第47話 殺戮人形編3
昼食は雷牙が捕ってきた魚になった。木の枝を削って尖らせた棒を魚に突き刺し、焚き木の火の近くに刺して焼く。塩味加減はお好みで、心持少な目がいい具合。
食事が済んだ後は何のひねりもない話し合いになった。内容は自分達のこと。お互い知らないことが多すぎたので、かえって盛り上がった。その中でも盛り上がったのは、雷兄弟の昔話だった。
「あの時のでっかい鳥はやばかったぜ!くちばしが鋭いのなんの!!」
「でも結局兄ぃが1人で倒したんですよね。・・・・・・風蘭さんさえいなければ僕だって・・・・」
「な、なによ!!怖かったんだからしょうがないでしょ!!」
狩りの話には雷兄弟のほかに風蘭が出てきた。好奇心旺盛な風蘭は毎日毎日飽きもせず雷兄弟の狩りについていったのだという。―――ほとんど雷光の背中で震えているだけなのだが。
「いつもいつもついてきては肝心なところで僕の背中に隠れて・・・・・僕だって狩りしたかったのに・・・・・・」
「う〜・・・・・・」
「あははは。でもさぁ、風蘭もたまには役に立ったでしょぉ?」
「たま〜にだけどな、死に掛けたときの治療はありがたかったぜ」
「治療?」
そこで一旦話は途切れ、風姉妹の治療の話に方向転換した。風姉妹は得意気に胸を張りながら、自分たちのことを答えた。
「あたしたちが雷兄弟のお供で来たってことは知ってるでしょ?でも、何の役にも立たないただの女の子が、殺人鬼討伐に借り出されるわけないからね」
「私たちはねぇ、戦いはできないけど傷に治療を施すことはできるのぉ。だからねぇ、私達はこうやって雷兄弟についてきたんだよぉ」
「そなんだ、風花さんも風蘭さんも治療術使えるんだね」
「でも、こっちのほうなんだけどね」
そういうと、風蘭はポケットから小さなケースを取り出した。パカッと風蘭がケースを開けると、中には小さな針や細い糸、それに見た目ですぐにわかるほど鋭いメスなど、様々な医療道具が詰まっていた。
「私達の血筋は、何でか知らないけど魔力がちぃっとも使えないのぉ。だから小さい頃から両親から医療を教わってるからねぇ、手術のほうの治療の達人なんだよぉ」
「そうそう!だから村のほうにある『風治療院』っていう病院もあたしらがやってんの!」
「へぇ〜、それじゃ痛みがあっという間にひいたのは風花と風蘭が作ってくれた薬と湿布のおかげなのか」
「そうだよぉ、だからすぐ効いたでしょぉ。即効性の強いやつだからねぇ」
にっこりと笑って風花が言った。確かに薬を飲み(正確には飲まされた)、患部に湿布を張った(正確には張られた)すぐ後に痛みは消えてしまった。即効性が強いといっても、これだけ効くとなれば調合した人の腕が良いとしか言いようがない。
「お、夕日だ。もうこんな時間になっちまったか」
いつの間にか空は紅に染まっていた。白いはずの雲も、青い空でさえも夕日の光で綺麗な紅色になっていた。
やがて自然豊かなこの森にも夜が訪れ、雷兄弟の小屋に明かりが灯った。
+++++
雷牙は目を覚ました。―――朝だからではない。まだ夜中だし、かといって変な物音が聞こえたわけでも、殺気を感じたわけでもない。ただ・・・・・目を覚ましたときに嫌な予感がした。それだけだ。
昔から雷牙の勘はよく当たる。狩りの獲物を探すときも、雷牙が向かった方向にはほぼ確実にいたし、獲物との戦闘でも大体ここに攻撃してくるということがわかってしまう。だから、今夜目が覚めたのもただの偶然ではないのかもしれない。
雷牙は、隣で深い眠りについている雷光を起こさないように部屋からそっと抜け出し外に出た。外は静かな夜風が吹いており、空には少し欠けた三日月が浮かんでいた。虫のリリリ、という鳴き声も綺麗に響き渡り、近くにある川も小さな音でゆっくりと流れていた。見た限りでは怪しいところ、不審なところはどこにも見当たらない。
いたって静かな夜、先ほど感じた嫌な予感は外れたのだろうか。―――そう思うしかなかった。いくら勘のいい雷牙でも外れるときももちろんある。ほぼ確実とは言っても、100%当たるわけではないのだ。
今回はその外れがきてしまったのだろうと、雷牙は家の中に入ろうとした。まだ夜だし、眠い。もう一眠りしよう。
家の戸に手をかけた瞬間に、雷牙はその嫌な予感がまだ胸の内から消えないことに気がついた。気のせいなんだ、と自分に言い聞かせてもその予感は消えるどころか、ますます強まっていく。
「ん?」
雷牙は、月に照らされて出来た自分の影の他にも影ができているのに気がついた。自分の影よりも小さい4つの影。バッと後ろを振り向く。そこには、
「人形・・・・・か?」
自分の身長の半分もない小さな人形が4体、一列に並んで空中に浮かんでいた。しかもその人形はそれぞれ武器を持っており、一番左の赤い服を着た人形は小刀を両手に、次の黒い服を着た人形は両手に大斧を掲げ、次の桃色の服を着た人形は大槌を肩に担ぎ、一番右の青い服を着た人形は大鋏を両手で持ち刃を開いたり閉じたりしていた。
雷牙の嫌な予感は外れてなどいなかったのだ。見事的中していて、今目の前にいる露骨な武器を持っている人形が、自分の戦うべき相手だと雷牙の勘が告げている。
{こいつらが殺人鬼、かよ・・・・・とんでもねぇ人形だな!!!!}
先手必勝が雷牙の信条、ゆえに雷牙は一瞬にして『眼』を発動させ4体の人形に特攻していった。『眼』のおかげで体の奥底から魔力が溢れ出し、雷牙の肉体は凄まじく強化される。特攻したときの速さも、まるで突風。雷牙はその勢いを利用して空中にいる赤い服を着た人形に突撃する。
ゴッ!!と鈍い音がしたあと、赤い服の人形は雷牙の突撃をもろに食らって地面に叩きつけられ、勢いのせいで服が破れ、腕やら足が取れていたり、首がひん曲がったりしていた。
よし、と雷牙が思えたのもつかの間。残りの3体の人形が雷牙に襲い掛かってきたのだ。どういう原理かは知らないが、人形達は空中にいるはずなのに一瞬で加速し、そのまま勢いに任せて雷牙に武器を振るってきた。
雷牙から見て左が大斧を、真ん中が大槌を、右が大鋏を持った人形が急接近してくる。だが、肝心の雷牙はといえば空中にいるため身動きが一切取れない。このままでは、接近してきた人形達にやられる。
{っへ、まだまだだな!!}
雷牙はにやりと笑うと、先に接近してきた左の黒い服の人形を右側に蹴っ飛ばす。左にいる人形が右側に吹っ飛べば当たり前のことなのだが、真ん中、左の人形も黒い服の人形に巻き込まれる。
雷牙を襲ってきた人形は一塊になって近くの木の幹に激突し、雷牙の蹴りの威力がまだ生きているのか、その木を易々とへし折ってしまった。倒れた木は地面には倒れず、他の木に引っかかってしまったせいで音はさほど立たなかった。
空中から着地し、『眼』を解除した雷牙は、人形達の手ごたえのなさに疑問を抱かずにはいられなかった。
{・・・・・変だぜ、こんなに弱ぇはずがねぇ・・・・・}
この程度の弱さなのならば、普通の獣族でも十分に撃破できるはずだ。不意討ちを狙われたとしても、被害者の中には獣族でも実力のある者も含まれている。そんな獣族があっさりと不意討ちされるのはおかしい。
{・・・・・何だ・・・・・}
雷牙は自分の中の嫌な予感が、まだ消えていないのに気がついた。
もうおかしいことだらけだった。中途半端な強さの人形、原因を倒したはずなのに消えない嫌な予感。さっきの突進と蹴りで間違いなく人形達は壊れたはずだ。『眼』を発動した体で人形に攻撃したのに、壊れないはずがない。現に、最初に突進して倒した人形はぼろぼろになっていた。他の人形も同じ素材でできていたのなら、雷牙の蹴りで確実に壊れたはず。
なのに、なぜこんなにも嫌な予感がするのだろう。わからない、わからない、わから―――
「!? うぐぁあああ!!!???」
不意に、左胸に鋭い痛みが走る。腹を見下ろしてみると、刃が腹を貫通していた。そして、ゆっくりと後ろを向く。そこには、最初に撃破したはずの赤い服の人形の腕が浮いていて、その手に持っている小刀で思い切り突き刺しているのが見えた。
その瞬間、雷牙は全てを理解した。獣族がどんどん葬られていることも、自分の中の嫌な予感が消えないことも・・・・・。
{くそったれがぁ・・・・・}
目の前が真っ暗になり、雷牙はその場に倒れた。ズボッと小刀が抜けた音を最後に、雷牙は完全に意識を失った。
+++++++
雷牙の突然の叫び声を聞きつけた一同は、外で血まみれになって倒れている雷牙を発見した。見てみると、左胸から血が流れ出ていた。それはまるで、貯水タンクに大きな穴を開けられたかのような勢いだった。傷口を見る限りでは、おそらく心臓を一突きにされている。―――即死だろう。
風姉妹と雷光は雷牙の体を仰向けに治すと、そのまま治療に移ったようだった。
「安心して、雷牙君は死んでないからぁ」
刹那たちの顔色が蒼白だったのに気がついた風花は、雰囲気に合っていない笑顔で言った。だが、何の効果もないことは明らかだった。心臓が一突きされたのだ、死んでいないわけがない。
「風蘭、心臓は動いてるよねぇ?」
「うん!大丈夫!ちょっと脈が速いだけ!」
「それじゃ縫合しちゃおう」
「頼みましたよ、2人とも」
雷牙のことを風姉妹に頼んだ雷光は、雷牙が死んでいないことに驚いている刹那たちのほうに歩み寄った。
「雷光、雷牙が死んでないってどういうことだ?心臓を貫通したら即死するはずだぞ?」
レオが少し強めにたずねてきた。無理もない、あの雷牙の出血量からして心臓を串刺しにされているはずだ。心臓を貫通して生きている人間など、『レメン』くらいのものだ。普通の人間が生きているなど、ありえない。
レオの問いに雷光は即答した。
「簡単なことです、兄ぃの心臓は普通の人と逆の位置にあるんです。いや、心臓だけじゃない。臓器と言う臓器が、普通の人と逆になってるんです」
「臓器が逆に位置している、ということか?」
「そうです」
雷光の話によれば、臓器が逆になっている、ということは非常に稀なことらしい。雷牙は不幸、いや、幸運にもその稀なことのおかげで死を免れたわけだ。
それと、臓器が逆になっている人は体が弱いのだとも雷光は言った。昔、まだ狩りなどしていなかった頃のことだが、雷牙はとにかく病気がちで、外に出ることなどできないほどだったのだという。―――今の雷牙からは想像のつかない話だった。
その虚弱だった雷牙の専門医だったのが、風姉妹の両親だった。
雷牙のかかる病気は風邪というわかりやすいものからまったく未知のものから様々で、そのたび病気に合った薬を調合するのは普通の医者では無理だった。だが、風一族だけは違った。どんな病気でも必ずと言っていいほど薬を飲めば症状は治まったし、さらには虚弱だった雷牙の体を至って普通の健康体まで回復させることに成功したのだ。雷牙が狩りに出ることができたのも、体術の才能を開花させたのも、全ては風一族のおかげだと言っても過言ではない。
雷光が話している間に、雷牙の治療は終わったようだった。もう治療道具を片付け始めているところだった。
「みんなぁ、縫合終わったから小屋に運んでくれるぅ〜?」
風花の間延びした声から、雷牙は無事だということをみんな理解したようだった。