引いて構える。引きながら、その手の爪が伸び、指を合わせると一つの刺突武器として変貌した。
「アミール!」
その前に優理が大声で言葉を叫ぶ。
沙希はその言葉の意味が分からず、先ほどと同じように首を傾げる。
「そんな簡単な呪文で魔法が使えるほど、私たちの世界の呪文は簡単じゃないよ!」
そう言って、遠慮なく優理の心臓に向かって貫手を放つ。




