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風呂場(1)

 頼人は風呂場で湯船に浸かりながら、考え事をしていた。

 すでに食事は終わっているため、優理に急かされることもなく比較的ゆっくりできるからである。しかも、場所的に考え事に適している場所なので、今日一日のことを思い返すには打ってつけだった。

 ちなみに頼人が考えていることは珠子のことである。

 優理から聞いた話ではあったが、まさか自身の身の危険を感じて家を出ていくとは思ってもいなかったのだ。だからこそ、自然と心の中には負い目みたいなものが頼人の中に芽生えていた。


 ――能力、か……。


 実は頼人は珠子の能力について知っていた。

 それは頼人がかなり幼い頃に二人だけの秘密として聞いていたのだ。

なんで、頼人に教えてくれたのかは分からなかったが、将来的には頼人もそのような能力に目覚める的なことを言っていたので、その流れで、なのかもしれない。

 ただ、その能力は現時点では目覚めていない。

 両親が死んでしまったときに、その能力を欲したけれど、目覚めることなかった。

 そのため、頼人もそれ以降、意識することもなく過ごしていたのだ。必要な時に目覚めない物など、これから目覚めたとしても使う機会なんて訪れない。そう思ったからである。

 頼人は両手でお湯をすくうと顔にバシャバシャと顔にかける。


「過ぎ去ったことだし、考えていても仕方ないか」


 そう思い、これからのことについて考えようとした時のこと。

 風呂場のドアが軽くノックされる。

 そして優理の声。


「お兄ちゃん」

「んー?」

「入るね」

「ぶっ!」


 頼人は噴き出した。

 その間に優理は遠慮なくドアを開けて入ってくる。


「ちょっ、おい! なんで、普通に入ってくるんだよ!?」


 頼人は優理の方を見ないようにするために、身体ごと壁際に向ける。そして、下を見せないように身体をすくめる。

 確かに優理が小学生の頃までは両親が死んだこともあって、安心させるために一緒に入っていた。その時でも無駄に恥ずかしかった記憶があり、それでも優理のためを思って、頑張っていたのだ。

 しかし、今回はなんで入ってきたのか、その理由が分からずに頭が混乱してしまう。


「大丈夫だよ、水着着てるからさ! あ、もしかして……なんで入ってきたのか、考えてるの?」

「その通りだよ!」

「そんなに恥ずかしがらなくていいじゃん。ほら、お兄ちゃんの大事なところを隠すため用のタオルも持ってきてあげたんだからさ。あ、入ってきた理由はね。兄妹水入らずのお風呂も良いかなって思ってなんだけど……」

「そ、そういう問題か?」

「うん、仲直りの意味も含めてなんだよ? 背中、洗ってあげるから出て来てよ」


 優理はそう言って、頼人の頭にそのタオルをのせる。

 頼人は少しだけ悩んだ。

 追い出そうと思えば追い出せるだろう。しかし、そんなことをしてしまえば、再び優理の機嫌を損なう可能性がある。それだけはなるべくは避けたかったのだ。これからの状況を考えれば、そう考えてしまうのは当たり前のこと。

 そう考えると、頼人はため息を吐いて、頭の上に乗せられたタオルを取ると大事なところを隠して、優理の方を向こうと身体の向きを変えると――。


「お邪魔しまーす」


 あろうことか、頼人の膝の上に座るようにして入ってくる。

 その行動がどうでもいいと思えるほど、頼人の目には予想外の光景が入り込んでいた。


 ――水着じゃない……?


 優理が身体に巻きつけているものはタオルだった。よくテレビで映っている温泉に入る女性が着けている形そのもの。


「お兄ちゃん、ちょっと足曲げてよ。優理が入りにくいじゃん。風邪ひいたらどうするの?」

「え、あっ、すまん」


 思考が完全に停止している頼人は、優理に言われるがまま膝を曲げる。

 すると優理は膝の間に入るようにして、身体を頼人へ預けた。

 そして二人は沈黙。

 頼人は前述通りの思考停止のせいであったが、優理が喋らなかったのは何かを言えば頼人に怒られるという意識からである。

 優理の考えそのものは時間が経てば、自然発生する出来事ではあったが、少しでもこうやってゆっくりできる時間を作りたかったからだ。

 しかし、優理の憶測は外れる。


 ――ま、こういう時もあるか。


 思考が再稼働し始めた頼人がそう考えたせいで怒ることを諦めたからだ。

 確かに水着ではなく身体にタオルを巻いていたことにはびっくりだったが、それ以上に優理が甘えてくるのは分かっていたこと。しかも、現時点では二人きりではなく、赤の他人であるアミナの存在がある。だからこその行動。そう思うことによって、頼人は怒る意味を無くしてしまったのだ。


「ちゃんと浸かれよ、風邪ひかれたら困るから」

「う、うん」


 優理は頼人からそんな言葉がかけられるとは思わなかったため、今度は優理の方が緊張をしてしまう。しかし同時に、怒ることもなく拒否されることもなかったことが嬉しくなって、顔がニヤけてさせてしまっていた。


「お兄ちゃん、ありがとう」

「はいはい」

「やっぱり優理のお兄ちゃんだね」

「何がだよ?」

「秘密―」

「はいはい」

「あ、優理の身体、厭らしい目で見ないでよ?」

「水着じゃない物を着て風呂に乱入してきたくせによく言うよ」


 頼人はそう優理にそう言われることで自然と肩に目が行ってしまう。

 夏はそういうのを自然と見てしまうせいであまり意識しないのに、今回は優理に振られたことにより意識してしまうのは、魅了の魔法みたいなものが言葉に入っているのだろうか、とぼんやり考えた。

 しかし、それは上からやってきたお湯によって中断させられてしまう。

 そのお湯の犯人は優理である。


「今、変なこと考えていたでしょ?」


 振り向いて、ちょっとだけ冷たい目で見られる。が、そんなに気にしていないらしく、すぐに笑顔に戻った。


「やっぱりお兄ちゃんも男の子なんだねー」

「どういうことだよ、それ」

「ん? 女の子の身体には素直に反応するんだなって思ってさ」

「反応しない方が失礼じゃないか?」

「それもそうだね。でも優理たちは兄妹ってことをお忘れなくー」

「義理のな」

「へへっ、結婚できるね」

「はいはい」


 頼人はため息を吐いた。

 この発言に対し、優理がどれだけ本気で言っているのか、それが分からないからである。そもそも、この発言は過去何回も聞いてきた。ケンカして仲直りすれば出てくるような定番の言葉。

最初の頃は頼人も戸惑っていたが、さすがに慣れてしまっていた。


「つまんない反応―」

「そう思うなら言うなよ」

「優理、本気なんだけどなー」

「はいはい」


 唇を尖らせる優理に、頼人は濡れた手で軽くだが頭を撫でて宥める。


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