第51話 殺戮人形編7
刹那たちの向かった北のほうは草原だった。曇りなのが残念だが、晴れていればとても美しい場所なのだろう。爽やかな風も吹いているし、小鳥も綺麗な声で囀っている。
「いいところだな、ここ」
「そうだね。でも刹那、敵を探してることを忘れないで。油断したら駄目だよ」
「わかったよ」
レナの言うことももっともだ。美しい景色に見とれている場合じゃない。今自分達は敵を探しているのだ。ぼーっとしていて見逃した、なんてことあってはならない。
気を引き締め、改めて敵の探知に専念する。もしかしたら今の瞬間だってこちらを狙っているのかもしれない。そうだ、油断は禁物だ。不意を突かれて襲撃される可能性だって否定できない。
刹那が探索に集中したのを認めると、レナはそのまま草原の中へと進んでいった。刹那もそのあとに続く。
最初のほうは草も足もとくらいまでしか伸びていなかったが、奥に進んでいくにつれてだんだんと草の身長が高くなってきた。今はもうすでに腰のところまで伸びている。このまま進んでいけば、自分達は草によってすっぽりと隠れてしまうのだろうか?
「刹那、ここからは特に注意して。草に敵が隠れてるかもしれない」
「わかった。気をつける」
レナに注意を促され、改め2人は歩を進める。
敵は人形だと雷牙は言っていた。人形はほとんどが人間の身長よりも低いものだ。今この時点でも、十分隠れることができる。
何が言いたいのか?そう、敵は隠れることができる。だから、
「!? っは!!」
このように隙を突いて奇襲だってできる。
今レナを襲った攻撃は刃物のようだった。弾き返したときに金属音がしたし、何よりもいきなりの奇襲で少しダメージを食らったせいで足から出血している。傷口はもちろん刃物による切り傷。だが、とっさに弾いたのが幸いしたのか掠り傷程度で済んだ。まともに食らっていたら戦闘不能だけは避けられないところだ。
「レナ!!」
「大丈夫、掠っただけ。それよりも・・・・・」
皆まで言わなくともわかった。人のことよりも自分のことを心配しろと言っているのだ。戦闘に長けているレナでさえ弾くのがやっとだった。それがもしも戦闘に不慣れな刹那だったら、足の一本は持っていかれかねない。
「・・・・・・・・」
大剣を形成し、息を殺して相手の出方を待つ。普通ならば草むらの中を移動しているのだからがさがさ、と音を立てるはずなのだが、それがない。だから、相手がいつ、どうやって攻めてくるのかがわからない。相手の攻撃に一瞬で反応して、一瞬で仕留めるしかない。
「・・・・・・」
いつ攻撃をしてくるのかがわからないのが、これほどもどかしいものだとは思わなかった。決して解いてはならない緊張感、早く決着をつけなければならないという焦燥感、いつ襲ってくるかわからない恐怖感。それらが一気に刹那の心を襲ってくる。
「!?っく!!」
再びレナが声をあげる。だが、今度は弾き返すことができなかった。神抜刀に凶器が当たらなかったのだ。
ひゅっ、という音が風を切り、凶器がレナの足を切り裂いた。足をやられたせいでバランスを崩し、レナはたまらず転倒する。
「レナ!?」
「う・・・・・」
肉体強化のおかげであまり痛みは感じないが、やられたところが致命的なところだった。それは踵から膝にかけて裏側に存在し、歩行や走行などに使われる重要な腱。それがなければ歩行はおろか立つことすらできない。その腱の名は、『アキレス腱』。レナはそこを損傷していた。
レナはすぐさま治療術を傷に施すが、もはや戦闘などできないことは自分でもわかっていた。自分の治療術は確かにすぐに傷をくっつけることができる。だが、それはあくまで応急処置でしかない。傷を瞬時に完治させることなど、レナにはできないのだ。つまり、アキレス腱を回復したとしても戦うことはできない。足を動かそうとしても、神経系のほうまで再生できていないから動かすことができない。
表情は冷静を装っているものの、レナは内心あせっていた。自分は戦闘の役に立てない。つまり、今襲ってきている敵を、刹那に任せることになる。
確かに、刹那は日々自分との訓練で以前とは見違えるようにはなった。だが、それはあくまで訓練の中での話。実践と訓練とでは勝手が違う。
しかも、状況が明らかに不利だ。この背丈の高い草のせいで敵の動きが認知できない。つまりは、相手に好き勝手やらせることになる。何もできないでみすみす嬲られるのが目に見えている。今から刹那は、そんな不利な状況で戦わなければいけないのだ。
助けを呼ぼうかと思ったが、それは無理だとすぐにわかった。レオの弾丸は衝撃を与えて初めて爆発する。だから、レオは弾丸を渡す際に近くの木にぶつけろ、と言ったのだ。
だが、この草原の周りには弾丸をぶつけれるようなものがない。地面に叩き付けようにも、自爆するだけで意味がない。遠くに放り投げたとしても、まともな衝撃が加わらないで不発するのも目に見えている。
結局、刹那が1人で戦うしかない。それは刹那もわかっているようだった。負傷したレナを守ろうと、必死で戦おうとしている。
・・・・・仕方ない。こんなこと言いたくはなかったが、言うしかない。
「・・・・・刹那、今から私の言うことをよく聞いて」
「?」
「いい?私はもう戦えない。でも、刹那だって戦えない」
「どういうことだ?」
「こんな視界の悪いところで戦っても、刹那には勝ち目がない。だから、逃げて」
「!?」
「敵は今も私達を狙ってるはず。こんなことをしている間にも、私達は相手に攻撃のチャンスを与えてるの」
「・・・・・・」
「だから逃げて。このままだと、2人とも死んじゃう」
良い判断だ。このままだと相手に好き勝手やらせてしまうことになる。そうすれば必然的に2人は撃破されてしまうことになる。
だが、ここで刹那が逃げれば撃破されるのは1人。つまり、レナは駄目でも刹那だけは生き残れる。2人死ぬよりも、1人だ。そっちのほうがいいに決まってる。
だが、その案を刹那が素直に受け入れるか?
「いやだ。ここで逃げたらレナがやられるじゃないか。俺が戦う、俺がレナを守るよ」
「・・・・・やっぱり、言うと思った」
自分が助かるための犠牲など、刹那が受け入れるはずがない。刹那の性格から容易に想像できたことだったが、刹那の口から出た言葉で想像から確信に変わった。―――ただ、最後の守る、という言葉だけは完全に不意打ちだった。おかげで少し間が空いてしまった。
刹那が逃げない以上、どの道生き残るには刹那が戦って勝つしかない。だが先ほど言ったとおり、見えない敵を相手に戦うということは不利以外の何物でもない。加えては刹那の経験不足。この2つが、勝利条件をより難易度の高いものにする。
だが、その2つのうち1つでも崩れれば勝利する確立はぐっと高くなる。刹那の経験不足はどうしようもない。いまさら何をしようと補うことなどできない。
となればもう1つのほう。相手を認知できるようにすればいい。だが、こんな広くて隠れやすい草原にいる敵をどうやって見つけ出す?
簡単だ。草が邪魔をしているんだったら草を除去すればいい。だが、どうやって?
「刹那、ちょっとこっちに来て」
「ん?あぁ、わかった」
レナは何とか片足だけで立ち上がる。歩行は無理でも、立つことくらいだったら片足でもできる。
抜き身の神抜刀を地面に突き刺すと、レナは目を瞑り深呼吸を繰り返す。深く吸って、深く吐く。―――精神統一だ。新鮮な空気を体に取り込み、酸素の抜けた腐った空気を外に出すレナの集中法。
しかし、妙だとは思わないだろうか?なぜこんなときに集中をする必要があるのか?集中したところで、レナは戦いに参加することはできない。ならばなぜ?
レメンの世界で、レナがレメンの攻撃を炎の壁で防御したのを覚えているだろうか?命中すればただでは済まないビームのような攻撃を、いとも簡単に防御してみせたあのときを。そう、レナは神抜刀に自らの魔力を込めることで炎を自由自在に操ることが可能なのだ。
便利で強力そうな行為にも、もちろんリスクはある。大規模な炎であればあるほど、込める魔力は多くなければいけない。つまり、この草原を焼き払うために必要な炎を出すには、時間がかかってしまうのだ。
そのため、レナは今集中して神抜刀に魔力を注いでいる。一秒でも早く必要な分の魔力が神抜刀に満ちるようにと。
深呼吸をして精神統一したのもこのためだ。普通の状態からと、集中しながら魔力を込めるのとでは全然違う。―――集中したほうが、神抜刀に魔力が満ちるまでの時間が短くなるのだ。
・・・・・次第に魔力が満ちてくるのがわかる。もうすぐ、もうすぐでいける。
レナのほうは順調にことを運びつつある。だが、敵も大人しく待ってくれるわけがなかった。今刹那たちは身動きが取れない状態にある。今レナの集中が途切れてしまえばあっという間にためていた魔力は神抜刀から抜け出し、再びやり直さなければならなくなるし、刹那は集中状態のレナを守らなくてはならない。
刹那たちにとっては危機の極み、敵にとっては絶好のチャンス。この絶好のチャンスを、敵が待ってくれるか?いや待たない。こんな大きい隙など、他にあるものか!!今攻めないでいつ攻めてくる!!
不意に、ひゅっと風を切る音がした。間違いない、レナを襲った攻撃だ。刹那は音と勘を頼りに大剣を振り上げる!!
「うぉぉおおおおおお!!!」
振り上げた際、その勢いのあまりぶおぉぉおおッ!!という音がした。刹那の大剣は周りの草を切り、起こした風で切れ切れになった草を空に舞い上げる!!そのときだった。
{―――・・・・!?}
大剣から、草のものではない手ごたえが伝わってきた。それはカンッという、軽い金属のような感覚だった。―――敵による攻撃を切り払うことに成功したのだ。
刹那は大剣を上に振っている。そしてその大剣に当たったとなれば、必然的に空中に打ち上げられることになる。つまり、今空中に上がっている物体は、自分達を狙ってきた凶器だ!!
刹那は顔を上げ、虚空に待っている凶器の正体を見る。それは、
「・・・・・矢?」
刹那の言葉に疑問符がついたのは、空に舞っている矢があまりにも短かったからだ。弓道の矢でも、あれの倍はある。とにかく短いのだ。
しかし、その疑問は少し考えてみただけですぐに解決された。今こちらを狙ってきている敵が雷牙の言っていた人形のうちの一体なのだったら、このサイズは納得できる。
空中の矢が重力に任せて地面に落下する。くるくると何回も回転しながら地面にカランッと落ちた瞬間、刹那の後ろのほうから熱気が感じられた。
「レナ?!」
慌てて振り向く。そこには不敵な笑みを浮かべているレナが、炎を纏っているのが見えた。炎はレナを中心に渦を巻いているような感じになっていて、それがたまらなく幻想的だった。
「刹那・・・・・いくよ!!!」
レナがそう言うと渦を巻いていた炎が一筋となり、まるで1匹の龍の如く草原を駆け巡る!!炎を纏っている龍はまさに名の通り、『炎龍』!!
華麗に草原を舞い、辺り一面はすぐ炎の海になった。波のように小さな炎が勢いを増し、高潮のように炎は草原を飲み込む!!
だが、刹那のレナの地点だけは炎が襲ってこない。炎の熱気は肌に触れても、炎自体が触れることは決してない。当然だ。自分の主を焼け焦がすなど、この炎龍はするわけがないのだから!!
炎の海を翔る炎龍は、まるで生きているかのようだった。回り、うねり、そして焼き尽くす!!
その炎龍が直に通った場所は焼け爛れた大地しか残らなかった。大地に生えていた草は燃えカスすら残らない!!炎龍は地獄の炎で全てを燃やし、消し去る!!
「・・・・・ぅ・・・・・」
熱気と炎は次第に落ち着いてきたものの、それでも刹那は熱かった。額からは汗がにじみ出ており、服は汗ばんでいる。これだけの炎の熱に当てられれば当然だ。
炎はもう焼くところを失ったせいか、次第に火力が衰えていき、先ほど果敢に辺りを燃やし尽くしていた炎龍もいつの間にか消え失せていた。
辺りは熱のせいで水分を奪われたパサパサの土しか残っておらず、自分達を覆い隠していた草原も全てとまではいかないが、十分戦えるくらいには燃えてなくなっていた。
視界を遮っていた草がなくなったことにより、今まで自分達を攻撃してきた敵の正体がわかる。やはり、人形だった。手には人形の大きさにふさわしいサイズの大鋏が握られており、早くかかってこい、と言わんばかりにその鋏を閉じたり開いたりしている。
着ている服は青色。顔はいたって無表情で、その表情で鋏を動かしているのがとても不気味だった。
「・・・・・・・」
いつでもいける、戦える!!
刹那は大剣を構えると、そのまま突撃していった。―――もちろん肩に担いでの一撃必殺を考えているわけではない。相手の出方を伺いつつ、自分が攻撃できるチャンスを見極めるやり方だ!!!
「うぉおおおおおおおお!!!!」