優理の苦悩 【優理視点】
「なんで、お兄ちゃんは追って来ないかなー……」
優理は家に戻り、自分の部屋のベッドの上に制服のままうつ伏せで寝転がり、足をジタバタさせていた。
頼人の発言に拗ねる形になってしまい、二人から離れた後、頼人が心配して追いかけてくると思っていたのに、それすらなく家に辿り着いてしまったのだ。そのことが少しだけ気に入らなくて、こうやってジタバタしているのである。
「うー、なんか沙希ちゃんに嫉妬しちゃいそう。本当は優理も一緒に帰りたかったのになー」
ちょっとだけ出てきた嫌な感情を口に出したのは、その気持ちを溜め込む方が余計にむしゃくしゃするからであり、大した意味はなかったりする。
「お兄ちゃんもお兄ちゃんで、ちょっと冷たくしたら話しかけなくなるし、どうしたらいいんだろ……」
そして、優理は学校にいる時と同じように自己嫌悪に陥る。
優理もまた頼人と同じようにどう接したらいいのか分からなくなり、会話を減らすことで逃げていたに過ぎなかった。それに頼人の機嫌直しの方法も優理からすれば、ちょっと考えさせられることがあったのだ。というより、あんな方法で機嫌を直すのはもうちょっと幼い子供ぐらいであり、中学生になってまであんな扱いで機嫌が直ると思われているのが嫌だったため、突き放す結果になってしまったのである。
「ただいまです!」
同時にアミナの声が優理の耳に入る。
「おかえりー」
優理の声に反応するように、アミナの姿が徐々に現れ始める。
アミナは魔法で自分の姿を消していたのだ。理由は、優理のことを見守るためにはこうやって姿を隠しておかないと大騒ぎになるからである。
アミナの調整によって、優理だけには見えるようにもできるが、それでは優理が自然とアミナの姿を目で追うことになり、他人からそれを見た場合の不自然さを考えた結果、優理にも姿を見えないようにすることになった。
しかし、声だけは聞こえるようにしてあり、用事を頼んだりして帰ってきた場合はこうやって声をかけるように言ってあるのだ。
今回、優理が頼んだ用事は頼人の様子の観察。別れた後、頼人がどう行動するか、をアミナに見張らせていたのである。
その報告をしにようやく戻ってきたのだ。
「それでお兄ちゃん、どうだった?」
「沙希さんを家まで送るみたいです。内容的にはそう仕組んだみたいな感じでしたけど……」
「そっかー。ま、お兄ちゃんの性格上、言わなくてもそうしたのかもしれないけど」
「でも、本当にこんなことして良かったんでしょうか? 頼人さんに悪い気しかしないんですけど……」
アミナは少しだけ不安そうに優理を見つめる。
使い魔であるアミナは頼人と優理の言うことを聞くように言われているため、頼人に黙って頼人のことを見張っていたと知られれば、間違いなく怒られる。そして、前回の時のように二人がケンカしてしまう可能性のことを考えて、優理に尋ねたのだ。
「ん、いいの。アミナちゃんが命令を聞く優先順位を言っちゃうのが悪いんだよ?」
優理はアミナに笑みを浮かべる。
アミナは情けなくため息を吐いた。
優理が言ったように、アミナには命令の優先順位が決まっている。一番はあちらの世界の姫、次に勇者、優理、頼人の順番になっていた。
「うぅー、しょうがないじゃないですかー。姫様に『伝えとくように』って言われたんですから」
「でしょ? だったら、優理じゃなくて姫様に文句を言ってね?」
「言えるわけないじゃないですか。姫様があたしのご主人様なんですからー」
「うんうん、こっちではその流れで優理がご主人様の代わりみたいなものなんでしょ?」
「――そういうことになりますね」
悪気なく笑う優理を見ながら、アミナは自分がさらに情けなくなってしまう。
現在の状況として、頼人と全く連絡を取っていないわけではない。傍にいる割合では優理の方が多いけれど、家にいる時は頼人に一日の安全を報告している。頼人がどれだけ優理の身を案じているか、分かっているからこそ、どうしようもできない自分が情けないのだ。
「あの……本当に仲直りしたらどうですか?」
アミナは唯一言えることを進言した。
未だに魔界の住人はこちらの世界に来たような気配などは一切ないものの、優理と違い、頼人の傍には守る人が誰もいない。せめて、武器を渡すことができれば、自分の身を守ることはできる。
それだけの想いをこめて言うも、
「分かるんだけどね。お兄ちゃんなら、一人で戦ってもいいって、絶対に勘違いするでしょ? だから無理。心配なのは優理も一緒だけど」
あくまで優理はその態度を変えようとはしない。
しかし、顔は不安が混ざっていた。アミナの言いたいことは伝わっているからだった。
――お兄ちゃんが悪いのに、なんで優理ばっかり……。
アミナにも言われて、優理はさらに憂鬱な気分になってしまう。
「すいません」
「ううん、謝らないでよ。アミナちゃんのことだから、優理が悩んでるのも分かってるんでしょ? この複雑な気持ちの状態を……」
「はい。分かりますけど、このままじゃ――」
「だよね。何度も聞くけど、優理に戦う術は何もないの? 直接戦闘じゃなくてもいいの。あくまでお兄ちゃんの力になれるようなこと」
「……ないです」
アミナは視線を優理から視線を逸らす。
優理はなんとなくアミナが嘘をついていることに気付いていた。
何を隠しているのかまでは分からないが、心の中に何かが引っ掛かったような感じを覚えるようになっていたのだ。
「いっそのこと、本当のこと言えばいいのに……」
「あたしにも隠し通さないといけないことがあるんですよー。そう思うなら、仲直りしてください!」
「その隠してる内容を教えてくれたら、ね」
「うー、優理さんの意地悪ー」
「意地悪でいいもーん」
アミナのちょっと半泣きに近い声に優理はそう答える。
そうやって会話している優理の耳に部屋のドアを叩くノック音と、
「優理ちゃん、ちょっといい?」
珠子の声が耳に入ってくる。
優理はベッドから飛び上がると、近くに置いてあったカバンから荷物を取り出し、机に適当な教科書を取り出しながら、アミナの防音の結界を解くように指示を出す。
アミナは頷き、ベッドに枕に隠れつつ、防音の結界を解除した。
優理は隠れたアミナが隠れたのを確認して、ドアを開く。
ドアの外にはちょっとだけ表情の暗い珠子の姿があった。