夜空の下で二人(1)
頼人とアミナは家を出て、近くの公園に来ていた。
玄関からやって来たアミナが、いつまでも家に帰らないというのは状況的におかしく、そういうことに厳しい珠子を欺くために、頼人がアミナを家まで送るというシチュエーションを作っているだけである。
ただし、頼人に至っては本当に気分転換をしていたのは言うまでもない。
二人はブランコに座り、ぼんやりと空を眺めて、時間を潰していた。
「なぁ……」
「はい、なんですか?」
頼人は独り言でも言ってるほど小さな声でアミナに話しかけると、アミナは即座に反応を示した。
言葉をかけられることをずっと待っていたように。
「俺が優理に言った言葉って、何か間違ってたのか?」
「…………間違ってないですよ」
「だよな。俺が優理のために言って――」
「いえ、頼人さんだけじゃなくて、優理さんも間違ってないです」
アミナは頼人の言葉に、慌てたように言葉を差し込む。頼人だけの言い分が間違っていない、と勘違いさせないために。
その言葉に少しだけ驚いた後、頼人ははにかみ、
「分かってるさ。お互いがお互いの事を想った結果ってことぐらい。血が繋がってなくても、血の繋がり以上の絆が俺たちにはあるからさ。ただ、ムキになっちゃったんだよなー。俺もまだまだ子供だと思い知らされるよ」
恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いた。
アミナもその様子を見て、苦笑。
「あちらの二人もあんな風にケンカしてましたよ。魔界の住人を撃退する時に」
「あー、それはな。どうせ、姫が『一緒に戦う!』とか言い出したんだろ?」
「その通りです。だから、あたしもこうやって荒れるかも、と予想はしてたんですが……やっぱり、それを直接見ると苦しいものがありますね」
「優理があんなに反発するとは思わなかったからなー。しかし、よくお婆ちゃんが来なかったもんだ」
頼人はしみじみとそう思った。
結構、大声でケンカしたにも関わらず、珠子は頼人の部屋に来る様子さえなく、「アミナを送る」と伝えても、何も知らないかのように平然とした様子で見送ってくれたのだ。
――アミナが来ていたから遠慮したのか?
とアミナを見ながら考えていると、
「あ、防音の結界を張ったせいですね」
アミナはにっこりと笑って、その説明をし始めた。
「防音と言っても、今回は音量を下げる程度にしかしてませんでしたが……。頼人さんたちだけならその必要もなかったと思いますけど、さすがに身内の人を巻き込むわけにはいきませんし。何より、あたしが部屋にいるのに声一つ聞こえないのもおかしいと思いまして」
「なるほど。気が利くな」
「ありがとうございます」
頼人がアミナを褒めると、アミナは嬉しそうに笑みを見せる。
まるで本当の主人に褒められているような感じの笑い方。
きっと気のせいではないだろう。
「しかし、これからどうしたもんかな? 優理もあんな感じで怒ってるから、どうすることもできないし……。そういや、魔界の住人とやらはいつ攻めてくるんだ?」
細かいタイミングはアミナにも分からない、と頼人は腹を括っていた。
それでも、どれぐらいの余裕があるのか?
そのことを知りたいのは本能からくるものだった。
何よりも、それ以上に優理の機嫌を直さないといけない。今のままでは頼人から自然と距離を作ってしまうことは目に見えているからだ。
頼人の質問に、アミナは申し訳なさそうに項垂れる。
「すいません、分からないんです。分かっているのは、こちらの世界に来るということだけで……」
「マジかー。対策の打ちようもないな。なるべく早く、優理の機嫌を直さないといけないのか。大変すぎるぞ」
「す、すいません。一応、あたしが優理さんを見守る予定ではいるんですけど……防御魔法で守ることが精一杯ですし……。あっ、攻撃魔法が使えないわけではないんですよ? でも、全体的に威力が弱いんで……たぶん効かないと思います」
アミナは少しだけフォローを入れるが、あまり役に立ちそうにない雰囲気に頼人はため息が出てしまう。
この調子では殺されるのも時間の問題だと痛感させられてしまった。
――あれ、でも戦うのは……。
部屋での会話の時、アミナに言われたことを思い出す。戦うのは頼人であるということを。
しかし、身近に木刀や竹刀、その他の農作業用の道具のような武器になりそうなものは一切ない。それどころか、そんなものでは勝てない相手なのは間違いないだろう。
「大丈夫ですよ? 魔界の住人と戦える武器はあたしが持ってますから」
アミナは頼人の考えている事が分かったらしく、あっさりと答えるが続けて、
「まだ頼人に渡すわけにはいかないです。優理さんの件もありますから。それ以前に優理さんと一緒にいる時しか渡せない設定になってるんですよ」
と視線を逸らしながら、ちょっとだけ呆れた様子で続けた。
まるでそんな面倒な事をしなくてもいいのに、と言った感じ。
「アミナもなかなか大変だな」
「それが任務ですから。というよりも、その剣と一緒に優理さんに渡すものも入ってるんです」
「優理にも? でも、さっき戦闘には加われないって……」
「戦闘用のものじゃないってだけです。ものすごく失礼な言い方になりますが……言ってもいいですか?」
予想以上に躊躇った口調で頼人へと尋ねる。
その様子だけで、きっとロクでもない発言をされることを頼人は瞬時に理解。しかし、一応聞いてあげよう、と首を縦に振る。
「ありがとうございます。勇者様は死んでも、立場上そういう危ないことが仕事なので、仕方ないって感じがあるじゃないですか。でも、姫は一国の主なんですよ。だから、あたしが命をかけて守るように仰せつかってはいますが、場合によっては危ない時もありますよね? だから、優理さんを守る結界魔法などが組み込まれてるんです」
アミナは遠慮なく言いきった。
承諾したものの、頼人はちょっとだけ怒りが湧いてきたので、アミナの頭を軽く叩く。
「いたっ」とアミナも軽く反応を示し、頼人に即座に謝罪する。
「そんな扱いじゃ、姫も納得しないはずだ」
「ですよねー。勇者様は、『頼人なら問題ない』って言ってましたけど……、実際のところ頼人さんはどう思われているんですか?」
アミナにそう質問されて、頼人は考え込んだ。
死ぬのは誰でも嫌なのは事実。頼人も簡単には死にたくないという気持ちがある。
しかし、優理の命が関わってくるとなれば話は別になってしまう。きっと勇者の言う通り、優理が命の危険に迫れば、自らの命を投げ捨ててでも優理を守るのだから。
「勇者の言う通りだな。つーことは、姫様の設定も正解だったってことか」
「やっぱりですか」
アミナも頼人がそう答えると思っていたのか、乾いた笑いを出していた。




