第29話 不死編4
「ほら、21。僕の勝ちだな」
「レメン、お前強すぎだ。ってかお前イカサマしてんじゃねぇのか?」
「はは、まさか」
村のはずれのほうにある一軒家。そこに住む青年レメンは3年前に両親を亡くし、現在に至るまで一人で暮らしてきた。もちろん最初はつらかったものの、時間の経過と共に作業に慣れ、一人暮らしを不便に思った村の人々も協力してくれたためなんとか生きていけた。
「ふふふ、次は勝ったな。2、6、10、3の21だ」
「残念でした。こっちは10、10、1の21。枚数が僕のほうが少ないからまた僕の勝ち」
「やっぱイカサマしてないか?」
人柄もよく、問題行動を起こさないレメンにはたくさんの友人がいた。さらに村に問題が生じたときは巧みなアイディアを提案するので、村の人からも信頼されていた。まさに村の中心人物と言っていい人間だった。
「ブラック・ジャックはやめよう。ポーカーにしよう
「いいよ」
レメンには親友というものがあった。今トランプをしているこの青年だ。小さいころから一緒に遊び、悩み事や困ったことを話し合って来た仲だった。
レメンが冷静沈着な性格だとすれば、この青年は熱血漢。頭を使って物事を予想してから行動をとるのがレメンのやり方だが、この青年はまったく逆。先に行動してから後でこうすればよかった、と後悔するタイプだ。性格が真逆だったからこそ、この二人は仲がよくなったのかもしれない。
「1ペア!」
「ストレート。僕の勝ち」
「く・・・・・・」
もちろんずっと仲好しだったわけではない。時には胸倉をつかみ合う喧嘩もした。しかしそのあとは決まって和解し、笑いあった。もう兄弟のような存在だった。
「2ペア!」
「フラッシュ。僕の勝ち」
「おいおい。イカサマしてんだろ、絶対」
「やってないってば・・・・・・・」
この青年、かけっこや木登りではレメンに勝てるのだが、こういう運関係や頭を使うゲームでは絶対レメンに勝てなかった。本当にいままで一回もレメンに勝ったことがないのだ。
神経衰弱や大富豪、ババぬきなどもってのほか。とにかく勝てない。
「なにもできない・・・・・」
「ロイヤルストレートフラッシュ。僕の勝ち」
「ちゃんとシャッフルしたよな?」
「うん、もちろん」
今日もまた、青年はレメンの家にトランプ勝負を仕掛けにいくのだが、やはり勝てない。もう30ゲーム以上やってるのだが、それでも勝てない。
そして、青年がレメンに31ゲーム目を挑んだそのとき、不意に何か奥から物音が聞こえてきたのだ。
「ん?なんだ、この音?」
「なんだろう。見てくる」
想像もしなかった。
ただ見に行くというだけのこの行為が、
自分自身を変えてしまうとは。
もの音がしたほうに足を運ぶ。ねずみが暴れてる音かなにかだろう、と思っていたレメンは全くもって予想外な光景を目にした。
「な!?」
空間に穴が開いているのだ。常識から、いや、どう考えても空間に穴が開くはずなどなかった。ならばなぜ、空間に穴が開いている?あれこれ考えているうちに、その穴から黒マントを羽織った男が出てきた。
「まったくもってランダムだね。今度は家の中か」
「あ、あんたは誰だ?」
驚いて聞くレメンに、その男は笑って答えた。
「僕は神の使いさ。名前はリバー」
「神の使い?」
疑問に思っている青年をふふ、と笑い、男は服の中に手を入れた。
「そう。悪いけど、今回は時間がないんだ」
そう言ってリバーは服の中に入れていた手を出し、一瞬のうちにレメンの腹に拳を放った。
「げふ!!」
レメンはその場にうずくまり、両手で腹を押さえ、悶絶していた。
「おーい、レメン。どうした・・・・・!?」
騒ぎを聞いてやってきた青年は言葉を失った。うずくまっているレメン、それを見て笑っている黒マントを羽織っている男。何を言っていいかわからなかった。
「え・・・・・・?」
「なんだ、もう一人いたんだ。よかったね君。『実験台』にならなくて」
男の言っている意味がわからなかった。実験?何のことを指しているのか理解できなかった。
唖然としている青年を無視し、リバーは近くにあった果物ナイフを手に取り、
「さぁ、『検証』だ。」
まるで虫の腕を引きちぎるかのごとく、レメンの腕を切断した。腕から鮮血が噴出し、レメンと青年は一瞬ではその光景を理解できず、頭の中で整理してた。
「肉質強度、並」
「あ、あがああぁあああああああああ!!!!!!!」
そこでようやくレメンは痛みにもがき苦しみだした。傷口をおさえ、痛みのあまりのた打ち回る。青年はまだ今起こっていることを理解できていなかった。
リバーは構うことなく『検証』を続ける。傷口をおさえているレメンの残った手を容赦なく握りつぶしたのだ。グシャリと、まるで粘土をつぶすように。あたりにバキバキ、という骨の砕ける音と、レメンの絶叫が響き渡った。
「骨の強度、並」
「――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!」
レメンは猛烈な痛みに襲われ、声になっていない悲鳴を上げた。リバーはうるさそうにしながらも、つかんでいるレメンの手を乱暴に振り投げた。レメンは勢いに任せて飛んでいき、家の壁を貫通し地面を何度かはねると、そのまま動かなくなった。
「体そのものの強度、並。なんだ、失敗作だったのか」
不服そうに、穴の開いた壁からレメンを見る。
血まみれの床、切断されている腕、穴の開いた壁。青年はやっとそこで何が起こっているのかを理解した。
「う、うあああああああああああああ!!!!!!!!」
悲鳴しかあげることができなかった。恐怖とおぞましさに体を震わせ、無我夢中でその場から逃げ出した。廊下を全力で走り、ドアを乱暴に開け、叫びながら村のほうに帰っていった。
固まっていたくせに、逃げるときだけは早いその様子に、リバーあきれたようだった。
「まったく、人が死んだくらいで大げさな。ん?」
そのとき、リバーは外に倒れているレメンの体に変化が現れているのに気がついた。傷が再生しているのだ。グシャグシャになった手も元の形になっていき、さっきまで吹くようにして出ていた血もいつの間にかおさまっている。
「なるほどね。再生力、特化」
死んだと思われていたレメンはゆっくり立ち上がった。体の猛烈な痛みはなくなっていた。それを見たリバーはレメンの切断した腕を持って穴の開いた壁から外に出た。
「何をした・・・・・・・僕の体に、一体何をした」
レメンも自分の体の変化に気がついたようだった。体がこれまでになく熱くなっているし、なによりも体の傷があれだけの時間で完全に治ったのだ。普通の状態ではまずありえない。この男がさっき自分の腹に拳を入れたときに何かをしたのだ。
「さっきも言っただろ?『実験』だよ。」
「ふざけるな。僕の体を元に戻せ。」
「ふふふ、いいじゃないかそのままで。君は人間を越えたんだよ、たった今。『細胞一定化』の段階はもう検証済みだ。君は不死になったんだよ」
聞きなれない言葉が飛び交う。しかし、レメンは疑問を覚えることはなかった。そんなことに時間を費やしている暇など、今はない。
そんなレメンを面白そうに見ているリバーは、手に持っている腕をレメンに投げた。レメンはそれを受け取り、肩にくっつけた。やはり、腕はなにごともなかったかのようにくっついた。
「ふざけるなと言ったはずだ。元通りにしろ」
「悪いけど、無理だよ。もう君は人間にはもどれない。ずっとそのままだ」
「ふざけるなあああああああああ!!!!!!!!」
怒り狂ったレメンはリバーにかかっていった。次第に速度は上がっていき、その勢いに任せて思い切りリバーの顔を殴るつもりで右手を振りかざした、のだが。
「ふっ」
リバーは笑ってそれをよけ、突き出た腕を持っていた果物ナイフで切り落とした。身のこなし、そしてこの余裕。明らかに戦いなれている。
腕は切り離されて地面に落ちるはずなのだが、今度は違った。腕は切断されず、切られた瞬間につながったのだ。余裕のあるリバーも、これには少し驚いたようだった。
タン!と地面をけり、レメンとの距離をとる。
「だいぶ体になじんできたね、『実験体』は。もうだいぶ人間離れしてるよ、今の君は」
その言葉のせいで、レメンの怒りは最高潮に達した。いきなり現れたくせに、検証だとか言って自分の体を容赦なく傷つけ、自分の体をいとも簡単にすさまじい再生力をもつ不死の体へと変えたのだ。しかも、もう二度と人間に戻れないとまで言う。これで怒らないやつはいない。
「ああああああああああ!!!!!!!!!!」
怒り狂ったレメン、憎きその男に向かわずにはいかない。そのときだった。リバーに攻撃を加えようとしたまさにその瞬間、レメンの腕が剣に変化したのだ。いや、剣といっても刃の部分だけ模られたもので、腕に刃がめりこんでいるような感じだった。その光景にリバーは驚いたようだったが、別にそんな動揺した様子もなく、口笛をヒューと吹いただけだった。
レメンは怒り狂っているため、腕が剣になったということなどどうでもよく、目の前の嘲笑っているやつめがけてその剣をむちゃくちゃに振り回した。リバーは別にたいしたことないように持っている果物ナイフで受け流していた。
確かに、レメンはこれまで戦闘などしたことがなく、ましてや剣など扱ったことなど全くなかった。しかし素人の攻撃とはいえ、むちゃくちゃに振ってくる剣をさばくということは非常に難しく、戦闘経験の豊富な者でないとまず無理だ。
だが、驚いたことにリバーは短いナイフで、しかも片手で受け流している。ナイフは射程が短いがゆえ、並みの剣よりもより正確に刃に当てなければならない。一つでも力量を間違えれば自分の腕も空に舞うことになるからだ。リバーはその行為を笑ってやってのけている。経験がどうこう言う問題ではなかった。こんなこと、訓練してできるようなことではない。一振りにこめている力、速度、どのほうに流せばいいのか、これらを瞬時で判断しなければならないし、短い刃のどこに当てれば流れるのか、またその角度をつけるのも一瞬でやらなければならない。先天的なセンスの問題だった。
「さて、そろそろ結果は全部出たかな?そろそろ帰らせてもらうよ」
「何を言うと思えば。いまさら帰るだと?」
「そうさ。もうデータは十分出ただろうしね。もう君は用済みさ。いらなくなったんだよ。たとえデータが不足してたとしても、他の人間を代用すればいい話さ」
「好き勝手やっておきながらもういいから帰るだ?そんなことさせると思うか?」
「そんなこと言わないでさ。不死の体になれたんだよ?永遠に生きるっていう人間の願いを叶えてあげたんだよ?」
「僕はそんなこと望んじゃいない。今の僕の望みは君の死だ」
「ふふ、怖いことを言うね」
そう言うとリバーは後ろに飛び退き、シュッと持っていたナイフをレメンに投げた。レメンは向かってきたナイフを剣ではじき落とすが、それが失敗だと気がついた。家の中に逃げ込んでしまったのだ。あわてて追うが、もう遅かった。ゴゴゴという音がして、やっと穴の開いた壁のところまで来たかと思うと、その空間の穴は閉じてしまっていた。リバーは逃げたのだ。
「くそ!逃がしたか!」
悔しがるレメン、ちょうどそれを見計らっていたかのように、村人たちはやってきた。
「お〜い!レメン〜!」
「大丈夫か〜い!?」
村人は大勢でやってきた。おそらく青年から話を聞いたのだろう。その人々の中に、青年はいなかった。
近寄ってきた村人たち。レメンは当然のように何か励ましてくれるものだと思っていた。しかし、予想とはまったく違うことが、起きてしまった。近づくにつれ、村人たちの顔が青くなっていき、体全体が見える位置まで来たときにはその足は止まっていた。
一人の男が震えながらレメンに指を指し、真っ青になって言った。
「な、何だよ・・・・・腕・・・・・・」
「え?」
言われてレメンは自分の腕を見てみる。さっきリバーに腕を斬られたときに噴き出した血が自らの腕を真っ赤に染めていた。こともあろうか、その腕が剣に形成されたのでその剣にも血がついていた。これでは本当の化け物だ。あわててもとの腕に戻そうとするが、どうやって戻せばいいのかわからない。
「腕が、剣になってる・・・・・・・・。き、気味が悪りぃ・・・・・・・・・」
「ちょ、ちょっと待ってよ。僕の話を・・・・・・・・・・」
「来るな!!近寄るんじゃない!!」
一人の男が、落ちていた石をレメンに投げた。なぜ投げたのか?もちろん怖いからだ。
石はレメンの額にぶつかり、血が流れ出た。血が眉毛のところまで流れると傷が勝手にふさがり、何事もなかったかのようにレメンは額の血をぬぐった。
「何、するんだよ・・・・・・?」
「き、傷が治ってる!人間じゃない、悪魔だ!」
「ずっと人の皮かぶってた化け物だったんだ!!ずっと俺たちを騙してたんだ!!!」
「人間じゃ・・・・・・・ない?」
「この悪魔!!!こっちに来るな!!!」
その石を投げた男に続いて、他の者もレメンに向かって石を投げ始めた。人々は完全にレメンが化け物だと認識していた。レメンは傷こそほぼ瞬時に治るものの、痛みは感じる。体に当たった石はこれまでにないくらい痛いものだった。体が痛いのではなく、心が痛い。
「待ってよ・・・・・・なんでだよ。何で石を投げるんだよ」
「死ね!!死ねよ化け物!!」
「お前なんて死んじまえ!!!」
「化け物に生きる価値なんざねぇ!!!!」
レメンはたまらずその場にうずくまった。とたんに村人たちは寄ってたかってレメンに、いや、化け物に暴行を加え始めた。
「気味悪いんだよ!とっとと死ね!!!」
「腕が剣になるなんて悪魔以外の何者でもねぇ!!」
「このままほっときゃ村にも危害が加わるかもしれないな。ここで殺しておこう」
「そうだな、それがいいな」
ますます暴行と暴言は強くなっていった。いままであんなに優しかった人たちがここまで変わってしまうなんて知らなかった。
レメンは困惑していた。今まで尽くしてきたのに、あんなに笑いあったのに、今あるのは汚い目と手に持っている石。それらはレメンのいままで思ってきたことを裏切り、そして絶望させる行為だった。怒りを感じた。とてつもない怒りが自分の奥底から湧き上がってくるのを感じた。
なんだよ
なんなんだよ
今まで
今まで仲良くしてきたのは見せかけだったのかよ
ちょっと外見が変わったからって
こんなのありかよ
人の話も聞かないで
こんなのありかよ
ふざけるな
危害が加わるから殺すだ?
そんなの
僕を殺したいだけの理由じゃないか
僕はこんなやつらのために
今まで知恵を貸してきたのか?
バカみたいだ
生きる価値がない?
そんなのはこいつらじゃないか
だったら僕が殺してやる
殺してやる殺してやる殺してやる
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
気がつくと、あたりには真っ赤な液体と何かの肉片が転がっていた。文字通り細切れ。もう人間の原型すらとどめていなかった。
手を見てみると、両方腕とも剣に形成されていた。血と脂がベッタリとついている。おそらくこれで斬りつけたのだろう。何度も、何度も。
レメンはそのまま家の中に入っていった。罪悪感のかけらも感じていなかった。
「レ、レメン・・・・・・・・・・」
遠くのほうで見ていた青年は恐怖のどん底に叩き落されていた。ぶるぶると体を震わせ、手には汗をかいていた。頭の中は真っ暗になり、吐き気もした。今日二度も人が殺される現場(あのとき青年は完全にレメンは死んだものと思っていた)を目撃したのだ。こうならないほうがおかしい。しかも、親友のレメンが腕を刃に変化させて容赦なく村人たちを殺したのだ。ショックが大きすぎる。
青年はレメンが家に入ったのを見ると、すぐさま村に帰っていった。今の事実を村に伝えるために。この家に近寄らせないために。
それ以来、この家にはだれも来なくなった。いや、来れなかった。行けば確実に殺されるこの家に近寄る馬鹿はいなかった。行くという行為そのものが自殺行為になるのだ。
物珍しさに初めて来る旅人や、誰も生きて帰ってこれないというその原因を退治しようとするもの、レメンを調査しようとするそれらのものたちは二度と帰っては来なかった。
ポツンと建っている家に住むレメンは20年間、孤独に耐え生きてきた。ずっと、ずっと。