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祖母の話 【優理視点】

「どうしたの?」


 暗い顔をする珠子に、優理はそう尋ねることしかできなかった。

 ちょっとだけ何か悩んでいるということが分かったからである。この時点で、優理の中では嫌な予感がしていた。


「あのね、ちょっとお婆ちゃんの親戚の人が怪我したらしいのよ。まぁ、入院なんだけど……」

「うん。あ、それでお見舞いに行くってこと?」

「そうなの。ただ、お見舞いじゃなくて、しばらく泊まらないといけなくなりそうなのよ」

「え、泊まるの!?」


 優理はちょっとだけ訳が分からず、首を傾げる。

 珠子の言い方の問題なのだが、優理が受け取った感覚では、『場所が遠いから泊まらないといけない』ではなく、『何かをしないといけないから泊まらないといけなくなった』という風に感じたからだ。


 ――親戚の家に泊まるって、どういうことなんだろ?


 普通ではそんなことは考えられない。

 いくら親戚の家だとしても、長期間の泊まりは迷惑以外の何事でもないからだ。それに、そんなに長期間の泊まりということは、珠子の身体にも負担がかかるのは間違いない事実。

 さすがにそのことを考えると、優理も心配になってしまう。


「そうなのよ。その人に子供がいなくて独り身だから、身の回りのお世話をしてあげないといけなくてね」

「それは分かるけど……体調的な問題もあるだろうし……。優理も一緒に行こうか?」


 ちょっとだけ枕元に視線を見る。

 優理の思った通り、全力で首を横に振って拒否しているアミナの姿があった。


「大丈夫よ。そんなことで学校を休ませるわけにはいかないわ。ちゃんと勉強しなさい。良いわね?」

「え……でも……」

「大丈夫よ、お婆ちゃんを信じなさい。そんなに弱くないわよ」

「それは分かってるけど、やっぱり心配にだよ」

「心配なのはこっちのセリフよ?」

「え?」


 珠子の発言に優理は首を傾げる。

 何の心配をしているのか、見当がつかなかったからだ。

 珠子のおかげである程度の家事はできるようになっており、料理に関してだけ味付けなどの不安があるが、きっと問題はないはずだった。なぜなら頼人は料理に関して、よほど酷くない限り、文句を言わないからだ。

 珠子は優理の考えていることが分かったのか、小さなため息を吐きながら、


「家事のことじゃないわ。優理ちゃんとお兄ちゃんのことよ?」


 曇った表情を浮かべて、そう言った。


「え?」

「ケンカしてるでしょ? それが心配なのよ」

「……知ってたの?」

「当たり前でしょ?」

「だって、お兄ちゃんが優理の納得できないことを言うから……」

「お兄ちゃんだから仕方ないのよ。きっと、優理ちゃんがお姉ちゃんだったとしてもお兄ちゃんと同じように弟を心配したと思うわ」

「そうかな? あまりイメージが湧かないけど」

「本当にお姉ちゃんじゃないからしょうがないわ。でも、お兄ちゃんがいつも優理ちゃんのことを見てきたの、知ってたでしょ?」

「…………うん」


 珠子の言葉に優理は頷くことしかできなかった。

 優理自身が心配をかけているわけではなかったが、どんな時でも気にかけてくれていることを知っていたからだ。


「あまり納得してないみたいね。じゃあ、とっておきの情報を教えてあげようかしら? 優理ちゃんも頼人と同じ立場に立ちたいみたいだしね」

「とっておき?」

「頼人が秘密にしていることよ。それを言ったら、優理が絶対に気にするからって秘密にしてることがあるの?」

「え、そんなのあったの!?」

「お兄ちゃんの背中にある傷、知ってる?」

「うん、知ってる」


 それは優理も知っていた。というより、偶然脱衣所に行った時に背中の傷を見てしまったことがあるのだ。

 傷自体はそこまで深くはなさそうだったが、痛々しいほどにその傷は残っており、見た瞬間思わず、「うわっ、どしたの?」と聞いてしまったほどだった。

 その時は、「友達と遊んでてふざけたらこうなった」、と頼人に教えられていたのだ。


「あれね、小さい頃に優理ちゃんがお兄ちゃんの真似して、木の上に登ったことがあるんだけど、そのこと覚えてる?」

「うーん、あまり覚えてないかも……」

「幼かったから仕方ないわ。登ったのはいいものの、優理ちゃんが足を滑らせて落ちようとした時にお兄ちゃんが助けてくれたのよ。その時、枝で背中を傷つけたの」

「あ……、もしかしてお兄ちゃんが子供の時に入院してたことがあったのって」

「そのことは覚えてたのね?」

「うん……お兄ちゃんがいなくて寂しかった記憶がある……」


 ちょっとだけ優理は涙目になってしまう。

 その時はまだ両親が健在の時であり、頼人が入院していた理由も体調を崩したから、と教えられていたからである。そんな事情さえも教えてもらわず、優理はワガママを言っていた記憶も蘇ってしまったからだ。


 ――お兄ちゃんを守りたかったのに、結局守られてるじゃん。


 今回、意地を張ったのは頼人を守りたかった。

 頼人の身体が傷つくのが嫌だった。

 だからこそ拒んだ。

 絶対に無理をすると分かっていたから。

 なのに、すでに自分の不注意で傷を付けてしまっていたことがショックだった。


「泣かないの」


 珠子はそう言って、優理の頭を優しく撫でた。


「――うん、ごめんなさい……」


 優理は急いで、制服の袖で涙を拭いてから、改めて珠子に向き直る。


「ねぇ、なんで今それを教えてくれたの? お兄ちゃんとの秘密なんでしょ?」

「仲直りして欲しいからよ。それに優理ちゃんだって、大人になりかけてる最中なんだし、これぐらい知っておいてもいいでしょ?」

「ありがと……、優理がお兄ちゃんを支えたいと思っても、やっぱり無理なのかも」

「傍にいるだけでいいのよ、頼人からすれば」

「傍にいるだけで?」

「お兄ちゃんっていうのはそういうものなのよ。優理ちゃんみたいに仲のいい兄妹もいれば、ケンカばかりする兄妹もいるでしょ? ケンカしたからって言ったって、どこかでは通じ合っているものなの。だから、頼られればそれなりに頑張るし、命だって懸けるものよ。自分が意識してなくてもね」

「馬鹿な生き物だよね、男の子って」

「そうよ、馬鹿なのよ。傷付くって分かってて無理をするんだもの。だから、女の子が支えてあげないといけないのよ」

「それで、昔は専業主婦が多かったんだ。そういうのを支えるために」

「今は時代が違うから、気にしなくてもいいけどね?」


 優理は珠子の言葉を聞いて、仲直りしようと決めた。

 というよりも、ちゃんと支えてあげないと無理をすることが目に見えて分かったからだ。できないことをグダグダというよりも、しっかり違う方向で支えた方がいいと思ったためである。


「うん、今日帰ったら仲直りする。今まで心配かけてごめんなさい」

「これでお婆ちゃんも安心していけるわ」


 と優理の言葉を聞いて、珠子は笑顔を浮かべるのだった。


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