夢の中での告白(1)
「ここは学校か?」
頼人は周囲を見回す。
雲が疎らにある青空に、見たことのあるフェンス、その先にはグラウンド。
場所は屋上だった。
だが、ここは高校の屋上ではなく、中学校の屋上。
中学生時代も開放してあり、よくここで授業をサボったりしていたことを思い出す。
「って、なんで今さらここなんだよ!」
頼人がそう突っ込んでしまうのは当たり前のことだった。
この年になって中学校に来る理由が何一つなく、屋上だったら高校の屋上で十分だからだ。
そもそも、中学校にどうやって来たのかも、なんでこの場所にいるのかも、頼人には記憶にない。
そこまで考えた時、頼人の脳裏に導き出される答えは一つだけ。
「ああ、これ夢か」
頼人は一人で頷く。
夢ならば、屋上まで来る経緯も、ここに来た意味もなくて当たり前だからだ。所詮、夢は脳の整理と言われている行動のため、こうやって無作為に色々な映像が映し出される。だからそのせいだ、と思うことで頼人は屋上から出ていくことにした。
この場所にいても、ぼんやりとすることしかないからだ。
「さ、どこに行こうかな……」
思った以上に自由に動いてくれる身体に頼人は安心し、そう考える。
思いついたのは中学三年の頃に使っていた教室。
なんとなく、あの頃の懐かしさに浸りたくなかった頼人は、その教室に向かうことにした。
「しかし、誰もいない学校って不思議な気分だよな。不思議だからって、こんな風に独り言を普通に話してる俺もどうかと思うけど……」
自分の状況に苦笑いをする頼人。
まるで、自分だけが異世界に放り込まれたような気分だった。
現実でも似たような体験をしているが、こちらは平和という感情が強くて、それだけで頼人の心は休まる。そんな気がしてしまうほど、穏やかなもの雰囲気を感じていた。
「夢といえば最近、変な夢を見た気がするなー」
廊下を歩いていたが、一度足を止めて、窓の外に浮かんでいる入道雲を見つめる。
それは宇宙の空間のような所で丸い球体が浮かんでいる世界で、誰かと何か重要な話をしたような夢だった。しかし、未だに内容は思い出せない。感覚的には現実に近いようなものだという認識だけ残っていた。
「って、これって明晰夢ってやつだよな? じゃあ、あの時の夢に変えられるんじゃね?」
頼人はこの夢の状態の名前を思い出す。
明晰夢というのは夢を自覚する症状であり、夢そのものを自分の好きなように場面を展開に出来るという特典付き。
これもまた頼人は黒歴史中に挑戦したものであり、一週間実践してみた結果、寝不足で大変なことになりかけたので辞めたという苦い思い出があった。
今回はすでに夢の中だと自覚あるため、あの時の夢を再現しようと、あの時の景色を想像してみる。
しかし、その映像は思い浮かんでも目の前の景色が変わることは一切なく、中学校の廊下の景色があるだけだった。
「やっぱり無理か。分かってたけどね」
悔し紛れにそう言いつつ、教室へと歩を進める。
だが、誰も居ない学校など歩き回ってもつまらないのは間違いなかった。
せめて、誰か現れて欲しいな、と願望を抱きながら教室のドアを開ける。
「え、なんで……?」
頼人の視界に入ったのは、教室で一人佇む女の子の姿。
外の景色はさっきまでの青空と打って変わり、ギャルゲーやエロゲーなどでよくある夕暮れに変化していた。
この雰囲気や情景を頼人が望んでいたかのように。
「お兄さん、待ってましたよ」
その女の子――沙希は寂しさを含んだ言葉を頼人にかける。
頼人はその言葉に胸が痛くなってしまう。
その原因が分からない頼人は沙希に質問することにした。
「ここで何をしてるんだ?」
「何をしてる……って、私が手紙を出したじゃないですか。『放課後、教室で待っていてください』って」
「そうだったっけ?」
「忘れてたんですか、お兄さん。酷いなー、もう」
さっきより切なさそうに笑いながら、沙希は言った。
沙希のその表情を見ていると、頼人は余計に胸が痛くなるってしまう。
夢だということさえも忘れてしまいそうなリアルに近い痛み。
――困ったな、さっきのことが原因か?
優理がお風呂に入っている間に起きた出来事を思い出し、その影響でこの夢を見たに違いないと理解する。
そう考えた結果、この夢が沙希に対する自分なりの贖罪を心が望んでいると気付き、頼人は夢の中でも沙希の気持ちに答えようと思い、この展開に乗ることにした。
頼人は誤魔化すように頭を掻きながら、
「悪い悪い。蓮に付き合わされてさ」
教室のドアを閉めて、沙希の元まで歩き、隣に立つ。
「仲良いですもんね。でも、やっぱりあのロリコンと一緒につるむのはやめた方がいいですよ?」
「相変わらずの酷い言われようだな。ま、それもあいつ自身が原因ではあるんだけどさ。それで、何か用?」
「……分かってるくせにぃ……」
沙希は意地悪を言う頼人に小声で不満を漏らす。
夢の中のご都合主義に合わせるならば、その手紙――ラブレターの内容も安易に分かったが、頼人はあくまでそれを口に出さなかった。もし、あてが外れた時のために備えるためである。
「ごめんごめん。でもさ、沙希ちゃんの口から直接聞きたいじゃん。それとも俺から言った方がいいの?」
「え、あの……それは卑怯ですよ! 私が勇気を出して書いたんですから!」
「でしょ? だったら、沙希ちゃんから言わないと駄目じゃないか」
「そういうところは律儀ですよね」
「そう? 分かっていても、俺から言うべきことじゃないかなって思っただけにすぎないけど……」
「それもそうですね。ちょっとだけ時間ください」
「時間ならいくらでもあるからいいさ」
夢の中なので、簡単に言える言葉だった。
頼人は窓に持たれるようにして、沙希の方を見つめる。
沙希は頼人にタイミングを狂わされたかのように、ゆっくりと深呼吸をしている。が、落ち着かないのか、手をしきりにモジモジとしていた。
――なんだか俺まで落ち着かなくなるな……。
沙希のそんな行動を見ていると、頼人の方まで落ち着きがなくなりそうだったので視線を外に向けて、なるべく沙希の方を見ないように心掛ける。
何分経ったか分からなかったが、頼人はあの時と同じように無理矢理顔を沙希の方へ向けさせられたかと思えば、頼人の唇に柔らかい物がくっつけられた。




