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第79話 魔界編14

訓練中であった刹那たち3人は、何の前触れもなしに開けた青空に驚愕していた。


天界の支配下にあるあの厚い雲が、自然に消え失せるなどということは絶対にない、と今朝話したばかりである。それがこのように快晴に近い状態の晴れになったのであれば、天界側がわざと雲を取り払ったとしか考えられない。


加えて、徐々に今自分たちがいる城と、マリア達が徘徊している街に降下してきている、無数の黒い物体。刹那とメルゼは何なのかわかっていなかったが、レオだけはその正体がつかめていた。これは、幼いころから遠くの的を狙い撃つ訓練を続けてきたレオの視力が、常人に比べて著しく成長したためである。


その黒い正体は、人だった。純白の厳つい鎧を纏い、十字に刃が重なっている槍と持ち主の体格の同等のサイズの盾を構えているその様は、まさに聖騎士の名に相応しい姿。太陽の光が背後から差し込んでいるせいで、真っ白に染まっている騎士の大群は、正体不明の黒い物体としか人々の目には映らなかったのだ。



「メルゼ! あれは天界の兵隊だ!」



「あにぃ!?」



レオの言葉に驚くものの、城と街、2つの部隊に分かれ始めた騎士たちを見て、メルゼの思考はようやく再起動した。



「誰かいるかぁ!! いるなら来いっ!!」



びりびりと耳に突きささるような怒鳴り声をあげ、近くにいるはずの兵士を呼ぶ。声の大きさもあってか、すぐさま兵士の1人が駆けてきた。



「はっ! どうなされましたか」



恭しく膝をつき、メルゼの言葉を待つ。



「城の守りを固めろと守備兵長たちに伝えてこい! 時間はろくにねぇから、なるべく早く!」



「御意!」



メルゼの命を受けた兵士はすぐさま立ち上がると、そのまま城の中へと駆けて行った。



「・・・まずいな」



天界の騎士たちが城へ攻め込んでくるまでに残されている時間など、たかがしれている。おおよそ3、4分と言ったところだ。そんな短い時間の中をいくら急いだところで、準備が整っていない状態で戦わざるを得ないということは、目に見えた事実だった。


兵の人数だけは勝っているとしても、相手は地面を空に浮かばせることのできるほどの技術を持った天界。何か手ぶらで攻めてくるとは考えにくい。おそらく、1人ずつに『魂を破壊する』あの武器を持たせているはずだ。初めてあの兵器を見てから何十年と経っているから形状も変化しているかもしれないし、もっと恐ろしい機能も搭載しているかもしれない。


何にせよ、戦況が不利なのは変わりない。いや、それよりも心配なのは国民だ。城よりも遥かに守りの薄いため、街は多大な被害を受けることになる。


今から城の兵を向かわせる余裕はない。それどころか、全兵士を城に招集しても足りないくらいだ。となれば、取るべき選択肢は、ただ1つ。



「刹那、レオ、やってくれるか?」



「もともとこっちはそのつもりだ」



言いながら、レオは銃をホルスターから取り出す。表情にも一切の迷いはなく、言葉通り本当に最初から『やる』つもりだったらしい。



「俺もやるよ。どこまでやれるか、わからないけど」



漆黒の大剣を手にしたまま、刹那もまたレオと同様にそう答えた。自信なさげに答えるのは、今回の訓練でメルゼに何度も負かされたせいだろう。

2人の了承を得たメルゼは1度だけ頷き、そして言う。



「あぁ、2人とも頼む。1つだけ、魂を破壊する武器にだけは気をつけろ。当たったら最期だぞ」



メルゼは魂を破壊された者を目の当たりにしているため、その恐怖を十二分に理解している。だからこそ、その武器の脅威を知らない刹那とレオに言葉だけでも伝えておきたかった。『知らない』ということは、それだけで脅威となるからだ。



「もう俺がその武器を見てからもう十何年経ってる。

形状は変わってるだろうから、あえて言わないでおく。教えたら油断するだろうからな」



「やられる前にやれ、ということか?」



「そういうことだ。何かされると思ったら、される前にやるんだ。

敵よりも、まず自分の命だからな、よく覚えておけ」



「わかった」



「・・・・・」



メルゼの言うことを素直に了承したレオとは対照的に、刹那は無言で頷くだけだった。



「よし、ならお前たちはここを頼む。一歩も城に侵入させないつもりで頼む」



「あんたはどうするんだ? ここでやるんじゃないのか?」



「いや、ここはお前たちと兵士たちに任せる。俺は・・・」



瞬時に魔力を活性化させ、メルゼは城壁の上へと跳ぶ。

同時に結晶を形成し、細長い剣を握ったまま、叫ぶようにして言う。



「街のほうに行く!」



それだけを言い残し、メルゼは人々の待つ街まで全力で跳ぶ。

空から落ちてくる天界の騎士たちを単独で撃墜せんと、メルゼはただ必死に跳んだ。





+++++





長い間、晴れることのなかった魔界の空が、何の前触れもなしに晴れ渡ったことに驚愕の色を隠せていない城下街の人々とは対照的に、マリアだけはその晴れが意味することを理解し、焦りの表情を浮かべていた。


あの分厚い雲が取り除かれたことにより、天界が何らかの動きを見せないわけがない。天候を操っているのは天界だという情報を、マリアだってわかっている。それくらいなら容易に想像できる。


さらに、空から落ちてくる物体。時間と共に姿が顕著になってきているそれは、もはや誰が見ても天界から舞い降りた敵でしかなかった。呆気に取られ、動くことを忘れていた人々も、敵の出現に混乱してわけのわからない行動を取る可能性だってある。


となれば、マリア自身が取るべき行動も、おのずと限定されてくる。とにかく、冷静になった皆を家の中へと待機させなければならない。本来ならば安全な城へと避難させたいのだが、敵がやってくる時間を考えれば、そんなことをしている暇などない。



「みなさん! とにかく家の中へと入ってください!

何があったしても、決して外に出てはいけません!」



そう叫び、動けないでいる人々に避難を促す。呆気に取られていた人々も、マリアの透き通るような声で我に返り、そしてざわつきだした。何があったのかわからないまま、動くことなどできない、ということだろう。



「ま、マリア様ぁ、何があったんですか?」



若い女性がマリアの元に駆けて来て、不安そうにそう尋ねる。それを皮切りに、周囲にいた人たちもマリアの元へ集まる。さながら、大木に集う小鳥たちのようであった。



「何年も晴れなかった空が、いきなり晴れたのです。何か不吉なことがあるかもしれません。

念のため、皆さんは家の中へと隠れていてください。と言っても、いつも通りではダメですよ。

万が一に備えて、地下に入ってください。その際、決して外に出てはなりません。よろしいですか?」



こんな時にもマリアは笑顔を絶やさず、なるべく不安を煽らないよう心がける。その笑顔のせいもあってか、マリアの周りにいる人々も、別に大したことではないのだろう、と落ち着きを取り戻し、徐々にではあるが家の中へと避難していった。


次々と人々の避難が完了し、外には兵士たちしか見当たらなくなった頃に、おずおずとリリアが話しかける。



「・・・マリアさん、これってもしかして・・・」



「ええ、察しの通りです。敵が攻めてきたようです」



「えっと~、私たちって~、もしかして危ない状況なんですか~?」



「ええ、ですから、一刻も早く戻りましょう。非戦闘員である私たちがいれば、邪魔になります」



リリアと風花は、戦闘手段を持っていない。となれば、逃げ回ることしかできないということになる。そうなれば、兵たちの手を一々煩わせることになり、敵の攻撃を受ける際の邪魔にしかならない。

それを悟っているマリアは2人を急かし、城へと急ぎ足で向かう。早くしなければ、敵が来る。



「? マリアさん! あれっ!」



不意に、リリアが驚きの声を上げ、空を指さす。

何事かと思い、マリアはリリアの指の先を見てみる。

晴れた空の青さとは不似合いの、黒い王族の服を纏ったよく見慣れた男が、細長い剣を肩に乗せて家々を足場に跳んでいくのが見えた。


方向は、街へ接近している無数の騎士たち。凄まじい速さで移動している彼の性格を熟知しているマリアは、その男が何をしようとしているのかを容易に想像できた。


おそらく、単独で天界の奴等を撃破しようというのだろう。街の兵たちはあくまで防衛のために置き、攻撃だけはメルゼだけが行う。そうすれば、万一メルゼが敵を逃したとしても、防衛している兵士たちが何とかしてくれる。


相変わらずの無鉄砲さに、マリアは呆れてため息しかできない。ちょっとは『それ』を見守らなければならない者のことを考えて欲しいものだと、思わずにはいられない。



「1人ですか~・・・それって、危ないんじゃないんですか~?」



さすがに単騎で敵の群に突っ込むことを不安に思ったのか、風花がマリアにそう尋ねる。



「・・・危険ですわ、もちろん。でも、そういう危ないことを平気でやるのが、あの人なんです」



口ではそう言っているが、マリアの表情に不安の色はまったく見えない。それはまるで、子供のわがままを仕方なく聞くことにした母親のような顔だった。決してメルゼの行動を快く思っているわけではないが、無事に帰ってくることを信じているような、そんな表情をしていた。



「さぁ、参りましょう。メルゼ様が相手をなさっているうちに、早く」



マリアの言うことに2人は頷き、城へ向かって歩を進める。一刻も早く、この客人を安全な場所へと避難させなければ、という使命感に駆られたマリアは、とにかく急ごうとする。


だが、ふと自分たちを追い越していく無数の小さな影に気がつく。

背中に冷たいものが走り、まさかと思い空を見る。



「・・・!? 別部隊が!」



マリアの目に入ってきた物は、メルゼが相手に向かった街の部隊とはまた違う、城へと向かっている別部隊。眩い太陽に紛れ、上など向かず前ばかり向いて走っていたマリアには、その姿を捉えることなどできやしなかった。


その別部隊が城に向かっているという事実。それは、もはや城は安全ではなくなってしまったことを示している。メルゼは街の外で迎え撃とうとしているが、城の兵士たちは城の敷地内で迎え撃とうとしている。これでは城に行ったところで、巻き込まれてしまうのが関の山だ。



「マリアさん・・・お城は?」



不安に駆られたリリアが、小動物のように微かに体を震わせながらそう尋ねる。それは、自分たちが安全な場所に避難することができなくなってしまったことの不安ではなく、城の中にいるレオと刹那のことを心配した上の不安であった。



「・・・おそらく、2手に分かれたようです。街と、城とで。

街はメルゼ様が、城は刹那くんたちが迎え撃つ、という算段だと思います」



「それだと~、刹那君たちが矢面に立たされる、ってこと~?」



「・・・その通りです。ごめんなさい、そんな危険なことをさせるつもりはなかったのに」



きゅっと唇を噛み、悔しそうにマリアは言った。我が子と客人を、みすみす危険な目に遭わせてしまったことの後悔であった。



「あの2人なら~、大丈夫だと思うよ~」



この状況で、風花は別に何でもないように呑気な声を上げる。



「刹那君もレオも、どっちもちゃんとした力があるから~、そんなに心配しなくてもいいと思うよ~?

それに~、無理なら無理でちゃんと引き際がわかるだろうしね~」



確かに、それは風花の言う通りである。刹那は戦闘の経験が浅いものの、レナやメルゼと言った強者との訓練を受けている。さすがにその2人には劣りはするが、決して弱いわけではない。現に、雷牙たちの世界では『人形』の1体を撃破してみせたのだ。それを考えれば、そこら兵士よりよっぽど強力のはずである。


レオのほうだって、何度もこういった戦闘は経験しているし、実力だって申し分ない。さらには戦闘において重要なことである冷静さも持ち合わせている。決して無理はせず、撃破が難しいとわかったら退くことのできる判断力もある。



「リ~ちゃん、心配なのはわかるけど~、あんまり不安がると2人に失礼だよ~」



「それは、そうですけど・・・」



そうは言っても、簡単には割り切れないものがある。不安なものは仕方ないのである。



「風花さんの言う通りです。今の私たちにできることは、安全な場所へ避難することだけです。

さぁ、行きましょう。ほとぼりが冷めるまで、民家の地下へ隠れさせていただきましょう」



だが、ここで心配していたところで何も起こらない。みすみす敵の的になるようなものである。どんなに心配でも、不安でも、今はそうするしかない。

今にも泣きだしそうな表情のままリリアは、マリアの言うことに素直に頷き、風花と並んで先導するマリアの後ろを付いて行った。


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