第70話 魔界編5
「ぐす・・・・・ご、ごめんなさい。取り乱しちゃって・・・」
「あ、いえ、別にいいですけど・・・・・」
落ち着いたのか、マリアは抱きしめていた刹那を解放し、袖で涙を拭った。涙を拭き終わると、マリアはにっこりと微笑み、刹那に尋ねた。
「お名前を、教えていただけますか?」
「刹那です。杉本 刹那」
「刹那ですか。よいお名前を両親にもらったものですね」
マリアは刹那の頭を何度も何度も撫でると、腕組みをしている王に尋ねた。
「それで、メルゼ様。これからこの方たちはどうなさるのですか?」
「さぁ? わからん。歓迎会はやる予定だがな」
「まぁ! それは素晴らしいですわ!」
手を合わせ、まるで幼い子供のように屈託のない顔で笑うマリア。その顔を見ると、刹那たちがこの世界にやってきたことを心の底から喜んでいることがわかる。本当に、嬉しそうな笑顔だった。
そんな顔を見たためか、レオは非常に言い難そうに口を開いた。
「・・・すまないのだが。俺たちはそんなにのんびりしている時間はないんだ。一刻も早く、争いの原因を取り除かなければならないのでな」
「「えぇぇぇええええええええ〜〜〜〜〜〜!!!!」」
何で?! と言わんばかりの顔で、2人は叫んだ。・・・・・大の大人が、それも魔族の王と王女たる人物が、寝耳に水といったような叫び声をあげるのはどうかと思うが。
「何でだよ?! ゆっくりしてけよ!!」
「そうですよ! 異世界からはるばるやってきていただいて、何もおもてなししないわけにはまいりませんわ!」
「好意はありがたいのだが・・・。早々に天界へ向かってこの争いの種を摘まなければならない」
心から喜んでいる2人を落胆させるようで悪いが、本当に宴などしている時間などない。こんなことをしている間に、どんどん魔界と天界の争いの激しさを増しているかもしれないのだ。それはこの2人だって望んでいないことだろう。
「あんたたちも困るだろう? このまま争いが長引けば、国が混乱するかもしれない」
「ん〜・・・・・そうなんだけどよ」
メルゼは先ほどのレオと同じよう、非常に言い難そうに言った。
「お前らが加担してこの戦いが終わるくらいの戦争だったらよ、もう終わってんだよ。今更たかが4人増えたところで、戦況は変わらねぇ」
「・・・・・それは、俺たちが弱い、ということか?」
「早い話そうこった。まだ年端のいかねぇ子供が加わったところで、戦争は何も変わりゃしねぇ」
「・・・聞き捨てならんな。俺たちだって自分らの能力を計れないほど力不足じゃない。それなのに、役に立たないと?」
「あぁ。行っても死ぬだけ、命の無駄だ」
緊迫したぴりぴりとした空気が辺りを包み込んだ。レオは自分たちの能力を見下されたことに怒りの炎を灯し、メルゼはまいったな、と言いたげな顔をしていた。2人の間に深い溝ができたような、そんな感じの空気だった。
「・・・なら試してみるか?」
「そういうことになるのか・・・。まぁ、いいがな」
「レオ!! そんなことしても!!」
ここで刹那がレオを止めに入った。こんなところでメルゼと争っていても、何のメリットもない。双方が傷ついて終わるだけのくだらない茶番だ。そんなことしても、この世界の罠を外すことにはならない。
だが、レオは刹那の言うことに耳を貸さなかった。無言を貫き、ゆっくりとホルスターの神爆銃を手に取った。
「兄さん!! 止めて!!」
リリアも傷つくことを心配して止めに入るが、レオは止まらない。手を光らせて弾を補充し、メルゼを睨み付けていた。・・・・・いつかかっていってもおかしくない。プライドを傷つけられて憤慨しているのはわかるが、まさかここまでとは。
「・・・・みなさん、こちらへ来てください。ここにいては巻き込まれます」
マリアがうんざりした顔でため息をつき、刹那たちを誘導しようとする。・・・確かに、ここにいては巻き込まれるかもしれないが、今は避難するよりもやることがあるはずだ。
「で、でも!! 止めないと!!」
「そうですよぉ〜。2人を止めないとぉ〜」
「マリアさん、何とかできないんですか? このままだと、兄さんが・・・・・」
「・・・・ごめんなさい。あの人はもう止まらないと思います。それに、レオさんも。止めるだけ無駄です」
「でもそれだと!!」
「心配なさらないでください。たぶん、手加減しますから死ぬことはないと思います」
手加減をするということは・・・・・レオが負けるということだろうか? そんなはずはない、レオは強いのだ。これだけは自信を持って言える。あの強さに、今までどれだけ助けられたことか。
それだけにレオが負けるなどということは・・・ありえない。絶対に。
「行きましょう。そろそろ、始まります」
3人は納得がいかなかったようだが、いつまでもグズグズしているとレオとメルゼの争いに巻き込まれてしまう。メルゼの実力はわからないが、レオの戦闘力はかなりのものだ。ここにいると、とんでもないことになる。
マリアの後をついていき、3人は王の間を抜け出した。
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もう一度王の間に戻ってきたのは、間を出てから10分くらい経ってからだった。決着はついていた。・・・・・レオが方膝をつき、メルゼが細長い剣を咽に突きつける、という形で。
「・・・俺の、負けか」
「当たり前だ。伊達に王様やってんじゃねぇんだ。俺が負けるってのがありえねぇんだよ」
へっ、と誇らしげに笑い、メルゼは剣を消した。・・・こんなものでレオが負けたなんて到底信じられないくらい、その剣は何の変哲もなかった。まるで、そこら辺の兵士が持ってそうな、普通で平凡な剣。
レオは立ち上がり、刹那たちのほうへと歩いてきた。自分の敗戦の悔しさを噛み締めるようゆっくりと。
「兄さん、怪我は?」
「それは大丈夫だ。なんともない」
言葉の通り、レオの体はどこも傷ついておらずいたって平気のようだった。ということは、メルゼはレオの体に剣を振るわず勝利したことになる。
「へぇ〜、レオが負けるなんてねぇ〜、ちょっと驚き〜」
「・・・俺もまさか負けるとは思ってなかったからな」
「でも、本気じゃないんだろ?」
刹那がおそるおそるそう尋ねる。レオは渋い顔をして答えた。
「まぁ、な。『眼』は使ってなかったが・・・・・使ったとしても勝てるかどうか」
『眼』を使えば、戦闘力は飛躍的に上昇する。体も軽くなるし、筋力も大幅に増強される。加えて魔力だって強くなる。その眼を使っていない、ということはやはり本気ではなかったということだ。
しかし、それはメルゼも同じことだ。使えるはずの『眼』をわざと使ってこなかったのかもしれない。『眼』を使わないレオに合わせて、自分も『眼』を使用なかったのかもしれない。・・・レオはそのことを言っているのだ。お互い『眼』を使わない状況で、レオは敗北した。ならば、覚醒して間もない『眼』を使ったところで勝てる見込みは少ない。
どう転んでもレオが負けたという事実が、刹那にとってショックだった。おそらく、メンバーの中では最も実力があるであろうレオが、こんな短時間のうちに負けてしまうとは・・・思わなかった。
「メルゼ様、お怪我は?」
「ん〜・・・・・ちょっと服に穴が開いたくらいだ、安心しろ。ほれ」
穴の開いた部分をヒラヒラと振り、はははと元気に笑うメルゼ。それを見て、マリアはほっとため息をついていた。
「でもま、これでわかったろ。俺に勝てないお前らじゃ・・・・・すぐ死ぬ」
「・・・・・」
レオはメルゼの言葉に何も言うことができなかった。その通りであり、反論の余地がなかったからだ。勝って結果を残すことができたのならまだいい。しかし、レオは負けたのだ。何と言われようと、文句は言えない。レオは、ただ黙ってメルゼの話を聞いていた。
「天界は甘くない。俺にすら勝てないお前らじゃ行くだけ無駄なんだ」
「・・・・・」
「天界に行くのがお前らの仕事かもしれねぇ。でも、死にに行くことはお前らの仕事じゃない。そうだろ?」
「・・・・・」