第40話 絶望編1
暗闇の中に、僕達はいた
絶望という暗闇の中に
そんな暗闇に一筋の光が飛び込んできた
その光は他の何でもない、あなた達だった
異次元図書館に帰るなり、オリアスは刹那たちに罠が張られている可能性の高い世界に繋がっている本を手渡した。一刻も早く異世界中の罠を取り除かなければならない、という一心で、刹那たちは疲れが溜まっているのにも関わらず、次の世界へと向かった。
いや、本当はそんな立派なことを考えて刹那は次の世界への本を受け取ったわけではないのかもしれない。次の世界はどんな世界なのだろうか、どんなものがあるのだろうか。純粋な好奇心が、刹那たちを異世界に向かわせたと言ってもいいかもしれない。
本を開くと出現するゲートの中で、刹那はレナにたずねた。
「そういえばさ、何でレヴァイルはレギスを殺さなかったんだ?」
「私に聞かれてもわからないよ。でも、何でだろうね」
腕組みをして考えるレナ。思い当たることは、2つあった。1つ目、単なる気まぐれ、いつも殺していたから、たまには生かしてみようか。そんな感じの、本当にただの気まぐれ。
2つ目、もしかしたらだが、レギスがレヴァイルによって新しい罠になったのではないか、という考えだった。初めて異次元図書館に訪れる前の世界で、傷つけても傷つけても再生し、また自ら死のうとしても決して死ねず、あのときに刹那が殺していなければ永遠に苦痛に耐えて生きていなければならなかったかもしれない青年、レメンと同じように。
しかし、レナの頭に浮かんだこれら2つの考えが、レヴァイルの意図だとは限らない。レナの予想通りなのかもしれないし、もしかしたらこれ以外の考えかもしれない。レナはレヴァイルではないのだから。
そうこうしている間に、次の世界の光が見えてきた。その光はだんだん大きく、近くなっていき、刹那たちを包み込んだ。
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「はぁ・・・・・・・」
ため息をつくのは、11、12そこらの少年だった。ため息をつくのも無理はない。まだ成長しきっていない肉体なのに、あれだけの重労働をさせられるのだからため息くらいは出る。
変化が起こったのは3年も前の話だった。平和だった村にいきなりやってきたのは黒マントを羽織った男。いや、やってきたというよりも現れたといったほうが正しいか。
その男は笑って懐に手を伸ばし、黒い水晶を取り出した。すると、その水晶が不意に光を放ったと思ったら、突如ぞっとするほどの数の兵士と一体の全身鎧で覆われている巨大な男が現れたのだ。
黒マントの男はその巨大な鎧男に黒水晶を手渡すと、笑いを崩すことなく空間に開いた穴の中に入り、そして消えた。絶望という置き土産を残して。
それからはもう、地獄としか言えない日々が続いた。まず最初に奴らがやったことは、働き手にならない邪魔者、つまり老人やまだ授乳期の子供を殺すということだった。
悲惨だった。反乱を起こす気をなくさせるためなのか、みんな目の前で剣で切りつけられた。胴体から離れる肉片、飛び交う血、耳をつんざく叫び声。耐えられずに吐いた。腹の中にあるものを全て地面にぶちまけた。
自分は吐くだけだったが、殺された者の家族はそれだけでは済まなかった。ある者は耐え切れず発狂し、ある者は怒りのあまり自傷を繰り返した。地獄絵図、まさしくこの光景が相応しかった。
次に奴らがやったことは、今日までずっと行われてきた行為、肉体重労働だった。奴らの親玉、つまり巨大鎧男の本拠地の建設から、武器の生産まで様々なことをやってきた。武器を生産したのは、おそらく兵士が他国への侵略のためだろう。
もちろん、村の住民はそのまま言うとおりにするわけがなかった。逆らおうとする者、倒そうとする者はたくさんいた。幸い武器もある、人手もある。作戦も、自信もあった。そこまではよかった。だが、失敗した。明らかな戦力の差だった。
当然、反逆に加わったものは皆殺し。もちろん見せしめのため村人全員の前で。それ以来、反逆はなくなった。戦えば間違いなく死ぬ、それをわかっていながら戦おうとする勇気のある者、いや、馬鹿な者は村人の中にはいなかった。なんだかんだ言っても、やはり死というものは怖い。現に、自分も死を恐れこうして奴隷として働いている。
弱い自分に嫌気がさした。戦って死んだ村人達に申し訳なく思って眠れない日もあった。だが、こうするより他なかった。やっぱり、死ぬのは怖いから。
「はぁ・・・・・・・」
今日何度目かわからないため息をつき、少年は肩の荷物を背負い直す。いつになれば解放されるのだろう、そんなことを思いながら。
と、そのときだった。以前にも聞いた、ごごご、という音が耳に入った。音のしたほうを振り向いてみると、空間に穴が開いていた。その穴にも見覚えがあった。黒マントの男が出てきたのと同じものだ。
嫌な汗が額から流れたのがわかった。黒マントの男と同類のやつが出てくるに違いない、そんな考えが頭をよぎった。
すっ、と4人の人間が穴から出てきた。最悪だ、おそらく殺される。逃げようにも、なぜか足が動かない。
4人のうちの一人がこちらに向かって歩いてくる。銀髪を赤いバンダナで押さえている男だ。腰には何やら筒のようなものを下げている。おそらく異国の武器だろう。ああ、もう駄目だ。
男が口を開く。少年は、聞こえてきた男の言葉を疑った。
「ここら辺で何か急におかしくなったことはないか?」
この4人が自分たちの希望であることを、この時少年は思いもしなかった。
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次の世界で刹那たちが最初に見たものは、体にあっていない荷物を背負っている少年だった。その少年は、化け物でも見たかのように顔を引きつらせてこちらを見ている。いくら空間から人が出てきたとはいえ、この驚き方は異常だ。過去にも例があったのだとすれば、この世界にも罠があることになる。
レオは少年に歩み寄り、たずねる。
「ここら辺で最近何か急におかしくなったことはないか?」
たずねた途端、少年はその場にへたり込み、あ、あ、と顔をさらに引きつらせながら脂汗を流していた。やはり、この驚き方はなんだかおかしい。
「俺たちは別にお前をどうこうするつもりは―――」
「レオ!!」
刹那の声で、レオはばっと振り向いた。甲冑に包まれた兵士が2人、腰の剣を抜きこちらに走ってくる。その兵士を見た途端、少年は頭を抱えガタガタと震え始めた。やはり、この世界にも・・・・
レオが銃を抜くのよりも早くレナが神抜刀を抜き、敵兵にかかっていっていた。レナは兵士達の剣をかいくぐり、手に持っている紅い刃が足を切り裂いた。足は体を支えている柱のようなもの、傷つけられれば立っていることは困難なはず。当然、足を切りつけられた兵士達は倒れこむはずだった。
だが、兵士はうめき声一つ漏らさず、一人は油断をしているレナに、もう一人は一瞬の出来事にきょとん、となっているリリアに切りかかっていった。
{え!?}
てっきり戦闘不能になっていると思い込んでいたレナは隙を突かれてしまった。後ろから来る剣、とっさに体をよじって受けようとする。が、急に兵士の体が、まるで糸が切れた操り人形のようにぐったりとなり、その場にバタリと倒れこんでしまった。
「レナ、大丈夫か?」
「刹那・・・・・・」
通りで、とレナは思った。倒れている兵士の背中には刹那の大剣の一本線があった。刹那が助けてくれたのだ。(もっとも、刹那の助けがなくとも大丈夫であっただろうが)一刀両断していないところを見ると、やはり手加減したのだろう。殺すよりは、と思った刹那の気持ちが手に取るようにわかった。
だが、一つおかしな点がある。その兵士の体からは血が出ていなかったのだ。うめき声一つ上げず、ただ倒れている。
ズガン、と、レオのほうから銃声が聞こえた。レオもリリアを守るため神爆銃を抜き、兵士の左胸を狙い撃ちしていた。その兵士も何も言わず、ただその場に倒れ伏した。
「レオ、この兵士達って・・・・」
スチャ、と腰のホルスターに神爆銃を収めるのと、レナが疑問をレオに問いかけるのが同時だった。
レオは少しだけ倒れている兵士を見、結論を出した。
「ああ、人間じゃないな。血が出てないし、鎧の中に『体』がない」
その通りだった。倒れている兵士達の傷を見てみると血が出ていない。通常であれば必ず出ているはずだ。それに、兵士達の纏っている鎧は空洞となっている。中に何も入っていない証拠だ。
「あれ?兄さん、光ってない?」
不意に兵士達は体から黒い光が放たれた。闇を思わせる黒い光は兵士達の体を包み、その光がおさまったと同時に、その空洞の鎧はその場から消えてしまっていた。
物が一瞬にして消えるという手品のような光景に、刹那はすっかり驚いてしまった。
「き、消えた?」
「この国にも罠がある可能性が高いな」
もっともな意見を提案したレオは、腰を抜かして驚いている少年に歩み寄った。事情を聞くためと少年の体に傷がついていないか確かめるためだ。不意に近寄られた青年に恐怖し、少年の体がビクリと跳ねた。
レオはなるべく怖がらせないようしゃがみ込み、目線を少年に合わせた。もちろん微笑みを浮かべておくのも忘れてはならない。
「大丈夫か?」
想像とは違う言葉をかけられた少年は一瞬驚き、そして答えた。
「・・・・・・・・うん」
「立てるか?」
「・・・・・・・・立てる」
少年が立ち上がると、レオも立ち上がり、そして再びたずねる。
「さっきも聞いたが、ここら辺で何か急におかしくなったことはないか?俺たちはそれを解決するために来たんだ」
少年はとりあえず、この空間から現れたこの4人が敵ではない、ということを判断した。目から敵意が見られないし、何よりも自分達の敵である兵士を葬ってくれたのだから。
自分達が戦っても決して勝つことのできなかったあの兵士達を、いとも簡単に倒してくれたこの人たちなら自分達を救ってくれるかもしれない。そんな考えが、自分の頭をよぎった。
だが、ここで事情を話すことはできなかった。また他の兵士が駆けつけてくるかもしれないからだ。
少年は「ついてきて」と一言言うと、自宅のほうに走り出した刹那たちも顔を見合わせ頷くと、少年の後を付いていった。