第37話 約束編2
「見事にやられちゃったね」
「・・・・・・・・・・・・はぁ」
ため息をつくのは頬に赤い一線の入った刹那。レギスと手合わせしていたときに振り回していた大剣が、自分の頬に少し当たって切れてしまったのだ。
「でもまぁ、仕方ないんじゃない?あっちは何年もやってきてる人だから」
「だからってあんな負け方はないよなぁ・・・・・・・・」
先ほどの手合わせのとき、刹那ははっきり言って遊ばれていた。
最初に渡された剣を使ったよりも、動きは良くなったものの、所詮は鍛錬なしの自己流。レギスめがけて何回も何回も大剣を振るうのだが、あっけなく受け流される。しかも、レギスは受け流して隙があるのにも関わらず、わざと首に剣を突きつけず勝敗をじらしていたのだ。
「まだまだだなぁ。俺も・・・・・・・・・」
「そんなことないでしょ。受け流しだってすぐ飲み込めたじゃない」
「あれはレギスの教え方がうまかったからだよ。わかりやすくてすぐコツがわかったからなぁ」
「・・・・・・・・・・」
そのとき、ほんの少しだけだが、レナの頭にある考えがよぎった。もしかしたら・・・・・と。
レナが急に表情を堅くしたので、刹那は不思議に思った。今の話の中で、何か言ってはいけないことでも言ったのかな、という考えも浮かんでくる。
「レナ、どうしたんだ?」
「え、あ!なんでもないよ」
珍しくあわてたレナは、にっこり笑って誤魔化した。その笑顔を見た刹那も、まぁいいか、という風になってしまうのだった。
足音が聞こえてきた。見てみると、片付けを終えたレギスが刹那たちのすぐ近くにいた。
「片付け終わりました」
「言ってくれれば手伝ったのにさ」
刹那がむくれたように言う。だがレギスは、ふ、と笑って言う。
「いえ、自分からやろうと言ったのだからこれくらいは当然ですよ」
「ありがとう。じゃ、行こう。レオたちが待ってるかもしれないしな」
「あ、すみませんが刹那さん、先に行っててもらえませんか?ちょっとレナさんに聞きたいことがあるので」
「? わかった。すぐに追いついてくれよ」
疑問符を浮かべると、刹那は中庭に来たときに通った通路を戻り始めた。
ゆっくりと刹那が遠ざかっていき、姿が見えなくなったところでレギスは話を切り出した。
「・・・・・・・・・・・・刹那さんは剣を始めてからどれくらい経ちますか?」
「本人が言うにはまだ剣を持ってから一週間も経ってないそうです」
「そうですか・・・・・・・・・・・・それで、気がついてますか?本人の剣のセンスの良さに」
やっぱりだった。さっきレナの頭によぎった考えは、レギスの考えたことと同じだった。
「うん。たぶん、私よりも良い才能を持っています。受け流しも見てて面白くなるくらいに早く上達していたし、まだ未熟だけど隙のあるところとないところを見分けるのがとても上手」
「しかも大剣を片手で振ってくる面もある。大剣を軽々と振れる力量とそのセンスがあれば近いうちにとんでもない化け物になりますね」
「・・・・・・・・・・・・・・」
レナはレギスの言葉を返すことができなかった。それが自分の言いたいことと全く同じだったからだ。
そんな予感はしていたのだ。うまく言葉では言い表せないが、今思うと刹那の奥底から感じられる不思議な感じは、いずれ化けるであろうとレナに囁いていたのかもしれない。
話を終えると、レギスは立ち上がった。つられてレナも立ち上がる。
「行きましょうか。刹那さんを待たせると悪い」
レギスとレナは刹那の後を追った。何も知らされていない刹那の後を。
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話の終わったレナとレギスは先に行っていた刹那に追いつき、一緒になってイリーの部屋に向かっていた。
さっき何の話をしていたのだろうと疑問が沸いてきたが、私の神抜刀の話だよ、とレナがあっさりと言ったので別に深く聞こうとはしなかった。
さっき下りてきた階段を再び上がり、3階にたどり着く。そしてイリーの部屋の前まで行こうと足を踏み出した瞬間、部屋の中からレオの声、いや悲鳴といったほうがいいか、が聞こえてきた。
「やめろ〜〜〜〜リリアぁぁぁああああああ!!!!!」
何があったのかは刹那には大体予測できたものの、レオとリリアのそういうことを知らない二人は血相を抱えてドアを開けた。
勢い良く開かれたドアの先には、リリアの口を塞いでいるレオ、むーむーと言葉を発せれないリリア、それを見て腹をかかえて笑っているイリーの姿が目に映った。
目に涙が浮かぶほど爆笑しているイリーは、呆れて目を点にしている刹那たちを見つけると、こほん、と咳払いをし、何事もなかったかのように言った。
「あ、あら、お帰りなさい」
「・・・・・・・・・・・・イリー様、何にそう笑っていられたのですか?」
「え、いや、ちょっとね、レオとリリアの話があまりにもおもしろくてさ」
「・・・・・・・・・・・・もう少し姫様という自覚を持ってもらわなければ困ります」
言われたイリーはむっとした表情で即答した。
「そっちだってあたし専属の騎士だってこと忘れてレナと遊びに行ってたくせに何言ってんの!!」
「遊びに行ってたわけではありません。手合わせに行ってたんですよ」
「同じでしょ!私を置いてけぼりにしたくせに!」
「ですから・・・・・・・・・」
「・・・・喧嘩はそこまでにして、これからのことを話し合わないか?」
このまま引っ張ると長くなりそうなので、リリアの口を塞ぎながらレオは言った。今全員集まっている間に、どこをどう攻めるのかなどを決めておきたかった。
そうですね、レギスがつぶやき、とりあえず喧嘩は収まった。
「とりあえず、現状況は良いわけではないということはさっき話しをした通りです。ですから、戦いを引き延ばすのはあまり得策とはいえない。短期決戦が一番良いかと思われます」
「それはわかった。じゃあ俺たちはどうすればいいんだ?」
「あなた達は俺と一緒に敵地に突入してもらいます。あなた達だけに行かせるのも気が引けますからね」
「!? ちょっと!!何言ってんの!!何であなたが行かなきゃなんないのよ!!!」
レギスの意見を真っ先に反対したのがイリーだった。
「今言ったじゃないですか。俺たちの国での争いに、刹那さん方だけを行かせるのは気が引けるからですよ。そのせいで刹那さん達が死んでしまったら・・・・・・・・」
「で、も・・・・・・・・」
何か言いたい。言い返したい。だが、言葉が浮かんでこない。レギスの言ったことがもっともなことだからだ。
自分たちには何の関係もない人たちが、自分たちの国の戦いのせいで死んでしまったら、悔やんでも悔やみきれないのは目に見えている。
何も言わず、うなだれているイリーを見て反論してこないことを悟ったレギスは、刹那たちの方を向き、確認を取る。
「刹那さん達もそれでいいですか?」
「それでいい。それで、決行はいつだ?」
少し考えてから、レギスは言った。
「明日にしましょう、明日の朝早く。奴らは日光のない夜のほうが強いんです」
「わかった。それじゃ明日だな」
「ええ。部屋に案内します。付いてきてください」
無言でうなだれているイリーが気になったが、刹那はレギスのあとを付いていった。
廊下の先にある階段を一つ下り、そのまま奥のほうに向かっていく。しばらく歩いていくと、周りのドアよりも少し大きめなドアの付いた部屋があった。
「すみませんが、一部屋しか空いていないんです。あ、でもベッドは4つありますのでご心配なく。では、ゆっくりと・・・・・・」
部屋に案内するなり、レギスはそそくさと立ち去っていってしまった。やっぱりイリーのことが気になるらしい。
とりあえず、とレオは部屋のドアを開けた。周りよりも大きめなドアの向こうは思ったよりは広く、これなら4人でも大丈夫だ、とレオはほっとため息をついた。
そんなレオの安心した態度を見たリリアはなぜかむっとした顔をし、レオに、
「兄さん、着替えるとこ見ちゃだめだよ」
「見るか、んなもん。見なくても目に入っただけでも失明する」
「何よ!!実はちょっと期待したくせに!!!」
「んな貧相なもんに期待すると思うか?あ?」
「ひひゃい!ひひゃい!(痛い!痛い!)」
うるさい口に蓋をするかのように、レオはリリアの柔らかい頬をつねる。つねられた本人のリリアは目に少し涙を浮かべてじたばたしている。非常に面白い。
「仲良いね、二人とも」
微笑んでレナは言うが、二人の耳には届いていない。
・・・その後10分くらいレオとリリアは喧嘩をしていた、というのは言うまでもない。
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刹那たちを部屋に案内したレギスは少し早足でイリーの部屋に戻っていた。
やっぱり、もうすぐで長年待ち続けてきた『約束の日』がやってくるというのに、自分から戦地に赴くようなことを言ったのはまずかったか、と心の中で反省し、目の前のイリーの部屋のドアを開ける。
しかし、中にイリーの姿は見当たらなかった。広い部屋といっても、イリーが隠れられそうな場所はせいぜいベッドの中くらいなのに、そのベッドもふくらんでいない。
入れ違いになって出て行ったのだ。
どこに行ったかは大体予測できる。たぶんあそこだろう。
レギスは部屋を出てそのまま来た道を戻り、階段を上がった。こつこつと階段を上り、一番上の扉をゆっくりと開ける。きぃ、と音がし、屋上に出た。不意に吹いてくる夜風と、明るい月光が妙に心地良かった。
ぐるりと辺り見回してみると、手前のほうで小さくなっている黒い影を見つけた。
「イリー様、風を引きますよ」
「・・・・・・・・・・・引かない・・・・・・」
「そんなこと言って・・・・・・・・・」
レギスはドアを閉め、座り込んでいるイリーの隣に腰を下ろした。イリーは何も言わず、下を向いていた。
とりあえず、何か言わなければ。そう思ったレギスは少しの沈黙のあと、口を開いた。
「・・・すみませんでした」
「何がよ?・・・・・・・・・・・」
「もうすぐ結婚式なのに、あんなこと言ってしまって」
「ほんとよ。もっとあたしのこと考えてよね」
結婚式、それは夫婦となり永遠の愛を誓い合う儀式である。この二人は一ヵ月後に式を挙げる予定だったのだ。
「でも、この戦いが終われば安心して式を挙げれます」
「・・・・・・・・・・その戦いであなたが死んじゃったらどうするのよ。一人で結婚なんて嫌だよ?」
「俺は死ぬつもりはありませんよ。それにあなたを一人にさせるつもりもありません。あのとき約束したでしょう?」
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話は5年前にさかのぼる。そのときの夜も同じように月が輝き、そしてそよそよと夜風が吹いていた。
二人は城の屋上で並んで座っていた。別に恋人同士が漂わせる良い雰囲気というわけでもなく、ただ純粋に月夜を楽しんでいる空気にしか包まれてはいなかった。
金色に光る月。それに魅せられたかのようにじっと見つめていたイリーは、前触れもなく口を開いた。
「ねぇ。レギスって何で兵士になろうと思ったの?」
顔を見せ合わず、月を眺めているだけでも、答えは返ってきた。
「なりたくてなったわけじゃないです。それしか道がなかったんですよ」
「ふぅん・・・・・・・・じゃあ、あたしの護衛も仕方なく?」
「それは違いますね。俺が志願したんですよ。やらせてください、ってね」
「え?」
てっきり仕方ないから、という答えが返ってくると思っていたイリーは驚いてレギスのほうを向いた。そのレギスは別に何にもなかったように平然な顔をし、月を見上げていた。
その平然としているレギスの横顔に、イリーは目を奪われていた。なぜかは知らない。目が離せなくなっていた。
「どうしたんですか?」
じっと見られていることに気がついたのか、レギスもイリーの方を向く。するとなぜかは知らないがイリーの顔が自然と赤くなり、それを誤魔化すようにバッ、と後ろを向いてしまった。
{何よ・・・・・・これ・・・・・・・}
胸に手を当ててみる。バクバクと心臓が高鳴っているのが、自分の右手を伝わってわかった。
このようなことは別に今回に限ったわけではない。今までに何回もあったことだ。ほんのさりげなく手が触れたときや、訓練をしているときの顔を見たときにはいつもこうなる。だが、未だ理由はわからない。何回も同じことがあったのにもかかわらずだ。
なぜ、どうして。そんなことが頭に浮かんでくるが、それを振り払ってレギスに先ほどのことをたずねた。
「そ、それでなんであたしの護衛になりたいなんて言ったの?」
レギスは困ったように頬をぽりぽりと掻いた。こんなところで言っていいものなのか・・・・と悩んだ末、レギスははっきりと伝えた。
「惚れた女くらい自分の手で守ってあげたいでしょう?」
「惚れたって・・・・・・あたしに!?」
「そうですが・・・・・・・・・」
「な、なんで!!??」
あまりの驚きに、イリーは自分の顔が赤いのも忘れてレギスの方を向いて叫んでいた。イリーは本当に驚いた表情をしていた。何で自分なんかに惚れたのだ、とその顔が言っていた。
月光に照らされ、イリーの顔色がわかったのか、レギスはにやにやと笑いながら言った。
「覚えてないんですか?初めて会ったときのことを。訓練が厳しすぎて気絶したところを介抱してもらったじゃないですか」
「あ・・・・・・・あれ、ね」
そういえば一ヶ月くらい前、気まぐれで兵士達の訓練を見に行ったことがあった。そのときに見にしたのが、呆気にとられるくらいに激しい訓練だった。兵士全員が切っても切れない木の棒を使って目の前の兵士を打ちまくるという単純なものなのだが、怪我をする危険性がかなり高い。
防具なしでやっている上、四方八方から木の棒が襲い掛かってくるのだ。痛いのが嫌ならばよけるなり防御するなりしろということなのだろうが、これはひどすぎる。
確かにこのやり方ならば、限りなく実戦に近い形でやることができる。周りからの容赦ない攻撃、油断すればすぐ痛い目にあうこと。戦争とほとんど同じだ。
だが、リスクが大きすぎる。これではいざ戦争などになってしまったときに、怪我をして出られなくなる確率が非常に高くなってしまう。話にならない。
そんなことを思いながら兵士達の乱闘を見ていると、一人だけ自分と同じ、もしくは少し年上の青年が、周りの大人の兵士にも引けをとらない腕前で棒を振るっているのが目に入った。
この城には、自分と同じ年代の子供がいない。そのためイリーはずっと友達ができず、一人で過ごしてきた。もちろん専属のメイドたちがいるのだが、皆年齢が離れており、友達とはまた違った関係となっていた。
だが、今見ているあの青年だったら友達になれるかもしれない。年も近そうだし、話が合うかもしれない。イリーの勘がそう言っていた。
と、そのときだった。正面の兵士と打ち合っている青年の後ろに、木の棒を振りかぶった別の兵士がいた。青年は夢中になっているのか気付いてはいない。
勢い良く振り下ろされた木の棒は青年の頭に直撃し、食らった青年はそのまま地面に倒れてしまった。
どさっ、と倒れた音が耳に入った瞬間、イリーは青年の元に駆け寄っていた。周りの兵士は目を丸くしていたが、張本人のイリーはまったく気にしていないようだった。
イリーは自分の体よりもずっと大きい青年の体をずるずると引きずって中庭の端のほうに行き、自分の膝に青年の頭を乗せた。いわゆる膝枕というやつだった。
その後、目を覚ましたレギスは自分が今どうなっているのかを理解し、驚くが、無理矢理イリーに押さえつけられ、半分強制的に膝枕をされたという。これが、イリーとレギスの初めての出会いで、友人となった時のことだった。
「あの後はひどかったですよ。周りの兵士にはうらやましがられたり、ひがまれたりしましたからね」
「だって、初めて友達になれると思った人が倒れるんだもん・・・・・・もうびっくりしちゃって」
赤くなってうつむくイリーは、今まで見た中で一番可愛かった。見ているうちに、次第に胸が熱くなってくる。やっぱり自分の気持ちには勝てそうもない。
「イリー様」
「な、何!?」
「俺と結婚してくれませんか?」
「へ?」
本当に不意を突かれたようだった。当たり前だ、大事なことなのにさも当然のようにさらっと言ってしまうのだから。
「あの時から、ずっと惚れていました。俺と結婚してくれませんか?」
「・・・・・・・・・」
今度はちゃんとレギスの言ったことを理解したようだった。その証拠に、イリーの顔がぽーっと真っ赤になっている。まるで完熟したトマトだ。
レギスと合わせていた視線をそらすと、イリーは下を向いて黙ってしまった。自分の気持ち、今の気持ち、どうしたいか、どうなりたいか。イリーは、自分の胸の中でごちゃごちゃと絡み合っているその気持ちを落ち着けようと必死になっていた。
どうしようどうしようと取り乱しているイリーを見つめながら、レギスは黙って答えを待った。時々自分のほうをちらりとは見てくるものの、まだ答えは出してくれない。
やがて決心がついたのか、まだ少し赤くなっているイリーはレギスのほうを向いてつぶやくようにそっと言った。
「う、ん・・・・・・・大切に・・・・・・・・してよね」
「ほ、ほんとですか!!!!」
レギスがこんな風に興奮しているのは初めて見た。よほど嬉しかったのだろう、顔が笑っていた。
「うん。結婚、しよ・・・」
イリーは、あの時になぜ自分の胸が高鳴っていたのか、今やっとわかった。
自分は知らず知らずのうちに、この『男』を愛していたのだ、ということが、今やっとわかった。
■■■■■
「まぁね。結婚する、って約束したもんね」
「俺は約束を破りはしませんよ。必ず終わらせてきます」
あのときのレギスのプロポーズの後、二人はすぐに結婚をしたわけではない。王様に報告に行ったところ、まだ娘をやるには早い!と必死になって断られたため、式を延ばす以外他なかったのだ。
時間があれば娘の考えも変わるだろう。そう思って王様はあのとき必死になって断ったが、それは無駄なことだった。今日に至るまで、イリーの気持ちは少しも変わっていない、いや、むしろ日が経つに連れその想いは強くなっていったのだから。
さすがの王様も、娘の強い意志(もとい愛)には勝てず、ついにはレギスとの結婚を許してしまった。
結婚を許された二人は手を取り合って喜び、お互い協力して式のことを決めていった。当日はどうするか、どんな式にするかなどなど。
そして、ついに式の日が決まった。その日は知っての通り、あと一ヵ月後。
「・・・・・・・・・戦いが終わっても、あなたが生きてないと意味ないの。わかってるでしょうね」
「わかってますよ。ちゃんと生きて帰ってくると『約束』します」
「・・・・・・・・・・・・言葉だけじゃ不安、かな。」
そう言うと、イリーはゆっくりと立ち上がりレギスのほうに向き直った。心なしか、顔が笑っている。
さっきイリーは言葉だけじゃ不安、と言った。となれば何かしてくることは確実だろう。だが、それが何だかわからない。
頭の中でごちゃごちゃ考えていると、イリーがそっと近寄ってきた。いよいよ何かされるな、とレギスの頭の中で思った瞬間だった。
頭の中が真っ白になり、時間が止まったという錯覚に襲われた。
今この瞬間、自分の見間違いでなければ、自分の唇とイリーの唇が重なっている。目の前には目を閉じているイリー。間違いない、今自分は・・・・・・・・・
しばらくし、イリーがそっと唇を離した。ぽかん、と呆気にとられているレギスが面白いのか、笑っている。
「えへへ、ちょっとフライング・・・・・・」
今更恥ずかしくなったのか、イリーは少し赤くなっていた。それを見たレギスも途端に赤くなる。
真っ赤になって沈黙する二人、見ている分には面白いかもしれない。
「・・・・・・・いい?絶対に帰ってきてよね。約束だよ?」
「・・・・・・・ええ。必ず帰ってきます。約束です」
顔を赤く染めながら二人は約束をした。
満月が美しいこの夜に、大切な大切な約束を。




