屋上で(2)
頼人は何とか考えを纏めることが出来たため、それを蓮に話し始める。
「意見の相違ってやつ? お互いが思い合いすぎてすれ違ったんだよ。んで、優理が納得してくれずにケンカになった」
その説明を聞いて、蓮も少しだけ考えた様子を見せる。が、良い答えが出せないらしく、チュッパチャップスのアメを噛み砕き、残った棒部分を吐き捨てた。
「なんか難しい話だな」
「だろ? ったく、変なところで意固地を張りやがって……」
「それはお前も一緒だろ?」
「……否定はできないか」
ケンカした日のことを考えれば、蓮の言葉は的を射ていたため、頼人も頷くことしかできなかった。
蓮はその様子を見て、楽しそうにけらけらと笑う。
「似た者同士すぎるだろ? 優理は完璧なブラコンっぽいけど、頼人は頼人でシスコンみたいなもんだし」
「そんなにシスコンか? 俺」
蓮に言われたことで、頼人は今までの優理に対する行動を思い返してみた。
確かにある程度の心配していることはいつものことである。怪我などをすれば、早退をしてでも様子を見に行くだろう。しかし、それは珠子に迷惑をかけたくない、という思いがあるからであり、両親がいればきっとそういう行動は絶対にしない。
そう考えると当たり前の行動であり、そこまでおかしくない行動のはずなのだ。
「やっぱり普通だって。蓮は姉ちゃんにボコボコにやられてたから、その感覚が分かんないんだよ」
「いや、絶対におかしいね! ま、俺の姉ちゃんが異常だったことは俺も認めるけどさ」
「それは認めるのか」
「ま、な。否定できるはずがない事実だし。今では県外で一人暮らししてるのが唯一の救いなんだけど……」
視線を横に逸らしつつ、げっそりした表情で答える。姉ちゃんという単語を聞くだけで、今までの辛い記憶が蘇るらしい。
「って、俺のことはどうでもいいんだよ! そんな調子だと、優理ちゃんが嫁に行く時、どうなることやら」
「そんなこと、まだ考える段階でもないだろ。どんだけ先のことを考えてるんだよ?」
「女の子とは十六歳になったら、結婚しても問題ないんだぞ? 知ってん――」
「知ってるよ。なんで知らないと思ってるんだよ?」
「例えば、本当に彼氏とかいて明日にでも連れてきたらどうするんだって話だ」
「ふむ」
話の論点としてはかなりズレてしまっていることは分かっていたが、蓮がかなり真剣に語ってくるので、頼人も少しだけ真剣に考えてみることにした。
もし、蓮の言う通りの展開になったとしても、まずは相手の経済状況が一番になってくる。現時点で、結構質素な生活をしている頼人にとって、平均ぐらいは間違いなく必要だった。年齢的にも二十歳は超えていてほしい。
頼人の思う最低条件はこうなった。
――あんまり厳しくないような気がするな……。
その場のノリで考えたものだったので、思いついたものは少ない。しかし、その場面に直面したら、もっと増えるはずなのは間違いだろう。
それを踏まえて、今はこれぐらいで十分か、と頼人は思った。
「とりあえず、今より幸せになれるのなら、それでいいかな?」
「よし、俺に任せろ。窮屈な辛さが分かっているから、俺なら間違いなく幸せに――」
「それが目的かよ! このロリコンがっ!」
蓮の言葉に反応し、頼人は即座に蓮のお尻に蹴りを放った。
ちなみに遠慮なしの全力で。
さすがの蓮もこれは痛かったのか、お尻に手を置き、その場を飛び回った後、少しだけ涙目になって頼人を睨みつける。
しかし、頼人の方が蓮より先に殺気に近いものをぶつけるように睨み付けていた。
お互いが睨み合う形になったものの、先に視線を逸らしたのは蓮。悪いのは自分だ、と当たり前の判断をしたからである。
「少しは元気になったかよ?」
「は?」
「いや、だから、少しは元気になったか、って聞いてるんだよ」
「ああ、まぁな」
「なら、良かった。いやー、頼人を元気付けるのって意外と大変なんだぞ? 滅多に落ち込まないから、どうやって励ませばいいのか、分からないし」
面倒だ、っていう感じで前髪をかき上げながら蓮は笑みを見せる。
しかし、頼人は冷めた目で見つめながら、
「さっきの発言は本気だったろ?」
と言うと一瞬、ビクッとした表情を浮かべる蓮。
今の会話で誤魔化す事が出来た、と思っていた証拠だった。
「一つ言いたい事がある?」
「なんだよ?」
「――なんで、お前はあんな良い子が妹なんだよ! 羨ましいんだよ! その幸せを俺に譲ってくれてもいいだろうがっ!」
「はあ?」
「ちくしょう、あんな可愛い子に俺だって『お兄ちゃん』とか言われたいんだよ! だって、これから俺好みにしていけば、将来理想の……いや、すでに俺の中での理想のイメージ像に仕上がっている! そんな俺だからこそ、優理ちゃんを幸せにする事が出来るんだ! というわけで――」
「ねーよ!」
熱血全開で語り始める蓮だったが、最終的に先ほどと同じ辿り着きそうだったので、頼人は言われる前に再び全力で蓮のお尻を蹴飛ばすと、さっきと同じように蓮はその場で飛び跳ね始めた。
「本当に懲りない奴め。そういうのはまず付き合ってから言え」
「うー、それが叶いそうにないから言ってるんだろ? なんかさ、優理ちゃん、オレに興味なさそうだし……」
蓮は拗ねたような感じで口を尖らせた。
それは頼人も優理を見ていて分かっていたことだった。
優理の蓮への扱いは友人止まりであり、それ以上の関係は一切望めないような状態。
そのことを蓮自身が気付いているため、そう言っているのだろう。
「だからと言って、俺が頼むのもおかしくないか? だいたい、どの家庭でも兄貴が妹に男を紹介したからって、一回目のデートはほぼ同情からだぞ? そんなので良いなら、仲直りしてから言っといてやるが……」
頼人のその発言に蓮は悩み始める。
同情されるのは嫌だが、デートは魅力的だと思っているらしく、蓮の顔はニヤついてみたり、険しい顔になったりしていた。
――本当に幸せそうな奴だ。
頼人はそんな蓮の相手をすることが馬鹿らしくなり、同時にさっきまでくよくよしていた自分自身も馬鹿らしくなってきてしまった。
「ま、ゆっくり考えてくれ。俺は帰ることにしたから」
「あ、おい! ちょっと待てよ!」
「やだ。つかさ、なんで最終的には俺が蓮の相談を受けなきゃいけなくなってんだ? ったく、やっぱり面倒を引き連れてきたんじゃないかよ」
「えー、本当は……て、おい! 待てって!」
頼人は本当に蓮を無視して屋上から教室へ向かい、カバンを取ると下駄箱に向かう。そして、そのまま帰宅し始める。
その後を蓮が付いて来たのは言うまでもない。