第68話 魔界編3
そう男は言うが、城なんてどこにもない。左を見ても、右を見ても、あるのは広い空き地だけ、城なんて存在しない。
「城?」
「あぁ。今から開けさせるからちょっと待て」
そう言うと、男はダンダン、と強く地面を踏みつけた。何もない、ただ草が生えているだけの地面を意味もなく何度も踏みつけた。・・・すると、
ゴゴゴ・・・・・
音を立てて地面が盛り上がり、横に動いた。・・・ここが入り口だった。外側のほうには取っ手も何もなかったので、どうやら内側から開ける仕組みになっているらしい。
動いた地面の下には空洞があり、その下には案内をしてくれた男と同じ服装の兵士がいた。男の足音に気が付いて、この下の兵士が開けたのだろう。
と、いうことは、だ。地面がこうやって開いた、ということはつまりこの男が言っていた魔王城は、地上ではなく地下にあるということになる。・・・・・城とは見えるところにあるものだと思っていた4人は、すっかり不意をつかれてしまった。
「・・・・・なんだ、そいつら。神族もいんじゃねぇか。なめてんのか?」
下にいる兵士は敵意を剥き出しにし、顔を怒りで歪めながら吐き捨てるように言った。・・・神族に対する怒りは、やはり町民の人々とは比べ物にならないようだった。
そんな兵士の言葉に少しの怯えも見せず、男はため息をついて言った。
「こいつらは異世界からやってきたやつらだ。俺たちが戦争している神族とは違う」
「違うだ? 神族はみんな同じだろうがよ。何にもやっちゃいねぇ俺たちを平気で殺すやつらばっかりだろうがよ!」
「・・・・・いい加減にしろ」
「あ?」
先ほどの兵士とは代わって、今度は男のほうが凄みを利かせた声で言った。
「餓鬼みたいなことをいつまでも言ってるんじゃない。こいつらは違う、と言ってるんだ。うだうだ言ってないでとっととそこを退け」
「あんだと? そこの神族のより先にてめぇから始末してやろうか? あ?」
「やれるものならやってみろ。貴様のようなゴミクズなどあっという間に地獄へ送ってやる」
「ま、待ってくれよ!!」
互いに腰の剣を抜こうとしたところで、刹那が慌てて止めに入る。
「2人はそんなことしない! 無闇に人を殺したりなんてしない! 絶対だ! だから、その、うまく言えないけど、仲間同士で争うなんてことしないでくれよ!」
「あ? なんだてめぇ、魔族のくせに敵の神族を庇うのかよ?」
「敵じゃない! 俺の仲間だ!」
「・・・・・・」
しばし、刹那と兵士が睨みあう。お互い一歩も譲らず、目で語り合っているかのようだった。互いの意見を視線のみでぶつけ合う。
しばらくし、兵士はちっと言ってから渋々這い上がってきた。
「・・・・・とっとと行け」
「え?」
「行けって言ってんだ。2回も同じことを言わせんじゃねぇよ」
そう言い捨てて、兵士は刹那たちに背を向けた。
これは・・・・・わかってくれた、ということなのだろうか? レオとリリアが害のある存在ではないと認めてくれた、ということなのだろうか?
「・・・お前ら、ついてこい。あまり長い時間ここを開けておくわけにはいかん」
男は地下へと入ると、少し急ぎ足で通路を歩いていった。もたもたしていると置いていかれてしまう。刹那たちは慌てて後を追いかけたのだった。
+++++
城の中は、先ほど通ってきた町とはまったく違う世界のようだった。兵士たちが刹那たちに向けてくる視線が違う。明らかに、殺意が込められている。今にも切りかかってこられそうな異常な雰囲気に、すっかり刹那は萎縮してしまっていた。
「・・・・・」
右を見ても、左を見ても、見えるのは殺意を向けてくる兵士たち。視界に入れるだけで殺してやる、という心の内がビリビリと伝わってくる。・・・殺意を込められた目で見られているのは、後ろにいるレオとリリアだというのにも関わらずだ。
もしもこの城に用がなかったら、刹那は一刻も早くこの場から立ち去っていただろう。殺意に溢れかえったこの場から全速力で逃げ出していただろう。こんな居心地の悪いところに、誰が好き好んでいるものか。
「・・・安心しろ、刹那」
「え?」
後ろから、レオが話しかけてきた。あんなに殺意が込められた目で見られているというのに、いたって平然と、笑いながら。
「見てみろ、着いたみたいだ」
レオが指差した方向には、今まで先頭を歩いてきた男の足元。そこには城の入り口と同様、地下への扉があった。だが、入り口と決定的に作りが違う。パッと見頑丈そうだし、鍵穴も付いている。いかにも王室への扉、という感じだった。
男は鎧の中へ手を突っ込み、中に入れておいた鍵を取り出すと鍵穴に挿して回した。カチャ、という音がして、男は続けて3回間を空けず扉を蹴った。
それが合図だったらしい。ギ、っと音がして、内側から扉が開かれた。入り口と同様、内側からでないと開かない仕組みになっているらしかった。
扉の下にはやはり服装が同じ兵士がいて、何も言わずにすっと道を開けてくれた。殺意は目に篭っていたものの、これで無駄な口論や戦いをしなくてもいい。
男は兵士に一礼すると、扉をくぐって下へと続いている階段を降りて行った。刹那たちも同じようにして兵士に一礼すると、男の後を追って階段を降りて行った。
短い階段を下り終わると、そこには誰も座っていない玉座が見えた。どうやらあの扉は直接王のいる間へと繋がっていたらしい。玉座が何よりの証拠だ。
だが、誰も座っていない、ということがどうもおかしい。近衛兵は玉座を囲むように存在しているというのに、肝心の王がどこにもいないのだ。王がいないのなら、兵士もここを守護する意味はないはず。それなのに、なぜ・・・・・?
「魔王様はどちらへ?」
男が近くにいる近衛兵に尋ねる。
尋ねられた近衛兵はやれやれ、とため息をついて、男の後ろを指さして言った。
「・・・後ろにいらっしゃる」
「・・・ばらすなよ、つまんねぇの」
「「「「!!??」」」」
刹那たちが驚いて振り返ると、いかにもといった感じの王冠とマントを羽織った男が立っていた。目も髪も、心なしか周りにいる兵士よりも黒いような気がする。口調とは裏腹に、高貴な雰囲気を感じさせるその風貌は、さすがは王というだけのことはあった。
「おぉ、こりゃ珍しいな。生で神族なんて久しぶりに見たぞ。はっは!」
周りの兵士が殺気を出しているのに対し、王は実にフレンドリーにレオとリリアの肩をバシバシ! と力強く叩く。演技とは到底思えない笑顔を浮かべて。
「っと、そっちは・・・・・初めて見る髪の色と目の色だな。珍しい」
「私たちの世界ではぁ、大して珍しくはないんです〜」
「おぉそうか! なるほどな、はっはっは」
物珍しそうに眺められても、風花は嫌な顔をせず笑顔で王と接していた。風花は嫌だったら嫌だと言う性格だ。こうやってじっと見つめられるのは誰だって嫌なものだ。それなのに風花が嫌がらないのは、王の気軽な性格がいいからだろう。
「最後に俺たちと同じ魔ぞ・・・・・?」
「?」
王は刹那を見た瞬間顔色を変えた。うまく表現はできないが、驚きと、喜びが入り混じったような表情。あえて表現するとすれば、失くしてしまったものを長年探し続け、それをようやく見つけたときのような、そんな感じの表情。
「こん、なことが・・・・・ありえる、のか・・・・・!!」
「え? あの・・・・・」
「ありえない・・・・。だが、目の前にいる・・・・・!! 間違いねぇ!! 間違いねぇぞ!!」
王の喜びぶりを不審に感じたのか、近くに居た兵士はおそるおそる王に尋ねた。
「・・・・・王、いかがなされましたか?」
「・・・いかがなされたって、戻ってきたんだよ! 早くマリア呼んで来い!」
「は? ですが女王様はお昼寝を・・・・・」
「いいから叩き起こせ!! そんですぐ連れて来い!! いいな?!」
「か、かしこまりました」
王に気圧されたのか、兵士は慌てて玉座の奥の通路を走っていった。
「よし!! そんで、お前らは宴の準備だ!! 盛大にいくぞ!! おら、とっととしろ!!」
「「「「「か、かしこまりました!!!」」」」」
一斉に兵士たちが散り、バタバタ、と部屋から出て行った。・・・一体、何なのだ? 意味がわからない。どうして刹那を見てここまで王が豹変したのか、そしてなぜ宴を開くのか。全然理解できない。
「・・・なぜこんなことを?」
レオが王に尋ねる。
王は静かに、答えた。
「・・・・・戻ってきたからだ」
「何が?」
「・・・・・俺の、息子がだ」