第58話 戦争編2
「刹那さ〜ん!起きてぇ〜!」
「・・・・ん?」
目を開いて最初に見たのはリリアの顔だった。手の平で何回か頬をぺちぺちやってて少し痛い。
ふぅ、と一呼吸し、起き上がる。ベッドだった。
「あ、起きた起きた。大丈夫? 刹那さんったらもう気絶しちゃって家に運ばれたんだよ?」
「気絶?」
「うん。いきなり人ごみが倒れちゃって、みんな刹那さんの上に乗っちゃって」
・・・リリアの言葉で思い出した。まるで水の中にいるかのように息ができず、そのまま重さに任せて気絶していった。・・もう二度とあんなのはごめんだった。
そういえば、ここはどこなのだろう。錆付いた金属の骨組みが見える天井と、自分寝ているベッドの他にまだ空きのあるベッドがたくさん並んでいる部屋を見る限りでは、ここがどこだかさっぱりわからなかった。
「・・・ここはどこだ?」
「うん、兵隊の待機所だって。刹那さんが倒れたから、みんなが運んでくれたんだよ」
なるほどな、と刹那は思った。兵隊の待機所というくらいだから、やはりこの世界は戦争をしているのだ。
「雷光と風蘭は?」
「外にいるよ。何でも鉄の臭いが駄目なんだって」
・・・山育ちの人は鼻が利くのだろうか。なんとなく理由は納得できた。
「ん、誰だ?」
目の前の入り口から、男が顔を出してこちらをのぞいていた。男は頭に青いバンダナをしていて、茶色や黒色の染みがついた作業服を着ていた。無精髭を生やしており、煙草も吸っている。まさに大人、という感じの男だった。
プカプカと煙を吐き出しながら、男は刹那の寝ているベッドに近寄った。
「で? あんたら何やってんだ? まだ召集はかかってないぞ」
どうやら、男は刹那たちを兵隊か何かと勘違いしたらしかった。こんなところで寝ているのだから、あたりまえだ。
「あの、実は・・・」
リリアは男に事情を話した。人々にのしかかられて気絶し、ここに運ばれてきた、という刹那の悲惨な事件を。
男は煙草をポッケに入っていた灰皿でもみ消し、刹那たちに言った。
「なるほどな。でもここは軍人達の待機所だ。こんな場所で寝てもらっちゃ困る。寝るんだったら俺の家に来い」
「え? いいのか?」
「構わないさ。こんなとこで寝てられるほうがよっぽど迷惑だ。上司から怒られるのは俺だからな」
どうやらこの男は、この待機所の責任者の人間らしい。責任者であるがゆえ、刹那たちをこのまま見過ごすわけにはいかないのである。
男はそのまま部屋を後にし、外へ出た。もちろん刹那とリリアもあとに続く。
外では雷光と風蘭が鼻をすすりながら町の様子を眺めていた。・・・鼻をすすっているのは、おそらくこの町の鉄の臭いのせいだろう。
「あ、刹那さん。気がつきましたか」
「大丈夫? あたし診てあげよっか?」
「大丈夫だよ。それより、今からこの人の家にお邪魔することになったからついてきてくれ」
雷光と風蘭に説明している刹那を見て、男は目を丸くした。
「おいおい、こいつらもかよ。俺の家はそんなに広くないぞ」
「お願いします。連れなんです」
「・・・仕方ないな。来い」
渋々男が納得し、一同は男の家へと向かったのだった。
++++++
「着いたぞ、ここだ」
目の前には、本当に小さな家があった。大きさで言えば、自分達のベースキャンプであるあの家の3分の1くらいだ。屋根も錆が目立っており、壁もところどころが剥がれているところもある。・・・小さくてぼろい、確かにこれでは入れそうにもない。
「・・・小さいね」
「そういうのは聞こえないように言うもんだぞ」
リリアが言ったことを、男は聞き逃さなかった。リリアは慌てて口を押さえるが、言ってしまったので意味がない。
だが、男はリリアの言ったことはまるで気にせず、家の戸を開けて言った。
「さ、入れ」
4人は男の後に続いて恐る恐る中に入る。
中には、何もなかった。テーブルも、イスも、ベッドも、キッチンも、生活に必要なものがまったくなかった。ただ、部屋の真ん中にぽつんと階段があった。上り階段ではない、下り階段だ。
男は刹那たちに手招きをすると、そのまま下っていった。
下り終えた階段の先にあったものは、上の部屋なんかよりもずっと広い空間だった。外装も上の部屋よりも立派なものだし、たくさん個室もある。・・・地下にこんな広い空間があったとは。
「おーい!! ラクシー!!!」
「あいよ〜」
男がそう言うと、奥の部屋から1人の女性が姿を見せた。年齢はこの男と同じくらいだろう。髪はピンクのショートで、やる気のない目をしている。体が小柄で、背はメンバーの中で一番小さいリリアより低かった。
そのラクシーと呼ばれた女性は、頭を掻きながら男に尋ねた。
「ん? 何さ」
「俺じゃなくてこいつだ。こいつ、何か色々あってな、寝たいらしいから準備頼む」
「あいよ。それじゃあんた、こっち来な」
「え、いや、俺はもう大丈夫なんですが・・・」
「? どゆことよ、ザイン?」
「俺にもわからん。大丈夫だって言うんだから、大丈夫なんじゃないのか?」
「なんだ、大丈夫なのか。そんじゃ、とっととアタシたちの愛の巣から出てけ」
「・・・愛の巣って言うんじゃない。それに、客に出てけなんて言うな」
「照れんなよ。本当のことだろ〜」
「あ、あの。すみませんが、今この辺りで何が起こっているんですか?武器を作るのに、町1つまるまる使うなんて、普通じゃないですよね?」
恐る恐る、雷光がたずねてみた。雷光が言ったことを聞いた2人はお互い顔を合わせると、不思議そうにたずねた。
「お前ら、どこから来た?」
「・・・ちょっと、旅をしてまして。だから何が起こっているのかわからないんですよ」
旅をしている、という雷光の言葉で2人は納得したようだった。それなら、この状況を理解できないのも仕方ない。そんな表情をしていた。
「まぁ、武器を作ってる時点で気がついてると思うが、戦争をやってる。もう何十年もだ」
「町ごと武器工場になってんのは、武器の生産が追いつかないため。それだけ戦争は世界中に拡大してる。だから、あんたらみたいにこの戦争を知らないっていうのはとっても珍しいことなんだよ」
事情を聞いたとき、2人が不思議そうな表情をしたのも頷けた。世界中で戦争をしているのだから、知らないほうがおかしい、ということだ。
「最近、何か変わったこと、とかありませんか? 例えば、敵軍の戦力が急激に強まった、とか」
「そういうのはないな。ただ、そろそろ決着が着きそうなんだ。長い戦争も、もうすぐ終わりになるさ。・・・ま、状況説明はこれくらいでいいだろう。次は、自己紹介といこうか。ここで会ったのも、何かの縁だろ。俺はザイン、この町の総責任者だ」
「アタシはラクシー。こいつの嫁さんだよ。ちょっと聞いてくれる? こいつねぇ、結婚して2年経ってんのにまぁだ襲ってこないんだよ? 信じられる? 本当に男なのかねぇ・・・」
「余計なことは言うな。それじゃ、お前らのことを聞かせてもらおうか」
「えっと、俺は刹那」
「あたしは風蘭」
「リリア、って言います」
「雷光です。僕たちはみんな孤児でして、小さい頃から力を合わせて細々と暮らしてたのですが、色んな町や人たち、それに文化を見てみたくて、ずっと旅をしているんです」
・・・よくここまで口が回るものだった。雷光があまりに本当のことのように喋ったので、ザインとラクシーはすっかり信じ込んだようだった。
短い自己紹介のあと、ザインはポッケから煙草を取り出して口に銜えて火を点けた。すぅ〜と吸い込んだあと、ふぅ〜と吐き出す。煙が充満し、ラクシーはたまらず手でパタパタやって煙が来ないようにしている。
「ちょっと、煙いんだけど・・・」
「我慢しろ」
「まったく・・・」
「あの、ちょっと聞きたいんですが、さっき壁の所で人が集まったみたいですが、何があったんですか?」
間に割って入った雷光の言葉。ザインはもう一度煙を吸い込んで吐き出すと、話し始めた。
「命令文書だ。全軍突撃命令だとさ」
「ぜ、全軍突撃命令?」
「あぁ。この戦争がずっと長くやってるのには理由がある。自分達の切り札を出し惜しみして、使えないモンからどんどん使っていったからだ。おかげで、こんなに戦争が長引いちまったわけだ。
だが、それももう限界。お互い、もう余力なんて残されてない。だから、もう切り札を使うしかないってことだ」
「まぁ、その切り札がこの町の兵隊さん達、ってわけさ。アタシの住んでるこの町は、武器工房と同時に軍の選抜特別訓練所やってんの」
「・・・つまり、軍の中でも優秀な人たちを集めて訓練している、ということですね?」
「あぁ、そうよ。ま、その一員に、アタシの旦那さんも入ってるわけだけどね。しかも、教官だってさ」
刹那たちは、一斉に煙草をふかしているザインのほうを向いた。普通の人よりも顔が怖いかもしれないが、教官をやっているほど戦闘に長けていそうには見えなかった。しかも、パッと見まだ20代くらいの若者だ。そんな若い人が、教官などという上の立場に立っていいものなのだろうか?
ラクシーは胸を張りながら、自分の夫のことを自慢し始めた。
「アタシの旦那はさ、すごいんだよ〜。この国は実力主義だからどんどん上の階級になっていっちゃってさぁ、給料もどんどん上がっていったんだよ〜。それでね、元帥の階級まで貰える話になったんだけどさぁ、そうなればアタシと一緒に過ごす時間が減る、とか言って断ったんだよ。アタシのためにだよアタシのため。本当に嬉しかったね、そりゃあもう生きてて2番目くらいに嬉しかったよ。あ、ちなみに1番目はザインから結婚しよう、って言われたことね。あんときも嬉しかったねぇ。もう思わず抱きついて思いっきり抱きしめたらさ、ザインったらもう苦しくて気絶してやんのさ。あはは、本当にだらしなかったねぇあのときは。でもそんなザインが好き!!」
「・・・お前話長い。刹那たちなんて呆れてるじゃないか」
その通りだった。刹那たちはもう途中から何を言っているのかわからなくなったのか、口を開けてぽかん、としていた。まぁ、早口を通り越したマシンガントークに、耳がついていけないのも無理がなかった。・・・侮りがたし、愛の力。と言ったところだろうか。
と、そこで雷光が疑問に思った。全軍突撃、ということはまさか・・・。
「ザインさん、あなた、もしかして・・・」
「あぁ、もちろん俺も出る。明日が全面戦争の日だ。張り紙に書いてある」
思った通りだった。全面戦争となれば、これが最後の衝突となるだろう。つまり、両国とも絶対に負けられない戦争なのだ。その戦争に、教官クラスが駆り出されないわけがない。ザインが出撃しなくてもよい、という理由など、どこにもないのである。
でも、そうなったらラクシーはどうなるのだろうか? ただ1人寂しくザインの帰りを待ち続けているのだろうか?
「あのさ、ザイン。あとでちょっと話しがあるんだけどさ・・・」
「? わかった、あとでな。それより、お前ら、宿は取っているのか?」
「あ、いえ、まだ取っていませんが」
「だったら家に泊まれ。こんな日に宿のほうに行けば間違いなく戦争行きだぞ。宿にも長官クラスのやつがうろついてるからな。無理やり引っ張っていかれるぞ」
ザインの言うことも一理あるが、そもそもこの世界の通貨を持っていない。金がないのに、宿なんて取れるわけがない。・・・ここはザインの好意甘えることにしよう。
ザインに宿泊のほうをお願いすると、ザインはちょいちょい、と手招きして奥の部屋のほうへと歩いていった。
ついていった先には、大きな空間があった。真ん中には口の字に長テーブルが並べられており、1つのテーブルにつき、イスが3つ並んでいる。・・・どうやら会議室のようだった。でも、こんなところにどうやって寝ればいいのだろうか?
「悪いな。ここしか大きめの部屋がないんだ。後で布団を持ってきてやるから、しばらくくつろいでろ」
そう言うとザインは部屋から出て行き、会議室には刹那たち一行が残された。
ザインが行ったのを確認し、雷光が話しを切り出した。
「この世界、どう思いますか?」
「俺は、罠は張られていないと思う。変わったことがない、っていうのがその証拠だと思うし」
「でも刹那、あたしらが来たときに決戦なんて少しおかしくない?」
「偶然だと思うよ、風蘭さん」
「僕もそう思います。あくまで僕達がこの世界に来たのは偶然です。たまたま合ってしまっただけだと思います」
「ん〜、そっかぁ。そうかもしれないなぁ」
風蘭も、何とか納得したみたいだった。
刹那たちのたどり着いた結論は1つだった。変わったことがない、とザインが言っている以上、現時点でこの世界には罠が仕掛けられていない。
簡単な判断だ、と思うかもしれないが、こればかりはどうしようもなかった。仮にザインの言っていた全面戦争が罠だったとしても、それを確かめるのには危険を冒さなければならない。
今までの国は銃火器など使ってはおらず、剣や弓などの古い武器ばかりを使っていたため、刹那たちは結晶などを駆使して確かめることができたが、この世界は違う。剣や弓などという甘っちょろいものは使わず、より殺傷力のある銃火器を戦争で使うのだ。
銃による戦争は、剣や弓を使った戦争よりもはるかに危険だ。射程だって剣よりもあるし、攻撃の速度だって弓よりも速い。
銃を使う戦争は、死者の数が半端ではない。どんな熟練した兵士でも、銃の前では無力だ。経験はもちろん役に立つが、死ぬときはあっさり死ぬ。逆に、新米の兵士でもうまくいけば何人もの敵を葬ることだって可能かもしれない。・・・それが銃を使った戦争だ。それは、大博打のようなものだった。自分の命を賭け、相手の命を貰う。これを博打と言わず何と言えばいいのか?
それは刹那たちにも言える。いくら肉体の強化をできるからと言っても、額に鉛玉を当てられて生きていられるわけがない。避けようとしても、弓よりも速い弾丸を避けるなどということはとても難しい。しかも、それが四方八方から放たれるものならば蜂の巣になるのはわかりきっている。・・・そんな危険を冒すわけにはいかないのだ。
「決まり、ですね。罠が張られていないのですから、できるだけ早いうちに帰還しましょう」
「でも、帰るのはせめて明日にしないか?せっかくザインに部屋を借りたんだし」
それもそうだ、と雷光は刹那の言葉に頷いた。
こうして、刹那たちはこの世界に一日留まることになったのだった。