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第39話 約束編4

「最初の攻撃にすら耐えられませんでしたか。結構力加減はしたはずなのですがね」


神の使いを名乗る男が手に持っている、先が3つに分かれている『神突槍』には真紅の血がぽたぽた、と滴り落ちているくらいべっとりと付着していた。血の主は、今床に倒れているレギスのものだ。

レギスはこの男の最初の一撃さえも受け流すことができなかった。それどころか、攻撃を見切ることさえもできなかったのだ。

いや、しかし最初の一撃のとき、実のところ、レギスは突進してきた男の槍の攻撃の筋を見切っていたのだ。正面から臆することなく突っ込んでくる男の持つ槍の矛先は自分の腹。となれば、十中八九自分の腹部めがけて槍が伸びてくるだろう、と。

見切りのついている攻撃ほど怖くない攻撃はない。あとは男の攻撃を待つだけ。自分に向かってくる槍をさばいて隙だらけの首めがけて剣を振り、勝負を終わらせる。

予想通り、男の槍は自分の腹をめがけて伸びてきた。だが、レギスは見切ったはずの攻撃をさばくことができず、男の槍に自らの腹部を貫かれてしまった。

一体、なぜ筋を見切ったはずの攻撃をさばくことができなかったのか?

簡単なことだった。目にも止まらない速度で槍が伸びてきたからだ。いくら攻撃の筋を見切っていても、対応できないくらいの速度で向かって来られればさばけるはずもない。

腹部を貫かれたレギスはそのまま口から血を吐き、槍が引き抜かれたと同時にできた大きな傷を押さえながら倒れてしまった。ドシャ、と床に体が叩きつけられた音が辺りに響くと、レギスの体から赤い液体が流れ出た。確実に、死んでいる。


「さて、神の魂の器でも迎えに行きますか」


自分の仕事は隣国の騎士を殺すことではない。神の魂の入った器を破壊すること、つまり刹那を殺すことが本来の目的なのだ。死体のいるところでのんびりと待つというのも何だか気味が悪い。

男は血を流し、倒れているレギスの横を通ろうとした。カツカツ、と男が歩くたびに床が音を立てている。

間もなくレギスを通り過ぎようとしたときだった。


「!?」


不意に、男は足に圧力を感じた。いや、圧力といっても空気に押しつぶされるような強いものではない。すがりつくような、弱弱しい力。

振り向いてみると、そこには確かに死んだと思っていたレギスが手を伸ばし、男の足を掴んで進行を妨害していた。血に染まっている手で。


「死んでいなかったのですか?ずいぶん頑丈なのですね、驚きましたよ」


「・・・・・・・・・・俺、は・・・・・・・・死な、ない・・・・・」


「?」


「約・・・・・・・束した、んだ・・・・・・・・必・・・・ず、戦い・・・・・・を、終わらせ、て・・・・・・・・・生きてかえ、る・・・・・・・・って、約束・・・・・・・したんだ・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・」


先ほどの攻撃で即死していなかったことにさえ驚きを感じているのに、レギスが口を聞いていることに男は更なる驚きを感じずにはいられなかった。

魔力のかけらも持っていないため肉体強化で痛みを誤魔化すことができない中、この血まみれの騎士はひたすら自分を倒そうともがいている。勝てないどころか、立ち上がることさえもできないのに。


「帰っ・・・・・・・・て、絶対・・・・・・・・・・式を、挙げる・・・・・・・・・って、約束、した・・・・・・・・んだ。俺、は・・・・・・・・生き、て・・・・・・・・・あの・・・・・・・・人、のとこ、ろに・・・・・帰る、んだ・・・・・・」


{式?結婚式のことでしょうか?}


「だ、から・・・・・・・・・・・俺、は・・・・・・こん、な・・・・・・・・・・と、こで・・・・・死ぬ・・・・・わけに・・・・・・・・・は、いかな・・・・・・・・・・いん、だ・・・・・・」


{この男・・・・・・}


男は、血まみれになりながらも、死に掛けの体になりながらも、強い意志を持ち続けているレギスをただ黙って見つめていた。

話を聞く限りでは、婚約者に生きて帰ってくる、と約束をしたらしかった。愛する人の元へ帰ると、絶対帰るという約束を。

男に、ある感情が芽生え始めていた。なんとしてでもこの男だけは生かしてやりたい、愛する人へ帰してやりたい、という感情が。

だが、このままでは約束を果たせないまま力尽きることになってしまう。攻撃による出血、傷による痛み、男の足を掴むために伸ばした手による体力の消費。生きるためには不利な条件が揃いすぎている。

救ってやりたい、だが救えない。どうしたものか・・・・・・・・・

そのときだった。


「レギス!!!!」


扉のほうから大声が飛んできた。ばっ、と振り向いてみると、黒髪で大剣を背負っている青年と、橙色の髪をなびかせ、細長い紅い太刀を持っている女が肩で息をしながら立っているのが見えた。男は、やってきた二人のうちの青年の方、つまり刹那に何やら黒く、大きな存在感を感じた。もしや、


「神の魂の器、ですか。もう少し早く来ていればよかったものを・・・・・」


「それを知ってるってことは・・・・・・・・・お前・・・・・・」


「はい、この世界の罠となっています。神の使い、名は『レヴァイル』と申します。神の魂の器、名前を伺っても?」


「・・・・・・・・刹那、杉本 刹那だ」


「では刹那さん、今から私の言うことを良く聞いてください。私は今回、貴方を殺すつもりでしたが、見逃します。その代わり、この男をなんとしてでも生かしてください」


「!? どういうこと?」


レナが驚きのあまり口を挟む。当然だ。今までの神の使い、つまりシャドウとサラ(シャドウのことに関してはレオから話を聞いている)は、刹那を殺すためには手段を選んでいなかったのだから。王になりすまし、国をのっとり、人の命を毛ほどにも思っていない神の使いが、こんな人のこと思いやるようなことを言うのははっきり言って意外だった。


「そのままの意味ですよ、お嬢さん。今回は見逃しますから、この男を生かして欲しい。それだけです。私にはできない、救ってやれない。だから、その男をお願いします。約束を守らせてあげてください」


そう言うと、レヴァイルは魔力を掌に結集させ空を突いた。ごぅ!!!と拳が空気を切り裂く音が鳴り響いた瞬間、ごごご、という音がし、ゲートが出現した。


「それでは私は帰ります。次に会ったときは刹那さん、覚悟しておいてください。全力で殺しにかかりますので」


そう言い残すと、レヴァイルはゲートの中に入っていった。レヴァイルの体が全部入りきったとき、ゲートは再び閉じてしまった。


「レナ、早く治療を!!」


「うん、わかった!!」


二人は血まみれになって倒れているレギスの元に駆け寄った。

刹那は手に持っている大剣を自分の中に戻した後、うつ伏せになっているレギスを細心の注意を払って仰向けにし、レナは手に魔力を集中させレギスの腹部の傷に当てて止血を施す。


「せ、つ・・・・・・・・・・・な、さ・・・・ん。レ・・・・・・ナさ、ん・・・・・・・・」


「レギス、喋っちゃ駄目」


意識はあるものの、レギスはもう虫の息だった。口から漏れる呼吸は本当に微かなもので、顔もだんだんと青白くなっていった。


{どうしよう・・・・・・・傷が深すぎる・・・・・・・}


レナは声と態度に出さないものの、かなり焦っていた。さっきから止血を施しているのに血が流れ続けて止まらない。傷口を押さえているレナの白い手が、徐々にレギスの真紅の血に染まっていった。

ドクドクと、絶えず流れ出る血は、まるで雨が降った後の水溜りのように床に溜まっていく。明らかな出血多量だった。


「レギス!!しっかりしろ!!」


「す、みま・・・・・・・・・・せん、でし・・・・・・・た。勝手に、行っ・・・・・・・・・た、ばか・・・・・りに」


「いいから!!いいから喋るな!!傷が!!」


刹那はレギスが喋るのを止めようとするが、それでもレギスは喋るのをやめない。息をするだけでもつらいはずなのに、レギスはどうしてここまでして喋ろうとするのか、刹那には理解できなかった。


「あ、の人・・・・・・・・・に、イリー、様に・・・・・・・・伝、えて・・・・・・・・くださ、い・・・・・・。約束、を・・・・・・・守れ、なく・・・・・・・・・・て、すみま・・・・・・・・・・・せ、んでし・・・た、と・・・・・・・・・」


「約束?」


「必、ず・・・・・・・・生き、て・・・・・・・・帰・・・・る、と・・・・約束・・・・・・・・した、んです・・・・・・・・・。帰っ・・・・・・・・・・て、結婚・・・・・する、と・・・・・・・・・約束・・・・・したん、です・・・・。だけ・・・・・・ど、もう・・・・・・・・・・・・・駄目、みたい・・・・・・・・です・・・・・・。約束、は・・・・・・・・・守れ、そう・・・・・にも、ありま・・・・・・・・せん・・・・・・・・・・・・」


言った直後、レギスの顔は一気に青白くなった。体も徐々に、徐々に体温を失っていく。


「!?レギス!!しっかりして!!!」


レナが必死に治療を施すも、一向に回復は見られなかった。腹部から流れている血も、必死の止血に関わらず止まらない。呼吸もいつ止まってもおかしくないほど弱弱しくなってきていた。もうレナ一人の回復術では追いつかない。助けることは不可能に近かった。

治療こそいつも通りだが、激しい動揺を隠せないでいるレナに対して、刹那は妙に落ち着いていた。もうすぐレギスが死ぬかもしれないというのに、刹那は慌てもせず、泣き叫びもせず、ただ黙って何かを堪えるようにしてレギスを見つめていた。

と、刹那は閉ざしていた口を前触れなく開き、そして怒鳴った。


「・・・・・・・・・・・・そんなの、そんなの『約束』なんかじゃない!!!ただの『嘘』だ!!!レギスはイリーに約束なんかしちゃいない!!嘘をついただけだ!!!!」


「・・・・・・・・・え・・・・・・・・・?」


「約束っていうのは、守るためにあるものなんだ!守れもしない約束はただの嘘になるんだよ!!約束したんだろ!!??帰るって、約束したんだろ!!!」


「・・・・・・・・・・・です、が・・・・・・・・もう・・・・・・・・・・・・」


「助からなきゃいけないやつが諦めてどうする!!!!生きるんだ!!レギスが死んだら、イリーは誰と結婚するんだよ!!!!!」


「・・・・・・・・・・!!!!」


刹那の一言に、レギスは気が付かされた。自分が今、どれだけイリーのことを考えず、自分のことしか考えていなかったのかを、約束を果たさずに死ぬことは決して許されないことなのだということを、今レギスは気が付いた。


【一人で結婚なんて嫌だよ?】


【・・・・・・・・・戦いが終わっても、あなたが生きてないと意味ないの。わかってるでしょうね】


【・・・・・・・いい?絶対に帰ってきてよね。約束だよ?】


自分に言われたイリーの言葉が、レギスの頭の中に蘇ってくる。満月の綺麗だったあの夜、顔を真っ赤にしながら、つぶやくように誓った約束が、レギスの頭に蘇ってくる。

{そうだ・・・・・約束したじゃないか。イリー様に、生きて帰るって約束したじゃないか!!}

自分の体の底から、何やら力が湧いてくるのがわかった。そうだった。約束は守らなければ意味はない。


帰らなければ、


イリーの元に帰らなければ、


生きて帰って笑ってただいまかえりました、と言わなければ。


レギスの青白い顔に、血の気が戻ってくる。冷たくなってきた体も、徐々に温まっていく。


「!!レギス、そう!!がんばって!!!」


治療魔術の効果が、先ほどとは比べものにならないくらい高まっていった。レギスの腹部に空いていた穴もたちまち塞がっていき、か細くなっていた呼吸も徐々に落ち着いていく。

そんなレギスの様子に安心したのか、レナはほっとため息をついた。


「・・・・・・・・・・終わった!刹那、レギスを背中に乗せて!とりあえず戦線を離脱しよう!」


「ああ!!」


治療魔術は、体の自然治癒能力を体力の消費によって増幅させる、というものだ。そのため、治療魔術を施されたレギスは、体力を大幅に消費したためぐったりしている。早く安全な場所で休ませないと危険だった。

刹那は先ほど仰向けにした時のよう細心の注意を払ってレギスを背負う。異様に体が軽いのは、おそらく血を流しすぎたからだろう。


「がんばれよ、レギス!今城に帰るからな!」


「・・・・・・・・は、い・・・・・・・・」


「刹那、行こう!」


刹那とレナは駆け足で戻り始めた。急いで城に戻らなければならないし、何よりも敵兵の相手を引き受けたレオとリリアのことが気がかりだった。刹那たちの進行を妨害した敵兵は、何やら刺すような雰囲気を漂わせていた。冷たくて、暗くて、重い雰囲気。おそらく、かなり強いだろう。そんな敵を3体も相手にしているレオを、そしてそのレオと一緒にいるリリアのことが、心配にならないわけがなかった。

そんな刹那の不安も、王の間から少し出たところでかき消されてしまった。


「二人とも無事だったか?」


「刹那さん、レナさん、よかったぁ・・・・」


不安だったレオとリリアが向こう側から走ってこちらに来た。後ろのほうから敵兵が来ないということは、おそらく撃破してきたのだろう。


「それで、レギスは大丈夫なのか?」


刹那の背中に乗っているぐったりとしたレギスを見て、レオがたずねる。さっきよりは大分良くはなったものの、重傷だった傷を治すために体力をかなり消費しているため、レオが心配してたずねるのも無理はなかった。


「傷は塞がったけど、早く城に連れて帰らないと危ないかもしれない」


「・・・・・・・・なら早いとこ戻るか」


レオが言うなり、4人は走り出した。急がなければならないときに、馬がないというのはとてもつらかった。

しばらく走り続け、5人は城門までたどりついた。

そこには傷ついたレギス軍がいて、お互いで治療をしていた。治療をしているということは敵の兵士達を全て倒したということなのだが、なぜなのか敵の骸が見当たらなかった。


「隊長!!」


刹那たちに気が付いた一人の兵士が、ぐったりしているレギスを見て叫ぶ。その声が引き金となり、他の兵士が駆け寄ってきた。


「大丈夫、生きてるよ」


青ざめた顔をしていた兵士達は、レナの言葉に安心したらしく、ほっと胸をなでおろしていた。しかし、その安心もつかの間だった。兵士達もレギスを早く城に連れて帰らなければ危険だということを察したらしい。

各自呼び掛け合って傷ついた兵士に肩を貸したり、乗り捨てた馬を手綱を引いて連れてきたりし、城に帰還する準備をできるだけ迅速に行った。その甲斐あって、ものの3分と経たないうちに準備は終わり、あとは戻るだけになった。


「レギス、もうちょっとだからがんばれよ」


「・・・・・・・・・・」


「レギス?」


兵士に用意してもらった馬に乗る前に刹那はレギスに声をかけるが、返事はなかった。返事をするのがつらいということはわかるが、レギスはそれでもか細い声で返事をしてくれていた。だが、ここにきて返事はない。

嫌な予感がした。


「・・・・・・・・・レ、ギス?」


そこで刹那は気が付いた。レギスが自らの体を支えるため、刹那の首にしがみついていた腕が、だらり、と力が抜けて下がっているということに。いや、レギスの体全体の力が抜けている、ということに。


「お、い。冗談だろ!レギス!!レギス!!!」


「・・・・・・・・・・」


返事はなかった。あるのは、刹那の胸の中の心臓の凄まじい音だけだった。

人が死んだ、ということが怖くなって、それが嘘だと信じたくて、刹那は自分の背中にいるレギスに話しかける。何度も、何度も。


「おい、刹那。何騒いでるんだ。早くしないと────」


「レオ、レギスが・・・・・・・・・レギスが!!」


「・・・・・・・・・・!!?」


陽はもう、沈みかかっていた。




+++++++




暗かった。見回しても見回しても、光なんて見つからなかった。ああ、これが死んだ者の行くところか、とレギスは苦笑した。

とうとう、イリーとの約束は守れなかった。ちゃんと生きて帰るって約束したのに、結婚して幸せになろうって約束したのに、自分はこの様だ。弱くて、脆い自分に嫌気がさした。

自分が死んだと聞いたイリーは、一体どんな顔をするのだろうか。泣いてくれるだろうか、悲しんでくれるだろうか。いや、ひょっとしたら嘘つきとか言って怒るかもしれないな。

自分の代わりの隊長は一体誰がなるのだろうか。・・・・・・・・・・・・・・全員どんくりの背比べ状態だ。きっと喧嘩になるだろうな。

色々な思いが頭の中を駆け巡る中、上から光が降りてきた。とうとうお迎えが来たか。どんな場所でも、こんな暗闇にいるよりはましだ。

その光はレギスを頭から包み込み、レギスは光を纏った状態になった。やわらかなその光は、なんだか心地よかった。周りの暗闇も、その光りに照らされ徐々に明るくなっていく。


「─────ぎ・・・・・・・・・・・・───」


光がやわらかく辺りを照らし始めたとき、不意に音が聞こえた。音といっても、誰かの声がぐにゃり、と捻じ曲がったような、変な音だった。


「────れ・・・・・・・・・・・・・・ぎ・・・・・・・─────」


だんだんその捻れが弱くなってきた。変な音も、次第にある人の声だと、わかった。


「れ────ぎ・・・・・・・・・─────す・・・・・─────」


一体どれだけ長い時間、自分の名を呼び続けていたのだろうか。自分の名前が、繰り返し繰り返し呼ばれる。


「れ・・・・──ぎ───・・・・す───・・・・・」


声だとはっきりわかったためか、声色から誰だか、またどんな顔をしているかが容易に想像できた。顔を歪めて、涙を流している。そんな顔。


「れ・・・ぎ──す・・・・・・・・・」


そうだ。死んでる場合ではない。こんな悲しく自分を呼ぶあの人を、独り残していくものか。約束を、破ってなるものか。


「・・・・・・・・・レギス・・・・・・・・・・・」


自分の名をはっきりと言われたそのときだった。自分を包んでいた優しい光が、突如強いものに変わり、レギスの視界を奪った。

刺すような強い光がおさまり目を開けてみると、自分がベッドの上に寝かされているということがわかった。さっきのは夢だったのか、とレギスは安堵のため息をついた。

辺りをぐるりと見回して、夢の中にまで届いた声の主を探す。その主はすぐに見つかった。目を真っ赤にしたイリーが、自分の顔を不安そうな表情で覗いていた。張り裂けそうな、少しでも触れてしまえば、たちまち壊れてしまうのではないかというくらい、そのときのイリーの顔は繊細で弱かった。


「レギス!!よかった!!よかったぁ!!」


そう言うなり、イリーは自分の胸に飛び込んできた。イリーが飛び込んできたときの重みで、レギスはベッドにぼふっ、と沈んでしまった。傷が痛んだが、今はそんなことよりも自分の胸で泣きじゃくるイリーのほうが気になった。


「イリー様・・・・・・・・・・」


「よかった・・・・・・・・・本当に・・・・・・よかった・・・・・・」


泣いているのがわかった。その涙が不安なことが一気に過ぎ去っていき、後からやってきた安心のせいだということも。

そっと、レギスはイリーの頭に手をやり、優しく撫でた。つややかなイリーの髪の毛を、そっと、何度も。

きぃ、と音がし、扉が開いた。目をやると、顔を不安色に染めた刹那たちが見えた。


「レギス!よかった」


「刹那は心配しすぎだよ。ただ気を失っただけなのに、大袈裟に死んだとか言って」


「あ、あのときは本当にそう思ったんだよ・・・・・・・」


「ふふ。本当にびっくりしてましたもんね、刹那さん」


どうやらあのとき自分は、血を流しすぎて気絶してしまったらしい、ということを、レギスは刹那たちの会話から悟った。当然だ、死んでもおかしくはないほど流血していたのに、突然気絶しないわけがなかった。


「それよりも、レギス。お前が眠ってた間のことを話しておく」


今まで刹那たちのやりとりを黙って見ていたレオが口を開き、その後のことを話し始めた。

────レギスは刹那の背中で気絶した後、3日も眠ったままだった。もちろん治療と呼べる治療は城に帰ってから施されたため命には別状はなく、後は目を覚ますだけなのだったのだが、いつまで経っても覚まさない。その間、敵国であった国はイリーの国の支援でなんとか復興していた。

レヴァイルは国を牛耳ったあと、国民を城の地下室に監禁していたのだそうだ。監禁とは言っても、食料も水も寝所も与えていたため、国民の命が危険にさらされることはなかった。だが、しばらくの戦いのせいで、国民の大半は家を失ってしまい、戦いが終わったあとも帰る家がなかったが、イリーの国が支援してくれたため、やっぱり国民が困るということはなかった。今までの交友関係がものを言った。

レギスはふと、神の使いであるレヴァイルは、無闇に人の命を奪うことは好まないのではないか、ということが頭に浮かんできた。まぁ無理もないだろう。

────それと、今までイリーの国の兵士達の命を奪ってきた兵士は、レヴァイルがいなくなったのと同時に消えてしまったのだという。消えた、という言葉に、レギスは疑問を抱いた。そこで「兵士からの証言だ」とレオが付け加えた。「詳しいことはまだわかっていない」とも。


「・・・・・・・・・こんな感じだ。とりあえずだが、もう戦いになることはない」


「そうですか。ありがとうございました、皆さん」


「礼を言われるようなことをしたような覚えはない。これが俺達のやらなければいけないことだからな」


そっけなくレオが言うが、表情は和らいでいた。


「それじゃあ、俺達は行こうか。レギスも大丈夫だってわかったし」


「そうだね。レギス、お大事に」


再び扉がきぃ、と閉まった。出て行った刹那たちは、何だか笑っているように見えた。広い部屋はレギスとイリーの二人だけとなった。

しばらくの沈黙のあと、イリーは真っ赤にした顔をゆっくり上げ、笑顔でレギスに言った。


「おかえりなさい」


そう言ったあと、イリーの目から涙が流れ、頬を伝って落ち、ベッドのシーツに染み込んでいった。その笑顔はいくら涙が落ちても崩れることがなかった。

一体どれだけ心配をかけたのだろう、どれだけ不安にさせたのだろう。

ばっ、と、レギスはイリーを強く抱きしめた。あと少しでも力を入れれば壊れてしまうのではないかというくらい、イリーの華奢な体を抱きしめた。


「ただいま」


胸の中が、満たされていった。今こうしていることが、今までにないくらい幸せだった。

レギスは心の中で悟った。



もしも刹那たちが来てくれなければ、今こうして腕の中にいるイリーを抱きしめることができなかっただろうと。



もしも刹那たちが来てくれなければ、イリーとの約束を果たすこともできず、自分は死に、イリーを独りぼっちにしてしまっていただろうと。



だが、刹那たちが来てくれたからこそ、自分はこうして今幸せをかみしめることができた。腕の中にいるイリーの不安を取り除くことができた。



全ては運命だったのかもしれない。刹那たちが来たことも、自分が死ななかったことも。だが、そんなことはどうでもいい。少なくとも今は。



レギスはもう一度言った。


「ただいま」


「おかえりなさい」


返事は、しっかりと返ってきた。











「どうする?帰るのか?」


「そうするしかないだろ。罠を外したことは伝えたし、二人きりのところを邪魔するわけにはいかないからな」


「お、兄さんわかってるじゃない」


「それくらいはな。さぁ、異次元図書館に帰るぞ」


「うん。そうしよ」


扉の向こうで、やり取りは行われていた。どうやら、レギスたちに別れを告げずに帰るらしい。

刹那は懐に手を伸ばし、水晶を取り出す。光にかざし、水晶から出た光の伸びていった場所を黒い大剣で切る。

ごごご、という音と共に出現したゲートに入る前に、レギスとイリーの幸せを祈りながら、刹那たちは異次元図書館へと帰っていった。



++++++



それから一ヵ月後、雲ひとつない快晴の下で、レギスとイリーの式は行われていた。あれからは争いと言える争いはなく、いたって平和な日々が続いた。ようやく、みんなの望んだ国になった。

そんな中、レギスは一人忙しく足を動かしていた。落ち着かないのを誤魔化すためだった。

結婚式本番まではお互いの衣装は見ないことにしよう、というイリーの提案は、レギスの落ち着きを一層なくしていた。

ガチャ、と、扉が開いた音がした。観客の席からは、おお、と感嘆の声が上がった。

コツコツ、と一歩一歩自分のほうに近づいてくるのがわかった。やがてその足音は自分の隣まで来たところで止んだ。

ゆっくりと隣に向き直る。


「・・・・・・・・・どう?似合ってる?」


はみかみながら、衣装を纏ったイリーはレギスに聞いた。

聞かれた本人のレギスは言葉を失っていた。衣装を纏い、化粧をしたイリーは、まるで一枚の絵のようになっていて、それが確かにそこに存在することが信じられないくらい、綺麗だった。


「き、綺麗です。イリー様」


どうにかそれだけ言うと、イリーはにっこりと微笑んで言った。


「ありがと。レギスもかっこいいよ」


イリーの言葉は、レギスの耳に入っていなかった。ただ、イリーの姿に見とれていた。

それから式は順調に進んでいき、あとは結婚式の最後に行われる《永遠の誓い》をするだけとなった。

この世界の誓いは、それぞれの想いを相手に伝えたあと、口付けを交わすというものだった。

レギスとイリーはお互い向き合い、自分の想いを頭の中でめぐらせ、そして────


「イリー様。俺は・・・・・・・・貴方がいなければ、生きてはいけない。俺のそばにずっといて欲しい」


レギスは自分の想いを、正直に伝えた。今度はイリーの番だった。


「もう、ぜぇっったい離さない!」


そう言うなり、イリーはレギスに飛びつき、不意なことに驚いているレギスの唇を奪った。観客席から何やら悲鳴やら叫び声などが聞こえてきたが、そんなこと知ったことではない。

付けていた唇を離すなり、イリーは微笑んで言った。


「大好きだよ、レギス」


レギスは、それを口付けすることで返した。

空は晴れている。明るく輝いている日光を遮る雲は見当たらない。レギスとイリーの仲を遮るものもないように、空は綺麗に晴れ渡っていた。



++++++



「ただいま戻りました」


「お疲れ様。それでどうだった?」


薄暗い部屋の中、レヴァイルの前にいる青年は機嫌が良かった。前に罠を張りに行ったシャドウとサラは負傷して帰ってきたが、レヴァイルはまったくの無傷で帰ってきたからだ。

その機嫌の良い青年は、レヴァイルが罠となった世界のことをたずねる。


「見逃しました。しかし名前と姿を確認したので、次からはしっかりと殺しにかかります。それと、《魔兵》のほうをお返しします」


そう言うとレギスは懐に手を伸ばし、取り出した黒い水晶を青年に手渡した。それを少し細い手で受け取ると、青年は笑って言った。


「うん。それよりも怪我しなくてよかったよ」


「そう言っていただけれ・・・・・・ば!!!」


ガツッ、とレヴァイルの頭に何か硬いものがぶつかった。頭をさすりながらゆっくりその方向を見てみると、にっこりと微笑みながら拳を構えているサラの姿があった。にこやかに微笑んではいるものの、怖い。


「あなたは私の言い付けも守らないでどこに行ってたのかしら?ん?」


「な、何って、罠を張りに行ってたんですよ。我々の仕事でしょう?」


慌てて自分を正当化しようと口を動かすが、サラの表情は不気味な笑顔なままだった。


「ふぅ〜ん。あなた、『誰の物』だったかしら?」


「・・・・・・・・・・・・サラ様のものです・・・・・・・・・・・・」


「はい、その通り。それで、主人に黙ってどこかに行くのは良いことなのかしら?」


「・・・・・・・・・・・・駄目です・・・・・・・・・・・・」


「今度こんな勝手なことしたら、どうなるかわかるわよね?」


「・・・・・・・・・・・・はい、わかってます・・・・・・・・・・・・」


レヴァイルの反省した顔を見たサラは満足したのか、不気味な笑顔はまるで子供が親に褒められた時のような無邪気な笑顔になった。


「うん、それでよろしい。あとはずっと私の隣に居れば許してあげる」


「・・・・・・・・・・・・まぁ私もそのつもりでしたが。私で良ければ気の済むまで居ますよ」


サラはにっこりと笑うことでレヴァイルに返した。

それを見つめていた青年は、うんうん、と頷いて微笑んで言った。


「うん、じゃあレヴァイルはしばらく休んでていいよ。必要だったら呼ぶから。サラも、あまりレヴァイルを困らせることしちゃうと逃げられちゃうよ?」


「ふふ、大丈夫。逃げても逃げても、どこまでも追いかけてやるんだから」


いたずらっぽく言った後、サラはレヴァイルの腕にギュッ、と抱きついた。レヴァイルはこそばゆいような、恥ずかしいような、そんな顔をしていた。

レヴァイルは青年に一礼してその部屋を後にしようとしたが、そこで思い出したかのように青年は口を開いた。


「あ、そうだ。レヴァイル、神の魂の器の名前を確認したって言ってたよね。教えてもらえない?」


青年の方に向き直り、レヴァイルは罠の世界で出会った神の魂の器である人間の名前を告げた。


「刹那。杉本 刹那、だそうです」


それを伝えたレヴァイルは、今度こそ右腕に抱きついているサラと一緒に部屋を後にした。広く薄暗い部屋には、巨大なカプセルと、青年だけが残された。


さて、いかがでしたでしょうか今回の物語せかいは?

今回の物語の中で、約束という言葉が出てきましたそもそも約束とは何なのでしょうか?・・・難しいですね

普段何気なく使っている約束

その約束を、あなたは今まで何回破ってきましたか?

それは約束とは言いません、嘘といいます

相手を騙し、失望させてしまう、嘘です


今回、レギスはイリーとの約束を無事に守ることができました

想いの強さからなのか、それとも偶然かはわかりませんが、レギスは約束を守り通したのです

約束は守らなければならないものです

だから、あなたもどうか・・・


・・・話が長くなりましたね

さて、次の物語せかいは絶望編

絶望にも終わりがあるという真理をお楽しみください


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