第8話 近未来編3
「10年前、異変は起こりました。今まで作ったことの無かった戦闘用ロボットの生産機や兵器を作り始めたのです。人々は不信に思いましたが、AIのことを信じ、目をつむっていました。もちろん私たちも含めてね」
リーマスは指を絡めさせるのをやめたが、代わりに右手ぐっと握り、それを左手で包み込むように構えなおした。
「しかしその3年後、私たちの期待は見事に裏切られました。AIの作ったロボットは大量生産した兵器を利用し、人間を殺し始めました。私たち人間は必死に逃げました。一部の人は武器を持って戦いましたが、長い間争いなどなかったもので、抵抗も無駄に終わりました。当時千人以上はいた人間も、今は200人もいません」
悔しそうにリーマスは刹那に言った。
それを聞いた後、刹那には、リーマスが悔しさの右手を左手で隠しているように見えた。
自分たちが裏切られた悲しさ。違和感を覚えたときにすぐ検査しなかった自分のミス。
何も出来ずにただ逃げ回っていた自分の無力さ。
それらを、隠すような、まるでそんな仕草。リーマスの話を聞き、あることが思い浮かぶ。
{200もいない、ということはまだ人は存在している、て事だよな}
さっき見たぼろを着た子ども、人はまだ存在している、生活用品が製造されていない、大量のテント、これらのキーワードが意味するもの。
{まさか・・・・・・}
嫌な予感が、頭をよぎる。刹那は少々慌てて『確認』する。
「それじゃあ、さっきのテントの中の人たちは」
リーマスは深くうなずいて刹那に『確認』に答えた。
「その通りです。テントの中の人、その人たちはロボットの殺戮から逃れた人々です。みんな食料も作ることができないので、非常食でなんとか持ちこたえていますが・・・・・」
「もうすぐ、在庫が尽きてしまう、ってことですか」
刹那は、リーマスの口ごもった先と自分の考えが合っているかの確認のため、リーマスに問い出した。嫌な予感は的中していた。テントの中の人々は、ロボットの支配から逃れた人たち、裏切りによりショックと絶望感を味わった人たち。もちろんその中には、親族が目の前で殺された人もいるだろう。そんな中、必死に逃げてきた人たちだった。
案の定、リーマスは再びうなづき、そして語りだした。
「それは置いといて続きを話しましょうか。私たち兄弟はAIが人を襲うことに疑問を抱き、その原因を解明すべくAIにハッキングを繰り返しました。原因を探るのに時間はかかりませんでした。AIを狂わせた原因、それはウイルスによるものでした。その原因を知ったとき、私たちはあることに疑問を覚えました。それは・・・・・・」
「どんなウイルスも進入不可能のファイヤーウォールをくぐりぬけて感染することなんてありえなかったからだ」
再びクリスが割って入るが、さきほどのふざけた様子は無く、真剣な口調だった。
{あれ?}
刹那の頭に疑問が浮かぶ。浮かぶと同時に、
「何で進入不可能のファイヤーウォールがあるのに、ハッキングなんて難しいことがそんなに時間がかからず成功したんだ?」
刹那はリーマスに聞いていた。リーマスはしまったと言わんとばかりにあっ、と口を開け、言い忘れた事を刹那に伝えた。
「すいません、言い忘れてしまいましたね。実は調べて分かったことなんですが、ウイルスによってファイヤーウォールのシステムが解除されていたんです。それでいとも簡単に進入できたってわけです」
リーマスは頭をかきながら刹那に伝えた。
{ぁ、なるほどな}
リーマスの説明を聞くと刹那はうんうんと、熱心にうなずいていた。
リーマスたちは、刹那のその様子がおかしくて、つい大事な話なのにふっ、と笑ってしまっていた。
「さて、続きを話します。私たちはそのウイルスを滅するべく、研究を続けてきました。AIに感染したウイルスは、そんじょそこらのウイルスバスターの攻撃にはびくともしません。だからこそ・・・・・」
「強力なワクチンソフトが必要だったんです」
ロックスも、真面目な口調で割り込む。それゆえ、リーマスは何も言わなかった。リーマスはロックスのことには触れず、続きを話した。
「私たち兄弟は、AIのウイルスに通じるようなワクチンソフトを作り続けてきました。世界中のワクチンを合わせ、どんなウイルスにも対抗できるワクチンを。そしてつい最近になってようやく完成したのです。AIに巣くうウイルスを消滅させることの出来る、まさに最強のワクチンソフトを」
言い終わったと同時に、リーマスは席を立った。そして奥のほうへ歩をすすめ、一番大きなコンピュータについていたボタンを押した。
すると、ウィーンと音を立てコンピュータの上にある機械の壁が開き、中から一枚の黄色いフロッピーディスクが姿を現した。リーマスはそれを手に取ると、再び席に着いた。
「これがそのワクチンソフトです。最初で最後の対ウイルス用の武器です」
そういうと、そのワクチンソフトを刹那に手渡した。
刹那は少しためらってからそれを受け取った。見かけどうりの重量のソフトは、なんともいえない威圧感を出していた。
刹那の真剣な様子を、申し訳ないと思いながらリーマスは、
「しかし、このソフトは一つ欠陥があるのです。それは・・・・・・・」
「送信してしまうとたちまち効力を失い、ただのふざけたプログラムになってしまうこと」
欠陥を伝えようとするが、再びクリスとロックス、二人に邪魔された。しかし、リーマスはめげずに刹那に続きを伝える。
「その通りです。このソフトは、この施設にあるコンピュータを使ってAIに送信してしまうとたちまち効力を失ってしまい、効果がなくなるのです。ゆえにAIのコンピュータに直接入れなければなりません。しかし、我々には戦うすべがなくAIにたどり着くことなど不可能です。そこで、戦闘ロボットに対抗できる人間が必要だったのです」
嫌な予感がした。
{まさかな、そんなこと、いやでも}
そんなことはない、と思ってもやっぱり浮かんできてしまう。
「私が外の見回りをしているときに不意に戦闘ロボット襲われました。そのときに私は刹那さんに助けられました。私はそのときに思いました。この人なら、と」
言わないでくれ、それ以上先は。
心の中でそう願うが、
「刹那さん、お願いがあるのです。刹那さんの力でAIまでの道を切り開いていただきたいのです」
言われてしまった。もっとも最悪で、もっとも恐れていたケース。
先ほど倒したようなロボットが多数存在している場所へと行ってくれと、そう言われてしまった。
「いや、あの、さっきのは、なんというか、その、自分でも良く分かっていないって言うか、その、つまり、使いたいときに使えない、ていうわけで、その・・・・・」
必死に弁解を試みるが、
「お願いします!人々のためにも、ウイルスによっておかしくなっているAIのためにも、どうかお願いします!」
ここまで、必死になられたのでは断るわけにもいかない。
本当のことを言うと、刹那も恐怖におびえている人たちを救いたかった。断ったのも、自分が死地に行かされることの恐怖感からではなく、あの能力をうまく使いこなせずに何も出来ないまま、殺されて、人々が更なる恐怖感に襲われることの怖さからだった。何も出来ない自分に期待されたことが、怖かった。もちろん、命の関係している期待など初めてだったから余計に怖かった。
あの能力が使えれば、あの黒い大剣さえ出てくれれば・・・・・・・
行きたかった、救ってやりたかった。この恐怖から、絶望から。でも、
{使えないんだよな・・・・・・・}
無力、という言葉がピッタリなのだろうか、嫌でもそんな単語が頭に浮かんでくる。
せめて、リーマスに伝えよう。
「リーマスさん、実はあの能力、まだうまく使えないんです。自分でもあれが何なのかすら分かっていないんです」
さっきの動揺した言葉とは逆に、しっかりと、誠意を持って伝えた。
「本当なんですか?それ?」
本当に驚いたみたいだった。しかし、嘘です、と言えるわけでもなく(言っても能力が開花するわけでもないのだが)ただ、深く頷いた。
リーマスはがっかりしたようだった。希望が、唯一の希望が、今ここで絶たれたのだから。
パンッ!!!!
いきなり音がした。どうやら手をたたいた音のようだ。
音のしたほうを見てみると、クリスが両手を合わせている。犯人はクリスだった。
「よし」
それだけ言うと、刹那のほうに向かって歩いてくる。
「リーマス、お前は刹那に助けてもらったと言っていたな。どうやって助けてもらった?」
歩きながらリーマスに聞いた。
「黒い大きな剣でp-8050を真っ二つ、だけど・・・・・・」
弱弱しくリーマスは答える。(リーマスは姉であるクリスに頭が上がらないらしい)
それを聞いたクリスはにやりと、何か企んでいそうな笑い刹那のほうを見た。
「あ、あの〜・・・・・・・」
近くまでクリスが迫ってきた。見下ろされている、まさにそんな光景だった。
「じゃあ刹那、お前がその力を発動させたことは何回ある?」
突然聞かれた発動回数。わからないわけがない、その数、
「に、二回です」
あわてて刹那は答えた。
「そうか、二回か」
にやりと不敵な笑みを浮かべたクリスは、なんともいえない重圧感にあふれていた。
なんだか怖い、そんな感情が刹那に芽生えた。恐怖感など、そういう類ではなく、なんとなく怖い。
「一回目はまぐれかもしれないが、二回目はそんなのではない。二回も出来たんだから三回目も出来るはずだな」
「姉さん、まさか・・・・・・」
ロックスはあわてて言葉を放った。その額には、少量の汗がにじみ出ていた。
刹那にはクリスの意図が分からなかった。二回目も出来たのだから三回目もできる?
使いこなせることなら使いこなしたい、その力で人々を助けたい。
しかし出来ない、だったらどうしようというのか。
「出来ないと最初から諦めるのではなく、結果がどうあったとしてもやってみるんだ。それでだめなら諦めてまた別の方法を探せばいいのだ」
とにかくやってみる。
{そうだな・・・・・・}
リーマスの話を聞く限り、こちらの状況も限界らしい。自分が唯一の希望ならば、
{やってみようかな、やれるだけ}
やろう、やってみよう。
そんな感情がわいてきた。
「わかりました、やれるだけやってみます」