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第86話 魔界編21

マキージャから神女の居場所を聞き出したレオとマリアは、これまでと同様に宮殿の中を巡回している騎士たちの視界から逃れ、玉座のある部屋、つまり王の間へと歩を進めていた。


マキージャの寝室と王の間の距離はそんなに遠くはないのだが、王の間に近付くにつれて見張りの騎士の数が心なしか多くなっている。数が多ければ、それだけ敵の目を欺くのが難しくなってくる。四方から向けられる警戒の目を潜り抜けるというその行為は、至難の業という言葉がふさわしかった。


天界の軍が魔界へと進行開始する明確な時間がわかっておらず、できるだけ急いで事を成さなければならないということは重々承知していたが、それにかまけて散漫な行為をして見つかってしまっては元も子もない。時間はかかっても、騎士たちの目に触れぬよう慎重に行動するほうが賢明であることを、レオもマリアも理解していた。


幾度なく騎士をやり過ごし、物陰に隠れ、気配を消し、レオとマリアは進行してゆく。ここまで見張りが多くなってくると、隠密の手ほどきなど全く受けていない2人が進行するにはかなりの難易度ではあるものの、魔力による身体強化が功を奏し、騎士たちの目を何の問題もなくやり過ごし進むことができた。


そして、たどり着く。玉座のある王の間へと。


だが、同時に問題が発生する。



「・・・見張り、それも1人じゃないな」



王の間を仕切っている常人の2倍の高さはあろうかという荘厳極まりない巨大な扉の前に、4人の騎士が立ちはだかっていたのだ。他の騎士たちとは違い、色々な場所を巡回しようとはせず、王の間の前だけという限定された場所のみを見張っている。


他の場所に行かず、その場を離れないとなれば、王の間の扉を開けることはできない。その扉を開ける段階でどうしても見つかってしまうからだ。他の場所から入ろうにも、この厳重ともいえる見張りたちの目を再びかいくぐって入る新たな侵入場所を探すのも難しい。それに、探したところでそんな箇所があるのかどうかわからない。



「・・・どうしましょうか、レオさん」



不確かな可能性に賭けるよりも、目の前にある確固たるものに賭けることは当然だが、扉の前にいる騎士がそれをさせてはくれない。マリアは、目の前に最短のルートがあるのにただ見ていることしかできないことが歯痒くてたまらなかった。



「進むしかない。見つかる危険性を冒してまで戻るわけにはいかないからな」



「でも、あの方々・・・動きませんわ。ここで待っていても同じではないでしょうか」



「動かないなら、動いてもらうまでさ。マリアさん、これを」



そう言って、レオはマリアに手を差し出す。その上には薬きょうの赤い1つの弾丸が乗っていた。銃というもの自体が存在しない魔界で育ったマリアは、初めて見る代物に首を傾げながらそれを受け取る。



「それを、向こう側に思い切り投げてくれませんか。できれば、常人の目には見えないくらいの速さで」



王の間とは反対方向に存在している壁に指をさし、レオがマリアにそう指示する。その意図が理解できないマリアは、とにかく言われた通りにするしかなかった。


一瞬で体中を駆け巡っている魔力を活性化させて身体を強化し、レオに指示された方向を見て手渡された弾丸をきゅっと握りしめる。そしてマリアは、腕を不格好に折り曲げ、手の中の物を渾身の力で放り投げた。


マリアの手から離れた弾丸は、レオの指示した通りに凄まじい速さで飛んでゆく。レオの神器、『神爆銃』から放たれる速度こそ越えることはできないものの、それでも常人の目には到底映らない速度である。


騎士たちは、自分たちの視界内に異物が飛んでいることに気がつくことなく、平然と前を向いている。その騎士たちを尻目に弾丸は対面している壁への距離を縮めていき、そして命中する。それと同時に起こる、大きな爆発。



「な、何だっ! 何が起きたっ!」



目の前で何の前触れもなしに爆発したようにしか見えていない騎士が声を張り上げる。突然起こった出来事に混乱し、そしてうろたえる。



「敵襲だ! 敵が攻めてきた!」



根拠のないことを叫び、爆発した方向へと一心不乱に駆けだす、4人のうちの1人。傍から見ても錯乱していることは明らかである。敵襲など、空高く浮かぶ天界には本来あり得ない所業なのだから。


その1人の騎士につられ、他の騎士たちもその後を追って爆発した場所へと向かう。到着した先の壁には大穴が開いており、その周辺は真っ黒に焦げている。それが、いかに爆発が強烈だったかを騎士たちに教え、戦慄させる。


その大穴をくぐり、お互いに顔を見合わせて外へと移動する。慌てふためいている騎士たちが、落ちている破片から壁は内側から爆破されたということを推測できるわけがない。壁を破壊した張本人がまだ中にいるというのに、騎士たちは外に敵がいるということを疑うこともできない。



「うまく、いったようですわね」



「そのようです。それにしても助かりました。俺の銃であれをやると、発砲音で感づかれるもので」



「そうでしたの。お役に立ててよかったですわ」



「ええ。・・・それでは行きましょう、もうじき騒ぎになるでしょうから」



レオの言うことにマリアが頷き、2人は扉の前へと移動する。荘厳な扉ではあるが、施錠などの処理は微塵もされていない。そのようなことができない造りであるから、わざわざ騎士を4人も配置させた、というところだろうか。


手をかけて音が出ないように少しだけ扉を開け、その隙間から中へと侵入する。最初にレオが、次にマリアが入り込み、そして扉を再び閉める。


薄明るかった廊下とは違って真っ暗な王の間。しばらくは何も見えなかったが、時間が経てば周囲の様子も徐々に見えてくる。広い空間の奥に、一段高い場所に位置している豪華な椅子。王族であるレオとマリアが見慣れているそれは、まさしく玉座だった。


目の慣れた2人は、扉からずいぶん離れている玉座へと近づく。遠目から見るだけではわからなかったが、所々に細かくも美しい装飾が施されていた。張りぼて用の王座にしてはずいぶん手が込んでいると感心してしまう。



「この下にいるとは言っていましたわね」



まったく恐れなど知らぬかのように、マリアがおもむろに玉座に手を当てて力を込める。思っていた通りと言うべきか、玉座はゆっくりとスライドし、地下へと続く階段が露わになった。マキージャを操り、戦争を招いた原因である『罠』へとたどり着く道が、今開かれたのだ。



「行きましょう、早いとこ終わらせないといけない」



「はい」



短いやり取りを終えた後、この王の間よりもさらに暗い地下への階段を下りていく。


独特のひんやりとした空気が体中を包み、それが一層気を引き締めてくれる。コツ、コツ、という靴が階段を叩く音も、心なしか心地よく思えてくる。


階段は思ったよりも短かった。時間にして数十秒という、極めて短い時間で地下の大部屋へと降り立ってしまう。てっきりもっとかかると思っていただけに、2人は何だか拍子抜けしてしまった。



「ここか・・・」



天井に吊るされている無数のランプのようなものによって生じる薄暗い光で包み込まれている部屋を目の当たりにし、レオがそう呟く。


上の王の間とほとんど同じ広さと造り。一見しただけでは、違いがよくわからないくらいだ。



「・・・天界の者じゃない。魔界からやってきたか」



凛とした声が、広い空間に響き渡った。


声の源は大部屋の奥に位置する、豪華で大きな玉座。それに腰かけ、レオとマリアに声をかけたのは、刹那と同じくらいの年齢であろう少女であった。


短い髪に、真っ白なローブに包まれているその小さな神女は、その名にふさわしい神々しさを放っており、天界の上層部の連中が称え、崇め、そして言いなりになることにも納得できるほどの雰囲気を醸し出していた。



「お前がこの世界の『罠』だな」



足を止め、レオが玉座の少女に確認を取る。



「そう呼ばれたの、本当に久しぶり。もう何百年もこの世界に留まっていたから、忘れるところだった」



無表情のまま、言葉を繰り出す神女。言葉の響きには懐かしさを感じさせる抑揚は一切なく、機会のような無機質な、極めて冷たい言い方だった。



「貴方が神女様ですわね? この戦争を引き起こしたのも、貴方?」


レオに次いで、マリアも質問をする。言葉には棘があり、いつものように優しく語りかけることはしない。することなど、できなかった。



「そう。私は神の使い、名前はジェノ。遥か昔にこの世界に降り立って、そして今まで天界を支配してきた。魔界に戦争を仕掛けたのは、天界も魔界も統一してしまえば、神の魂の器が世界に侵入した時もわかりやすくなるから。そうすれば、先々代の魔界の王の時のように勝手に討伐されることもない。もう少しで統一できるところだったのに、残念」



大して残念そうではないように神女は言う。それに反応を示したのは、マリアだった。



「・・・どういうことですの?」



「言葉通り。先々代である魔王の魂は、私が求めていたもの。こういった立場に着いているからそのことに気がつくのにずいぶん時間がかかった。でも、簡単に手は出せない。魔王は強かったし、人望のある人。強引に手を出そうとしても私1人ではさすがに無理だし、天界の軍を率いても魔王1人の力が強すぎて歯が立たない。だから・・・狂わせた」



「狂わせた?」



「そう、狂わせた。先々代の魔王が、いつからおかしくなり始めたかを覚えているか」



「・・・天界での会談の帰りからおかしくなったと聞いていますわ」



「会談で出した料理の中に劇薬を混ぜるよう命じた。思いのほか薬は効いて、魔王はすぐに狂い始めた。あとは簡単だった。いくら魔王が強くとも、魔界の兵と天界の兵、両方で叩いてしまえば問題はない。多勢に無勢、まさにこのこと」



ジェノの言葉に、マリアは衝撃と驚きを隠せない。この戦争のみならず、国中を恐怖のどん底に叩き落とされたあの恐怖政治を引き起こしたのも、目の前にいるジェノ。真実を知ったマリアが仰天するのも無理のない話であった。



「ただ、失敗した。頃合いを見て私が出て行って魂を奪取しようと思ったけど、予想していたよりもずっと早く魔王は討伐された。だから、今後そういうことのないよう、天界と魔界を統一しようと決めた。この戦争はそのため」



戦争という行為が命を著しく失わせる行為だということを、長い間裏の権力者として君臨してきたジェノが知らないはずがない。知りながらも戦争を引き起こそうとしているのだ。人の命を何よりも重んじるマリアにしてみれば、信じられない行為に他ならない。



「今度は私の番。『罠』の存在を知っているということは、器もこの世界に来ているということ?」



質疑に応答しているだけだったジェノが、初めて質問する側に回る。もともとこの世界に滞在する理由はそれなのだ。聞いておくのは当然のことである。



「あぁ、来ている。ただ、この場にはいない」



「やられる可能性を考慮して、安全な場所に避難させてるということ?」



「残念ながら違う。お前が差し向けた先行軍と戦ったせいで魔力をかなり消費してな、戦えなくなってるだけさ」



ジェノの質問に、レオは嘘をつくこともなく正直に答えた。居場所さえ言わなければ、別に本当のことを言ったところで問題などないのだ。嘘を言わなかったのは、質問したことを正直に話したジェノに対しての礼儀のつもりだった。



「なら、まだこの世界に滞在しているということ。そうなれば話は早い。あなた達を始末した後、虱潰しにこの世界を探させれば済む話」



言い終わってジェノが玉座から立ち上がり、身に余るほどの大きさであるローブから小さな手を出す。その手に握られているのは、先端に尖った刃先がついている、何やら不思議な模様を刻みこまれた白濁の棒であった。それが武器であることはジェノの態度でわかるが、果たしてどのようなものなのかまではわかりかねない。



「踊り狂って」



先ほどまではなかった殺気が漂い始め、それが戦闘開始の合図だと教えてくれる。疲弊しているレオとマリア、相手は万全の状態であるジェノ。状況は芳しくはないが、数だけでは勝っている。それを生かせば、ジェノの能力が未知数でも十分勝機はある。



「そうはさせん。お前にはここで消えてもらうぞ」



「度重なる人の命を弄ぶ貴方の行為、許すわけにはいきません。不本意ではありますが、武力で終わりにさせていただきます」



レオが腰の2ホルスターから丁の銃を抜き、マリアが拳を構える。

この世界の『罠』との戦いが開始された瞬間であった。




+++++




レオとマリアがジェノの居る地下へと侵入する少し前。魔力を消費し、疲労していた体を休めていた刹那は、何の前触れもなく突如鳴り響いた爆破音に驚いていた。



「な、何だ?」



音のした方に目をやってみると、綺麗な黄金比を築いていた宮殿の壁に大穴が開いているのが見え、近くにその破片と思われる塊がごろごろと転がっているのがわかる。


隠密行動をしなければならないはずなのに、こんな大胆な行動を取る2人の意図がわからなかったが、何か考えがあるのだろうと思って無理やり自分を納得させる。



「・・・大丈夫、かな」



その爆発のせいか、今まで考えなかった2人の安否が急に気になり始める。


戦闘に関しては手慣れている2人ではあるものの、相手は神の使い。できるだけ考えないようにしている『最悪なシナリオ』が、絶対に起こらないという保証などとこにもないのだ。


そのことがわかっているのに、今刹那はこうして敵の目につかないところでのうのうと休息を取っている。2人が今も戦っているかもしれないのにだ。そのことを考えると、途端に今の休息が恥ずかしく思えてきて、挙句には罪悪感さえもが襲ってくる。



「・・・行きたいな」



それが刹那の本心。行って、そしてレオとマリアと共に『罠』と戦いたいというのが、刹那の本心である。


だが、魔力の消費は今までにないくらい激しいものだ。『眼』が使用できるようになってからまだ1日も経っていないのにそれを多用し、現にこうして戦うことなどできないほど魔力を浪費したのだから。


そんな状態で行っても、邪魔になるだけ。レオとマリアが『罠』の元へ行く前に、自らの行きたい願望を押しとどめ、無理やりそれを自身に納得させたのも、邪魔になりたくない一心からであった。


でも、やはり納得しきれてはいなかった。2人が戦っているのに、自分だけが休んでいるなどできない。共に、『罠』と戦うべきなのだ。そうすれば、万が一『最悪のシナリオ』が起こっても、後悔しないで済む。やらないでそれを迎えるのと、やるだけやってそれを迎えるのとでは全然違う。



「・・・行こう」



重い体を、無理やり立ち上がらせてみる。先ほどまでは具合が悪く、吐き気さえしたものの、少し休んでみれば随分と楽になっていた。もちろん、戦いにおける『眼』の使用できる時間はかなり短くなってしまうが、それでも2、3秒程度の使用ならば問題はない。短時間の休息でここまで魔力を復できた自分の体に、今は感謝する他ない。



「爆発があったのは、あの辺りだから・・・近くに何かがあるってことだよな」



レオがあれだけの騒ぎを意図的に起こしたとなれば、あの近辺で『そうせざるを得ない状況』があったからに違いない。そうでなければ、わざわざこの静寂を崩し、敵に感づかれるような真似に説明がつかないからだ。大方、敵の目を一時的に逸らすためだろう。


とすると、あの爆発した先に『罠』がいる可能性が高い。そこへ行けば、レオもマリアもいる。刹那自身、戦いに赴くことができる。


幸い城内の騎士たちは、先ほどの爆発は外からの攻撃だと思ったらしく、穴の開いた壁の外側に集結しつつある。つまりそれは、城内の警備が笊のように潜り抜けやすくなったということ。チャンスは今。行くとするならば、それは今しかない。



「よし、行くぞ!」



自分を奮起するようにそう気合を入れ、刹那は宮殿内部へと侵入していったのだった。


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