第60話 戦争編4
朝起きて、居間のほうに行って見ると一枚の紙がテーブルの上に乗っていた。メンバーの中で一番最初に起きた雷光はその手紙に目を通すと、すぐさま呑気に寝ている刹那たちを起こしに向かったのだった。
いきなり雷光に叩き起こされた3人は、一体何事かと雷光に尋ねた。雷光は3人にテーブルの上にあった紙を見せた。3人はその紙に書いてあった文章を見て、急いで外に飛び出した。
『今日中に決着をつける。もうたぶんこの家には帰ってこない。いや、絶対か。俺は死にに行く。ラクシーはたぶん部屋の中で悲しんでるだろうが、今はそっとしておいてやってくれ。時間が経てば大丈夫だ。それから、家はもう自由に使ってもいい。どうせ帰ってこない。好きにしてくれ。 ザイン』
階段を駆け上がり、勢いよくドアを開けた。刹那たちの目に飛び込んできたのは、細長く続いている4本の跡だった。雷光と風蘭、そしてリリアにはこの跡が何なのかわからない。刹那ただ1人が、この跡の正体を知っていた。
「これは・・・・なんでしょうか?」
「・・・車のタイヤの跡だ。ザインは、もう戦争に行ったんだ・・・」
いくら車といえど、ここまで深い溝の跡がつくわけがない。よほど重いものを車に詰め込んだのだろう。加えて、手紙に残した言葉。・・・十中八九、間違いない。車には、大量の銃火器が積まれていたのだ。
急げば、まだザインを止めることができるかもしれない。いや、間に合わなくても手を貸すことくらいはできる。
そう思った刹那は、だっと走り出そうとしたが、雷光に阻まれた。
「刹那さん、あなたどこに行くつもりですか?」
「どこって、ザインのところにだよ。今から向かえば間に合うかも・・・」
「間に合って、どうするんですか?」
「決まってるだろ?! 助けるんだよ!!」
刹那は信じられないといった声をあげた。恩を着せてくれた人を、わざわざ見殺しにしようとする雷光が信じられなかった。
刹那の言葉に、雷光はどう説明すればいいか考えた。いや、説明したいことはわかっているのだが、頭の中でうまくまとまらない。
すると、雷光に代わってリリアが説明を始めた。
「刹那さん。私達は、異世界に張られた罠を外すために旅をしてる。この世界に罠は張られてない。だから、もうこの世界に私達は関わっちゃいけないの。戦争のことはこの世界のこと。罠のことに関連しないでしょ?」
「それは・・・そうかもしれないけど、でも!」
「仮に、仮にね刹那さん。この戦争、こっちの国の人が一方的に仕掛けてて、相手国を滅ぼそうって考えてたらどうするの? そうなってたら、刹那さんは奪略国に手を貸すことになるんだよ? 何の罪もない、ただ自己防衛のために戦争に出てた人をたくさん殺すことを手伝うことになるんだよ?」
「う・・・・・」
リリアの言うことはもっともだった。罠の張られていない世界ならば、自分達が干渉する必要はない。干渉などするものならば、自分達も世界を狂わせている罠と変わらなくなってしまう。
そして、この国が奪略国の場合、自分達は自己防衛のために戦っている民を殺す手伝いをすることになってしまう。そんなのは嫌だ。それこそ、『神の使い』と同じ行為だ。絶対にするわけにはいかない。
だが、刹那はどうしても助けに行きたかった。そう、あれはレギスとイリーの世界のことだ。戦いに行くレギスとそれを待つイリー。ザインはレギスと似ていた。愛する人を守るため、死地に向かう。
自分達がいたから何とかレギスは生きてイリーの元に帰ることができたが、今回は違う。レギスは生きて帰るつもりで戦いも赴いたが、ザインは死ぬ気だ。もう帰ってこない、と手紙にはっきり書いてある。
残されたラクシーは、どうなるのだろうか? 夫に先立たれ、その苦しみに泣くのだろううか? 時間が癒してくれるなどという根拠のない悲しみに浸るのだろうか?
「・・・わかった、助けには行かない。・・ラクシーが心配だ、行こう」
「わかりました。では・・・」
「た、大変!!」
息を切らしながら、風蘭は言った。・・・さっき刹那たちが口論している間に、ラクシーの部屋に行ってきたのだ。
風蘭は手に持っていた紙を刹那たちに差し出して言葉を続けた。
「ラクシーの部屋に手紙が!!」
雷光が真っ先に手紙を取り、目を通した。その背後から、刹那とリリアモ覗き込む。
『アタシは待つのが嫌いだからザインに付いていくことにします。あとはよろしく、もう戻ってこないので』
・・・短い文章だったが、とにかくラクシーも戦争に行ったことはわかった。2人の住んでいたこの家は、一夜にして無人となってしまった。
「・・・はぁ」
軽いため息をついたのは刹那だった。だが、それ重っ苦しい気持ちを吐き出すためのため息ではなく、安心したときに出るため息だった。
正直、よかった、と思った。だって、死ぬとしても2人一緒だから。戦争に行って死ぬのはとても悲しいことだけど、2人が一緒に死ねばラクシーが悲しむこともない。だから、よかったと思った。
「・・・帰ろっか、みんな」
リリアが言った。そうだ、帰ろう。この世界は、もう大丈夫なのだから。
刹那は思った。たぶん、2人は死なない、と。戦争が終わっても2人は死なず、一緒に平和な世界を生きていると、そんな気がした。
+++++++
見えてきた、いよいよ最終決戦の地だ。相手の陣を見る限りでは静かなものだ。おそらく、休息しているのだろう。そこを一気に叩く。もう後には引けない、ここまで来てしまった以上もう戻ることはできない。
乗っていた車から降り、その車に引かせていた荷物にかかっているシートを取る。この中に積んである銃火器を遠距離から撃ち、接近してきたときにはいう形をとろうマシンガンで蜂の巣にしようと前々から決心してきたのだ。それに何度も何度も荷物を丹念にチェックしてきた。
だから、中の荷物に間違いがあるなどザインには想像できなかった。間違いと言っても、武器を全部忘れてきたとかそういうものではない。銃火器もあるし、大量の弾丸もある。だが、1つだけ、いや正確には1人だけ余計なものがあった。
「ラ、ラクシー、なんで・・・・・・」
「ついてきた。やっぱ、私・・・・・・・・あんたがいないと駄目だわ」
頭を掻き、照れくさそうにてへへ、とラクシーは笑った。昨日散々言ったのに、自分1人で行くってあれほど言ったのに、ラクシーはついてきた。
ザインは呆れ顔をしていたが、一変、無表情になって言い放った。
「お前は後悔することになるぞ。お前はこの道を選んだことを、行き先が地獄だってわかってるこの道を選んだことを絶対に後悔する」
「・・・・・しない」
口を閉ざし、黙っていたラクシーがザインの後に続けて言った。
「私が選んだのは戦いで死ぬ道でも、ましてや地獄に通じてる道でもない」
迷いのない真っ直ぐな目でザインの目を見て、ラクシーは言った。
「私が選んだのは、あんたの隣にいる道。あんたに惚れたあの日から、私はずっとあんたの隣にいるっていう道を決めたんだ。あんたの子供産んで、家族みんなで幸せに暮らして、死ぬまでずっと一緒にいるんだ。あんた以外の男なんて死んでもごめんだよ。あんたじゃなくちゃだめなんだ。だから、あたしはあんたの隣にいる道を選んだ。・・・自分の決めて進んだ道なのに、何でその道を選んだことを後悔しなくちゃいけないのさ?」
言い返せないザインに、ラクシーはふふん、と胸を張って言ってやった。自分の選んだ道を、ザインに言ってやった。
ザインはそのときに悟った。
もしも、人の道を自分が変えることができるのなら、ラクシーに破滅の道を選ばせなかっただろうと。
もしも、人の道を自分が変えることができるのなら、決して生き残ることのできない戦いに愛する人を連れてなど来なかっただろうと。
だが、人の道を自分が変えることができなかったからこそ、ラクシーはザインの隣にいることができた。愛する人を1人戦場に行かせず、2人一緒に戦場へ向かうことができたのだ、と。
ザインは折れたのか、はぁとため息をつくなり、荷物の中にある銃火器の1つをラクシーに投げ渡した。
「お前は俺の隣にいるって道を選んだって言ったよな?」
「あぁ、言ったぞ」
「じゃあ、俺が歩いていく道はお前が歩く道になるんだな?」
「あぁ、そうだぞ」
ザインはこの戦いを終わらせるつもりだった。自分の命を引き換えにし、両国に平安をもたらすつもりだった。だが、そういうわけにはいかなくなった。自分が死ねばラクシーはどうなるのだ、という心の声がザインの考えを変えた。
ザインは銃火器を手に取り、敵陣に長い銃身の先の銃口を向けた。
「俺の歩いていく道は、この戦いに勝って生きることだ。お前も同じだ、この戦いに勝って生きろ。そして戦いが終わった後、俺の子供を産んでくれ。男と女1人ずつな。どっちも俺似のやつを頼む」
「あいよ! 私の旦那さん!!」
同時に引き金を引いた瞬間、ザインの銃口からは巨大な火の塊が飛び出し、敵陣に入ったところで大爆発した。畳み掛けるように、ラクシーの銃の口から無数の弾丸が絶え間なく飛び出す。
こうして、この世界最初で最後の大戦争が幕を開けた。
この戦いの幕が閉じたあとの話だが、結果は引き分け。ザインとラクシーの奮闘は、大して意味を持たなかったとのこと。戦争の主力が破られ共に戦力の喪失、このまま続けても意味がないと、至極当たり前のことに気がついた両国は平和条約を結んだのだった。
ちなみに、戦争後のザインとラクシーの行方は不明となっている。死んだところを見たという証言もないし、生き延びているところを見たという人もいない。
2人は一体どうなったのだろうか? わからない。
最後の戦いで共に戦死したのか。あるいは生き延びて、小さな村の小さな家で2人の子供に囲まれて幸せに暮らしているのか、わかる由もない。
+++++
遠くで誰かが呼ぶような気がする。それは何とも言えない不思議な声。肉声じゃない、囁くような、天から降ってくるような、そんな不思議な声。
・・・・・・
聞き取れない。でも確かに声はするのだ。不思議な声で、自分に語りかけてくる。それがわかっているのに、どうしても聞こえない。
・・・・・・
次第に声がはっきりしてきた。もうすぐ聞こえるだろう。その声の正体も、自分に何を語りかけてくるのかも。
・・・聞こえるかい?
あぁ、やっと聞こえた。その不思議な声がやっと聞こえた。聞こえたんだから返してやらないといけない。
「あぁ、聞こえる」
・・・よかった。
「・・・俺は、誰だ? お前は、誰だ?」
そして、その声の主に尋ねる。自分は何者か、語りかけてくるお前は何者か、と。
・・・君は君さ。他の何者でもない。
「そうか」
別に自分のことはどうでもよかった。なぜこんなところにいるのか、なぜ体がないのか、なぜ体がないのに考えることができるのか、喋ることができるのか、そんなことはどうでもよかった。
ただ、気になるのは自分に語りかけてくれる存在。それが何者なのか、ただそれだけが知りたかった。
「お前は、誰だ?」
・・・気になる?
「あぁ、気になる」
・・・その前に、君に聞かないといけないことがあるんだ。
「何だ?」
・・・今から僕は世界を創る。
「世界だ?」
・・・そう、世界だよ。今の世界は腐ってる。全て壊して、新しい世界を創るんだ。誰も傷つかない、誰も苦しまない、誰も悲しまない。誰もが幸せな毎日を送れる、そんな世界を創るんだ。
「・・・で?」
・・・君に協力して欲しい。
「断ったらどうする?」
・・・そのときは仕方ないさ。君を普通の世界に転生させる。普通の人として、普通に生きるんだ。
「俺が協力すれば、何か得があんのか?」
・・・それはわからない。新しい世界に何が待っているかわからないからね。それが君にとって得なことなのか、わからないんだ。
「・・・それなら、お前にとっては得なのか?」
・・・うん。そうなるように創るんだ。いや、創ってみせる。きっと、きっと創ってみせる。
「根拠は?」
・・・ない。でも自信はある。僕は創ることができる。全てを壊して、新しい世界を創る。
「・・・何がお前をそうさせる?」
・・・憎しみと、怨みと、悲しみ、だね。つまらない理由だと思うかもしれないけど、僕にとってはそれが全てなんだ。僕は、この世界を創った神を絶対許さない。僕が神になって、新しい世界を築く。
「・・・・・・いいだろう」
・・・え?
「協力してやる。お前の創る世界を見てみたくなった。俺を使え。利用しろ。倒れそうになったら寄りかかれ、上に行きたきゃ踏み台にしろ、落ちたくなかったら手を掴め。俺がお前の手足になってやる。邪魔なやつはみんな俺が壊す。俺が・・・」
・・・ありがとう。でも僕は、協力を求めただけで、利用するとか、そういうんじゃないんだ。みんなで協力して、みんなで創るんだ。僕らの望む理想郷を。
「・・・わかった」
・・・それじゃあ、君を君の体に入れるよ。
「その前に、聞いておくことがある」
・・・なんだい?
「俺の名前とあんたの名前だ」
・・・忘れてたね。君の名前はシャドウ。僕の名前は―――
「・・ん? 夢、か」
ベッドの上で、シャドウは呟いた。懐かしい、一番最初にあった出来事がそっくりそのまま夢になっていた。・・・慣れない睡眠なんてするもんじゃねぇな、と、シャドウは起き上がった。
右腕はもう十分回復している。元通りになったし、以前のように動かせる。おそらく戦闘のほうも問題ないだろう。
念のため、右の拳をグーパーさせてみる。・・・よし、ちゃんと動く。あいつの技術能力には感謝しねぇとな。失った腕を、トカゲが尻尾を再生させるのと同じように回復させる驚異的な技術は、全異世界を探してもここだけだろう。
「うし・・・行くか」
シャドウは立ち上がり、自動で開いたドアをくぐると、神の魂の器を破壊するため再び異世界へと赴くのだった。
さて、いかがでしたでしょうか今回の物語は?
どの世界にも戦争はあるものです
理由は実にくだらないことなのか
あるいは引いてはいけない大切なことなのか
いずれにせよ、戦争が起こる根本的な理由は『感情』であります
感情さえなければ大量の命が失われる戦争などしないはずですからね
さて、次回の物語は操り人形編
あの罠が再び襲い掛かる様をお楽しみください。