少女との出会い(2)
「ま、マジか! 本当に泣く奴がいるかよ!?」
頼人は動揺し、足を止める。
動きを止めたにも関わらず、アミナは泣き続けた。まるで止まったことに気付いてないような泣きっぷり。
唯一の救いが、この泣き声を聞いて、まだ誰も様子を見に来ていないということ。
この時点で、頼人が選べる選択肢は二つしかなかった。
一つは、このまま慰める。
一つは、無理矢理足から引き剥がし、逃走。
どっちもどっちだったが、頼人の良心からすると前者しか選ぶことが出来ず、自動的に慰めることになった。
「わ、分かったから! 泣き止んでくれ! アミナちゃんの話を最後まで聞こうじゃないか!」
「ほ……ほ、ほんとうです……か……?」
「本当だよ、本当! あ、その証拠にアメでもいるか? うん、お詫びだ。受け取ってくれ」
頼人の足にしがみついて泣いていたアミナは、ゆっくりと顔を上げて頼人を見つめる。その目には大粒の涙が浮かんでいた。
――ま、マジ泣きかよ!
当初、良心が痛んだから慰めるという選択肢を選んだとはいえ、やはり引き止めるために嘘泣きをしている可能性を考えていた頼人にとって、アミナが本当に泣いていたというのは予想外だった。
その動揺は、ポケットからアメを取り出した際に落としてしまうという行動に繋がってしまう。さすがに落とした物を渡すというわけにいかなかったので、改めて新しい物と交換しようと拾おうとした。
が、頼人より先にアミナが拾ってしまう。
「……素直に貰います」
「落とした物はさすがに俺が嫌だから。新しいのと交換だ」
「……これでいいって言ったら、これでいいんです。ワザとなら嫌ですけど、偶然みたいですし」
「いや、でも……おい! ……アミナちゃんがそれでいいならいいか」
頼人が慌てて取り上げようとするも、アミナは逃げるようにして頼人の足から離れ、アメの包み紙を開いて口の中に放り込んだ。
そして、涙で濡れている顔を腕で拭いながら、
「アメ、おいしいです」
なんて笑顔を頼人へ向けてくる。
ひとまず泣き止んだことに一安心と同時に反省の気持ちが頼人の中に生まれてしまう。
アミナの泣く姿が、幼い頃の優理と重なってしまったからだ。優理もアミナと同じようにアメをあげると、こうやって泣き止んで笑顔を見せてくれた。
――俺、本当は悪くないのになー。
生まれてしまった反省の気持ちに対し反旗を翻すも、思考よりも気持ちの方が優先され、その気持ちが消えることはなかった。
そのことが面倒で誤魔化すように後ろ髪を掻いていると、
「すいません、本当は泣くつもりなくて……」
頼人の気持ちを察したのか、申し訳なさそうにアミナが謝ってきた。
「先に忠告されてたのに、それを破ってまで逃げた俺が悪いさ。今度はちゃんと最後まで聞くから――」
「あの学生よ! さっき小学生を泣かせてたのは!」
郁人の言葉を遮るように女性特有の高い声が二人の耳に入ってくる。
そちらに視線を向けると、一人は若い――とは少し言いにくい三十台後半ぐらいの女性と見たくもない制服を着た男性と女性の姿があった。
その制服というのは言わずもがな警察官のことである。
近くを巡回していたのか、それとも通報からやってきたのかまでは分からなかった。いや、それはこの際どっちでもいいのだ。そんなことよりも大事なのは、頼人の予想通りの展開になってしまったこの状況をどう凌ぐか、ということである。
「えーと、君。通報があったんだけど、君が女の子を泣かしたっていうのは本当かい?」
男性警察官は頼人に近寄るなり、威圧的にそう尋ねてくる。
「え……、あ……、け、結果的には……って感じですかね?」
「どういうことだね?」
「そ、それは……」
「まさか!?」
「え?」
「小学生に性的虐待を!」
「してない、してない! 僕にはそんな趣味ないです!」
頼人は男性警察官の予想外な発想に驚きながら、全力否定。
そもそも、なんでそんな発想に至ったのか、頼人には分からなかった。
「あ、あの……、それは違います! そこのお兄さんにちょっとお話があったんです! あたし、変なことされてません!」
アミナは男性警察官の発言に対し、文句を言い始める。
こちらは女性警察官と話していたらしく、近くには女性警察官がアミナと視線を合わせるようにしゃがみこんでいた。
「まー! 小学生にそんなこと言わせるなんて、なんて最悪な学生なの! こんな学生は日本の恥よ! さっさと捕まえなさいよ! そして、刑務所にでも入れたらいいんだわ!」
完全部外者である女性がヒステリーを起こしたかのように文句を言い始める。
が、それを女性警察官が止めに入る。
「まぁまぁ、まずは本人に聞いてみましょう。なので、静かにしていてください。それでどうなのかな? お姉さんに説明してくれる?」
「あの……、お兄さんにあたしの作り話を聞いてもらいたくて……。誰も聞いてくれないから。その……、それで、それを嫌がって逃げようとしたんで、足にしがみついて……」
アミナの説明を聞いた頼人は男性警察官に腕を引っ張られて、この場から無理矢理引き離される。
そして連れて行かされた場所は、近くの路地の曲がり角を曲がった場所。
位置的にアミナと女性警察官、通報した女性の姿は見えなくなる。
「ここまで来れば大丈夫かな?」
疲れたように男性警察官は小声で話し、ため息を漏らす。
意味が分からない頼人は首を傾げると、
「ああ、ごめん、ごめん。君はもう行っていいよ」
さっきとは違う申し訳なさそうな表情と共に苦笑いを溢した。
「え?」
「何もしてないんでしょ? というより、あの子が証言している通り、君は無実みたいだしね。ほら、ズボンが濡れてるしさ。これから察するに、あの子が言ってることは本当だって分かる。あんな風な過激発言してごめんね? ああいう風に自分から注意せずに、すぐに通報する輩は結構面倒な人が多いから、こっちもちょっとだけ対応の仕方を『そんな人用』に合わせてるんだ」
「あー、なるほどです。なんか、ご迷惑かけてすいませんでした。これで僕は行きます」
「今回は運が悪かったと思って、次からは気を付けるんだよ?」
「はい。肝に命じておきます。こういうのはもう十分ですから」
そう言って、頼人が男性警察官に背中を向けた瞬間、
「そんなの嘘よ! 言葉につまりながら話してるじゃない!」
「落ち着いてください! 本人の言葉を信じないでどうするんですか!」
と女性と女性警察官の声が聞こえてくる。
「あ、あの……、お疲れ様です」
「……ありがとう。これからも頑張るよ」
頼人はもう一回振り返り、改めてこれから起こる苦労に対して言葉を差し出す。
男性警察官は少しだけ遠い目をしながら、相変わらずの苦笑いで謝辞が返ってきた。
――さっさと逃げよう。これぞ、一石二鳥というものなのかもしれない。
あの子と通報した女性から逃げられたのはきっと警察官のおかげだ、とポジティブで受け取った頼人は早歩きでその場から逃げたのだった。