屋上で(1)
あれから一週間経った。
夕日が綺麗に見える屋上で、危なくないように作られているフェンスに持たれながら、頼人は情けない表情を浮かべながらため息を吐いた。
その理由は優理とのケンカのせいである。
この一週間、優理の機嫌が直ることはなく、ずっと不機嫌な状態が続き、会話も必要最低限しかしていない。そんな状態が続いており、さすがの頼人も唯一安らぎの場所であった家も窮屈なものになっていた。
そのため、頼人の現在の安らげる場所はこの屋上へシフトされている。
「なんで、上手くいかないかなー」
そう呟いて、頼人はこの一週間のことを思い出しながら、次なる優理の機嫌直し方法を考え始める。
ちなみに今までの行動は物釣り・家事の手伝い・宿題を手伝ってあげるなど。
全部、優理の「ううん、いい」の一言により却下され、失敗に終わっていた。
今までならそれでなんとかなっていたのだが、今回はそうでもないらしい。
「あかん、次のが思いつかない。どうしたもんかな」
頼人は再びため息を吐いた。
すると頼人の丁度後ろにある校内に繋がるドアが、鈍い金属音を立てて、ゆっくりと開かれる。
反射的に頼人はそのドアを見つめる。
やってきたのは見知った人物だった。
「なんだ、お前か」
「なんだ、とは失礼な。俺はお前を励ますために来たんだぞ?」
灰色をした髪を持ち、左の前髪だけ目が隠れるほど長く、タバコ代わりのチュッパチャップスを加えた男――大沢蓮だった。
頼人の言い方に不満を示すようにチュッパチャップスを上下に振りながら、頼人に近寄る。
蓮の言葉の意味がよく分からず、首を傾げた。
「あ、お前。今、励ますって意味が分からないって顔したぞ?」
「いや、本当に分からないし」
「おいおい、他の奴は分からないけど、オレに隠し通せると思ってるのか? 小学校からの親友だぞ?」
「……親友というカテゴリーに入るのか? この付き合いって」
「…………」
「…………」
「よし、こういう時はスマホで検索しよう」
蓮はポケットからスマホを取り出すと検索し始める。
こうやって質問して言い切らない時点で、親友と言っていいのか、と怪しく感じてしまう頼人。
「えーと……とても仲がいい友人のことを差すらしいぞ。十分、俺たちが親友であると照明されたな!」
「悪い、知ってた。でもな――」
意味自体は調べなくても分かっていた。
正直、親友に近い友人であることは頼人も同意できる。
しかし、ここでちゃんと言っておかないといけないことがあったのだ。
「俺はロリコンではない。はっきり言っておこう。だから、一緒にしないでくれないか? 周りからそんな目で見られたくないんだ」
「おい、このタイミングでそれは必要ない発言だろうがよ!」
「そうか? 結構重要なことだと思うけど?」
「ねーよ! 親友の心配にロリコン関係ないだろっ!」
「そか。んで、また迷惑を引き連れて来たのか?」
「だから、相談に乗りにきてやったんだよ!」
「やった?」
「間違いましたー! 相談に乗らせてくださいー!」
ヤケクソ気味に蓮は言った。
弄られていることを自覚したのだろう。
少なくとも頼人は蓮のこの扱いが楽しんでいることは事実。気分が紛れたのは言うまでもない。
「悪いな。憂さ晴らしに付き合ってくれて」
「弄られる身にもなってみろっての」
「無理」
「おい」
「いやだ」
「なんでだよ!」
「それは蓮だけで十分だろ?」
「なんでだよ!」
「俺が面白いから?」
「オレは面白くないんだよ!」
「どんまい!」
「フォローする気ないだろ!」
「うん」
「ちくしょう!」
悔しそうに蓮はそう言った。が、実は気にしていないことは分かっているので、そのまま放置。
そして、しばらく二人の間に沈黙が流れる。
会話が途切れたせいで、話すタイミングがなくなってしまったのだ。
その空気を切るように、
「んで、優理ちゃんとケンカでもしたのか?」
蓮が頼人と同じように空を見ながら、頼人へ質問した。
「まぁな。今回はマジおこだ」
頼人も即座に返答する。
「兄妹だから、そういうこともあるさ。んで、原因は?」
「それ、聞くか?」
「アドバイスのしようがないだろ? それを聞かないと」
「…………アドバイス……ねえ……?」
頼人が意味深に言ったのにはちゃんとした理由がある。
蓮も実は姉がいるのだ。
それは当たり前であり、何も驚くところではない。
しかし、アドバイスを貰うということに関しては少しだけ立場が違いすぎて、まともなアドバイスが貰えそうにないと思ったからだ。
簡単な話、上の立場とか、妹や弟の立場の問題ではない。
蓮の場合は、姉に上から肉体的にも精神的にも押し付けられたせいで、今では年上恐怖症まで発病してしまっている。だからこそ、ロリの良さに目覚めてしまったぐらいだ。
「いや、言いたいことは分かるけどさ。それでも、俺の話はタメになるぞ!」
「ほう、そこまで言うのなら掻い摘んで教えてもらおうか?」
「優理ちゃんは可愛いから、ワガママ言っても許してやれ!」
「それが言いたいだけだろ! このロリコンがっ!」
夕日に向かってガッツポーズする蓮の頭を頼人は遠慮なく叩く。
蓮がこのことを本気で言っているのか、それとも冗談で言っているのか、それは謎だが優理のことを気に入っているのは間違いなく、今まで何十回何百回というほど聞いていた頼人にとって、聞き流せるレベルに達していた。
――真面目に聞いた俺が本当に馬鹿だった。
改めて、そう思い知らされた頼人はため息を吐いた。
蓮は叩かれた箇所を撫でながら、
「まぁ、それでどうしたんだ? 一週間も仲直りできないなんて珍しいじゃないか? どんだけ怒らせたんだ?」
と今度こそ本気で尋ねきた。
頼人はちょっと考え込む。
アミナに言われたことをまともに話せば、気を狂ったような扱いになることが容易に想像できたからだ。かと言って、他の話で例えることも出来ないほど難しい話でもある。
チラッと蓮の方を見てみるが、眠そうに欠伸をしていた。
返答がないから、つい出てしまったという感じだった。
しかし、焦らせようという様子は一切なく、それが頼人にとって救いになり、ある程度ゆっくり考える事が出来た。