祖母の力 【優理視点】
優理の様子を見て、もう大丈夫と思ったらしく、珠子は部屋から出てドアを閉めようとする。
が、それを優理が声をかけて引き止めた。
「お婆ちゃん、ちょっと待って!」
「なに、どうしたの?」
珠子はその呼び声に足を止めて、優理の方へ顔を向けた。
「あのね、いつ行くの?」
「あ、言うの忘れてたわ」
「本当だよ。それが一番大事でしょ?」
「そうだったわね。これから行くの」
「えっ!?」
優理はびっくりしてしまう。
さすがに早くても明日だと思っていたからだ。
それなのに今日とはいきなりすぎる。しかも、沙希の家に寄っている頼人が帰宅するにはもう少し時間がかかってしまう。つまり、頼人に挨拶をせずに出かけるという意味も含まれている。
そのことに気付いた優理は、珠子にそのことを聞かずにはいられなかった。
「お兄ちゃんには言わないの? 黙って言ったら、お兄ちゃんだって心配するよ?」
「だから優理ちゃんに頼んだんでしょ?」
「それ、初めて聞いたんだけど……」
「優理ちゃんのことだから、言わなくても分かると思ったんだけど……」
「そ、それは分かったけど……」
「じゃあ、後はよろしくね?」
珠子はそのまま階段を下り始める。
さすがに頼人に一言も言わずに出かけるというのは、優理の良心が許さなかったので、頼人が帰ってくるまでは引き止めようと思い、珠子を追いかけた。
もちろん、アミナも姿を消して、優理の後を追う。
優理が一階に下り、珠子が向かった玄関の方を見ると靴を履こうとしている珠子の姿がそこにはった。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
「どうしたの? あ、家に誰も居なくなる時はちゃんとガスの元栓閉めてね? あと、戸締りもしっかりすること、それに――」
「そ、そんなこと分かってる! そうじゃなくて、もう行くの? 荷物とかないけど……」
「荷物なら、もう積んでくれてるわよ?」
そう言って、珠子が玄関のドアを開けると、そこには家の前で止まっているタクシーの姿があった。
――荷物を積んでから、優理の部屋に来たの!?
優理はそう考えずにはいられなくなる。
なぜなら、そう考えないと辻褄が合わないからだ。
用意周到。
その四字熟語しか当てはまらないほどの行動力。
優理は開いた口が閉じれなくなってしまう。
「それじゃ、家のことよろしくね!」
「ちょっとお婆ちゃん! 何をそんなに急いでるの? やっぱりおかしいよ!」
タクシーの後部座席に乗り込む珠子を引き止めるように優理が言うも、珠子の動きは止まることなく、そのままタクシーに乗り込んだ。
そして窓を開けてもらうとにっこりと笑って、
「だって、二人には妖精みたいなのが付いているから問題ないでしょ?」
その言葉に優理とアミナは驚いた。
アミナの存在は、頼人と優理だけの秘密であり、それをバラす行為は一切していないからだ。バラしてしまえば、それだけ珠子の身も危なくなると思っての行動である。
「な……な、なんで……」
「教えてなかったけど、お婆ちゃんには他人のオーラみたいなものが見えるのよ。一種の霊感みたいなものかしら? それで、その妖精さんが来た時から見えてたわ。まぁ、頼人の同級生って偽ってきた女の子と同じ色をしてるから、その子の生霊か何かかと思ったけど、違うみたいだから問題ないわよ。どっちかっていうと、二人を助けるために来たみたいね」
「あ、その……お婆ちゃん、もしかして――」
「気にしないでいいわよ。ちゃんと妖精さんの言うこと聞きなさい。そろそろ出してください」
「ちょっ、お婆ちゃん!」
優理の声も途中でタクシーの窓は閉まり、走り出す。
引き止めるという行為そのものを無視するかのような行動力だった。
「……何か感じ取ってたみたいですね」
姿は見せずとも、優理の肩辺りに浮いているアミナがそう優理に尋ねる。
優理も首を縦に振って、
「だね。お婆ちゃんにそんな能力があるなんて、まったく知らなかったけど……」
と唖然とした様子で漏らす。
「あくまで可能性の話ですけど、あたしの世界のお婆さんと何か繋がっているのかもしれませんね。そんな電波みたいなのを受信したとか……」
「そういう電波みたいなのって届くものなの?」
「こちらの世界でいう『虫の知らせ』や『胸騒ぎ』になります。知ってますか?」
「うん、知ってるよ。優理はまだその感覚に襲われたことないけど……」
「優理さんは感じたことないとなると……、あくまで説明で止めておきますが、それって当たる場合と外れる場合があります。あくまでそういう感覚の問題なので。じゃあ、『なぜそれを感じるのか?』って話になりますと、全部パラレルワールドで起きてることなんですよね」
「あ、そこでも繋がってるんだ?」
「はい、そうなんです」
ちょっとびっくりする優理に、アミナは苦笑いで答える。
「単純な話、『違う世界で問題が起きたから、そっちでも気をつけろ』っていう情報を受け取っているだけなんです。だから、お婆さんはそんな感じの何かを受けて、ちょうどいい知らせが来たから、この家から離れたのかもしれません。実際、本当に危ないわけなんですけど……」
アミナは非常に申し訳なさそうに言った。
優理は逆に安堵のため息を吐く。
「それなら仕方ないよね。ううん、ちょっと寂しい気がするけど、お婆ちゃんが無事ならそれでいい」
「優理さん」
「大丈夫だよ、お兄ちゃんも分かってくれるから! 逆に傷つくのが嫌だから、こうなって喜ぶかもしれないよ?」
「そうかもしれないですね!」
アミナが優理の言葉に頷いた後、二人は家の中に入る。
家に入ると優理がアミナに、
「ねぇ、もう姿を現していいんじゃない? お婆ちゃんも出かけちゃったし」
と尋ねると、アミナも、
「あ、そうですね!」
そう言って、即座に姿を現す。
少しだけ辛かったのか、大きく深呼吸しながら。
「じゃあ、仲直りの意味も込めて、お兄ちゃんに豪勢な料理を作らなきゃ! そういうわけでアミナちゃんも手伝ってね?」
「あの……あたし、料理したこと――」
「大丈夫、大丈夫。優理が教えるから!」
優理はそう言って、台所へ向かう。
アミナも不安を隠しきれないように、優理の後を追った。