姫の企み
その日の夜。
頼人が寝ようかなって思い、準備をしている最中にアミナが壁を透けるようにして、頼人の部屋にやってくる。
本当はノックの一つでもしてほしかったが、この状況にある程度慣れてしまっているため、頼人はもう文句を言うことをやめた。というより、優理もノックすることを忘れることがあるので、いちいち注意するのが面倒になってしまっただけである。
「あ、終わったのか?」
「はい、その通りです。長らくお貸し頂き、ありがとうございました!」
アミナは頭をぺこりと下げると、頼人のペンダントを差し出す。
頼人はそれを受け取り、首元に取り付ける。
「それで剣を取り出す合言葉か、何かあるのか?」
「はい、もちろんです! というより、それがなかったら取り出せませんよ」
「なんていうかさ、本当に俺たちの世界のファンタジー系の本と一緒なんだな」
「まぁ……意外とそれにも理由があったりするんですけどね」
「マジで?」
頼人はちょっとだけ驚いてしまう。
さすがにこっちの世界の内容は創造の副産物であり、アミナの世界との関わり合いなんてものは一切ないと思っていたからだ。
アミナは興味津々の頼人にちょっと驚いつつも、
「ちょっとだけ、そのことについて話しましょうか?」
とおそるおそる尋ねてくる。
頼人は速攻で頷いた。
「あ、先に言っておきますけど、あたしの仮説的な部分が多いですよ?」
「オッケー、分かった」
「じゃあ、少しだけ頼人さんに質問です。頼人さんが落ち着ける時って、どんな時ですか?」
「落ち着ける時……か……。この部屋にいる時? あー、風呂場もそうかな? って言ったら、布団に入って目を閉じた時やトイレとかもそうだよな。つかさ、よくある一人で考え事がしやすい状態を尋ねたいんだろ?」
「バレましたか。優理さんには少しそういう話をしたんですが、そういう時って違う世界の自分とリンクしてる時が多かったりするんです。パラレルワールドで起きてる出来事や事象をアイディアとして思いつき、この世界で物語として書いて、本として売り出されている。そんな感じです」
「へー、だから妄想がしやすい……とか?」
「別の世界で体験しているわけですから、妄想といよりも間接的な疑似体験と表現した方がいいかもしれませんね。だからこそ、武器の解放キーワードとかも存在しているんです。そうは言っても、物語として成立する場合、その人の能力によるものが多いので、良いアイディアを思いついたからと言って、本にしたところで評価されるかどうかは分からないんですけどね」
アミナは少しだけ遠慮気味に苦笑い。
頼人に対し、無謀なことをするな、と言いたげな発言だった。
――文才ないから書くつもりないんだけどな。
それはすでに頼人は自覚していた。
なぜなら例の黒歴史に執筆活動に挑戦していたから。しないわけがない。して当たり前の時期だったからだ。それに失敗したからこそ、自己嫌悪に陥り、黒歴史から脱却できたのだから、良いきっかけだったりする。
そのノートは未だに机の引き出しの中で封印されているのだが……。
「じゃあ、解放キーワードを教えますね」
アミナはそれから話を変えたので、頼人も「おう」と返事。
「解放キーワードは『ハビーブ』です」
「はびーぶ?」
「はい」
「言葉の意味は?」
「え、知りたいです? というより、この世界の言葉で設定したんですが……」
「へー、何語?」
「分かりました。その前に少しだけ準備をさせてください」
「準備?」
アミナは頼人の返答を待つ前に、両手を握り、ぶつぶつとまた意味の分からないあっちの世界の言葉を唱え始める。
しかし、それがすぐに終わるも周りに何の変化も起こらない。
「すいません。防音の結界を張ってました」
アミナは再び頭を下げると、そう頼人の教える。
「結界? 別にお婆ちゃん居ないんだから……」
「そういう問題じゃない話をするから張ったんですよ。というより、優理さんにまだ聞かせたくない話なんで」
「ほうほう、それでどの国の言葉でどんな意味なんだ?」
「アラビア語で『恋人』という意味です」
真顔で語るアミナに対し、頼人は固まってしまった。
もうちょっと違う意味の単語だと思っていたから。よりにもよって、アミナがその単語をチョイスしたのか、その意味も行動から把握できた。
「察しがついたみたいですね。厳密にいうと婚約者なんですが……」
ばつが悪そうにアミナは言った。
頼人は言葉を発することができずに固まったまま。
「意識する必要はないですよ? 『あたしの世界で』という意味ですから! というか、可能性としてはないわけがないですけど……。って大丈夫です?」
「……」
「あー、大丈夫じゃないですね。分かってました。これも姫の命令だからご了承ください。それでは」
アミナは素早く逃げようとしたが、頼人は反射的にアミナを鷲掴みにして捕まえる。
痛みがないように捕まえたつもりだったが、アミナは「痛いです」と言って、痛がったので即座に離す。
そして、少しだけ回復した思考で問う。
「そのことを優理には?」
「言えるわけないじゃないですか! というか、意識しちゃうんで言えないです。こちらはこちらの恋愛があるので、あたしの世界での枠組みに嵌めるわけにはいかないですから」
「でも、姫の方は絶対に違う気がするんだが?」
「それは否定できませんね」
頼人の不安をも的中させるように、アミナは速攻で答えた。
――やっぱりそういうことか。
なんとなく、アミナからそう聞いたことで、姫の企みに気付いてしまった頼人はため息を吐きながら、顔を手で覆う。
正直、このことを知ってしまったため、優理とまともに接することが困難になりそうだったからだ。
「このこと言っちゃったんで、もう一つだけ頼人さんにとっての不幸を教えておきますね?」
「まだあるのかよ」
「その剣の仕様の話です。現時点で五十パーセントの能力が使用できます。あたしの制御を外せば百パーセント使えます」
「何の――」
「優理さんと心の繋がりが生まれれば、百二十パーセントのフル解放になります。ちなみに心の繋がりというのは――」
「皆まで言うな」
頼人は衝撃的過ぎて、軽く頭に痛みが走った気がした。
アミナのいう心の繋がりというのは、考えうる限り一つしかなかった。
恋愛。
恋人。
婚約者。
きっと、この三択の中からどれかを満たせばいいのだろう。
意外と簡単で、実は難しい選択だった。
家族として割り切っていた分、異性として見ることが出来にくくなっていたからだ。
――アミナは俺たちの救世主じゃなくて、悪魔だったな。
頼人は容赦なく、アミナに向かって冷たい視線をぶつけた。




