第33話 異次元図書館編2
刹那は嬉しさのあまり、握っているダンの腕を激しく上下に振った。ダンは痛そうな顔をしながらも、刹那と握手をしていた。
ダンの顔を見たとき、刹那の心の中でひっかかっていたものが外れた。ダンのいた世界から次の世界へ向かうときダンをそのままにして行ったことを、刹那はとても気にしていた。もしかしたら死んでしまったのかもしれない、そんなことが頭の中に浮かんできていたものだ。
ダンはいたずらに笑って刹那に言った。
「まったく、死にかけの人間を置いて次の世界に行っちゃうなんて。僕が死んだらどうしてくれるんですか?」
「なっ!!あれはダンが突き飛ばしたからだろ!!」
「ふふふ。冗談ですよ、冗談」
「冗談に聞こえないって」
むすっ、としている刹那をあはは、と笑うダン。最初の世界のことが鮮明によみがえってくる。
「知ってるのか?刹那」
「ああ。最初の世界で世話になったんだ」
目を輝かせながら言う刹那は本当に嬉しそうだった。そんな刹那の顔を見たレオの顔も自然と緩み、微笑みながら「そうか」と言った。
パンパン、と二回手を叩く音が聞こえた。オリアスだった。
「さて。全員そろったことだし、話を始めるわよ。座って座って」
オリアスの声で、立っていたレオとレナは再びソファーに座った。刹那はダンのほうをちらり、と見たが、ダンがにっこり笑って「座らないと僕が座りますよ」と言ったので、あわてて座った。
刹那が座ったのを確認すると、オリアスは話を始めた。
「話を戻すわね。なぜ刹那君のことを知っているか。それは、この子たちにあなたを監視させていたからなの」
「そ、そうなのか?ダン?」
刹那が信じられないといった顔でダンを見る。ダンは一度頷いて刹那に言った。
「ええ。オリアス様の言ったとおりです。僕は彼と共にあなたを監視していた。さらに、刹那さんを異世界にとばしたのも僕たちです」
「どうして!!!!」
刹那が大声を上げ、ダンに言葉を放った。
「怒らないでください。あのときは仕方なかったのです。僕があのとき刹那さんを異世界にとばしていなければ、あなたはあの木の下で殺されていた」
「だ、誰にだよ?」
「『リバー』という男にですよ。あの男はあなたを殺すために様々な世界を飛び回っている。今こうしている間も、あなたを殺すための『罠』を各世界に張っています」
リバー、という言葉が聞こえたそのとき、誰も気がつきはしなかったがオリアスの雰囲気が暗くなり、悲しい顔になった。
「罠?」
レオがダンの言葉に疑問符を浮かべた。
「ええ。オリアス様から神を殺した人間のことは聞いたかと思いますが、リバーはその人間の部下です。他にも数人部下がいるようですが、全員『神の使い』と名乗り、各世界に刹那さんを殺すための罠を仕掛けています。人数には限度がありますからね。刹那さん自身と接触するのは難しいと考えた上での手でしょう」
「神の使い・・・・・・・」
4人の頭にある人物が浮かんだ。シャドウ、サラ、リバー。自分たちの主の邪魔になるものは排除しなくてはならない。3人の異世界を狂わせていた理由は、刹那を殺すためだったのだ
「僕は最初から刹那さんに全て話し、理解してくれた刹那さんの魔力を発動させるため、あらゆる生物の遺伝子を混ぜた怪物を創り、それを利用しようという計画をたてました。しかし、リバーの出現によってそれは狂ってしまった。リバーによって僕の魔力はその怪物に封じ込められてしまったのです。僕は無力な子供に成り下がり、魔力を得た怪物は暴走。その怪物のせいで、その世界の村人は何人も死んでいくというかつてない危機に襲われました。ですが幸いなことに、リバーは刹那さんが僕のいる世界にいるということに気がついてはいませんでした。これですぐに刹那さんの命を狙われるということはなくなりました。そこで、僕はあることを思いつきました。多少危険ではあるが、このままその怪物を利用しよう、と」
「まさか、人を何人も殺しているその怪物を刹那に倒させようとしたのかッ??!!」
レオが立ち上がり、ダンの胸倉をつかんだ。レオの目は怒りで満ちていた。
「否定はしません。一歩間違えば刹那さんも死ぬということもわかっていました」
ドガッ!!!!!
レオがダンを持っていた銃で殴り飛ばした。耐えられなかったのだ。ダンは本棚に激突し、そのまま脱力してしまった。ダンは口から血を流している。おそらく口の中が切れたのだろう。
「戦いを!!命のかかった戦いを!!!お前は刹那の意思に反してやらせたのか!!!」
「・・・・・・・」
「貴様ぁ!!!!」
レオは、何も言わず黙ってこちらを見つめてくるダンをもう一度殴ろうと掴みかかろうとした。
「レオ!!!やめろよ!!!」
「兄さん!!!」
「レオ!落ち着いて!!」
「うるせぇ!!!こいつは、こいつはなぁ!!!!」
3人は、怒り狂ったレオを必死で押さえつける。こんなレオを見るのは初めてだった。冷静に物事を考えるレオがこんな風になるとは思っても見なかった。
「な、なにしてるんだよ!あんたたちも止めてくれ!」
刹那がオリアスと青年に呼びかける。が、
「そこは殴らせておいたほ〜がいいよ。理由があるにせよ、戦いを知らない普通の男の子を戦いに出させたんだからさ」
「その通りね。殴られてもしかたないわ」
「で、でも!!」
「あなたも、望んでなかったでしょ?戦う、ということを」
「違うよ!あの時は自分からいくって言ったんだ!倒せば帰れるかもしれないってダンが言ったから・・・・・・・」
「じゃあやっぱりこいつが刹那を戦うように仕向けたんだろ!!!!」
「いや、だから・・・・・・・とにかく、やめろよ!!」
殴ろうとするレオを止める3人。見かねた青年はため息をついてオリアスに言った。
「そろそろ止めたほ〜がいいんじゃない?話が進まないよ」
「でもどうやって止めるのよ?たぶん無理矢理はがしても無駄だと思うけど・・・・・」
「だよねぇ〜。どうしよっかぁ〜」
ふぅ、とため息をつき、他人事のように言う二人。だが、決心したのか、オリアスが暴れているレオの肩を掴んで言った。
「ごめん、もう少しあとにして。全部終わったら気が済むまで殴ってもいいから」
「だがなぁ!!!」
「このままだと話が進まないわ。我慢してちょうだい」
「・・・・・・・・・・ちっ。わかった」
オリアスの言葉で落ち着きを取り戻したレオは、ゆっくりと立ち上がってソファーに座った。刹那、レナ、リリアの三人は安堵のため息を漏らし、再び座った。
ダンがゆっくりと立ち上がり、口の血をぬぐう。ダンの着ている服の袖の部分が少し赤くなった。
「・・・・・・・脱線してしまいましたね。申し訳ありません。続きといきましょう。刹那さんは僕の創った怪物を見事に打ち負かし、魔力どころか結晶までもを発動させました。そのとき、僕は確信しました。魂と肉体がこれまでないほどに同調している、と」
「・・・・・同調している、ってどういうことだ?」
刹那がダンに問いかける。
「魂の番号を12345、肉体の番号を12345としましょうか。全て番号は合ってますよね?」
「ああ」
「では次に、魂の番号を56789、肉体の番号を12345、としましょう。合っているのは一つもないですよね?」
「ああ」
「その場合、前者と後者では明らかに魔力に差がつきます。魂の備えている魔力は全て統一されているのですが、やどる肉体によって使える魔力の量、強さがはっきりと決まってきてしまうんです。つまり、魂に合っている肉体に宿れば最大限に魔力を活用できますが、全く合っていない場合、魔力は使うことすらできません」
「それじゃあ神様の魂と俺の体って、かなり相性がいいってことなのか?」
「その通りです。無数にある魂と肉体の中でこれだけ相性がいい組み合わせは僕の記憶の中では3通りしかありません。もちろんあなたも含めてね。だからあなたは長年かけて習得するはずの結晶を短時間で発動させることができたのです」
なるほどな、と刹那は頭の中で理解した。
「僕の予想通り、刹那さんは魔力を発動させることに成功しました。しかし、発動したとはいえ、刹那さんはまだ完全に魔力を使いこなせていない。そこで僕は思いつきました。刹那さんを異世界にとばし、ここにたどり着くまでには魔力を使いこなせるようになってもらおうと。ここまで来るためのゲートを指す水晶はあらかじめ渡してありましたからね」
「貴様!刹那を二度も危険な目に!!」
「もちろん危険度のレベルは十分把握した上でとばしました。十分に倒せる敵が存在する世界、実力者、協力者のいる世界。そして、協力者と共に乗り越えてもらわなければならない壁が存在する世界。刹那さんはすべての世界を乗り越えて異次元図書館にたどり着きました。ここまで全て成功でした。僕の言えることはここまでです。残りはオリアス様に聞いてください」
刹那は今、頭の中が複雑になっていた。いったい自分はどれだけのことをされてきたのだろう、どれだけ死にそうになったのだろう、と。
「他に聞きたいことはない?」
「・・・・・異次元図書館って、そもそも何のためにあるの?」
レナが口を開いた。
「それは私にもわからない。何のために創られたのか、私が創ったんじゃないからわからないわ」
「それじゃ、創ったのは?」
「創造、破壊、生、死、時の神々たち。さらに神々は、そこの図書館を管理するための新しい『神』を創ったの。次元の神『オリアス』をね」
「それじゃ、次元の神って・・・・・・」
驚くレナに、オリアスはにっこり笑って自分を指差し、告げた。
「私」
「嘘だろ?」
「ほんと。ちなみに時の神ゼールは彼ね」
「はいは〜い。時の神ゼール様ですよ〜」
「「「「 ・・・・・・・・・・・・・・ 」」」
4人は、仰天というよりも呆れ返っていた。神というものに、こんなに簡単に干渉することができたということもだが、何よりもこんな人たちが神だということが信じられなかった。(特にあのふざけた口調の青年が)
その様子がおもしろいのか、オリアスは笑いながら言った。
「驚くのもいいけどさ、そろそろ次の質問に移ってくれない?」
納得のいかない4人だったが、いつまでも硬直しているわけにはいかない。リリアは質問をした。
「えと・・・・・なんで刹那さんとレナさんの言葉が、わかるの?」
そういえばそうだった。異世界の人間同士が、なんの不備もなく会話していることはおかしかった。
オリアスは再び腕組みをし、話を始めた。
「世界は最初一つだったからよ。もともと異世界なんて存在しなかったの」
「え・・・・・・・・・・?」
驚いている4人にかまわず、オリアスは続ける。
「神様は世界を創り、光と闇を創り、海を創り、草木を創り、生き物を創った。でも、それだけじゃ足りなかった神様は人間に知恵を与えたの。人間はその知恵を仲間に分け与えるために言葉を創った。そしてその言葉は知恵と共に世界に広まっていき、世界の人間全てが同じ言葉を使うようになった、というわけ。」
「じゃあなんで異世界ができたの?もともと一つだったのに」
「知恵を授かった人間たちは、世界を支配しようとしたの。自分たちが一番偉いって勘違いしてね。そこで現れたのが神様。人間たちに新たな知恵を与える代わりに今起こしている自分勝手な行為をやめなさいって人間たちに言ったの。その新しく与えた知恵が『魔力』だったわ。魔力の使い方を会得した人間たちは、神様の言うことを無視して世界を支配しようとしたの。そこで邪魔だったのが神様。人間たちは団結し、神を滅ぼそうとして戦いが起こった。これが最初に起きた神と人間の戦い。もちろん神様の圧勝だったけどね」
だんだんずれてきた眼鏡をくいっと直し、再び話を続ける。
「人間の団結を恐れた神様は自分の世界を無限に裂き、人間たちを異世界に閉じ込めた、というわけ。そうやって異世界は完成したの。まぁそのあとに、もう二回戦いが起こるんだけどね。ちなみに、各世界ごとに人間の種族が分かれてるとか、お互い対立し合ってるとか、仲良くしてるとか、色々特徴があるけどね」
レオがはっとしたように言う。
「そういえば神に戦いを挑んだ異世界って二つあったんだよな?もう一つの世界のことが知りたい」
あ、そうだった、とオリアスが思い出す。
「もう一つの世界はね、神様に大陸を分断され、文化、言語、などを別々にされたの。そうすれば意思表示も、団結もできないから。」
「そうなのか」
刹那がふ、と声を漏らす。すると、オリアスは呆れたように刹那に言った。
「何言ってるの。あなたの世界のことじゃない」
「え!?」
「よく考えてごらんなさい。大陸分断、文化や言語の違い、目や髪の色の不統一。全部当てはまるでしょ?」
「あ・・・・・・・」
確かにそうだった。大陸が分断されているし、アメリカにしてみれば目や髪の色も違う。文化だって自分が理解できないようなことを平気でやっている国もある。
「大陸が分断されているのか?刹那の世界じゃ」
「うん。4つ・・・・・・くらいにね」
「そんなことが、あったのか・・・・・・・・」
レオは驚きを隠せなかった。大陸が分断なんて信じられないことだったのだろう。裏返せばレオの世界の大陸は全てつながっていた、ということになるが。
「まぁそういうこと。刹那君の国は偶然にも異世界共通語で喋ってたってことになるわね。さて、他に聞きたいことは?」
「・・・・・人間の種族っていうのを詳しく知りたい。髪の色や目の色の違いだけじゃないんだろ?」
「そっか。刹那君の世界はそういうの関係ないもんね」
オリアスは腕を組みなおした。
「神様が人間に魔力の使い方を教える前までは、人間は全て黒い目と黒い髪をしていたの。でも、魔力を使うようになってから目の色や髪の色に変化が見えてきたのよ。同時に、身体の能力等にもバラツキが見えるようになった。黒や灰色に近い目や髪をしていて、もっとも魔力を使いこなすことのできる魔族、白や青に近い目や髪をしていて、もっとも使う力が神の使う力に近い神族、赤やオレンジに近い目や髪をしていて、もっとも残忍で戦いを好む鬼族、緑や黄色に近い目や髪をしていて、魔力を使わなくても十分に武術で戦える獣族。・・・・・・こんな感じに種族が出来上がっていったというわけ」
「種族ごとに争いとかはなかったのか?」
「そういうのも最初のころはあったらしいけど、団結して神様を倒そう、っていう考えが広まってからはそういうことはなくなったみたいよ。それじゃ、次の質問」
「あんた達の他の神はどこに?」
レオが口を開く。
「居場所は把握してるけど、正確な位置を教えるわけにはいかないわ」
「じゃあ話せる範囲まででいい。知っておきたい」
「破壊の神と創造の神は互いを危険すぎる存在だと判断して異次元のどこかの世界に自らを封印。死の神と生の神は冥界で魂の裁判を行ってる」
「自らを封印?魂の裁判?」
「破壊の神が神様から与えられた能力は『破壊』、創造の神が神様から与えられた能力は『創造』。破壊は自分の望まないものでも壊してしまうし、創造はどんな危険なものも創ってしまう。そんな危険な能力は必要ない、って言って二人の神々は自らを封印。もうかなり昔の話だけどね」
少し間を空けて、再び口を開く。
「魂の裁判は前に行った悪いことを、良いことを総合的に見て、その魂にそれ相応の罰を与えるっていうもの。何百年も続く苦痛から、すぐに転生っていう軽いものまでたくさんの罰があるの。でも、一日に来る魂なんて数え切れないくらいあるから、行ったら邪魔になる。私だって会ったことないもの。この説明はおしまい。次の質問は?」
いい加減立っているのがつらくなってきたのか、オリアスはごちゃごちゃと散らかっている机のいすに座った。ギシッ、といすが音を立てたと同時に、刹那の口が開いた。
「あんた達が神だ、っていうのはわかったけど、ダンは一体?」
「僕の弟子だよ。僕たち神様は自分の気に入った、もしくは魔力の強い人間を一人弟子にしてもいい、っていう決まりがあるんだよ。理由は二通りあってね。一つは自分の仕事を手伝ってもらうため、もう一つは自分の跡を継がせるためなんだ〜」
「神様って、ずっと同じ人がやってたわけじゃないのか?」
「うん。神様って言っても感情があるからね。もう生きることに疲れた、とか色々あるわけ。神様になったら強制的に不老不死になるからね。長年ずっと生きていくわけだし、死にたいなんていう感情も芽生えてくるのさ〜。弟子の制度はそのために配慮された、って言ってもいいかもしれないね。まぁ、跡なんて継がせないでそのままずっと、っていう選択肢もあるんだけどね」
「まぁ、あなたは当分僕に継がせる気なんてないでしょうがね・・・・・・・」
「おお!よくわかったね、かわいい弟子よ!」
あはは、と笑うゼール。はぁ、と大きなため息をついているダン。ゼールのことでよっぽど苦労しているようだった。
「オリアスには弟子いないのか?」
刹那が何気なく聞いた瞬間、いすに座っているオリアスの雰囲気が明らかに暗くなった。なにやら悲しそうな顔をし、綺麗なその顔は下を向いていた。
「・・・・・・・・刹那君。そのことは聞かないであげてくれないかな?」
何か事情があるのだろう。刹那はこくり、と頷いた。
「・・・・・・・・さ、次の質問は?」
オリアスが明るく聞いてきた。が、誰が見ても無理をしているとわかる表情をしていた。
「例の人間が、全ての世界を滅ぼそうとしている理由は?」
「わからないのよ。私たちの間じゃ理由については何もわかっていないの。『ギアス』だったら何か知ってるかもしれないけど、居場所がわからないし・・・・・・」
「『ギアス』?」
「神様の弟子の名前よ。もちろん自分の仕事を手伝わせるためで、跡を継がせる気なんてなかったらしいけどね。神様が殺されたあと、ギアスは跡を継がなきゃならなかったんだけど、神様を殺した人間に復讐するとか言って異世界を回っているわ。今もね」
「今も?」
「ええ。無限にある世界を、ずっとずっと探し回ってるの。ただ復讐するためだけにね」
「・・・・・・・・・・・」