第98話 異種編7
話が終わった後、雷牙たち一同は村の入り口にいた。
周りには、この集落に住んでいる村人達。雷牙たちの来訪にようやく気がついた村人たちは、珍しいものを見るような目で4人を取り囲んでいた。何もないこんな所では、旅人が寄るということも滅多にないのだろう。
「本日はどうもありがとうございました。とてもためになりました」
雷光が長に頭を下げる。
声に抑揚はほとんど見られない。棒読みだった。面白くもない、胸くその悪い話を聞かされただけではなく、ルウネがこの世界の罠だということを裏付ける証言を聞かされたのだから当然だ。
雷光だけがそのような悪い態度を取っていたわけではない。レナも、風蘭も、そして雷牙も、誰もが落胆し、何とも言えないやりきれなさが態度に表れていた。村人の知らない、ルウネの本当の気持ちと、その境遇を知った今、今までやってきたように、罠を倒そうという前向きな姿勢を取るようなことはできなかった。
「ふむ・・・。主等は、これからどうするのだ? 町に帰るのか? もうじき夜だ。泊まっていかれても、村としては一向に構わぬのだぞ」
長が、雷光にそんなことを尋ねてくる。
空はもう赤く染まり、薄暗くなってきている。夜になってしまえば『化け物』に襲われる可能性が高いと、一応は心配してくれているのだろう。長から言わせてもらえば、先ほど『化け物』の危険性を話したばかり。それにも関わらず、夜に村の外へ出ることなど、愚の骨頂以外の何物でもない。
確かに、何も知らない、本当の旅人であるのならば、長の言葉を鵜呑みにして村に留まったであろう。村の近くに居着いているのは、危険極まりない『化け物』だ。その化け物が活動する夜に、わざわざ村から出るのは、血を吸ってくださいと言っているようなもの。だから、普通ならば村に泊めてもらうのが当たり前である。
しかしそれは、ルウネの事情を知らない者のやることである。雷牙たちは、もう知ってしまったのだ。ルウネがいかに苦しんで生き、忌み嫌われ、そして過酷な運命に沿って産まれてきたということを。
それを知った以上、ルウネを異端である化け物として扱い、憎しみの念を抱いているこの村に留まることはできなかった。いるだけで、気分が悪くなる。他の文化の観念を取り入れられない閉鎖的であるこの集落ならば仕方のないことかもしれないが、それでもか弱く、無抵抗であり続けるルウネを追いたてる村の者たちには、どうしても嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
「いえ、大丈夫です。ご心配は無用です」
そう言って、雷光は長の提案を断った。
「・・・ふむ、そうか。それならば何も言うまい。では、さらばだ」
「ええ。色々お世話になりました」
雷光が代表で頭を下げ、そのまま一同は村の外へと出た。村人たちはいつまでも散ることはなく、その場で雷牙たちを見送っていた。
しばらく無言で歩き、村から遠ざかる。今話しても、入り口のところでずっと見送っている村人たちには聞こえないだろうと判断したのか、雷牙が雷光に話しかけた。
「・・・どうすんだよ」
「こっちが聞きたいですよ。一体、僕たちはどうすればいいんですか・・・」
ため息をつき、雷光が頭を抱える。何をすればいいかなど、雷光にだってわかるはずもない。雷光どころか、このメンバーの中で、今までこういったケースの世界に鉢合わせた者などいないのだ。
初めての出来事に戸惑ってしまうのは仕方がないことではあるが、しかしその問題は『わかりません』では済まない。混乱しようが、戸惑おうが、いずれは決定を下さなければならないのである。
「・・・殺すなんてこと、できないし。でも、罠だから放ってもおけないし・・・」
レナがそう呟く。
悩むべきことはたくさんあるが、肝心なのはそれだ。先ほどの長の話の限りでは、ルウネがこの世界の罠であるということは確定したと言ってもいい。ルウネの母親に薬を手渡した男が、空間に穴を開けるという術を使った―――すなわち、ゲートを使い、様々な世界に罠を仕掛けなければならないと発言したことが何よりの証拠だ。
だが、肝心のルウネはまだ、害悪と言える害悪を、世界の住民に与えていない。生きるための食料を奪い、血を吸っているだけだ。それすらも害悪というのならば、生きるために獣を狩っている村人たちも同罪だろう。
それならば、殺すのはあまりにもやり過ぎだ。何もしていないのであれば、何も殺す必要などない。それに、ルウネの歩んできた道は、あまりにもひどすぎた。その終焉が、他人の手における殺害だなんて、それこそ残酷極まりのない話である。
かといって、何もせずにこの世界を去っていいものでもない。何もしていないとはいえ、罠は罠。今までは何事もなかったとはいえ、今後も何もしないとは言い切れない。何の手も打たずにこの世界を去り、その後『罠』としての本性が現れ、世界を混沌へと叩き落とす可能性も、ないわけではない。
一体どうすればいいのか。完全にすべきことを見失ってしまった一同の頭には、もはやそのことしか浮かんでこなかった。
「せめて、最初から対処法がわかてりゃなぁ・・・」
雷牙がそう言い、舌打ちをする。
あらかじめからこういう事態に備えての対処法を皆で決めていれば、ここまで頭を悩ませることもなかったのだろうが、例外に対しては仕方がない。特にルウネの場合、予測などできるはずのない例外中の例外。少なくとも、この世界の4人と、刹那たちの4人で考えたところで、このような特殊な例など思い浮かばなかっただろう。
「・・・とりあえず、ルウネの所に帰りましょ。ここでうだうだ相談してても、何にもならなそうだし」
村から離れた今、雷牙たちに行くべき場所はルウネの元しかない。ルウネを放っておくにしろ、討伐するにしろ、その旨を伝えなければならないからだ。
「そうだな。そんじゃ、行くか」
雷牙がそう言い、とりあえず目先だけの目標は定まった。目指すは、ルウネのいる例の場所。そこへたどり着いた後のことは考えてはいない。後回しにするしか、今はない。
一同は今まで歩いてきた道から外れ、森の中へと足を踏み入れて行った。
*****
村の入り口に集まり、雷牙たちを見送っていた村人たちも徐々に散っていき、雷牙たちが訪問する前の静けさを取り戻しつつあった。それぞれが自分の仕事をしに、自分の場所へと戻っていく。
だがそんな中、2人の人物が、小さくなっていく雷牙たちの姿を見たまま、小さな声で会話をしていた。雷牙たちが最初に出会った男と、この村の長である。
「・・・あの者達、主はどう思う?」
険しい目つきをしながら雷牙たちの背中を見つめ続けている長が、隣にいる男にそう尋ねる。
「どう思う、と言われましても・・・。何か気になることでもあったんですかい?」
明らかに雷牙たちを不審がっている長だが、男にはそんな不審な所は見当たらなかった。強いて言うとすれば、見たことのない珍しい服装に、年齢の割には大人びた雰囲気だろうか。客が来ることは確かに珍しいことであるが、だからと言って不信感を抱くには理由が足りない。長が何を言おうとしているのか、男は皆目見当もつかなかった。
「・・・あの者達は、この近くの『街』から来た、と言っておった。そこであの化け物の噂を聞いた、ともな」
「街!? そんなバカな!」
驚いたように目を剥き、男は長に聞き返した。
男がこれ程までに驚いたのには理由がある。単純だが、重大なことだ。『この近くには、街などない』のである。もしも街があったのならば、この広大な土地を放っておくわけがない。この自然が保たれているのには、そういった理由があったのだ。
見慣れない格好をした4人組み。その4人は、ないはずの街からルウネのことを聞いた、と言っている。聞けるわけのないその噂。ならば、どこでそのことを聞いたのか。
「・・・どこからやってきたかはわからん。だが、奴等はほぼ確実にあの化け物と関わりを持っている。おそらく直接聞いたのだろう。そうでなければ、そのことを知ることなどできるはずなどない。化け物のことなど、この村以外に知っている所などありはしない」
長の推測は見事に当たっていた。長の、どこから来た、という質問を、雷光はうまく誤魔化していたつもりだったのだろうが、それが逆に不審に思わせる結果になってしまったのだ。
なぜ村へとやってきたのかは謎ではあるが、ルウネと関わりを持っていることは紛れもない事実。今から雷牙たちの後をつければ、きっとルウネのねぐらに案内してくれることだろう。
ともすれば、長のたどり着く考えはただ1つ。
今夜中にルウネを、あの化け物を・・・滅する。
「あの4人組の後をつけろ。付けて、化け物のねぐらを突き止めるのだ」
「ですが、あの4人組はタダものじゃないですよ。のこのこついて行っても見つかっちまいまさぁ」
男の言うことは正しい。4人のうち風蘭を除く3人は戦闘に長けている人間であり、その中でも最も直感力の高い雷牙は、気配を読む達人と言ってもいいレベルである。そんな実力を持ち合わせた集団を、気付かれずに追跡することは、よほど気配を断つことの上手い人物でなければ不可能だ。
そのことを長はわかっていて、その上で男に言う。
「だから主に頼むのだ。昔は娘の夫が村一の狩人であったが、今では主が一番だ。獣にも気付かせずに仕留めるほどの腕を持ち合わせている主ならば、彼奴らに悟られることなく追跡できるだろう」
長の言葉通り、雷牙たちに声をかけたこの男こそ、現時点での村一番の狩人なのである。動きの素早く、危険だと言われる獣を次々と捕えてくるこの男は、ルウネの父に勝るとも劣らない腕の持ち主であった。
ルウネがこの村の近くに襲来した際には毎度毎度追いかけたものの、ルウネ持ち前の凄まじい身体能力から生まれる速さには到底追いつけず、いつも逃がして歯痒い思いをしてきたが、今回はそうはいかない。今回追いかけるのは全速力で走るルウネではなく、肩を落として歩く雷牙達なのだ。ルウネのように物理的に追いつけないでないのならば、十分追跡が可能になる。
「・・・そこまで言われちゃ、やらないわけにはいきませんか」
深くため息をつき、男は持っていた農具を地に降ろす。面倒だと表情は言っているが、どうやら長の言うことに従うことにしたらしい。追跡のような神経を使う作業は骨が折れるためあまり好まないのであるが、長年に渡って取り逃がし続けてきたルウネの居場所を突き止めることができるのならば、それくらいやってのけようと男は準備を始める。
「ねぐらを発見して、戻ってくればいいんですね?」
屈伸をしながら、隣の長に訊く。
「ああ。場所がわかったら、村の者、総出でそこへと向かう。たどり着いたときにすることは、もう決めておる」
「それなら大丈夫ですかね。じゃ、ちょっくら行ってきますよ」
それだけ言って、男は村を出て行った雷牙たちを追いかけて行った。
入り口から出て行った男を、長はただ黙って見送っていた。




