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第95話 異種編4

元いた大木の下から歩くこと20分。山鳥のさえずりと小川のせせらぎの音が小さくなり、雷牙たちは森の中から拓けた平地へと出た。


目の前には何度も踏まれ、土だけになっている道が1本。その先には、小さな村が存在している。おそらく、あれがルウネを迫害している人々が住んでいるだろう村だ。


一同に緊迫した空気が流れる。迷信めいた何の確証もない戯言をほざき、ルウネに疫病の訪れを促したとしてその鬱憤をぶつける村人たちだ。まともな神経を持っているとは考えづらい。


ひょっとしたら、よそ者である自分たちも同じ目に遭うかもしれない。そうなれば情報を得ることが極端に難しくなってしまう。避けたいことではあるが、駄目なら駄目で、その時はその時だ。



「では、行きましょうか」



雷光の言葉に頷き、一同は再び歩く。今いる場所から村まではそれほど遠くない。歩いて2分程度の距離だ。すぐに着く。


歩きながら、雷牙は村の外観を値踏みするようにしてじっくりと見ていた。適当に点在している通常の村とは違い、一か所に密集されている家々は、木製の囲いで周囲を覆われていた。もっとも、その囲いが外敵から身を守るためか、それともルウネの侵入を拒むためかわからなかったが・・・。


その密集度は、村というよりも集落に近いものがある。なぜここまでして一か所にまとまっているのか疑問に思ったが、それも追々村人に尋ねていけばいいと、とりあえず雷牙は考えることを止めた。



「・・・一見、平和そうな村ではありますね」



村の中を見た雷光が、そう呟く。鍬などの農具を持ち、せっせと囲いの中にある畑の元へと向かう大人たちと、鮮やかな色をしている風車を持って走っていく子供たち。


傍から見る限りでは、ルウネのような少女を異端として追い出した風には見えない。ルウネが嘘を言っているのではないかと思えるくらいだ。



「でも、私たちが行ったらどうなるかはわからないよ」



レナが真剣な表情でそう言う。


今は平和そうに見えても、余所者である自分たちを見たら態度を変え、敵意を向けてくるかもしれないということは十分あり得る話だ。あくまで可能性の1つであると言うだけの話ではあるが、そのことを頭に入れても損ではない。


歩き、一同は村の前まで辿り着く。遠くからはそれほど大きく見えなかった村の外側を覆っている囲いは予想以上に大きく、魔力による身体強化を施しても飛び越えられるかわからない高さだった。


その中を歩いていた村人の1人が、雷牙たちの来訪に気がつく。見慣れない服装と顔で、旅人であることに気が付き、驚いたように言う。



「お客人なんて珍しいねぇ。わざわざこんな所まで・・・何か用があるのかい?」



思った以上に好意的に接してきたことに、4人は驚かずにいられない。ルウネに対して鬼のような印象を持ち合わせていたが、それを微塵も感じさせないほどの人当たりの良さだった。



「あ、あぁ。ちょっと尋ねたいことがあるんだけどよ」



少し戸惑いながらも、雷牙が村人にそう切り出す。



「尋ねたいこと?」



「そうだ。ここらで、最近変わったことはねぇか? 何でもいいんだ」



「変わったこと、ね」



雷牙の言葉に男は少しだけ考え・・・そして先ほどとは違う、憎悪に塗れた表情を浮かべた。その豹変ぶりに、雷牙たちは思わず驚いてしまう。



「・・・この村の近くにな、化け物がいるんだ」



『化け物』という、実にわかりやすい憎悪の対象。男が話す前に、一同はその『化け物』の正体が何なのか感付いてしまう。それ以上先を聞きたくなどはなかったが、構うことなく男は続けた。


「左右の目の色が違うっていう薄気味悪い小娘でな、ここらを縄張りにして夜に徘徊するんだ。それだけならまだいい。あいつ、ここのやつらを襲うんだ。後ろから殴られて、食料を奪われる。殴られたやつは、何の抵抗もできないままその化け物に血を吸われるのさ。信じられるか? 気持ち悪くてありゃしねぇ」



一同が予想していた通り、男の言葉はルウネのことだった。食料の強奪に、吸血行為。ルウネの証言と一致するし、何よりも話している男の憎しみに溢れた表情がそれを証明している。


確かにそれは事実で、被害に遭っている村人からすれば厄介の極みなのだろう。だが、言い方がどうにも気に入らない。目の前の男の言い方はまるで、ルウネが人ではなく獣であるかのようだ。


話を聞いていた4人は同じように苛立ちの火を心の中へ灯していたが、中でもその日が強いのは雷牙だった。平然と言葉を紡ぐ男を睨みつけ、今にも殴りかからんばかりに拳を握りしめている。短気で直情的である雷牙の性格が、その行為に拍車をかけているようであった。


そのことに気がつかない男は、日ごろの鬱憤をぶちまけるように平気に話す。



「忌々しい・・・。俺たちだって早いところ駆除したいんだが、あいつ逃げ足だけは速いんだよ。何度もあいつを狩りに出たこともあったんだが・・・うまくいかねぇ。傷を負わせても、翌日になればけろっとしてまた食料を奪いに来るんだ。俺たちに迷惑ばっかりかけやがって・・・生きてる価値もねぇやつが。死んじまえばいいのによ」



雷牙はもう限界であった。ルウネがわざわざそんなことをしているのは、この村から追い出されたからだ。原因は自分たちにあるというのにそれを自覚せず、一方的にルウネに罪をなすりつけるような真似をしている目の前の男が許せなかった。


目と体質のことを気味が悪いと散々罵り、疫病を振り撒いたなどという根拠のない馬鹿げた話の濡れ衣を着せて村から追い出し、挙句の果てには死ねとまで言う。こんなふざけた話があるものか。あっていいわけがない。



「・・・・・」



このままでは怒りが収まらない。この男を半殺しにしなければ、絶対に収まらない。

握りしめていた拳を振るおうと雷牙は力を込め、ふざけたことをぬかしている男を殴ろうとする。


だがその瞬間、頬に強い衝撃が走った。頭に血を上っていた雷牙はその衝撃で正気に戻り、振り上げかけた拳を元の位置に戻す。


衝撃の原因は、雷牙の隣にいる雷光。雷牙の動向に細心の注意を払い、暴力を振るう前に頬を殴り、正気に戻したのだ。


雷牙の気持ちはわからないでもないが、ここで暴れられては面倒なことになる。それに、いくら腹が立つとはいえ、攻撃をしてこない一般人に暴力を振るうなどということはあってはならない。それでは、『罠』と同じになってしまう。



「? 何だ? 風が・・・。あ、あんたどうしたんだ? 頬が・・・」



雷光の拳の速度は素人である男に捉えられるものではなく、いきなり風が吹き、雷牙の頬が少し腫れあがっているようにしか見えない。何が起こったかもわからず、男は雷牙の心配をする。



「・・・大丈夫だ、何でもねぇよ」



「? それならいいんだけど・・・」



口元に滲んだ血を手の甲で拭い、雷牙は腕を組む。


苛立ちはもうない。先ほどの雷光の拳で目が覚めたようだった。あのまま雷光が殴らなければ、冗談抜きで目の前の男を殺してしまったかもしれない。



「実に興味深い話ですね。もう少し詳しくお話を聞きたいのですが、よろしいですか?」



雷光が笑顔を浮かべて男にそう尋ねる。口元こそ愛想よくしてはいるものの、目はまったく笑っていない。雷牙と同じように、怒りの炎をちらちらと灯してはいるが、それを悟らせまいと必死になって笑顔を作る。


男はその笑顔を、被害に遭っている自分たちの境遇を理解してくれたものだと勘違いしだろう。憎しみに溢れた表情を一変させ、喜びの表情を浮かべる。



「えぇえぇ、もちろんです。ただ、そのことは私よりも長のほうがよっぽど詳しくてね。よけりゃ、ご案内しますよ」



「そうですか。それならばご厚意に甘えさせていただきます」



「それでは、こちらへどうぞ」



先導する男の後ろに一同が続く。他の村人たちも雷牙たちの存在に気がついたのか、興味深い視線を送ってきており、4人はその視線を受けながら歩いた。


雷光がこの胸の悪い話を、わざわざ詳しく聞きたがったのには理由がある。ルウネがこの世界の『罠』ではないということを確認するためだ。


ルウネがこの世界の『罠』であるとすれば、神の使いの誰かが類稀な目と体質を意図的に与えたということになる。それら自体は生まれつきであるから、神の使いはルウネの両親に何かしたという可能性が高い。つまり、ルウネの両親にその現場を誰かが見ていれば、ルウネがこの世界の『罠』であるという何よりの証拠となる。


逆を言うなれば、そういった事実がなければルウネの目と体質は、本当に偶然が重なったことによるものということになり、この世界の『罠』でないということになる。


ルウネがが『罠』ではないということを証明したいがための聞き込みであるというのに、肝心の雷牙が問題を起こしてしまっては元も子もない。それが原因で情報を集める行為ができなくなってしまえば、ルウネが『罠』であることも証明できなくなってしまう。



「・・・気持ちはわかりますけど、あそこで暴れたら台無しですよ、兄ぃ」



男と距離を取り、雷光が頬を赤く腫らした雷牙にそう言う。



「・・・すまねぇ」



冷静になった雷牙が、先ほどの愚行を詫びる。あのまま怒りに任せて拳を振るえば確かに気は晴れたかもしれないが、その場合、男は最悪死ぬかもしれない。危うく人を殺してしまうところだったと、雷牙は心の内で反省する。



「でも、雷牙が先に動かなかったら、私たちも同じことしてたかもしれないね」



レナが後ろからそんなことを言う。確かに、ルウネのことをあそこまで言われて怒りを覚えない者など、この中にはいかなかった。雷牙が先に手を出して雷光に殴られたからこそ、かえってその怒りを鎮めることができたというところだろうか。



「・・・そだね。雷光だって、雷牙に八つ当たりしてたし」



「八つ当たり?」



風蘭の思いがけない言葉に、レナが驚く。



「そ、八つ当たり。でしょ、雷光」



「・・・お見通しでしたか、敵いませんね」



照れたように、雷光が頭を掻く。もちろん、殴ったのは雷牙の怒りを鎮めるためにでもあるが、その内にあるやり場のない怒りを鎮めるためでもあったということを、風蘭はしっかりと見抜いていた。



「なんだよ、怒ってんの俺だけじゃなかったんじゃねぇか」



口を尖らせながら、雷牙が言う。先ほどの怒りによる刺々しさは、もうどこかへ行ってしまったようだった。



「まぁまぁ。結果的に兄ぃの怒りが鎮まったんですから、よしとしようじゃないですか」



「ったくよ」



何だか納得のいかない雷牙であったが、雷光に殴られたおかげで怒りが鎮まったことは事実であるため、それ以上は何も言わなかった。



「あんたら、あそこが長の家だよ」



雷牙たちのほうを振り返り、周りの家よりも少しだけ大きい家を指さし、男が言う。


あの家の中にいる長がいる。ルウネがこの世界の『罠』であるか否か、それを知っているかもしれない人物が、この家の中に居る。4人が全員真剣な表情を浮かべ、気を引き締める。


だが、同時に不安も覚える。もしも・・・。もしも神の使いの誰かが、ルウネの両親に何かの細工を施し、その結果生まれたのがルウネだとしたら、その時はどうすればいいのだろうか。



今まで戦ってきたように、ルウネとも戦わなければいけないのだろうか。



そして、ルウネを・・・。



{・・・そんときゃ、そん時か}



嫌な結果にたどり着く前に、雷牙が考えることを止める。今そんなことを考えていても仕方がない。その時になったら考えれば済むことだ。



「長、客人です。何でも、あの化け物のことを詳しく訊きたいらしいんですけど」



家の戸越しに、男が中の長に話しかける。



「・・・入ってもらいなさい」



年季の入ったしわがれた長の了承の声が、家の中から聞こえた。

男がそのことに頷き、雷牙たちのほうを向いて家の戸を開ける。その中へと、一同は入っていった。


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