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第77話 魔界編12

真っ暗な闇が薄れ、太陽の昇らない薄暗い朝が訪れる。魔界での目覚めは、雨の日の朝のようで、あまり好きになれそうにもなかった。


だが、極端な疲労によってもたらされた深い睡眠は、刹那の体力をあっという間に回復させ、そして内から湧き出てくるやる気を滾らせていた。


昨日のあの無様な結果に、刹那は満足などしていない。もっと強くなりたかった。足を引っ張るような存在ではなく、むしろみんなを引っ張っていけるような強さを、今の刹那は求めていた。



「・・・よし」



パンッ! と頬を叩き、ベッドから起き上がる。全身の凝りをほぐす様に体を伸ばし、窓辺に立つ。朝日はなかったものの、そこそこ明るい空は、いつ雲が切れて光が降り注いできてもおかしくはなかった。運がよければ、朝日を拝めるかもしれない。



「んん・・・あら、お目覚め、ですか?」



寝ぼけ眼を擦りながら刹那に話しかけてくるのは、昨日ずっと泣いていたマリアだった。ちなみに一緒のベッドで寝ていたわけではない。


マリアはそれを希望してやまなかったのだが、さすがにそれだけは勘弁してくださいと、刹那が必死になって断ったおかげで、となり合わせのベッドで寝る、というところまで妥協してくれた。



「はい、おはようございます」



「よく眠れましたか?」



「とてもよく眠れました、ありがとうございます」



「それは何よりですわ」



くすっと笑って、マリアが言う。何が面白いのか、マリアはそのまま刹那の顔から視線を外そうとしなかった。



「えっと、マリアさん。レオたちはどこへ?」



恥ずかしさをごまかすかのように、刹那は話題を変えた。



「もう、お母さんとは呼んでいただけないのですね」



悲しそうに笑いながら、マリアは視線を下げた。仕方ないと思っても、未練が残っているような、楽しい夢が終わってしまったかのような、そんな表情だった。



「あ、いえ、あの・・・」



「ふふ、冗談ですわ。そんなに慌てないでください」



狼狽を隠せない刹那に、いたずらっぽくマリアが笑う。



「みなさんは、もう食堂へと向かったと思いますわ。私たちも参りましょう」



言い終えるとベッドから起き上がり、そして刹那へと歩み寄る。すっと手を差し出して、にっこりと笑ってマリアは言った。



「手、繋いでくださる?」



「・・もちろんです」



そっとマリアの白い手を取り、きゅっと握り締める。

ちょっとでも力を込めたら、ポキンと折れてしまいそうな指だった。そして、冷たい。だからこそ、自分の体温で温めてあげたいと思った。



「さぁ、行きましょう。みんなが待っています」



マリアの言葉に頷き、2人は部屋を後にした。





+++++





食堂の前までやってくると、食欲をそそる匂いが漂ってくる。同時に、兵士たちの声や食器の音も耳に入る。賑やかで、楽しげな朝餉の場だった。


そういえば、と刹那はふと思った。食堂というのは、兵士たちのような、王族よりも低い地位の者たちが利用する場のはず。それなのに、なぜメルゼもマリアも、ためらわずにこんな場所へと来るのだろう。普通ならば、王族だけの集まりで食事をするはずなのに。



「マリアさん、この国は王族も食堂を利用するんですか?」



「いえ、本当は利用してはいけないんです。

謀反の可能性も0ではありませんし、毒が盛られてたら惨事だと、今まで言われ続けて大変でしたわ」



苦笑いしながら、マリアは言う。



「じゃあ、どうしてなんですか?」



「だって・・・みんなと一緒のほうが楽しいではありませんか」



屈託のない笑顔で、そう言い切った。



「それに、みんな私たちのことを慕ってくれております。

そのようなことをする人物などおりません。いたとしても、それは仕方のないことなのです」



「何でですか?」



「私たちの政策や人望、人柄などに原因があったからです。

国民万人に慕われるということは大変難しいことですが、なるべく皆に好かれなくてはなりません。

それができなくて殺されるのであれば、それは仕方のないことなのです」



上に立つものの、運命なのだろうか、それは。

上に立って、下の者たちのために必死に頑張って、期待に答えられなければ殺されても構わないという覚悟を持つことが、王の定めなのだろうか。



「・・・俺にはわかりませんよ」



王への理不尽さと不平さに不満を露わにしながら、刹那は言った。

それを、マリアは笑う。



「大丈夫ですよ。みんな、良い人ですから」



完全に信頼しきっている目を、マリアはしていた。絶対にそんなことはあるわけないと、信じてやまない瞳だった。



「さ、行きましょう。みなさんが待っていますよ」



握った手をやさしく引っ張られる。刹那は何も言わず、マリアに連れられて食堂へと入った。


中は兵士たちでいっぱいだった。どこを見回しても鎧を着け、笑いながら食事を口に運ぶ姿しかない。中には、朝だというのに酒を飲んでいる輩もいた。


そんな中、ひときわ目立つのはメルゼたちのテーブルだった。というのも、レオとリリアの2人が銀髪で、風花が深緑の髪をしていたため、黒髪だらけの食堂では目立って仕方なかったのだ。



「やっぱり、目立ちますよね・・・」



「ふふ、助かりますわ」



短くやり取りをし、刹那とマリアはそのテーブルへと向かう。



「あ~、マリア様おはようさんです」



「はい、おはようございます。今日も頑張ってくださいね」



「いやぁ! 今日もお美しい! 目の保養になりますよ!」



「ふふ、ありがとうございます。貴方だって格好がいいですわ」



「あ~王女様~、一緒にどうすか~? ひくっ」



「朝からは遠慮しますわ。体に気をつけながら飲んでくださいね」



あちこちのテーブルから飛んでくる声。我先に、と夢中になっている兵士たちに、マリアは丁寧に1人1人に声を返していた。そっけなく返すのではなく、声に親密な色を込めて。

刹那は、そんなマリアの様子をただ黙って見ていた。頭にあるのは、先ほどの言葉。



『みんな、良い人ですから』



その言葉に、偽りはなかった。あるのは真実だけだった。もちろん、今声をかけているのは兵士だけで、この城の中にいる人や城の外の国民の反応は見ていないからわからない。だが、何となく想像はつく。行く先々で声をかけられ、それを笑顔で返すマリアの姿が。


刹那には政治や国のことなどわからない。だが、それでもかすかに思うのだ。これこそが、本当の国の在り方ではないのか、と。


そんなことを考えて呆けているうちに、メルゼたちのいるテーブルへと到着する。食事はすでに準備されており、あとは食べるだけという状態なのにも関わらず手がつけられていないのは、みんなの配慮からだろう。



「お、起きたか。仲良く手ぇ繋いで、ご機嫌だなマリア」



「ええ。とても」



メルゼの一声に笑顔で答え、そこで刹那の手をそっと離す。しっとりと汗ばんだ手のひらが外気にさらされ、ひんやりとする。



「あ~刹那くん~。おはよ~」



「うん、おはよ」



風花は、うつら、うつら、と船を漕いでいた。

寝足りなかったのか、それとも単に意識の覚醒が遅いだけなのか。



「おはようございます、刹那さん。昨夜、ちゃんとマリアさんと仲良くしてましたか?」



ふと、リリアがそんなことを聞いてくる。おそらく、マリアが刹那の所に行ったということを知っているのだろう。期待のこもった目で、リリアは刹那の返答を待っていた。



「あぁ、団欒って感じだったよ」



ありのままを答える。昨日のあの2人きりで過ごした時間。温かくて、落ち着く時間。それが団欒でないのなら、一体何だと言うのだろうか。



「よかった! ね、兄さん!」



「あぁ。いい時間だったろ? 刹那」



「とてもな。すごくいい時間だった」



思っていたことを素直に話す。それを聞いていたマリアは、何だか泣きそうになっていた。

会話もほどほどに、刹那とマリアは席についた。これで全員が揃ったわけだが、まだ朝食には手をつけない。これから話し合うことがあるからだ。



「さて、とだ。まぁこれでみんな集まったわけだ。今日のことを話し合おうか」



話を切り出したのはメルゼ。こりこりと頭を掻きながら話を始めたから、何だか締まらないような気がしたが、とりあえずは置いておく。



「刹那とレオは、わかってるな。昨日の続きだ。いつ開くかわからんからな」



「? 開く? 何が開くんだ」



メルゼの話を区切り、レオが発言する。開く、という聞きなれない単語のせいだった。



「あ、言ってなかったな。天界と魔界の道のことだよ」



あっけんからんと、メルゼは言う。



「俺たちのいる魔界は地上にあるが、天界は空に浮いてんだ。

今戦争が激化してねぇのも、その道が塞がってるからなんだ」



「塞がってる? こちらからは開けないのか?」



「あっちのほうが科学力はあるからな。

天候のコントロールされちまって、なかなか開けてくれねぇんだよ」



「天候・・・。それが天界への道と関係あるのか?」



「あるさ。その道を塞いでんのは、雲だ」



窓を指さしながら、メルゼは続ける。



「この国独特の薄暗い天気は、長期間続く曇りのせいだ。

つっても、年中曇りってわけでもなくてな、月1程度で晴れ間が見えるんだ。

その時に天界からお迎えが来て会談とかするわけなんだが、

天候をコントロールされちまって、もう2年くらい晴れを拝めてねぇってこった」



戦いが長引いたのも、国民たちが戦争に無頓着なのも、すべては雲にあった。それが長期間ずっと天界への道を閉ざしているのであれば、戦争が激化するはずもない。戦争中だというのに、城内がここまで穏やかなのも、きっとそのせいなのだろう。



「こっちから行くことはできないのか?」



「空を飛ぶモンなんてうちにゃあねぇからな。移動はいっつも天界任せだったし」



「天界側の連中が、雲を無視して攻めてくるということは?」



「ねぇな。そもそも自殺行為だしな。あの厚い雲の中は、雷の嵐だって聞かされた。

無理に突っ切ろうとすれば、感電しておしまいだ」



説明の限りでは、天界の連中が雲を除去しない限りは攻めてくることはできず、刹那とレオの訓練は邪魔されない、という結論になった。


だが裏を返せば、どんなに早く訓練を終え、それぞれの求める技能を会得したところで、天界への道が開かれなければ、この世界の罠を外すことはできないことになる。それでは、いつまで経っても他の世界の罠を外すことなどできない。罠によって苦しむ人々の時間が長くなってしまうのだ。



「レオ、どうするんだ?」



レオと同じことを考えたのか、刹那は多少不安そうにレオに聞く。

腕を組んでため息をつくと、レオは仕方ないと言わんばかりにぽつりと呟く。



「・・・何か、考えておくさ」



答えを後回しにするような答えだった。

それも無理のないこと。時間をかけずに、存在しない移動手段を思いつくことなど、到底不可能だ。あせらず、じっくりと考えれば、何かいいアイディアが浮かぶかもしれない。それが、今のレオの考えだった。



「何だか~、長引きそう?」



いかにも能天気そうに、風花が小首を傾げる。



「みたい、ですね」



それとは対照的に、しゅん、と項垂れるリリア。

反応は人それぞれだったが、いずれにせよ何とかしなければならない切実な問題だということには変わりなかった。



「まぁ、次だな。嬢ちゃんたちは、今日どうすんだ?」



リリアと風花のほうを向いて、メルゼが尋ねる。

昨日はマリアが1日中付きっきりだったが、2日連続部屋の中だといくらなんでも退屈なはず。考えがなければ、メルゼはマリアと一緒に街に行って楽しんでもらおうと思っていた。



「2人ともがよければですが、街に行きませんか?」



そうメルゼが思っていた矢先に、マリアがぽん、と手を叩いて嬉しそうに提案する。

仲の良い夫婦は、考えていることも同じようだった。



「私は街に行きたいです! ここに来てから、ずっと行ってみたかったんです!」



ガタン! と勢いよく椅子から立ち上がり、リリアがやや興奮気味に言う。探検が好きで、好奇心があふれ返っているリリアにしてみれば、エサを前にお預けをくらった犬のように、もう待ちきれないという状態だったのだろう。



「私も~行きたいかな~。どんな感じなのか~、ここに来るまで見れなかったし~」



風花もリリアほど興奮はしていないものの、見たことのない街へと出かけることに賛成してくれた。あまり科学の発展が目覚ましくない世界出身の風花にしてみれば、見たことのないもとをみることができるということは、とても魅力的のようだった。



「うっし、話は決まったな。男連中は訓練で、女連中は街に遊びに出かける、と。

マリア、嬢ちゃんたち、頼んだぜ」



「もちろんですわ」



お互い顔を見合わせ、そして笑う。どうやら、話はまとまったようだった。



「んじゃ、食うか。待たせて悪かったな」



メルゼの言葉と同時に、朝食の時間が始まった。





+++++





地上より遥か上空に位置する天界。

島のようなサイズの大陸が浮遊しているその国は、3つのエリアから成り立っている。


何の能力も持たない一般人が暮らす、下層部。


魔界へと攻撃を仕掛ける兵士たちが集結している、中層部。


そして、この天界を動かす王族や補佐たちの住まう、上層部。


人口としてはもっとも下層部が多く、次に中層部が多い。上層部に至っては、天界の人口の1%も満たないという、少数の聖族が生活している。もちろん、生活の水準もそれぞれ違う。どの層が一番低く、そしてどの層が一番高いのかは、もはや語る必要もないだろう。


その天界には、1つの国家機密があった。上層部の人間も、極わずかしか知り得ず、一昔前に共存していた魔界の王たちも知り得ないという、重要極まりない秘密だ。


・・・天界には『神女』が存在している、ということだった。


その神女は、天界が空に昇るよりもずっと前に存在し、天界という国を作り、空に浮かばせるという案を実現させ、そして今に至るまで国を動かしてきた、実質の指導者だった。表の権力者たる王は、その神女の言葉に従い、そして国を動かす『駒』でしかない。


年も取らず、いつまでも若々しいその姿は、ただの人間でしかない聖族にとって『神』以外の何物でもなかった。



「神女様、お告げを」



薄暗く、ひんやりとした、まるで牢獄のような部屋の中、1人の男が玉座に堂々と腰かけている神女の前に跪き、言葉を待っていた。


この男こそ、国民によく知られている王、マキージャ。国民に対する指導力も半端ではなく、自身も切れ者という、王にふさわしいという世辞がやまない有名な男だった。


だが、それは神女の存在がわかっていない、下層部や中層部の人間の勝手な噂にしか過ぎない。この男が、いかにも王らしい王だと言われる所以は、神女の指示によるものだった。


ここまで来られたのも、すべては神女の賜物である。この男に地力など塵とも存在せず、助言という飾りでしか力を発揮することのできないマキージャは、祭り上げられた道化師であり、どうしようもない愚者でもあった。


ならば、なぜ神女がこの男を王に抜擢したのか。どうしようもないこの男を。


答えは至極簡単、賢い者は扱い難いからである。マキージャのような愚者であれば、謀反も何も考える知恵も度胸もない。機械人形のように言われたことをこなす愚者は、王という飾りをつければ最高の駒になるのだ。



「・・・攻めろ」



凛とした、それでいて幼さが残る声で、その無情な1つの命令が下される。



「今、でございますか?」



神女の逆鱗に触れぬよう細心の注意を払いながら、マキージャがおそるおそる尋ねる。



「・・・時は満ちた」



マキージャのような小物の声など耳に入らぬかのように、問いを無視して神女は続ける。



「・・・攻めろ」



もう1度だけ、神女がそう告げる。



「か、かしこまりました」



深々と礼をし、そしてマキージャは逃げるようにして部屋を後にした。


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