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第83話 魔界編18

天界からやってきた騎士の攻撃を防ぎ、そして鎮圧させてからまる5時間。いつもなら暗闇に沈むような時間帯であるのだが、厚い雲が払われた今、魔界全土に眩い月光が降り注ぎ、そのおかげで街の人々も、夜遅くまで自らの家の改修作業に取りかかれたようだった。


何も知らされていなかった人々であったが、いざ事情を説明してみると持ち前の明るさと許容力の大きさでそのことに頷き、進んで後始末をしてくれた。といっても、修復箇所はマリアが騎士を叩きこんで破壊した家が大半であり、その他は何もしなくても問題がないほど修復の余地がなかった。


その修復作業には地下に隠れていたリリアと風花も加わり、街の人々と混じって汗を流していた。リリアの容姿はこの騒動の原因である神族のものであるが、街の人々は異世界の旅人であるということを承知していることに加え、被害者の人以上に働いたこともあり、よそよそしい態度も取られず、騎士たちの責任を転嫁しようともせず、ひたすら自分たちのために働いてくれたリリアに感謝した。


風花もリリアと同様、作業を人一倍頑張り、働き、笑顔を絶やさなかった。マリアのような聖母を連想させる類の笑顔ではなかったが、無邪気で子供のようなその笑顔は、作業に疲れた人々の気力を回復させるに至った。


後先を考えず、みすみす家を破壊してしまったことを、マリアは人々に詫びた。許されるべき行為ではないと、マリアは本当に申し訳なさそうに謝罪したのだが、守るべきである国民の家を破壊した怒りよりも、家々を貫通するような大穴を、あの華奢で上品なマリアが開けたことに人々は驚いたようであった。


原因がメルゼを傷つけられたことだと知らされると、国民はやっぱりかと笑いながら、あっさりとマリアを許した。メルゼを送り届けたあと、真っ先に国民へ説明したのはマリアであるのに加え、改修作業も自ら進んで行い、さらにメルゼに対しての『惚気』を聞かされては、いくら家を破壊されたからといって本気で怒る人物など、この街のどこにもいなかった。


倒された騎士たちの安否であるが、総勢200名のうち、死者は兵士たちが相手をした20人程度で、残りの騎士たちは怪我こそしているものの、しっかりと生存している。それらは全員牢へと入れられたわけだが、メルゼの判断でひとまず捕虜という形で生かしておくことに決められた。むやみやたらに殺すのは性に合わないことに加え、武器のない騎士たちが今更何をしようと問題なかったからである。


例の『魂を壊す武器』は、1つ残らずメルゼの目の前で壊された。1人1つずつ持ち合わせていたということで200個すべてを壊すことには骨が折れたが、その苦労をしてまでも破壊しなければならなかった。こんな恐ろしい武器をいつまでも保管しておいたのでは、万が一乱心者が現れた場合、とんでもないことになりうるからである。


そして、月ももう西の空に傾き始めた時間になって、ようやく天界の攻撃の処理を終わらせることができた。街の護衛にあたる兵士の数も通常の倍以上増やし、夜間の攻撃にも十分備えた後、メルゼと刹那たちはやっと合流したのだった。


現在位置は、メルゼの部屋。間一髪でマリアが救出したとは言え、戦闘による膨大な魔力の消費と肉体の疲労はメルゼの体の自由を奪うことになってしまった。結果、メルゼはしばらくベッドから起き上がれず、この部屋にて話し合いを行うことになったわけである。



「寝たままで悪いな。どうも、しばらく起き上がれそうにねぇ」



ベッドに寝ていたメルゼが、照れたように薄く笑ってそう言う。

言葉を発するだけでもつらいのか、表情にいまいち元気がないように見える。



「それはいいんですけど・・・まさかマリアさんが『あれ』をやったなんて・・・」



「はい、私もあそこまでやるつもりはなかったのですが・・・」



刹那の言葉に、マリアがしゅん、とうなだれる。

怒りに任せて街を破壊したことを、マリアは心底後悔しているらしく、そのことを許された今でも良心に痛みが走るようであった。



「マリアさん、とっても強かったんですね! 私、びっくりしました!」



きらきらと目を輝かせて、マリアを見るリリア。その目はまさに、幼い子供がヒーローでも見るかのように純粋で、穢れのないものであった。



「い、いえ、そんなことは決して・・・」



「謙遜することはないだろう。接近戦の極意ってのを、できるならご教授願いたかった」



マリアの言葉を遮り、レオまでがそんなことを言い出す。どうやら、聖母のような表情をしているマリアがあそこまで強いということが意外だったらしく、心からの賛美の言葉を送っていた。



「はいは~い、マリアさん困ってるからそこまで~。今話し合うことはそれじゃないよね~?」



その話題を転換させるように、風花が呑気にそう言う。確かに、今はそういった類の話をしている場合ではない。天界からの襲撃があった今、自分たちは何をすべきかを話し合わなければならないのだ。


風花の言葉の裏を読み取った一同は頷き、それぞれ空気を引き締める。



「それじゃ、真面目なお話、といくか」



それを皮切りに、話は始まった。



「今回の天界からの騎士たちは、たぶん先行軍だ。これから本群が攻めてくるに違いねぇ」



「なぜそう言い切れる?」



レオがメルゼの言葉を疑問に思い、それを口に出す。



「人数があまりにも少なすぎたからだ。天界の軍隊があれだけのはずがねぇんだ。

きっと、すぐにでもあれ以上のやつらが押し寄せてくる」



あれ以上・・・。大打撃といっても過言でないあの被害を与えたあの騎士たちよりも、さらに強く、そして多い数の騎士が攻めてくる。


一応はそれらを鎮圧はできたとはいえ、その騎士の大半を倒したメルゼがこうなってしまっては、もはや撃退することは難しいだろう。各個が奮闘し、実力を十二分に発揮したとしても、多勢に無勢。大量の群で、押しつぶされるが如く蹂躙されるのは目に見えている。



「なら、どうするんだ。ここで待ち受けるわけにはいかないんだろう?」



レオがそう尋ねる。

その問いに、メルゼは仕方なし、といった具合に言う。



「やられる前にやれ、だな。攻めてこられる前に、攻めるんだ」



そのメルゼの言葉に、一同はしばらく呆然とする。


天界と魔界。天と地にある2つの国。まったく逆に位置する国同士なのに、天界だけが一方的に攻撃を仕掛けてこられるのは、地形に理由がある。天界はただ降りてくるだけでいいが、魔界が天界に向かうとなればそう簡単な話にはならない。上がろうとしても、重力がそれを許さないのだ。


そのことをわかっているはずなのに、メルゼは天界へ攻める、と言っている。不可能だということを知っているはずなのに、そう言っている。



「・・・何か考えがあるののですか?」



訝しげに、マリアがそう言う。マリア自身も、天界へ攻め込む方法などないと重々わかっているのだろう。

マリアの言葉にメルゼは無言で頷き、そして刹那を見る。



「刹那。お前、『眼』を発動させたら、真っ黒な翼が生えるんだったな」



「ん? そうだけど・・・って、え?」



予感めいたものがあったのか、刹那は驚愕の声をあげる。

空にある国。そして飛行できる翼。この2つが導き出す答えは、1つしかない。



「刹那、お前が移動手段だ。それしかない」



その場にいた一同が、揃って刹那を見る。目には驚愕の色が浮かんでおり、そしてそれは刹那さえも驚くべきことであった。


確かに、空中に位置する天界へと向かうのならば、飛ぶことのできる刹那の能力はうってつけであり、飛行手段のない魔界の人間が天界へ行くことのできる唯一の方法だ。

だが、問題がある。それも、複数の。それを、レオがメルゼに突きつける。



「刹那が飛べても、1人しか行けないだろう」



「『眼』を使ってる時は、普通に身体強化するよりもずっと強くなる。

鉄板か何かを刹那が担げば、その上に乗って何人かは行けるだろう」



「それでも、行ける人数なんてたかが知れている。その人数じゃ、天界を落とすことなんて無理だ」



「正面からぶつかればな。だが、隠密裏に行動すればそうとも言えない。誰にも悟られないようにして、そしてお前らの目的を果たせばいい。戦いの原因がその『罠』だとしたら、そうすれば全部が全部丸く収まるはずだ」



「・・・『眼』を使っている間は、著しく魔力を消費する。

刹那に、天界まで行けるような魔力はない。途中で力尽きる」



「わかってる。ここから天界まで、かなりの距離がある。レオ、お前の言う通り、刹那の魔力じゃそこへはたどりつくことはできねぇ。だから・・・その距離を縮める」



「? どうやってだ」



「大砲を使う。この国で一番でかくて、破壊力のあるやつだ。それに刹那が入って打ち上げれば、まともに飛んで天界へ行く距離の半分で済むはずだ」



「・・・そんなことをして、刹那は無事で済むのか?」



「問題ない。対爆撃用の防具を付けてもらうつもりだし、身体の強化と合わせれば大丈夫だ」



「・・・・・」



もうレオの口から問題点が挙がることはない。思い浮かんだ問題はすべて解決され、そして今、天界への攻め込むための方法がここに確定された。


その作戦の肝である刹那は何やら不安げな顔をしていたが、それしか方法はないと割り切っているのだろう、しきりにうんうんと頷いていた。



「行くメンバーだが・・・刹那、レオ、マリア。お前ら3人で行ってくれ」



その言葉に驚愕したのは、マリアであった。まさか自分の名を呼ばれることなど、思ってもみなかったと言わんばかりの表情で、マリアはメルゼを見つめ、その真意を尋ねる。



「あの、メルゼ様。私はここにいて、あなたをお守りしなければならないのですが・・・」



「作戦が成功しなけりゃ、この国は終わる。お前がいくら必死になったところで、天界の軍が押し寄せてきたら殺される他ねぇ。だから行ってくれ。お前がいないのといるのとじゃ、戦力がまるで違う」



「・・・・・」



メルゼの言葉は正しい。軍が押し寄せる前に天界へ赴き、争いの種を取り除かなければ、この国は滅ぶ。メルゼの言う通り、マリアは強い。そのマリアがメンバーに加わるのと加わらないのでは、状況がまるで違う。だから、マリアは行かなければならない。


理屈ではわかっている。だがしかし、マリアは傷ついたメルゼを放置してここを離れるわけにはいかなかった。メルゼのそばを離れることが不安なのである。


できれば、ずっとそばにいて、万が一敵が攻めて時は、全身全霊を掛けて守ってやりたい。ここまでボロボロになるまで国のために戦ったメルゼの、自分の愛する最高の夫のそばに居たい。

マリアが天界に行くことを渋った原因が、それだった。



「・・・頼む」



そのマリアの顔を見つめて、メルゼが言う。心中は察しているのか言い訳など言わず、ただ一言、それだけを言ってマリアの返答を待った。

ほんの少しだけ沈黙し、マリアは顔をあげた。



「かしこまりましたわ。行きます。行って・・・この国を守ります」



真っ直ぐにメルゼの目を見定め、マリアはそう言った。先ほどの不安でいっぱいだった表情はもうなく、いつもと変わらぬ、柔らかな笑顔でそれは彩られていた。



「あぁ、よろしく頼む。・・・すまんな、マリア」



「いいえ、お任せください」



互いの表情を見て、そして2人は薄く笑った。その2人は、今どのような感情でいるのかは、その場にいる者にはわからなかった。



「出発はいつだ?」



レオが、再びメルゼに尋ねる。



「今すぐだ。時間も深夜を過ぎててちょうどいいし、遅くなればなるほど天界のやつらに時間を与えることになる。だから早ければ早いほうがいい」



今こうしている間にも、天界は魔界へ攻め込む準備をしているに違いない。いや、もう実は準備はできていて、攻め込む機会をうかがっているかもしれない。猶予はもはや、ほとんどないと考えて間違いないのだ。



「マリア、準備のほうを頼む。刹那、レオ、お前らは準備ができるまで休んでおけ」



言葉に3人が頷き、マリアが部屋を出ていく。おそらく、刹那を飛ばす大型の大砲の準備だろう。



「えっと・・・あの、すみません。私たちは、どうすればいいんですか?」



恐る恐るリリアがメルゼに尋ねる。刹那とレオは天界へ、では残った自分と風花は何をすればいいのか、それがわかっていないようだった。



「作戦の無事を祈っていてくれ。安心しろ、例え軍が攻め込んできても、お前たち2人だけは絶対守ってみせる。大事な客人だからな」



そうメルゼに言われて、リリアはしゅんと項垂れる。


ただ待っているだけ。先行軍が攻めてきた時も、リリアたちは戦いが終わるのを黙って待っているだけだった。心配で、怖くて、何もできなくて、ただ無事でいますようにと祈ることしかできなかった。


そして、今もその時と同じ。この世界の『罠』を外そうと、天界へと乗り込もうとしている3人をただ黙って見送ることしかできない。何かしたいのに、何もできない。ただ無事に帰ってくるようにと、祈ることしかできない。



「・・・お留守番か~。わかってたけど、やっぱり心配だねぇ」



はぁ~、と風花は長い溜息をつく。3人を心配しているのは何もリリアだけではない。風花もまた、見送るだけという立場に己の無力さを感じずにはいられないようだった。



「こういうことは何度もあったろ? 俺たちは乗り越えてきた。だから、今回もきっと大丈夫だ」



様々な世界を旅し、その度に危険な目に遭ってきたが、戦ってきた刹那とレオはいずれにしても命は落とさなかった。無傷でこそ済まなかったが、状況をしっかりと判断し、決してパニックを起こさず、そして窮地を乗り越えてきた。だから、今回もきっと無事に帰ってくる。傷を負わず帰ってくることは難しいかもしれないが、必ず生きて帰ってみせる。


そういった意を込め、レオは2人を説き伏せる。ただ穏やかに、語りかけるように。


レオの言いたいことを理解したのか、2人は顔を見合わせて渋々頷いた。それでも、やはり心配なのは変わりないようだった。



「それじゃ、決まりだな。みんな、よろしく頼む」



メルゼが頭を下げてそう言う。

その言葉に、誰も、何も言わず、ただ頷くことで己らの決意を表明した。


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