第42話 絶望編3
「いてて・・・・・」
ドレンをかばうようにして地面に叩きつけられた体の確認をしてみる。痛みはあるが、動けなくなるくらいのものではない。次にドレンを見てみる。どういう寝つきをしているのか、まだ寝息を立てて寝ている。
即座に立ち上がると同時に目に入ったのが、先ほどまで自分達がいた爆発により激しく燃え盛っているドレンの家だった。屋根の上だからよかったものの、家の中にいるときに爆発していたら―――間違いなく死んでいただろう。
少しだけ身を震わせ、今時分が何をしなければならないかを考える。そうだ、レオたちと合流しなければならない。
「ん・・・・ん・・・・・」
「ドレン、起きたか」
眠たい目をこすり、ゆっくりと目を開けたドレンは、自分の目に入った光景に一瞬で目が覚めた。自分の家が燃えている、意識を覚醒させるには十分な光景。
「せ、刹那兄ちゃん、何で、何で家が燃えてるの?」
「夜襲だよ。それよりも、レオたちと合流しないと―――」
刹那の言ったその言葉は途中で遮られることになった。炎上している家の周りにいた敵が刹那とドレンの存在に気付き、かかってきたからだ。炎の光で、その敵が兵士であるということがわかった。そして、その数も。
{なんて数だよ・・・・}
夜襲のセオリーは気付かれないようにするということだ。そのため、敵に気づかれないように少数で向かうことが望ましい。だが、この兵士達は違った。ただ殺すためだけに仕掛けたのだとはっきりわかる人数だった。眠りを妨げられるほどの足音を鳴らした理由が、今やっとわかった。ぱっと見るだけでも、向かってくる兵士は100以上、確実にいる。まともに戦える自信はなかった。
「刹那兄ちゃん、どうするの!?」
「・・・・・とりあえず逃げよう」
敵が迫ってきているのに、わざわざ立ち止まってどうしようなどと考える馬鹿はいない。刹那はドレンを肩に担ぐとすぐさま肉体強化を施し、全力で逃げ出した。ただ、どこに向かって逃げているのかは、わからない。
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爆風に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる寸前にうまく受身を取ったため、レナの体に痛みは微塵もなかった。体に痛みがないということを確認したレナは辺りを見回してみる。―――ドレンの家を燃やしている炎のおかげで見やすくなったというのがいささか腹立たしい。
炎の明かりに照らされレナの目に入ったものは、ドレンの近くの民家の中に入ろうとしている兵士達の姿だった。おかしい、ターゲットは自分達のはずだ。なぜ関係のない民間人を襲う必要があるのだ?いや、もしかしたら違うのかもしれない。何か事情があって乗り込むだけなのかもしれない。
レナのその考えは、民家の中から聞こえてきた悲鳴によって否定された。空気を振動させるような高く、そして目の前の恐怖に怯えている、そんな悲鳴。耳にそれが入るなり、レナの足は動いた。悲鳴のしたほうの家目掛けて走る。
家の前までたどり着き、開いている扉をくぐった先には兵士3体と、子供を抱きしめ、恐怖に顔をゆがめている女がいた。―――よかった。まだ殺されていない。一瞬だけ安堵し、そしてすぐに腰の神抜刀を抜き、こちらの存在に気が付いていない兵士3体のうちの1体を頭から一刀両断する。兵士は断末魔も上げず、血も出ず、ただその場に音を立てて倒れこみ、黒い光に包まれて消えた。来たときに倒した兵士と同じようだった。
ようやくレナの存在に気が付いた2体は手にしていた剣をレナ目掛けて振るが、遅かった。兵士達の両刃の片手剣は、レナの体に触れることなく持っている腕ごと地面に落ちた。レナの神抜刀が兵士達の剣を持っているほうの腕をあっという間に切り落としたのだ。
兵士達は残った片方の腕で剣を拾おうとするが、レナの神抜刀が兵士達の首を落とすほうが早かった。一太刀で二つの首をうまく落とすと、先ほどの兵士と同様黒い光に包まれて消えてしまった。
ものの10秒と経たないうちに兵士達3体を倒したレナは、呆然とこちらを見ている女と子供に声をかけた。
「私が出たら戸を閉めて鍵をかけて絶対に開けないで。それと、また兵士達が入ってきたら叫ぶこと。そしたらすぐ駆けつけるから、いい?」
「は、はい!」
女の返事を聞くと、レナは家を飛び出した。他の家も同じようなことになっていれば助けなければならないからだ。
目を閉じて神経を耳に集中させる。悲鳴が聞こえたら即座に行くためだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・・・・・・・――――――悲鳴は聞こえない。まだ兵士達が来ていないのか、それとも悲鳴を上げさせる間もなく殺しまわっているのか。答えがわかったのは目を開けて、目におびただしい数の兵士が村の外から入ってからだった。どうやら先ほど葬った兵士達は一番最初に村へ乗り込んだらしい。
なぜ一斉に来なかったのだろうか?そんな考えがレナの頭によぎったが、今はそんなことを考えている暇はない。この大群とも呼べる兵士達をなんとしてでも撃破しなければならない。そうしなければ、おそらくこの村の人々は殺されてしまう。それだけはさせるわけにはいかない。
レナは手にしている神抜刀を力一杯握り締め、大群に向かっていった。
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「に、兄さ〜ん・・・・・・どこ〜・・・・?」
できるだけ、小さい声で兄であるレオの名を呼ぶ。ここで大声を上げて呼ぶものならば、近くを徘徊している兵士達に一発で居所がばれ、最悪殺されてしまう。リリアは素手で戦う術を持っていないのだから当然だ。
「兄さ〜ん・・・・・返事・・・・してよ〜・・・・・・」
声は先ほどよりも小さくなった。不安に駆られて自然に体が縮こまってしまい、うまく声が出せないのだ。
いつ襲われるかわからないという恐怖、夜であるための暗闇による恐怖、レオの存在感がないという恐怖。3つの恐怖がリリアを襲う。
「兄・・・・・さぁん・・・・・ふぇぇ・・・・・」
少しだけ、涙が出てきた。レオがそばにいないだけで、闇がこんなに怖いものだとは思わなかった。
何とか寂しさからくる恐怖だけは何とか打ち消そう、そう決めたリリアは右手の甲で涙を拭く。
「ん・・・・・・、あ!」
ゴシゴシと目をこすり涙を拭いたあと、リリアにある考えが浮かんできた。
レオは確か砦に向かうようなことを言っていた。ならば、刹那もレナも、そしてレオもそこに向かうはずだ。砦にたどり着けばみんなと会えるかもしれない。
「・・・・・・・よし!」
決心はついた。向かうは、この世界の罠のいる砦。だが・・・・・・・・悲しいかな、リリアは砦の方角を覚えてはいなかった。いや、正確には先ほどの爆発のおかげでど忘れしてしまったのだ。
「・・・・・え〜っと・・・・・・あれ?」
果たして無事にたどりつくことが、そしてレオたちに会うことはできるのだろうか?
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レオは今現在民家の屋根を足場として利用し、砦のほうへと全速力で向かっていった。
戦闘能力が高いレナはともかく、ドレンと一緒の刹那と、武器も戦闘術も持ち合わせていないリリアのことが気になったが、この闇の中探すことは非常に困難だ。探すには名前を呼ぶなりなんなりしなければならない。そうなれば、敵に見つかる可能性が非常に高くなる。
ならばどうすればいいか・・・・・・簡単だ。おそらくみんなこの世界の罠がいる砦に向かうはずだ。ならば、
{行くしかないよな}
1軒、また1軒。強化した足で屋根を踏みつけ、そしてまた次の1軒に飛び移る。下には兵士達がいるから、屋根を飛べば妨害されることもなく向かうことができる。
「・・・・・・・見えた」
遠くに見える小さな光は、おそらく見張りが不審人物を見つけやすいように焚いている炎だろう。その炎のおかげというべきか、砦の外部がうっすらだが見えた。
「行くか・・・・・・」
そうつぶやくと、レオは止まることのない足をさらに動かし、砦めがけて歩を進めた。